キャラバン護衛編ⅩⅩⅩⅢ メルコと冒険者残留組編
ディティスちゃんたちが出発して、もうじき一時間になろうとしている。
一時間経っても戻ってこなかった場合は、残った冒険者たちが、カンブリアの町に引き返すか、森へ援軍に向かうかを決めていいことになっている。
一人一人が個人事業主のような形態の冒険者が、赤の他人である同業者が数人戻って来ない程度で、果たして助けに行ってくれるのだろうか?
言ってしまえば、自分以外は全員商売敵だ。戻ってこないのならむしろそれでいいと考える人間もいるだろう。
その理屈は分かる。私だって商人だ。ギルド員以外の商人が廃業なりで減ってくれたなら、商機が増えると喜んでいただろう。
でも、私の感情は、あの子たちを助けに行ってほしいと願っている。
――どうする? そろそろ一時間だけどよ――ヘマして捕まったか、殺されたか――盗賊なら女は使うだろうよ。男は殺すとして――それならゴブリンだって女は使うだろ――今はどうなったかじゃなくて、これからどうするかの話だろう――
考えている間に、これからどうするのかという議論が冒険者たちの中で始まった。
議論は――いや、議論と言っていいのかも怪しい。最初から助けに行こうと声を上げる者はいなくて、当初の予想通り、このままカンブリアに引き返そうかという意見がまとまりかけていた。
そりゃそうだ。隊長は、町に引き返しても、依頼完遂時の報酬を払うと言っているのだ。危険を冒さずに満額で報酬が貰えるのなら、誰だって危ない橋なんて渡る気など起こさない。
理屈は分かる、理屈は……でも!
「メルコ、どうした?」
隊長だった。私の顔色が悪いので気を使ってくれたのだろう。
「その、あの子たちが心配で……」
「助けに行ってもらいたいか? 冒険者に」
「……はい」
「偵察に行った連中に、お前の知り合いがいたな、確か」
「はい、ディティスちゃんっていって、私があの子をカンブリアまで運びました。元からあの子の村には定期的に行商として通っていたので、小さい頃も知っています。あと、ロア君。昔、お世話になった鍛冶師さんの息子さんで、私はつい最近まで忘れてたんですけど、顔見知りで……。身贔屓だとは分かっているんです。でも――」
「わかったわかった。皆まで言うな。俺だって、あんな若い身空のやつらを見捨てたくはない。ディティスってのは、あれだろ? 鉄馬車の扉壊してくれた――」
「はい」
「あの子には追加報酬払うって契約までしてるしな。一旦払うって決めた金、払う先がなくなるのは心苦しい。まぁ何とかするさ」
「隊長!」
私の声は震えていた。涙が込み上がってくるのを感じる。
「なんて面してやがる、副隊長。大丈夫だ」
隊長は、そう言いながら、私の頭をポンと優しく叩くと、悪戯好きな少年のように笑ってウインクした。私は、隊長の手に任せてそのまま俯いて、溢れる涙を隠した。
「どう、するんですか?」
どうやって彼らをやる気にさせるのか、隊長に尋ねた。
「なーに、簡単なことだ。とてもな」
隊長は、そう、一言だけ言って、冒険者たちの方へと向かった。
「諸君、話はまとまりそうか?」
一番近くにいた、仕切り屋っぽい眼鏡の青年が応対した。
「隊長さん、ここまで来ておいて申し訳ないが、規模もわからない敵相手に、数人の同業者のためだけに、それも深く暗い森へ人員を割くのは得策ではないと判断せざるを得ない。だから、このままカンブリアに――」
「報酬の話をしよう!」
隊長は、冒険者の言葉を遮るように声を上げた。簡単な話って、そういう……。
「は? いや、それなら、このまま戻っても満額払うって話だったろ?」
「戻ったなら、な? 王都に辿り着けたらって話をしたい」
「いや、王都に辿り着いても報酬は一緒じゃないのか?」
「道中、何も問題なければそうだっただろう。だが、今回、この状況はどうだろうか? 正体不明の敵、盗賊か、はたまた魔物の群れか。偵察に向かった一行は戻ってこない。この状況で、王都に辿り着けたのなら? 無論、報酬は上乗せされるだろう」
「上乗せ?」
「そうだとも! 我々の扱う商品の中には、できれば王都の市場に流したい物も多い。それを、カンブリアまで引き返して商機を逃すということはできれば極力避けたかった。だが、もし、仮に、君たちが頑張ることで我々が王都に辿り着けたのなら、それなりの追加報酬を支払おうじゃないかと思ったわけだ」
王都に流したい商品は確かにある。あるのだが、別に王都に流したからといって特別高価に取引されるような品物は、今回の積み荷にはない。これは隊長の嘘、とは言い切れないけど、それに近いものだ。
「具体的な金額は?」
「今回の成功報酬の半額ほどを全員に上乗せで払おうと思っている」
ええ!? まぁ、あの違法奴隷商から巻き上げた違約金があるから払えないことは無いけれど、それでもかなりの出費だ……。
「悪くない金額だが――」
「それともう一声」
「!?」
もう一声って何!? この上さらにいくら払うの!?
「偵察に出た七人の冒険者。彼らを救出したら、もう半額分支払う」
あ。隊長、そう、繋げてくれるんですね。成功報酬の出費はこれで倍。でも、本当にこれで首を縦に振ってくれるんだろうか?
「……」
考え込む冒険者の青年。
――兄ちゃん、倍払うってんだ、良いじゃねーか、受ければ! それだけの報酬があれば、しばらくは王都でバカンスまでできちまうぜ? ――悪くない。俺の右腕もそろそろ血を欲していたところだ――俺たちは結局、金払いさえ良けりゃそれでいい、ならず者みたいなものだからな! ガハハ!!――
こうして、一挙に救出派が大勢を占め始めた。
「まぁ、俺も、報酬の倍額は美味しいと思うが、仮に助けに行くとしても、彼らがあの森の中のどこにいるのか分からない。彼我戦力も分からない以上、こちらの人員を分散させるのは好ましくないから、山狩りのようなことはしたくない」
――木を伐り倒していくとか?――何時間かかると思ってんだ、馬鹿だなぁ――適当に全員で突っ込んでけば――それこそ二次被害三次被害だろ――
趨勢は完全に救出に傾いたが、捕まってしまっているか逃亡しているか、どちらとも言い切れない彼らの状況と、そんな彼らをどうやって見つけるかという初歩的にして最重要なところで議論が紛糾し始めた。
こうしている間にも、ディティスちゃんたちの状況が、刻一刻と悪くなっていってるのではないかと、不安が大きくなっていく。
その時だった。
王都方面の街道から、一台の馬車がやってきた。
これには隊長も私も、冒険者たちも目を疑った。
「おーい、止まってくれ!」
隊長が馬車の進路上に立って手を振った。
馬車が止まると、荷台から数名の冒険者らしき武装した人が降りてきた。隊長はぶっちゃけ見た目が厳つい。盗賊か何かと思われても無理もない。
「なんだ、あんたたち? こんな街道の真ん中で、こんな人数で、怪しいな。盗賊か?」
「怪しい者ではない。俺は――」
隊長は私達の素性と、キャラバンの現状について話した。
「あぁ、ギルドの。なるほど、事情は分かりました」
冒険者はそこで武器を下ろしてくれた。
「少し尋ねたいことがあるんだが、依頼人の商人と話しても?」
冒険者は頷き、老人の商人を呼んだ。
「デカい商会の人間が、こんな吹けば消えるような個人商人に何が聞きたいって?」
「吹けば消えるなどと、何を仰いますか、御老公。その御歳で未だ現役で商いをされている。それだけで我々若輩からすれば、尊敬の対象でございます」
「ははは! 口がよく回るのう。別に皮肉で言ったわけじゃないんだが、まぁいい。それで?」
「はい。ここ数日、一週間ほどで、カンブリアまで向かう馬車をいくつか見かけましたでしょうか?」
「そんなことか。それならつい昨日にも出ていたし、一昨日にも出ていた」
「そうですか。我々は一週間ほど前、カンブリアを出発したのですが、ここ数日、御老公が仰ったカンブリア行きの馬車とはすれ違っておりません」
「何!? ワシは嘘は言っとらんぞ!」
「ええ、そうでしょう。御老公の言う通りなら、少なくとも、直近の、昨日出たという馬車とは最低でもすれ違っているはずなのですが、それとも行き合っておりません。我々はこの先の道沿いが怪しいと踏んで偵察を送ったのですが、約束の一時間が経っても戻ってこず、救出に向かおうかどうかと相談していたところ、皆様が現れたのです。何か道中、変わったことはありませんでしたか? 仲間を見つける手がかりになるかもしれないのです、何でもいいので、心当たりがあればお教えくださいませんか?」
護衛の冒険者に何か無かったか尋ねる老商人。すると、冒険者の一人が、何かを思い出し、話し始めた。
「そういえば、森の方から金属音がしてたな。武器同士がぶつかるような。相当大きかったから、でかい魔物でも珍しく出てて、森の中で討伐でもしてるのかと思ったけど」
それに呼応するように、他の冒険者も口々に話し始めた。
「あー、あれか。大物そうだったからおこぼれに預かりたいと思ったけど、護衛の依頼中だったから我慢したんだよなぁ」
「そうそう、爆発音も聞こえたから、杭盾使いがいたんだと思うわ。杭使うほどの大物相手なんだって羨ましく思ってたわ」
杭盾という単語が出てきて私はハッとした。ディティスちゃんが使っていたのが杭盾だったからだ。きっとその爆発音が、ディティスちゃんたちの戦闘の音だったに違いない!
「偵察に出た冒険者には杭盾を使う子もいました。きっとそこにいたんです! 隊長!」
「うむ、目星はついたな。申し訳ありませんが御老公、ほんの少しだけ護衛の方をお借りしてもよろしいでしょうか? 音のした辺りまで案内してもらいたいのです」
「人命がかかっとるというに、何を遠慮することがあるか。連れて行くがいい。ワシはここで待っとるよ」
白く、長い髭を撫でながら、老商人は気前良く護衛の冒険者を貸してくれた。
「感謝します。君たち、済まないが――」
「ええ、構いませんよ。依頼人がOK出したし、何より、ご同業のピンチとあったらね」
「ありがとう! 冒険者諸君! 目星はついた。後は君たちの健闘を祈るだけだ。頼めるか?」
冒険者一同は、おう! と気持ちのいい返事をして、老商人の護衛の冒険者を先頭に出陣したのだった。
「お願い、ディティスちゃんたち、無事でいて……」
私はそんな彼らの背中を見ながら、あの子たちの無事を精一杯祈った。
例の戦闘音が響いてきたという場所までやってきた冒険者一同。
老商人の護衛が言うに、森の中から聞こえてきたという。
こんな、魔物がうじゃうじゃ湧き出る森の中に、わざわざアジトを作る盗賊なんかいるのかと一同は訝しんだが、街道の様子を見ていた眼鏡をかけた青年冒険者が声を上げた。
「おい、縁石が結構な数盗まれているぞ。あいつら、魔物の湧き止めを森の中に持ち込んでやがるんだ」
「こういうことは魔物はしないな。なら、相手は人間ってことだ」
魔物を街道上に出現させないための魔法陣が刻まれた縁石。壊せばとんでもない賠償金を支払わされるとされるソレが、あろうことかゴッソリと盗まれていた。
彼らはそれを森に持ち込んで、アジト内での魔物の出現を抑えているのだろう。
「縁石がないってことはここにも魔物が湧くってことか?」
「いや、湧き止めにも効果範囲があるから、その範囲内なら湧くことはない。連中、ご丁寧に、効果範囲がギリギリ街道をカバーできるように盗んでいってやがる。魔法を使えるやつがいるな?」
「盗賊が魔法か。とんだ不意打ちになるな」
「大方、ここで先に犠牲になったやつらも、その不意打ちにしてやられたんだろう。魔法を扱える人間は貴重だ。国直轄の組織や、各町や村の重要ポストにいるのが普通だろう。盗賊なんぞに身を窶す必要なんか無いはずの人種が、盗賊でしたよってきたら、誰だって面を食らうさ」
「そういうお前だって魔法を使うだろ?」
「俺は固っ苦しいのが嫌だから要職全部蹴って冒険者になったの。家には絶縁されたけどな。返って楽になったから全く後悔はないけど」
「お前みたいな変わり者もいるんだ、盗賊になる変わり者もいるってことだな」
「ああ、世の中は広いな」
閑話休題して、一行は森を見つめる。
「さて、どこにいたものか。何かしら合図でもあれば良いんだが……」
「俺たちが助けに来るなんて思ってないだろうからなぁ。そういうのは望み薄じゃないか?」
「ここまで響くほどの戦闘音があったという話だが、今はそれが無いということは、やられたのではないか?」
「逆に返り討ちにして凱旋中とか?」
「楽観視するのはよそう。悲観的になりすぎるのも良くない。そうだな、何か、大きな音を、こちらから森に向かって放ってみるのはどうだ?」
「いいな。何かあるか? お前ら」
眼鏡の青年が手を挙げる。
「こういうときにこそ魔法だろう。でかい音を出すだけならなんてことない」
「んじゃ、お手並み拝見ってことで」
青年は地面に式を書き始める。術者だけが読める、構築速度重視の速記の式だ。
最後に円で囲み、完成した魔法陣に手を当てる。
「耳を塞いで口を開けろ! 鼓膜が吹き飛ぶぞ!」
そう忠告し、全員が言われた通りの姿勢をとったのを確認すると、起動魔力を注ぎ、自らも同様の姿勢をとって陣から離れた。
起動した魔法陣は、空気中のマナを吸収し、式の通りに稼働する。
空気が魔方陣の上に集まり、圧縮され、熱を持つように明るくなっていく。
真っ赤になったところで、小指の爪よりも小さな小石が一つ浮かび上がり、森側の方から空気の塊に向かって飛び込んだ。
パンパンに空気を詰めた風船に針を入れる。それと同じだ。
小石が飛び込んだ空気の塊は、その小石の入った穴から、爆音と熱風を森に向かって放った。
これらは、森の一番手前側に生えていた木々を吹き飛ばし、一瞬で消し炭にした。
後に青年は、このときの爆発についてこう語る。「やりすぎちゃったぜ!」と。
森中に響き渡った爆音。果たして何らかのリアクションがあるのか。一同は森を注視した。数十秒か数分か、いずれにせよ、そのときは訪れた。
森の一角から木が切り倒されるような、バキバキといった音が聞こえてきたのだ。それと立て続けに杭盾と思われる爆発音が数度。
「今ので大体分かったぞ、我が耳はその発信源を決して逃さない! 付いてこい、有象無象ども!」
「誰が有象無象だ! まぁ今はいい。案内しろ! 行くぞお前ら! サクッと助けて追加報酬だ!」
そうして、冒険者たちは一斉に森の中へ駆け出していった。




