キャラバン護衛編ⅩⅩⅧ
私たち七人は、街道から外れて、脇の森に入った。魔物の沸き止めが無いここでは、いつ魔物が襲ってくるかわからない。
森は鬱蒼としていて、昼間なのに薄暗くて、魔物の出現を見逃す可能性も大いにあるだろう。
緊張から息を呑む六人の呼吸が聞こえるようだった。
そんな私たちの様子をみて、緊張を和らげようとしてくれたのであろう、シトラスさんが口を開いた。
「ちょいちょい、みんなガチガチすぎてウケるんだけど。初すぎて可愛いかよ! だいじょぶだいじょぶ。この間の群れはビビったけどさ、あそこまで強そうなのはここいらじゃほぼいないから。ちょっと不意打ち食らっても平気平気。うちもいるしねん」
「び、ビビッてなどいないぞ、俺様は! 武者震いというやつだ、これは! 魔物だろうが盗賊だろうが、今から楽しみでしょうがないぜ!」
「おお、頼もしいじゃんアー君!」
「あ、アー君?」
出発前はサー君って呼んでた気がするけど、あんまり深く考えちゃいけないんだろうなぁ……。
「シーちゃんも負けてらんなくない? こんな相棒の威勢見せられたらさ」
うん、やっぱり突っ込んだら負けなやつだ。この人、その場のフィーリングで会話してる。
「儂は別に、そやつに対して対抗意識を持つという発想自体が無いのでな。まともに相手しておると気苦労ばかりするだけじゃし」
「そりゃないぜ師匠! 俺と、どっちが多く仕留められるか勝負しようって、約束したじゃねーか!!」
「しとらんしとらん。約束を捏造するでないわ。あと、そういうことはせめて、足の震えを止めてから言わんか、様になっとらんぞ?」
「うぐ……。し、師匠だって、手がプルプル、スライムみたいに震えているぞ? 居た堪れないから、この俺様が特別に握ってやろうか?」
「お、お主が握って安心したいだけじゃろう! 儂は平気じゃし!」
「はいはーい、そこまでラブイチャってたらもうダイジョブっしょ? 先行くぜ、諸君?」
「「ラブ!?」」
二人の狼狽もお構いなしに、レッツゴーと森を進み始めるシトラスさんを私たちは追いかけた。
道中、何度か魔物が表れてこちらに襲い掛かってきたけれど、私たちが反応するよりも早く、シトラスさんがバッタバッタと切り倒した。
本当にベテランだったんだと、一同が舌を巻いた。
シトラスさんの武器は、籠手の先から短剣の刃が出ているような形状で、私が見たことが無いものだった。いや、見たことある武器の方が私は少ないんだけどね……。ユニエラちゃんに聞いたけどよくわからないらしい。
「おい、そういうのは俺に聞けよ。鍛冶屋だぞ?」
ロア君が割って入ってきた。そういえばそうだった。
「じゃあ、シトラスさんの使ってる武器について、何かわかる?」
「ああ、あれはな――」
ロア君の言うところ、あれはジャマダハルというらしい。籠手の内側にグリップがあって、グリップと垂直に刃が出ている。殴る要領で振るい、刃を突き刺す、刺突武器なのだそうだ。
殴る動作で戦うあたり、私と何かしらのシンパシーを感じざるを得ない。あれ?
「でも切ってたよ? シトラスさん」
「刺突武器っつっても切れないわけじゃないからな。必要なら切るだろ」
そんなものか。
「なになにぃ? うちの話? 盾の子ぉ。 お話ししたいなら付き合うよ?」
ぬっと私とロア君の間からシトラスさんが顔を出してきた。ついさっきまで列の先頭にいたのに!?
「ええっと、あの……。あ、ぶ、武器! 武器が珍しいなって話してて!」
「あー、これねぇ~。めっちゃ馴染むんよねぇ。冒険者なる前から喧嘩ばっかしてたからかね。これでシュッシュッ! って殴ると敵に刺さる感じがめっちゃ性に合うのよ。そのくせ刃物だから、切ろうと思えば切れるってのも良きみたいな? つーか、盾の子もぉ、それ超イカすよな? 無敵要塞って感じじゃん? もう見た目で堅そうなのに、それが殴り掛かってくるとかマジ恐怖だかんね!」
「あはは、ありがとうございます。それ、ここいらじゃ見ない武器ですけど、シトラスさんの故郷とかが関係してるんですか?」
「うんにゃ? 普通に武器屋に置いてたぞ? 東の端っこの国から仕入れたとかおっちゃん言ってたっけ? これ一つしか入ってこなかったらしくってぇ、べらぼうに高かったんよねぇ。でもさ、そんなん聞いたら買うしかないっしょって! 一目惚れだったし? 冒険者なりたてだったんだけどぉ、洞窟抜けた報酬全部突っ込んでも足りなかったから、ギルドに借金までして買ってさぁ。マジあの時は大冒険してたね、ウチ。貧乏生活的な意味でな?」
「それからずっと使ってるんですね」
「そうそう。初めの方は、この籠手の装甲付いてなくってさぁ、細かい切り傷が絶えないわけよ。形が形だから鍔迫り合いとかもできないしね。んで、鍛冶屋のおっちゃんに、手の甲の方だけでいいから籠手付けてって頼んで今の形みたいな? ――みんな止まって!」
雑談中、シトラスさんの表情が急に険しく変わり、全員を制止した。
シトラスさんは地面に耳を当てて状況を探ると、私たちに手の合図で伏せるように促した。
「この音は魔物じゃねーな。人だな。こっちに来てる……みんな、ここで隠れてステイよろね? うち、ちょっとこれから来る人らをシメるんで」
そう言うと、私たちを近場の草陰に移動するよう指示し、自分はスルスルと蛇のように木の上へと登って行った。
雑談しながらもちゃんと警戒はしていたことが分かって、冒険者としての経験の差や格の違いを認識させられた私たちは、黙って言うことを聞いた。
数分後、数名が談笑する声が聞こえてきた。
いかにもガラの悪そうな、四人の男が、下品な笑い声を上げながら、襲った馬車の積み荷の中身についてや、殺した人の表情や、攫った女性の利用法やその感想について話している。今すぐにでも飛び出して殴り飛ばしてやりたいけれど、どう考えてもこの人数が全てではないので、今はぐっと我慢する。
陣形とかも特になく、ただ並んで話しながら歩く男たちの背後に、落ちた枝や枯れた葉っぱもあるというのに、音もなく木の上から飛び降りたシトラスさんは、流れるような動作で、左右のストレートを目にも留まらぬ速さで三回振るった。
首を後ろからジャマダハルで一突きされた三人は、声も上げる暇もなく、数歩だけ慣性で歩いて倒れた。
仲間たちが倒れたことに気づいた残った男が声を上げようとするのを、シトラスさんは、正面から刃を喉元にピタリと付けて止めた。
「はーいストップ。お前が声上げるのと、私が刺すのどっちが速いと思う?」
男が目で命乞いをしているのが分かった。
「おっけー。お前らの規模と根城を教えろ。大声を上げようとしたら、わかってるなぁ?」
男が頷くと、シトラスさんは私たちを呼び出し、武器を構えさせた。
「わかるな? 今お前をこの数で殺そうとしてる。嘘を言っても駄目だ。大声を出そうとしても駄目だ。逃げようなんてしてみろ、そこにいる盾の化け物がお前をぺしゃんこにするからな? こいつは私より強いし速いぞ?」
え、もしかしてそれ私のこと?
困惑していると、私に向かって、男の見えない位置でシトラスさんが口パクでごめんねと言ってウインクをした。ごめんねじゃないんだよなぁ。盗賊にまで私が化け物だって伝わっちゃうじゃないか! というか、このやりとり、村を出るときにメルコさんにもやられたことあるな……。
がっくりと項垂れると、ふと、足下に転がる三つの死体に視線を移してしまい、洞窟での惨状がフラッシュバックした。あの光景を今度は私たちが自ら作っていくということもあるんだと考えてしまうと、少し気が滅入る。
人を殺す覚悟はしたはずなんだけどなぁ。結局まだ私は、殺人童貞であることには変わらないんだ。こんな童貞、本来なら捨てない方がいいのだろうけど、そういう仕事を選んでしまったのは自分なのだし、|シャルちゃんやユニエラちゃん《大切な人》のために頑張ると誓った以上は、いざそういう場面になったときに躊躇しちゃいけないし、しないようにしよう。
死体から視線を外して、大きく深呼吸をした。新鮮な空気が、私の気を引き締めてくれる。
私は、自分でできうる限りの邪悪と思う笑みを浮かべて、シトラスさんの後ろから男の視界に立った。
「ぷふっ……」
男が噴き出すように笑い出した。
「おい、なんだ急に」
苛立たしそうにシトラスさんが男の喉元に当てている刃に力を入れる。
「す、すまん、殺さないでくれ。そんな顔、急に見せられたら、笑うに決まってる。頼む、不可抗力なんだ。お前らの知りたいことは話すから」
「顔?」
そう言って振り向いたシトラスさんは、私の邪悪笑顔 (自称) とご対面することになって、それを見るなり噴き出した。
「ぷふぅうう! そ、それ、盾の子、な、何の顔? きゅ、急に、に、にらめっことか始めないでくれる? やば、ツボ入るぅ……ぷははははははは!!」
周りを見渡すと、視線を逸らして笑いをこらえる仲間たちの姿があった。えぇ、私の頑張りは?
――なんだ今のは?――笑い声か?――女の声だったぞ!――あっちだ、人を呼べ!――
シトラスさんの笑い声を聞きつけた盗賊の仲間と思われる男たちの声が聞こえてきた。やばい!
「やっば! メンゴ、うちが笑っちゃったから!」
言いながら、正面の男の下顎からジャマダハルをアッパーで突き刺して即死させるシトラスさん。判断が早すぎる……。でも今はそんなことより!
「いや、私がごめんなさい! 悪気があったんじゃないんです! 私も手伝ってその人を脅そうと思って!」
「おーけーおーけー。良かれと思った系ネ。ならよし! 今回は、うちとお相子ってことで、逃げるぞお前ら、うちに続けぇ!」
薄暗い森を、シトラスさんを先頭に、全員で駆け出した。
何やってんだよ、私はもう……。




