キャラバン護衛編 断章 緑の賢者の悪だくみⅡ
森の中、緑色の若き賢者が高笑っていた。
あれから一週間で、一匹一匹は前の比ではないほど弱いけれど、数だけで言えば、あれよりも多くの魔物を手懐けた。あの馬車の所にいた女たちはこれで俺のものだと笑っていたのだ。
賢者の持つ、この世界には本来存在しない魔法の杖。それで手懐けられた魔物たちの視線は、虚ろに虚空を見つめている。
この魔物を集める過程で、少しだけ複雑な命令ができるようになった。と言っても、魔物たちをいくつかのグループに分けて、それぞれ別の時間に攻撃を開始させられるようになっただけだ。まだ、一匹一匹に個別で命令できないし、具体的な行動の指示ができるわけでもない。一番大きい馬車を攻撃しろとか、男を攻撃しろとか、そういった、ざっくりとした指示しかできないが、今はそれで十分だった。
何故かと言うと、仮にだが、誰がどいつをどうこうするというような指示ができるようになったとしても、今のこの緑色の君には、その膨大な数の命令を下すに足る脳の処理能力が無いからだ。
閑話休題――。
緑の賢者は、意気揚々と、魔物たちに杖を振るう。付いて来いと。
魔物たちは、声も上げず付いて行く。
ゾロゾロと、百を優に超える魔物が、たった一匹の緑色の小鬼を先頭に行進する。
目指す場所は、一週間前に、自分の軍勢が立ち往生させた馬車のあるところ。
夜まで待って、人間どもの寝込みを、この群れで押し潰し、男どもはその場で八つ裂き、食料に。女は攫って子供を産ませるのだ!
足りない頭で考えた、最高な作戦とその結果を思い浮かべて、涎を垂らしながら笑う。
かくして到着した、目的地の街道には、いくつかの馬車の残骸と、消された焚き火の跡を残して、人っ子一人いなかった。
場所を間違えたのか?
そんな筈ない。確かに馬車の残骸はある。
足下を見ると、自分が従えていた魔物の亡骸の一部や血痕も、まだ、生々しく残っている。
ここに違いはないと、この場所に残されたあらゆるものが教えてくれている。
ではなぜ、彼らは消えたのか?
緑色の小鬼は、小さく足りない頭で考えた。
そしてようやく思い至った。
移動してしまったのだと。
自分に都合よく、獲物が手傷を負った状態でそこでずっと動かないでいてくれるわけがないじゃないかと、小鬼は気付いた。
一つ学びを得た。一つ賢くなった。
だが、これからどうしたものかと小鬼は考えた。
街道を見る。
――道だ。
――道ということは、人が通るということだ。
――つまり、この道沿いを行ったり来たりして見張っていれば、他の獲物がやって来るということだ。
小鬼は頷いた。
――男も女も、森からここを見張っているだけで自分からやって来る。俺はここでそれを待って、魔物たちに襲わせればいい。
――この道沿い、森の中は全て俺の狩り場になるじゃないか!
やっぱり俺は頭がいい――!
ああ――最高だ。最高だ――!
俺の城が近付いた――!
ケタケタとひとしきり笑った賢者は、魔物たちを引き連れ、再び森の中へと消えていった。




