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シデリアン洞窟編Ⅱ

ちょっと小分けにしていきます。


2025/2/8 字下げ、改行や細かな表現の改稿

 洞窟の中は思いのほか広くて、天井は高い。

 一番奥が袋小路になっているという話だったけど、どこか外と通じているのか、空気の流れを感じる。

 天井には、光る虫なのか、苔なのかは分からないけど、何かがビッシリと貼り付いていて、妖しい光で洞窟内を照らしている。

 地面は、あちこちから湧き水が湧き出ていて、その影響で湿っている。岩場は滑りやすそうなので要注意。

 湧き水は、天井からの淡い光を反射させて、辺りできらめいている。

 そこかしこに大小の泉や池があって、大きめの泉からは小さな川が出来て、洞窟の奥へと流れている。

 これなら確かに、生活用水に困ることはなさそうだ。

「よし! まずは、薪の代わりになるらしい魔物と、食糧を確保しなきゃ。あー、あと、装備の締め加減も調節しなくちゃ……」

 受付のおじさんに言われたことを思い出しながら洞窟を進む。


 体感で十分ほど歩くと、目の前の空間に闇が浮かんでいた。

 天井からの光に照らされず、それの真下には影すらない。空間にぽっかりと穴が開いていた。

 私は、それが魔物の出てくる兆候だと知っていた。村に居たころ、何度かあそこから魔物が出てきて、それを自警団が退治しているのを見たことがあったからだ。

 混ざろうとしたら、猟師のおじさんに狩りとは訳が違うから下がってなさいと怒られたっけ。

 あのとき怒られたことを、今からは率先してやらなくてはいけない世界に来たのだと、気を引き締める。

 動くのに荷物は邪魔になるだろうと思って、バックパックの肩紐のロックを外して荷物を下ろした。吊るしていたバケツとオイルポッドが、地面から突き出た石ころに当たって割と大きな音が鳴る。それに少しビビる私。


 穴から影が飛び出した。影が飛び出した後の穴は、破裂する風船のように、はじけて消えた。

 飛び出してきたモノを注意深く見る。

 大型犬くらいの大きさの、毛むくじゃら。イノシシのようにも見える。呼吸は荒く、前足で地面を蹴り荒らして、既に臨戦態勢。いつ突撃してきてもおかしくない。


 怖い……。けどやらなきゃ。


 盾を構える。とりあえず、姿勢を低く。自警団の人たちがやっていた姿勢を思い出しながら真似をしてみる。

 咆哮――そして魔物が突進してきた。

 体を覆っていた毛は逆立って、鋭利な棘のような形に変わっていた。

「そんなんなるの、反則でしょ!?」

 腰が引けてしまった私を魔物は見逃しも、まして容赦などしてくれるはずもない。

 真っ直ぐに私へ鋭い毛を向けて突っ込んでくる。

「ストップ、ストップ、ストーップ! 止まってぇええ!!」

 へっぴり腰で盾だけ前に出す、情けない私。

 ガンと、鈍い音が衝撃とともに体に響き、そのまま尻餅をついてしまう。

「あだっ!」

 盾と盾の隙間からは鋭い毛がいくらか覗いて、盾に直撃した毛は歪み折れて、中から黒い油のような物が噴き出している。

「うわ、気持ち悪っ!」

 私から一度距離をとる魔物。前脚で地面を蹴って、まだまだやる気のご様子。私の罵倒にショックを受けたから離れた訳ではなさそうだ、残念。


 立ち上がって、構え直しながらチラリと盾の表面をみると、汚れはあったが、傷らしい傷は見当たらなかった。

 思ったよりずっとこの盾が頑丈なのか、こういうものを貫くほどの強度があの棘に無いのか……。たぶん、後者。だって元は毛だしね。前者だった場合でも焦ることはない。それなら防御を崩さなければ怪我はしない……はず?

 そうと分かれば、怖くない怖くない。どんなこともまず腰を入れないと。ちゃんと地面を踏みしめて!

「さあ、来い!」


 再び黒い固まりが突撃を開始する。

「今度は大丈夫。ちゃんとできる。私は出来る子、メアリの子」

 自己暗示するように呟いて、真正面から盾で受けた。

 衝撃が腕から全身に響く。

「痛ったぁぁあ!」

 だけど、倒れない。

「でもぉ、今度は、だいじょぉおおぶっ!」

 声を張り上げて、全身から腕へ力を注ぎ、弾き飛ばした。


 魔物はひしゃげながら吹き飛び、洞窟の壁に激突する――


 勝った!


 ――その直前に先程まで棘だった毛を元に戻し、クッションとして使って、ゴム毬のように壁を跳ねた。地面に近づくと、再び毛を棘にして、今度はブレーキとして地面に食い込ませ、私の目の前で綺麗な着地をした。

「そんなのあり!?」

 想像以上に賢く動く魔物の姿に驚いて、思わず声が出てしまう。

 魔物はまだまだやる気満々。さっきと同じように地面を蹴って、うなり声を上げている。この声は犬っぽい。

「確実に仕留めなきゃ、いつまでもこれが続いちゃうし……。守っているだけじゃ先に進めない」

 この洞窟も、これからの人生も。なんて少し上手いこと考えてみたり。……結構余裕だな私。

 こんなアホなことじゃなくて、どうやって勝つか、どうやって攻撃するか、考えよう。


 受付のおじさんの言葉を思い出す。

「そうだ。『角とかで思い切り殴れば死ぬ』これだ」


 私は右手の守りを解いて、フリーにする。

「腰はできるだけ低く構えて、足を開いて、重心は前。衝撃を受けても体勢を崩さないように――」

 私なりに考えて、ブツブツ呟きながら構えを作る。少々不格好ではあるけど、それは今はご愛敬ってことで。

 片手になっても、私の盾は大きい。これだけでも十分体の大半を守れる。


 魔物が突進を開始した。

 私に棘が迫る。

「もっと低く。根を張るように――」


 ――ガン!


 真正面から、これで三度目。今度は弾かず、ぐっと衝撃を堪える。

(止まった瞬間が、勝負!)

 ずるずると、勢いを削ぐためにわざと押される。そしてその時がきた。

 完全に止まった魔物が次のために動く前に、私は、力任せに盾の角を、魔物の頭部に叩き込む。

「おりゃあああああ!」

 ペキャっと生木の枝を折るような音がした。


 …………。


 動かなくなった魔物をしばらく、注意深く見つめる。

 本当にもう起き上がらないことを確認して、ホッと一息着いた。


「はぁぁぁ~、勝ったぁ~。初陣としては、なかなかな滑り出しじゃないかな、なんて……」

 自分を褒めてみたりする。

 

「さてさて、この子は、食べられるのかな?」

 うさぎや鹿、野鳥の解体なら経験があるし、その要領で解体してみよう。

「うーん。毛と皮と油が多いなぁ。それに臭い。食べられるお肉は少なさそう……。というか、こんなバラバラにしてるのに血が見えないってのはどういうこと?」

 しばらく解体して、心臓と思しき器官を見つけ、あることに気がついた。

「あ、そうか。この油みたいなのが血だったんだ」

 酷く臭うこの油だと思っていた液体は、血液だったということもあって、付着していないところがない。

 とてもじゃないけど、どのお肉も食べられたものではなさそう。

「油……油かぁ。……あ! ひょっとしてこれが?」


 近くの池で手とナイフを洗い、リュックから火起こしキット(マグネシウムマッチ)を取り出して、撒き散らされた魔物の油のような血液の内の一つに使ってみた。すると、親指の爪ほどしかなかったそれは、驚くほど大きく燃え上がった。

「うわっ! あーやっぱり、これがおじさんの言ってた『よく燃える魔物』か。というか、よく燃えるどころじゃない勢いだなぁ……」

 他の撒き散らされた血に引火するかと思うくらい大きく燃えているけど、大丈夫なの?

 うーん、引火する気配はないみたい。


「それにしてもすごいなぁ。火が柱みたいになってる……。少し怖いな、これ。消そう」

 そう言って水をかけた。

「あ、やば!」

 燃えた油に水をかける危険性を失念して慌てた私をよそに、火はすんなりと、その場で消えた。

「え、消えたよ、火。いや、消えていいんだけど」

 不思議に思い、火元を注意深く見ると、液体自体が消えて無くなっていた。

「え、どこいった?」

 地面を触っても何もなかった。

 そういえばと、油なら先ほど手を洗った池の表面に浮いているかもと、池を見に行くも、油が浮いている様子はなかった。まるで溶けてしまったかのように無くなっていた。

「こういうところは血液なんだなぁ。触った感じも見た目も真っ黒な油だったのに、水で洗い流せるし、燃えていてもすぐ消える。不思議だけど便利な物だ」


 バックパックの脇に吊されていたオイルポットに魔物の心臓を絞って血を入れた。

 心臓を絞っている姿は、我ながら、だいぶ猟奇的な光景で、シャルちゃんには見せられないなと思った。


 ひとまず、燃料問題は解決したので、次は食糧問題です。

 この、今し方絞りカスとなった魔物さんが食べられないかどうか検証します。検証といっても、そこらの小川でお肉を洗ってみるというだけの話なのですけども。

 足の肉付きはなかなか良いので食いでがありそうなんだけど……。

 やっぱり、この血の臭いがどうもなぁ……。というわけで洗ってみます。

 普通の動物だって、血抜きしないと食べられたものではないのだから、やってみる価値はあると思う。


 バシャバシャと、少し深めの泉に肉を入れて洗う。

 見た目は綺麗なお肉に見えるくらいには洗ったところで水から出して、恐る恐る臭いを嗅いでみる。

「あ、臭くない」

 意外や意外。見た目通りの良い香り。

 オイルポットから少し燃料を出して火をつける。

 少し気になったので、燃料になったこの血液も嗅いでみると、これ自体も、思っていたよりも臭いがないことに気づく。どうやら、肉に付着するとあの独特な臭さが出るようだ。

 岩塩をナイフの背で削って肉にかけ、綺麗に洗った骨に刺して遠火で焼く。

 肉の表面で肉汁が沸々としてきたところで実食。

「いただきます」

 恐る恐るの一口目。

「うわっ、うま……」

 普通に美味しくて目を丸くした。

 塩のみの味付けでこの美味しさは、素材がよっぽど良くないと出ない。捨てなくてよかった。

 しかし、この魔物を倒すと、燃料だけじゃなくて、この肉まで手に入るのか。それが分かっちゃうとなんか、テンション上がってくるな。

 これからの道中が楽しみだぜ。と、私は指に付いた肉汁を舐めた。


 しかしながら、洞窟内ということもあって、肉の保存が利かないのが難点だ。手持ちの塩も、結構大きめな岩塩だけど、削って肉を塩漬けに出来るほど多くはないし。というか、塩漬けがいい感じにできあがる頃にはこの試験は終わっているだろうし。

 狩るたびに、食べるか捨てるかを選択しなくちゃいけないのか……。

 まぁ、言ってもここは湿度は高いけど、温度は安定してるし、お肉も最低二日は持ちそうな気がする。

 でも、今日のところは初勝利ってことで食べちゃいましょう。

「やっぱり、足一本は残しておこう。念のため……」

 全部食べるのはいくら何でも早計過ぎるだろうと考えを改めた私であった。満腹で動けなくなったらいけないしね。


 食事を済ませて、出発しようと立ち上がる。火を消して、大きく深呼吸。ジメッとした空気が肺に流れ込んでくる。あと、胸が圧迫気味で少し呼吸しづらい。

「こういうのを道中で直せってことなんだ」

 受付のおじさんが言っていたことの意味を理解しながら、胸周りの防具の締め付けを少し緩めた。


 さてと、今後の方針確認。

「おじさんの言ってた、昨日入ったっていう二人組に合流したいな。素人がずっと一人でってのは厳しいし。少し急ぐとしますか」

 足下に注意しながら、私は小走りで進み始めた。

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