キャラバン護衛編ⅩⅩⅠ
「俺史上最悪の辱めを受けた気がする」
ようやく落ち着いたクロウが嘆息した。
「喘ぎ声一つ上げたくらいで……いや、結構な辱めだわ。これには同情するよ、クロウ」
「たった今最悪が塗り替えられたから良しとするか。貴様の同情を貰うよりか喘ぎ声の方が……いや、言い過ぎだな、訂正しよう。秘め声は秘めてこそというものだ。それを貴様に聞かれたことの方が最悪だ」
「なにも訂正してない気がするけど?」
「貴様に同情されることより、秘め声を聞かれたことの方が屈辱だと言っただけだが? 訂正はしているだろう」
「またやる?」
「望むところだ」
「止めろ! もうその夫婦漫才は見飽きたから、ちょっとお互い離れろ」
「「誰が夫婦漫才だ!? 真似するな!!」」
「うるせぇうるせぇ! 話が進まねぇんだよ! 離れてろ!」
ロア君が声を荒げる。
「クロウさん、ご迷惑かけるようでしたら、報酬、値引きしますけど?」
「ディティスちゃん、大人しくしないなら追加報酬無しだよ?」
「申し訳ない」「ごめんなさい」
シェリーちゃんとメルコさんに二人して諫められて、私たちは距離を物理的に取った。
微笑ましくやりとりを眺めていたジークフリート隊長が、最後の挨拶をトーロウさんと始めた。
誘拐犯のおじさんは、すでに拘束されて虫人族の人たちに引き渡されている。
「あはは、若い子は元気だなぁ。トーロウ殿、本当はこちらからも護衛を出したいのですが、生憎人手が足りなくてですね。冒険者を貸したいところでもあるのですが」
「お構いなく。依頼を受けている最中の冒険者に、ギルドを介さず別の依頼を被せるのはルール違反ですから。理解していますよ。帰りの足に鉄馬車をいただけただけでも十分です」
「そう言っていただけると助かります。全員が一度に乗れるわけではありませんが、ご活用ください。魔法陣は消して使えなくしていますので、荷台に乗っても問題ないです」
「こちらでやってもいいことまで、わざわざありがとうございます。攫われた子らを休ませられます」
「扉は壊れたままなので、落ちないように気をつけて下さい」
「行きは目隠しな上、窓もなかった車内でしたもの、帰りは景色を楽しめると思えば、扉が壊れているなんて、むしろプラス要素でしかありませんわね。なんでしたら、取り外していただいてもよろしいくらいです」
シェリーちゃんが冗談めかして言う。
「逞しいですね。……いや、女性には不相応でした、申し訳ない」
「いえ、好意的に解釈できますから、謝罪は結構ですわ」
そう言うと、私の方を見て、もの憂げな表情を浮かべた。
「せっかくできたお友達とお別れするのはとても寂しいですが、また会えると信じておりますので、ディティスちゃん、みなさん、我が部族の町へお越しになったら、私の家までお越しください。おもてなしさせていただきますから」
「うん、また会おうね、シェリーちゃん」
「はい! ディティスちゃん」
そして、また最後に、ジークフリート隊長がトーロウさんと握手をした。
「いやぁ、しかし、驚きました。魔物の群を操ってけしかけてくるとは……」
「魔物の群……。あぁ、襲われていたアレですな。けしかける? 何のことですか?」
「またまた、我々の足を止めるために魔物の群をけしかけたのでしょう? 魔法か何かで」
「いや、我々にそんな魔法を使えるものはおりません。魔物を操るなんて魔法、聞いたこともない。他の魔族にも使える人はいないでしょう」
「え、しかし、何かに操られているようでしたよ? この辺りには出ないタイプの魔物ばかりでしたし」
「魔物に襲われているのを見て、これ幸いと我々は気配を遮断して近づきましたが、偶然のものだとばかり……」
「え? 本当に心当たりがない、ですか?」
「はい」
握手したまま固まる隊長さんだったけど、少し考えてから顔を上げた。
「なるほど、表情と態度で分かります。嘘は言っていないようですね。うむ……。まぁ、あの魔物に何かあったとしても、これはみなさまには関係のないことということですな。後はこちらでなんとかかんとかします。今は無事のご帰還を最優先に! お時間を取らせました。お達者で」
「大丈夫ですか? 何名か残しましょうか?」
聞いた端から表情が明るくなるシェリーちゃん。残る気満々か、次期部族長さんや……。
気配に気づいたトーロウさんが一睨みすると、ばつが悪そうに俯いた。うん、今回は諦めようね。
「あなた方がこの国にいる今の状態はよろしくない。こちらのことはお気になさらず」
「そうですか……。後ろ髪引かれる思いですが、分かりました。お言葉に甘えさせていただきます。キャラバンと冒険者のみなさまもお気をつけて」
こうして、虫人族一団は、鉄馬車を中心に、帰路へとついたのだった。
王都へ向かう予定に変わりはない私たち一行には、魔物を操る謎の存在という不安材料が残っている。
これからの道中、シェリーちゃんたちが襲われないことと、私たちも襲われないことを願いながら、壊れた馬車の修理作業にみんなで取りかかった。




