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キャラバン護衛編ⅩⅨ

 私たちがお友達の輪を作って笑っている最中、依頼人のおじさん――エントとかいう人の荷物も調べられた。

 持っていた奴隷商人の免許は、この国の名前と国璽(こくじ)を使ってはいるけれど、書式が全く違う物で、押されている国璽も、発行された年に使われていたものとデザインが違う物だったそうだ。まぁ、要するに、偽造された物だったということだ。

「免許の偽造に、誘拐、監禁、無許可人身売買の常習の疑い。あげく、うちのギルドの規約違反か」

「め、免許など、クソ真面目に取って営業している奴がアホなのだ。奴隷はどこまで行っても奴隷に過ぎん。何がクリーンな奴隷だ。何が売る方も買う方も買われる方もウィンウィンの一挙三得だ、馬鹿らしい! 奴隷は、体のいい道具。人権など剥奪して好き放題使い倒すものだろう! 美しければ犯し、力が強ければ、逆らえないようにして肉体労働をさせる。そういうものだろう!」

 おじさんが最終弁論的な言い訳を始めたけど、すぐに隊長さんに反論された。

「今はそういうのは流行らないんだよ。まだそういう考えの奴も確かにいるが、確実に減ってきている。現にお前は、こうして取りたくもない免許を偽造までしている。免許がないと相手してくれるところがめっきり減ったんだろう? 昔は攫ってきた子供を放り投げても何も聞かれず売り払えたが、今は免許がなきゃダメだと突っ返される。まして、肝心の商品()が教育もされてないとくりゃ、最近の貴族は見向きもしないだろう。可愛いだけで高い金払っても、言うこと聞かないし、反抗的なだけの奴隷なんて金の無駄だと、そういう風潮になってきている。最近の貴族たちのトレンドを知っているか? どこの奴隷商の教育が一番行き届いているか、そこから出てきた高品質の奴隷を何人買えたかで自慢話してるんだよ。そこの教育係だった奴が出品されるとなったら、一足飛びにメイド長、執事長の補佐や、子供の教育係として引く手数多で、かつての非合法な奴隷売買の十倍じゃきかない大取引の場になってる。買い手がついた奴隷は、その家族にも売却額の五パーセントが支払われるし、その後も奴隷として働いた給金の三パーセントは別途計上して家族へ支払う義務になっている。潮時だよおっさん。今回、たまたま魔族の娘だったからバレたんじゃあない。相手が人間であろうが、いずれ今日と同じことになってた。なにより、奴隷を商材にしてない俺でも知ってる法律や、奴隷市場の流行が見えてない時点で、向いてないんだよ」

 おじさんはその話を聞くと、クロウの腕の中で崩れ落ち泣いた。

「そ、そんな……知らなかった……なぜ、そんな高値で……売れる?」

「合法っていう、お上からのお墨付きは、財布の紐を緩める。非合法なら出す額や使途について気を使う。それだけの話だよ」

 隊長さんは、へたり込むおじさんの肩に腕を回して言った。

「見てみろよ、隠れること、暴かれないことに力を注ぎすぎたお前さんのこの馬車を。昔のままでいたいっていう殻に閉じこもったあんたの心そのものじゃねーか。虫人族狙ったのも、大方、こいつの購入費用を賄うためだったんだろう? いろんな意味でおっさんは物を知らなかった。だからこんなことになった。勉強してやり直せ、な?」

 え? 今、やり直せって言った?

 今の言葉に、その場の空気が凍り付いた。

 ピリピリと、熱が上がっていく。言われるまでもなく、殺意だと分かる。

 今まで笑いあっていたシェリーちゃんも、笑顔が顔面に張り付いているが、ぜんぜん笑っていない。怖い!

 次の一言で、私たちの運命が決まる。

「ま、虫人族に引き渡した後、おっさんが生き残れたらだけどな」

 殺意の波が引いていく。良かった。肝が完全に冷え冷えだった。生きた心地がしない。

 変わらず顔面蒼白なのは、おじさんだけなんだけどね。

 肩から手を離した隊長さんが立ち上がって手を叩いて言った。

「ただいま臨検を終了した。規約違反、誓約書に虚偽、並びに、積み荷と依頼人の双方に違法性が確認された。違約金として、達成報酬を即日徴収する。また、今般の依頼遂行時における、現時点までの損害の補填費用として、達成報酬と同額を別途徴収する。そして、徴収作業の終了をもって、依頼人、エント=ムメン=フュールングの、護衛対象からの除外を宣告する」

 お金を貰ったら、後はみなさんの好きにしてくださいってことか。なんて、顔の皮が厚い人だろう。このくらい貪欲じゃないと、商人というものは務まらないんだろうなぁ。

「感謝します、隊長さん。あら、そういえば、隊長さんのお名前を伺っていませんでしたね」

 シェリーちゃんが尋ねると、これは失敬と、隊長さんが名乗り上げた。

「私は、ジークフリート=チョウソカベ=フリードリヒと申します、次期部族長殿。こちらの仕事が終わるまで、もうしばしお待ちくださいますよう、よろしくお計らいをお願いいたします」

「かしこまりました。しばらく歓談でもしていましょう。お友達もできたことですし」

 私を見てにこりと笑うシェリーちゃん。くそ、一々破壊力高いな、この美人。

 その後、馬車に腰掛けて、洞窟であったことなど、身の上話なんかをして過ごした。

「まぁ、みなさんご苦労をされてますのね。私とそんなに歳も変わらなそうなのに……」

「いやいや、シェリーちゃん、私たちもさすがに誘拐されたことはないからね。苦労で言えば、シェリーちゃんもどっこいでしょ」

「そうでした。私も結構苦労してました!」

「なに、和やかにご歓談してるんだお前たちは……」

 苦労苦労言っていたら、クロウがイライラしながらやってきた。

「何さ。もう本当に戦う必要なんてなくなったでしょ? クロウもシェリーちゃんと友達になって、身の上話でもしていけば?」

「断る。その娘は護衛対象、依頼人だ。仕事相手に馴れ馴れしくはしないのが信条だ。そして、俺の仕事はまだ終わっていない。それはお前たちもだろう、アンカー」

「それはそうだけど、今は特に危険もなさそうだし……というか、何でイライラしてんの?」

「俺は傭兵だ。戦ってなんぼだというのに、今日はオーガ程度しか殺していない。不完全燃焼なんだよ。町ではお前と引き分けるしな。手合わせしろ、アンカー。命の取り合いは必要なくなったが、俺はお前が嫌いだ。一方的に何発か殴らせろ」

「それは手合わせって言わないんだけど……というか、仕事中云々言ってた癖にこいつ。まぁ、いいよ。私も鉄の扉壊したくらいだし、オーガにもトロールにも止め刺せてないしね」

 立ち上がり、みんなと少し離れて、クロウと対峙する。盾は持たない。死んじゃうしね。

 空気を察した一同が、円上に私たちを囲むようにスペースを空け、見物の構えだ。

「ルールは? 言い出しっぺなんだから、決めていいよ」

「一発、相手の顔面に先に拳を叩き込んだ方が勝ちだ」

「女の子の顔を殴って喜ぶ趣味なんて無いんだけど」

「俺だってそんなものは無い! 単にお前の顔を殴り飛ばしたいだけだ」

「そんなに一途に想われて幸せ者だなぁ、私。でも私には心に決めた子がいるの!」

「そういうところが本当に癇に障る!」

「クロウをおちょくるのは妙に楽しいなぁ、相性最高なのかもね!」

 ブチっと何かが切れる音が聞こえた気がした。

「くたばれええええ!!」

 それは、クロウの堪忍袋の緒だったわけで。

 持ち前の身軽さであっという間に距離を詰めてきた。

 でも、私は避けるつもりはない。こんな不毛な争い、一刻も早く終わらせなくちゃ。私が我慢すればそれで済む話なんだから、慈愛の心をもってですね――

 なんて言うわけないだろ! 一々絡んできてうっざいんだよ、この野郎おおお!!

 こうして始まった勝負は、そのルールを即時撤回し、ただの殴り合いへと発展した。

 私の本気の拳なんて、人間が受けたらただ事じゃ済まないので、クロウは頑張って避けていた。その様が実に滑稽で、当たらなくても私側の溜飲は十分下がったのだった。

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