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シデリアン洞窟編Ⅰ

2021/6/13 改稿


というか書き直し投稿。


2025/2/8 字下げ、改行周り、一部表現の改稿

 馬車に揺られること、二日目。その夕方。西日で赤く染まった城壁が見えてきた。

「二人とも、見えてきたよ……って、もう見てるか」

 村の外で初めて見る他の街に目を輝かせている私たちに、お姉さん――メルコさんが言った。

 いつまでも『お姉さん』じゃ悪いと思ったので、道中で名前を聞いたのだけど、数年ぶりに名乗ったとのことだった。

 いつもお客さんには行商さんとか、お姉さんとしか呼ばれてなくて、仕入れ先はみんな自分の名前を知っているしで、新しく名乗る相手と仕事していなかったそうだ。


「いかんねぇ。安定にかこつけて、冒険心を忘れかけてた。もう少し新しい取引先も考えるか」

 メルコさんはこのとき、自戒を込めるように言っていた。


 通用門にいよいよ近づいてくると、その壁の大きさに、シャルちゃんと一緒に目を丸くした。

「人ってこんなに大きな物作れるんだね」

「こんなの王都の外壁に比べたら全然よ? 普通ってとこかな?」

「これが普通なんですか……」

 こんなに大きいのに……。

 私たちの普通の常識が壊れていく。

「ほ、他の村も、もしかして……!?」

 私がハッとすると、メルコさんが止めた。

「いやいや、村なんて、みんなあなた達のいた所と変わらないから。大きめな町はこのくらいが普通ってこと」

 なるほど、そうか、それなら安心だ。

 安心……か? 何が?


 門に並ぶ列が、私たちの馬車の番になった。

 メルコさんは慣れた手つきで通行証を見せ、守衛さんが確認。そのあと、私たちの方を向いた。

「お嬢ちゃんたちは通行証あるかい?」

「私たちは持ってないです」

「じゃあ、同行人ってことで銀貨――」

「あー、待って待って。この子たちはここに引っ越しに来たのよ。私は送ってきただけ。だから、二人分の通行証売ってくれる?」

「別に構わんが、金はあるのか?」

「大丈夫です、あります。いくらです――」

「待ってディーちゃん」

 シャルちゃんに止められた。何だろうと首を傾げると、守衛さんと話し始めた。

「すみません。通行証はいくつか種類があったりしますか?」

 え、種類?

「お、嬢ちゃん、いい質問だな。そうだ、通行証には一時的なものと、恒久的なものの二つある。それとは別ルートで手に入るものがもう何種類か」

 へぇー。と、口を開いてアホ面を晒している私は話を聞くに徹した。


 よると、出入りを回数で区切っている一番安い価格帯の通行証と、持っていればその町に無制限に出入りできる通行証とがあるそうだ。

 この町で生まれ育った人には無料で無制限のものが与えられるそうだけど、外の人間は買う必要がある。

 サンプルを見せてもらったけど、メルコさんが持っているものとはまた違っているようだった。

「メルコさんのとはまた違うね」

「うん。これは行商人向けの通行証。商業ギルドに加盟していて且つ、一定の額を納めないと貰えないんだ。持っていると、国内外全ての町への出入りが自由になるの。手に入れるまで苦労したよ……」

 遠い目になるメルコさん。

 

「ちょっとー、まだかかるのかい?」

 私たちの後ろの順番の人から声がかかった。

「おっといけねぇ。メルコ、ちょっと馬車脇に寄せてくれ」

「はいはーい」

 守衛さんは同僚に代わってもらって、メルコさんが寄せた馬車に戻ってきた。

「良かったんですか? 時間割いて貰って」

 私が尋ねると「これも仕事の内だからいいんだよ」と、門番のおじさんは笑って説明の続きをしてくれた。


 他にも、貴族が持つものと、王族が持つもの、騎士が持つものなどなど、色々な種類があるそうだ。これを全部把握してるのかと思うと、尊敬する。

「んで、最後に、コレだ」

 最後に見せられた通行証は、とても簡素な、銀色の金属の板が二枚付いただけのペンダントのような形状だった。

 今までは明らかに証書然とした羊皮紙やら、回数券ですら木板製だったのに、ここへ来てだいぶ、その、しょぼい物が出てきたなと思った。

「こいつはドッグタグ。名前の通り、犬の首輪みてーなもんだが、立派な通行証だ。それも、全ての町に出入り自由になるほどのな」

「これにそんな価値があるんですか?」

「あぁ。しかも手に入れるだけなら無料で、誰でも可能だ」

 そんなうまい話があるわけがないと、怪訝な顔をしていると、そんな顔に気づいたのか、守衛さんが笑う。

「ははは! まぁそんな顔にもなるわな。こいつはな、冒険者が持つものだ。ギルドに行って、下さいと言えば赤ん坊にだって発行してもらえる。だが、こいつを持ち続けられるかは別の話だ」

 どういうことか尋ねると、冒険者に正式になるには、試験が必要なそうで、それに落ちたら、即没収されるらしい。

 その試験中に死んでしまうことも多いらしく、実際に没収されている人はずっと少ないという。いや、十分難易度高いじゃん、この通行証。え、私それになろうとしてるの?

 シャルちゃんを見ると、目が合った。うん、これ無理! と思いながら笑いかけると、シャルちゃんが笑顔を返してくれた。分かってくれたみたいんだね。


「守衛さん、ありがとうございました。じゃあ、恒久的な通行証一つと、一番安い一回分の通行証を下さい」


 …………。


 ん? 一回分?


「二つじゃなくてか?」

「はい。ディーちゃん――この子は冒険者になってくれるので、一回分で大丈夫です!」

 私たち何も分かり合えてない!? いや、アイコンタクトで全てを分かり合うなんて私たちにはまだまだ高等テクニックなんだからそりゃそうだ。

「へぇ~、この嬢ちゃんがねぇ。……悪いことは言わないから通行証買っとかないか?」

 正直に言えば買いたい……。

 だけど、私にも女の意地がある。恋人を前にかっこ悪いとこ見せられないじゃん!

 シャルちゃんを見ると良い笑顔。この笑顔は何としても守ると、そう誓ったのだから。

「わ、私、こう見えて、結構強いんで、大丈夫です」

「声、震えてるぞ?」

「武者震いってやつですよ! あ~、今から楽しみだなあ! 冒険者になるの!」

 虚勢を張ってるようにしか見えないって客観的に自分を見ても思う。こんなんじゃ余計に心配させちゃうよ……。

「白いお嬢ちゃん、その、こんなんだけど、本当に大丈夫なのか?」

 守衛さんも流石に困り顔だ。

「大丈夫です! ディーちゃんは強いので。いつか魔王だって倒してくれますよ!」

 それに対して、曇りなき眼で私への信頼感を表するシャルちゃんだった。

 いや、嬉しい。嬉しいんだけどさ、シャルちゃんの私への信頼が厚い、というか、やたら重くない!? シャルちゃんにとっての私の存在が思いのほか大きすぎない?

 いやいや、私が本当に強くなれば、シャルちゃんを今後守る上でも役に立つのだし、魔王まで倒せるかはともかく、目指して強くなる分には何も問題が無いじゃないか。そういう世界に入るって両親にも言ってきたし、今更怖気づいてちゃいられないでしょう、私!

「魔王を倒せるかは分からないですけど、この子を守り抜くくらいには頑張れるつもりです」

「うーむ、そうか? じゃあ分かった。こっちの通行証は金貨五枚だ。で、こっちの一回分は銀貨一枚」

 お金を払う私たち。それにしても、通行証で金貨五枚とはなかなかに重い出費だ。

 内心が顔に出ていたのか、察した守衛さんが少し解説する。

「町それぞれの恒久的な通行証ってのは、その町々の市民の証みたいなものだからな。だから少し値が張る。白いお嬢ちゃんはこれでこの町の住人になったってことだ。そんな難しい顔するな」

 確かに、そう考えると安心だ。

「それにな嬢ちゃん。この通行証を持ってない人間は町で固定資産が持てない」

「固定資産?」

「家とか土地だ。つまり、腰据えて町に住むってことができない。他の通行証じゃ借家か、宿にしか泊まれないし、自分の店を構えて商売もできない」

 え、それを早く言ってほしかったんですけど? じゃあ私もそっち買うよ!!

「ディーちゃん、大丈夫だよ。私がここで家を守るから。私がここで家を持って、一緒に住めばいいんだよ。通行証二つ買う必要はないよ」

 まさかシャルちゃん、未来の家計のことまで考えていたの!? 未来のために使うお金の額を今から計算して? いい奥さん過ぎない?

「あー、そういう将来設計をもうしてるんだ、すごいねシャルティちゃん」

 私の思ったことをメルコさんが言ってくれた。私は全力で首を縦に振る。

「ディーちゃんはこれから、とりあえず冒険者をやりますけど、将来的に仕事ができなくなったら、そのときにまた考えます。それはずっと先の話でしょうけど。今思ったのは、冒険者の通行証が無料で、どの町にも自由に出入りできるというのなら、ここで、この町にしか使えない通行証をわざわざ買う必要はないのかなってことです。私はここに居っぱなしになると思うので、それなら市民権を持っている方が、仕事探しの面でもずっと住みやすいですから、必要な出費です」

「よくできた妹さんだねぇ、嬢ちゃん」

 守衛さんがシャルちゃんを褒めたのだけど、違うんです。

「あの守衛さん、シャルちゃんはその、私の……」

「恋仲なんですよ。私たち」

 私が少し照れていると、シャルちゃんが事も無げに言った。村出てから強いな、シャルちゃん。

「おっと、そうだったのか、すまない。嬢ちゃんは尻に敷かれそうだな」

 はははー、もう敷かれかけてるんだよなぁ。でもシャルちゃんは可愛いから良いのです。

「さて、あんまり長居させても悪いな。ようこそカンブリアの町へ。この大通りをまっすぐ行くと中央に役場がある。役場が冒険者ギルドも兼ねているから、まとめて手続きするといいぞ」

「「ありがとうございます」」

「どうも、悪いわね」

「メルコもご苦労さん」

 馬車に乗り込み、再び進み始めた。


 初めて見る、石畳の敷かれた大きな道や、並ぶ綺麗な店に、家々。それらがどれもこれも新鮮に目に映った。

 日は傾いているのに、活気があり、歩道にテーブルと椅子を出して、お酒と思しきものを飲んでいる人たちがいる。

 村だったら、それぞれの家で家族で食事をしている時間だ。


 広場に到着すると、中央に噴水があった。馬車を降りながら、その贅沢な水の使い方に目を丸くした。

「すごいでしょ。ここは水の町とも言われていてね、山の雪解け水が地下水になって、町の下を流れているの」

「あの水は飲めるんですか?」

「えぇ。あの噴水は町の水汲み場としても機能してるから、昼夜問わず人が良く行き来するわ。汚すようなことをしようとしたり、怪しい動きをすると警備の衛兵が飛んでくるわよ。そのために役場の目の前にあるんだから」

 あの水はどうやって汲み上げているんだろうと思ったけど、それを質問しようと思った矢先、メルコさんが声を上げた。

「あ、急がないと役場が閉まっちゃうわよ、二人とも」

 それはいけないと、二人で役場に駆け込んだ。


 シャルちゃんの住民登録は滞りなく済んだのだけど、私の冒険者登録については、その日の新規受付が終了していた。また明日来てくれとのことで、今日はとりあえず宿に泊まろうと、外に出た。


 メルコさんに事情を話し、宿の場所を聞いた。

 そろそろメルコさんともお別れだ。

「メルコさん、ここ数日、ご迷惑かけっぱなしですみませんでした。二人とも大変助かりました」

「改まっちゃってまぁ。いいのよ。若人の旅立ちのお手伝いができたなんて光栄だもの。まぁ、それはそれとして、お仕事なので、ちゃーんとお代は貰いますけどね」

「それはもちろんです」

「じゃあ、まず、ここまでの旅費二人分で銀貨十枚。それと村での宿泊費が、なぜか金貨五枚。あそこ、ぼったくりもいいとこだったわ。民宿なのに、町のそこそこグレードの高い宿屋と同じとか……。はぁ、手伝いまでしたのに……。あー、それと最後に、この町での簡単な案内料に銀貨二枚」

「なんか、すみません。あそこがそういう料金設定だったなんて知らなかったんです……」

 泊まることを促した手前、罪悪感が尋常じゃない。

「村の人は利用しないし、知らなくてもしょうがないわよ」

 申し訳なさついでだ、少しチップを弾もう。

 私は、チップとして金貨を二枚、余分にメルコさんに渡した。

「あら? これ……」

「その、迷惑料だと思って、受け取って下さい……」

「なんか悪いわね、気を使わせちゃって……今度会ったら何かサービスしてあげるわね」

「はい、そのときはよろしくお願いします」

 私たちはお辞儀をして、メルコさんは手を振った。顔を上げて、今度は手を振り、メルコさんの馬車が見えなくなってから、二人で宿屋へ向かった。


「もっとお金を節約しなくちゃいけないと思うの、私」

 宿屋の部屋に入るなり、シャルちゃんが開口一番に言った。宿屋の、見るからに実家のものとは違うフカフカベッドにダイブするのはお預けだ。

 節約についてはそれはそうだ。いつまでも宿屋住まいでは、多少余裕のあるお小遣いも、あっという間に底をつくだろう。

 私はシャルちゃんの話に首肯した。シャルちゃんは話を続ける。

「それに、家を借りるならこの手持ちでも足りるだろうけど、ここを拠点に動いていくって言うなら、買った方がいいと思う」

「家を?」

「うん。せっかく住民権を買ったんだから、借家よりは、やっぱりちゃんとした持ち家がいい」

 確かに、冒険者としてあちこち動き回る事になっても、いざ町に戻ってきたときに『自分の家』があるというのは、大きなアドバンテージになると思う。

「だからね、ディーちゃん。明日、お役所の前に、少し不動産のお店を覗いてもいいかな?」

「それはもちろん良いよ。二人のことだもん、二人でちゃんと見て決めようね」

 嬉しそうに頷くシャルちゃんの顔を見ると心が温かくなるなぁ。

 無意識的に、私はシャルちゃんの頭を撫でる。

「ここ素泊まりだから、何か食べてこようか、シャルちゃん」

 私の提案に二つ返事で快諾を貰って、出発する。けれど、あまり贅沢は出来ないので、受付で安いお店を聞いて向かった。


 受付の人が言う通り、値段の割に美味しい物が食べられて、二人とも大満足。宿屋に戻ったときには、少ないながらチップを渡したのであった。


 素泊まりかつ、一番安い二人部屋なので、当然、部屋に風呂のようなものは備わって無い。だから、夕飯を食べた後に、公衆浴場なるものにも立ち寄った。寄ったのだけど……。

 女性のみとはいえ、母親と医者以外に肌を晒したことがなかった私たちは、全く落ち着かず――


(シャルちゃんの透けるような白い肌が目の前をちらついていたことも要因の一つで、浴場の熱気と羞恥心で少しずつ赤くなっていくシャルちゃんが色っぽいなとか考えてしまった私は、少し鼻血とかが出そうになった。眼鏡を外してよく見えていないシャルちゃんが、私の手に両手で掴まって子鹿のように震えていたのは、筆舌に尽くしがたく可愛かった)


 ――烏の行水程度で早々に退散したのだった。

 これからのことを考えたら、こういう場所を使うのことにも慣れていかないとなぁ。


 明日もやることがあるので、部屋に戻るなり、私たちはそそくさとお互いのベッドに潜り込んだ。

 お休みのキスくらいはするべきだったかな? などという思考も、二日ぶりのベッドの中ではあっという間に意識とともに雲散霧消してしまうのだった。


 うわ、このベッド、寝心地が良すg――



 爽やかな目覚めだった。目を開けた瞬間から頭がすっきりしていて、惰眠を貪ろうとも思えなかった。

 一番安い部屋だったのだけど、実家のベッドよりも大分上質だったらしい。寝具一つでこんなにも睡眠の質って変わるんだと驚いた。

 家を買ったら寝具にはそれなりにお金を使おうと密かに決意した私です。


 シャルちゃんは既に起きて、身支度を整えている最中だった。相変わらず早いなと感心しつつ、私も体を起こす。

「おはよ、シャルちゃん」

「あ、おはよう、ディーちゃん。早いね」

「このベッド、寝心地良すぎて、逆に眠くない感じ」

「それは、眠れてるの? 眠れてないの?」

「眠れすぎちゃったね」

「それなら良かった」


 大きく伸びをして息を吸う。新鮮な空気が美味しい。

 よっし、やることやりますか!


 手早く準備をしてチェックアウト。大通りでは朝市が開かれていたので、そこで朝食を済ませた。

 始めにパンを買って中央を割り、目に付いた具材を、買ったその場で挟んでいくスタイル。出来上がったら、朝から開いているカフェで飲み物を頼む。入るときに持ち込みが大丈夫かを尋ねると、そもそも午前中しか開いておらず、持ち込み前提で飲み物だけを提供している店だった。そういう営業スタイルもあるんだとシャルちゃんが感心していた。


 カフェを出ると、朝市が片付けられ、他の店舗が開店し始めるというボチボチ良い時間のようだったので、見回りの衛兵さんに道を尋ねて、不動産屋ヘ向かい、おおよその家の相場を調べた。

 私は、金貨五百枚だとか、二千枚だとか、見たこともない大きい金額をたくさん見て目眩がしそうだった。


 一通り調査が終わったところで、昨日出来なかった冒険者登録をするために再び役場へと足を向ける。シャルちゃんは職探しだ。

「冒険者登録、出来ますか?」

 受付のお姉さんに声をかける。

 お姉さんは笑顔で、出来ますよと答えて、書類とペンを出した。

「昨日の夕方もいらっしゃってましたよね? 昨日は済みませんでした。登録は午前中しか受け付けてないんですよ。文字の読み書きは?」

 出来ると伝えると、自身の手元にあった書類とペンを渡してきた。

「では、そちらに名前を記入して下さい」


 紙には『冒険者登録書』と題があり、あとは名前の記入欄しかなかった。読み込む文すらないので、名前だけちゃちゃっと書いて返すと、お姉さんは重々しい機械を取り出して、通用門で守衛さんに見せて貰ったドッグタグをセットした。

 文字が掘られたブロックを機械にセットして、私にレバーを下ろすようにと、取っ手を向けてきた。

「あの、これは何ですか?」

 あまりにも淡々と進むため、疑問を解消させる機会がなかった。なのでここで聞いてみる。

「あぁ、すみません。説明してなかったですね。これは、刻印機です。ドッグタグに名前を彫金するための機械で、取っ手から、使用者の魔力を吸って、ドッグタグに付与し、タグと持ち主を紐付けします。だから、彫られる名前のご本人がレバーを下ろさないといけないんです」

 なるほど、分かった。

「ありがとうございます。じゃあ、これを私が下ろせばいいんですね?」

「そうですそうです。ガチャッとやっちゃって下さい」

 促されるままレバーを下ろすと、固い感触にぶつかった。これがタグなのだろう。構わずレバーを一番下まで下ろすと、ガチャンと良い音と、何かが抜けるような感触が手に伝わった。これが魔力を吸われた感覚なのだろうか?


 紐を通したドッグタグを受け取ると、そこにはしっかりと私の名前が彫られていた。

「無くさないようにして下さいね。あなたが冒険者だという証なので。では、早速試験があるので、迎えの馬車が来るまで待機してて下さい」

 来ました。死者が結構出るらしい試験とやらが。一体どんなことをするのか気になって質問してみる。

「試験って、何をするんですか?」

「それは現場に行ってから説明がありますので」

 ここでは言ってはいけないみたいな決まりがあるんだろうか? その後、何回か聞き出そうとしたけど、同じ回答を繰り返されるだけだった。手強い……。


 諦めて馬車を待ちながらシャルちゃんの様子を見に行こうかと振り向くと、声をかけられた。シャルちゃんだった。

「ああ、シャルちゃん。どう? 仕事は見つかりそう?」

「ヘへーん。実はもう見つかりました」

 え、すごい! さすがシャルちゃん、要領がいい。

「すごいじゃん! どんな仕事?」

「うーんとね、ちょうど役場の仕事に欠員が出たらしくって、そこに入れることになりました。あとね、住むところ決まってないって言ったら、その欠員になった人が引っ越して寮も空いてるって話でね、そこに住んでも良いって」

 本当に要領がいい。人柄のなせる技だろうか?

 いや、シャルちゃんは可愛いからね。何人(なんぴと)も甘やかしたくなってしまうのは必然なんだよ。

「それでね、手狭でもいいならディーちゃんとも一緒に住んで良いって言ってくれてね」

 それはとてもありがたい話だ。これで当面の住む場所に頭を悩ませる心配が無くなる。

 あ、でも、このあと私、試験があるんだった。

「シャルちゃん、仕事だけじゃなく、住む家の確保までありがとう。でも、私ね、今日これから冒険者の試験するらしくって」

「そうなんだ。どれくらいかかりそう? 夕方には終わる?」

「うーん。馬車で移動するらしいから、ひょっとしたら明日までとか、もっとかかるかも知れない。だから、ゴメン! 終わるまで部屋に行けそうにないの!」

 シャルちゃんの様子をうかがうと、少し寂しそうな顔をしているのが見えてしまって心苦しい。

「本当にゴメンね、シャルちゃん」

 シャルちゃんは一呼吸入れて、やれやれといった風に嘯いた。

「もー、しょうがないなぁ。じゃあ、留守の間、私がしっかり家を守っておくよ。なんなら、私色に染めちゃおう。帰ってきたとき可愛すぎて失神しちゃうかも知れないよ? だから、部屋を見るために、ディーちゃんはちゃーんと無事に帰ってくるようにね。約束」

 そう言って小指を出すシャルちゃん。私は自分の小指を絡めて大きく頷いた。


 それはそれとして。


「可愛くするのは楽しみだけど、私の私物を置くスペースは残しておいてね……?」

「あんまり遅いと無くなっちゃうかもね」

「頑張ります……」


 私たちのやりとりを見計らっていたかのように、そこでちょうど迎えの馬車が着いたようで、御者さんが乗り込む人を呼ぶ声が響いた。

「じゃあ、行ってくるね、シャルちゃん」

「うん。行ってらっしゃい、ディーちゃん」

 軽くハグをして、後ろ髪を引かれる思いで馬車へ向かった。


 馬車に乗るのは私一人だけだった。採算とか、大丈夫なんだろうか……。

「えっと、いつもこんな感じですか?」

 御者さんに尋ねると、昨日は二人だったとのことだった。

 何ともいたたまれない空気が流れる中、試験では何をするのかを尋ねるも、やはり、行けば説明されるの一点張りだった。

 本当に直前まで何をやるのか知らされないんだなぁ。せめて試験時間が分かれば帰れる時間に算段が着くのに。


「着いたぞ」

 どこ? ここ……。

 半日かそれ以上か、かなりの時間揺られていただろうか? 御者さんが到着を告げ、追われるように馬車から降ろされた。が、どうみてもまだ道半ば。街道のど真ん中だった。

 騙された? 偽者だった? 襲われる?

 体が警戒のため強張ったが、そんな私を意にも介さず、御者さんは道の先を指さし言った。

「このまま道沿いに進め。突き当たりが試験会場だ」

 大きな山脈の頂がぼんやりと見える、その麓の方を指していた。

 そこまでにかかる所要時間とかを質問をしようと向き直ると、言うだけ言って、御者さんはそそくさと馬車に乗って去ってしまったのだった。

「えぇ……嘘でしょ……」

 もう行くしかない。

 魔物除けのマイルストーンが道の脇に並ぶ街道を一人ポツンと歩いた。


 体感で三十分ほど歩くと、大きな鉄扉で閉ざされた洞窟が見えてきた。手前にはテントがある。あそこで受付をするのだろうか?

 近づくにつれ、テントの脇に、人が立っているのがうかがえた。

 ハゲ頭で、大小の傷の目立つ、屈強そうな男の人だった。


「一人かい?」

 私が挨拶するより前に、話しかけられた。

 挨拶をすっ飛ばされて会話を始められたことに少しイラッとしたけど我慢する。そういう流儀なのかも知れないし。私はその流儀に乗らないけど。

「こんにちは。はい、一人です。試験があるってここまで連れて来られたんですけど、ギルドじゃ行けば説明してくれるとしか聞かされてなくて……。あ、私――」

「名乗りはいい。お嬢ちゃんが冒険者だと分かれば、それでな」

 名乗ろうとしたら目の前に手の平を向けられて止められた。その直後に、値踏みするように下から上までねっとりとした視線を感じた。

 一発殴ってやろうかと思ったけど、すでに試験が始まっていて、ストレステスト的なものかも知れないので、この人の言動や行動に一々心を動かしちゃいけないと気を引き締める。


 しばらく視線に耐えていると、今度は、少し悲しそうな顔をして大きな溜め息を吐いた。

 私の顔に何か付いてますかね!?

 さすがにいい加減、話を進めて欲しいので声をかける。

「あの!」

 少し怒気を込めて。

「あぁ、すまない」

 何か考え事でもしていたのだろうか、突然話しかけられて驚いたような反応だった。

「それで、どうすればいいんですか?」

 じっと見つめると、少し恥ずかしそうに目を逸らしながら、おじさんは答え始めた。

 女の子と目を合わせて話せない思春期男子かな? このおじさん。

「えーっとだな、新米の冒険者に最初の仕事と訓練をさせるのがこの場所だ。ギルドからの報酬は武器と防具、それと金貨十枚だ。ここで貸し出す武器と防具、野営道具などを持って、この洞窟を抜けてもらう。抜けると言っても、この洞窟は袋小路になっているから、行って戻ってくるが正しいがな。中の魔物や害獣、害虫を倒しながら一番奥まで進み、ここまで戻ってくる。往復で大体一ヶ月くらいの道程だ。ここまではいいか?」

 あぁ、なるほど。この洞窟に入って戻ってくるのが試験なんだ。

 往復一ヶ月かぁ。思ってたよりずっと長いなぁ……。シャルちゃんに申し訳なさすぎる。でも、受けないことには始まらないし、今はこっちに集中しますか。

 となると、まず気になるのは――

「はい! 質問いいですか?」

「あぁ、なんだい?」

「その、野営道具には何があるんです?」

 支給品の中身は確かめておかなくちゃね。

「中身か? 寝袋、テント、スコップに火起こしキット。あとは、鍋とナイフ、オイルポットに、岩塩が一塊だ」

 道具と、調味料が一種類?

「食べ物は無いんですか?」

「あぁ、無い。現地調達、現地調理が鉄則だ。てめぇ一人で生き抜く手段を学ぶ場所だ。必要最低限の物しか与えないことになってる」

 結構スパルタな試験っぽいなぁ。ただのサバイバルじゃなくて、襲ってくる敵と戦いながらでしょ? そりゃ死者も出るわ。というか、十五歳そこらの私のような小娘が受けていい試験じゃないよねコレ。選択間違えたか?

 あと、火が必要なのは分かるけど、火起こしキットだけって何さ。薪は? 洞窟なんでしょ? あるの?

「火を起こせても燃料がなければ意味がないですけど、洞窟って木とか生えてるんですか?」

「木みたいによく燃える魔物がいる、そいつを倒せ。薪を一ヶ月分持ち歩きたいならそこの森で採っていくかい? 斧や鉈なら貸すぞ?」

 あー、そういう現地調達もあるのね。薪を一ヶ月分なんて持て――無くはないだろうけど、薪割りが面倒くさい。それだけで二日はかかりそうだし……。

「結構です……」

 あ、そういえば――

「飲み水はどうすればいいですか?」

「そこら辺に泉が湧いてる、大丈夫だ」

「へぇ~、便利ですねぇ」

 生活用水に困らないのはありがたい。ん? 生活用水……?

「あのぅ、ト、トイレはどうすれば……とか聞いても?」

 ハハッと急に大声で笑われ、驚いて体がビクンとなった。

「そのためのスコップだ。出来るだけ深く掘れよ、じゃないと匂う。あ、テントは寝るため以外に、用を足してるときに、隠すためにも使えるが、チームを組まないのならあまりお勧めはしない。敵の発見が遅れるからな。下半身丸出しで死にたいなら止めはしないが」

 下半身丸出しは絶対嫌だ!

 自然、首を激しく横に振っていた私であった。

「ちょっと脅かしすぎたか? まぁ中でパーティーを組める奴に逢うかもしれないからあまり深く考えるな」

 パーティーかぁ。冒険者のチームみたいなものだっけ? 今から入って、人、いるのかな?


 おじさんは咳ばらいを一つして私を傾注させ、さてと本題に入った。

「貸し出す防具と武器についてだが、申し訳ないが今はそこにある分しかない」

 自身の後ろの簡易テントに指をさして言う。

 ()()()()とは?

 どれどれと、簡易テントに入って中を見回すと、武器の棚には丸盾が数個に、刃こぼれした短剣、見るからに重そうな大きな鉄板のようなものが二枚。防具の棚には、金属製のレガースブーツに脚甲、手と指の甲部分だけ金属のプレートが付いたグローブ、金属の胸当て、鎖帷子、大量のヘルム類と、まだ少しまともそうなものが残っているが、武器が少なすぎる。()()()()と言った意味がよく分かった。

「あの、あれだけ、ですか?」

 テントから出て、真っ先に聞く。

 いや聞くでしょ。腐っても、あばら屋でも、布切れ一枚屋根にしたテントでも、国の機関の施設ですよね、ここ!?

「あぁ、言った通りそこにある分だけだ。ここ一ヶ月ほど中に入った新人共の戻りが悪い。悪いというか、誰一人戻ってきていない。そのせいで返却されるはずの装備が中に入ったきりだ」

 おじさんは苦虫を噛み潰したような、申し訳なさがにじみ出る声で言った。

 いやでもほら、手はあるんじゃないのと、私は口を開く。

「回収とか、助けにとか行かないんですか?」

 さすがに戻りが悪すぎるとおじさん自身自覚があるのなら、中で何かトラブルでも発生しているんじゃないだろうかとか思わないのかな?

「行かない。仮に中で重大なトラブルが起こっていても、それを自力で解決する力を付けるための場所だぜ、ここは」

 うーん。要は、弱い奴は見捨てるってはっきり言ってるね。

「今、ギルドの方に武器の補充の申請を出してるんだが……ギルドとて国の機関だ。魔王軍との戦いで、装備品の補充は軍を優先せざるを得ないこの状況で、こっちまで手が回るのはいつになるかわからん。戻ってまた今度って手もある。タグは没収だが、二ヶ月で再登録できる」


 どうしよう。このまま文字通り手ぶらで帰って、シャルちゃんの期待を裏切って、がっかりさせる?

 二ヶ月を無為に過ごして、本来私が養わなくちゃいけないシャルちゃんに養われる?


「幻滅したよ、ディーちゃん。別れよう、私たち……さようなら」


 なんてことシャルちゃんは言わないけど! 内心、それくらいのがっかりはされる気がする。町の門での私への信頼の厚さから見るに!

 というかね――

「いつ装備の補充が来るか分からないけど、すぐそこの洞窟の中にあるであろう装備の回収には行きませんってのは、単に職務怠慢じゃないんですか!?」

「言いたいことはわかるが、回収のために中に入るってことは、自ずと今中にいる新人を助けることに繋がっちまう。回収するとしたら中にいる連中が全員出てくるか、死んだことを確認した後だ」

 私の圧に気圧されたおじさんが言い訳を並べる。その中で、ちょっと気になることを最後に言った。

「中に入った人たちが生きてるか、分かるんですか?」

「あぁ、ギルドに登録したときに名前を彫金したドッグタグを二枚貰っただろ?」

 と、おじさんは私が首から下げているプレートに指をさす。

「そいつはこの洞窟に入っている間に使うものだ。身に着けている人間から発せられる微弱な魔力に反応して信号を出す。もう一枚をここに預けておくと、洞窟内にあるプレートから出た信号をこっちが受信して発光する。この洞窟は奥に進むと、このプレートに使われてる金属の魔力を増幅する特性がある。するとだ、奥に進めば進むほど、外のプレートの光が強くなる。これでどこまで進んだかも分かる。近くにそれを観測、記録する小屋があって、常に人が詰めてる。一ヶ月入り口付近でうろうろして出てくる奴がいても無意味だ。こいつは、終わった後はお前さんらに返されるが、捨てるんじゃねぇぞ。そいつを首から二枚下げて冒険者の仕事を受けてるってことが、正規の冒険者である証でもあるからな」

 このプレートは通行証として以外の用途もあったんだ。そして、コレを付けているから信頼の置ける冒険者であると。

「なるほど。さっき、冒険者たちは戻ってきてないって言ってましたけど、生きてるんですよね?」

 そこ、重要。

「いや、記録員の話だと一番奥まで行く少し手前でプレートの光が消えてるって話だ」

「つまり、死んでいると?」

「あぁ、奥の方の魔物はそれなりに強いから、そういうこともよくある。だが、ここまで戻りが悪いのは初めてだ。今回の連中が外れだったのか、飛び切り強い魔物が出てきたのか、だな。ここまでの話を聞いて、出直すという選択肢は――」

「ありません」

 即答した。

 食い気味だった。

「おいおい、俺が言うのもなんだが、ろくな装備も残ってないこの状況で行こうなんてよく言えるな」

 選択肢は無いからね。

 私の人生は、シャルちゃんを幸せにするために使うと決めたので、ここで戻ってがっかりさせるくらいなら、危ない橋を渡り切って笑顔のシャルちゃんを見たいし、それが二人の幸せへの近道にもなる気がするから。

 まぁ、でも――

「実を言うと滅茶苦茶怖いし、不安なんです。でも、私と村を一緒に出た大切な子が、私が冒険者になることに全幅の信頼を寄せてるんですよね。私自身もあの子を絶対に裏切らないって決めてるし、ここで帰っちゃったら仕事以上に、その掛け替えのない信頼を無くしてしまいそうで、それだけは死んでも嫌なんです。だから、私は行きます。行かなきゃいけないんです」

 真っ直ぐおじさんを見て言ってやった。この場にシャルちゃんがいないことが悔やまれる。いたらいたで私がドヤ顔して、溜息吐かれてたかもしれないけど。

 おじさんは、しばらく私の目をじっと見てきた。

 私が目を逸らしたら、きっと帰れと言われるに違いないから、負けじと見続けてやろう。

 しばらく続けていると、おじさんは一言、根負けしたように分かったと言った。私の勝利だ。


 装備を見繕うためにおじさんと連れ立ってテントに入る。

「それじゃあ、お嬢ちゃんのために装備を見繕うか!」

 急にテンション高くなったな、おじさん。とりあえず乗っておこう。

「はい! とは言っても、これしかないんですよねぇ……」

 おじさんに合わせて上げたテンションが一瞬で下がった。

 おじさんは指をぽきぽき鳴らし、肩を二、三回回した。だいぶやる気のご様子だ。

「まぁ、なんとかするさ。砥石もあるから、刃こぼれしてるのは研げばいい。で、どういう武器が良い?」

 そんなことを言われても、武器なんて生まれてこの方持ったことはない。収穫の鎌やら、枝打ちの鉈、薪割りの斧ならともかく、剣だの槍だの弓だのは、自警団とか猟師の領分の人生だった。

「武器自体、扱ったことがないので何とも……。というか、なんでこんな盾だけ余ってるんですか?」

 鍋蓋みたいな、丸い盾だけがやたらと余っているのが気になった。

「それはな、元々そいつは片手剣(ショートソード)とセットだったんだが、見栄えを気にした奴が剣だけ二本持って行きやがったんだ」

 うわ、嫌な予感しかしないけど、一応聞いておこう。

「つまり?」

「要約すると、二刀流ってかっこいいじゃん? つーわけだ」

 やっぱりかー。

「その人は自分の見栄えより、後から来る人のこと考えるべきだと思いますね。おじさんも止めるべきだったかと!」

「止めはしたさ。だが、あぁいう威勢だけいいクソガキは何言っても聞きやしないんだ」

「はぁ、もういいです。無いものを今からねだっても仕方ないですし。ここに残っている武器で一番強いのって何ですか?」

 過ぎたことをこれ以上突っ込んでも何にもならないから、建設的な話をしよう。

「扱えるとは思えんが、一番強いのはコレだな」

 おじさんは、武器の棚に立て掛けてあった大きな二枚の鉄板を指さした。

「これ武器なんですか!? ただの鉄板だと思ってました。高さ、私の身長くらいまで有りますよ? 男の人でも持てないんじゃないですか?」

 横から見ると、厚さだけで五センチくらいあるんだけど、コレ……。

「俺でも一枚がやっとだろうな、コイツは。本来なら、こんな駆け出し連中が来るようなところに置いておく物じゃない」

「で、これなんなんですか?」

「盾だよ」

「また盾っ!? 今の品揃え見たら間違いなく防具屋さんだと思われますね!」

「否定はできない。まぁ、盾でも角とか縁で殴れば普通に死ぬしな。重さ硬さは筋力でいくらでも攻撃力に変えられるんだから、ここではコレが一番強い」

 まぁ冗談は置いておいてと、この盾についておじさんが説明を始めた。

「こいつはバンカーシールド。杭盾とも言う。炸薬の詰まった筒を爆発させて、その爆発のエネルギーで鋼鉄の杭を地面や岩盤に突き立てることができる。人だけの踏ん張りじゃ足りなかったりするときにその補助をしてくれるって機構だな」

「そんな踏ん張る場面ってあります?」

「強い敵と戦ってたらそういうこともいずれあるかも知れない。くらいか?」

「そんな、かもしれないのためな機能……」

「まぁそう言ってくれるな。こいつは、国の兵器研究所があらゆる戦闘場面を想定して、性能を突き詰めた試作品だ。贅沢な素材と技術の粋を集めて作った結果……普通の人間じゃまともに扱えない重さになった……」

「それを二つも作ったんですね」


 …………。


 私たちの間に何とも言えない気まずい空気が流れた。

「だ、ダウングレードした量産品は既に市場に出回ってるから、これはこれで良かったんだよ!」

 おじさんにとっては精一杯のフォローなんだろうけど、私にとっては「で?」としか思えない。なおのこと一枚で良かったんじゃないの、試作品。「ハイハイ、良かったですねー」と、自然と棒読みになる。

 だがしかしだ。

 私にとって重さはさほど重要ではない。見た感じ、持ち上がりそうな気もするし、質量×筋力=攻撃力なら、何かしら技術の要りそうな他の武器と比べても、実に単純で、素人の私向きだ。

 なら、これでいいんじゃないかな?


「これにします」

「……は?」

 おじさんは、一瞬私が何を言ったのか分からなかったようで、数秒の間があった。興味のかけらも示してなかったんだもん、そりゃそうでしょう。

「おいおい! 今までの会話はなんだったんだ!? これにしますって、そいつは、大人の男でも一枚持つのがやっとな物だぞ!? お前さん、それを小馬鹿にしてたじゃないか」

「まぁ、そうなんですけどね。実際、今でもコレを作った人たちのことは馬鹿だなって思ってますよ。でも、ここで一番強いのはコレだとも、おじさん、言ったじゃないですか。ならこれにしようって思って」

「いや、だから――」

「私、力には自信あるんです!」

 女の子に持てるわけ無いって言うんでしょ? 皆まで言わんでも分かってますよ。と、私は先回りして言葉を潰す。

「自信あるって言っても、女の子の力なんて、たかが知れてるだろ?」

 みんなそう思うことは知ってる。なら、見せるのが手っ取り早い。

「じゃあ、見ててください」

 私は、盾の取っ手と思われる所に手をかけて少し力を入れた。

 あ、うん。上がるね、コレ。片手でもまだまだ軽い部類だわ。思ってたよりかは幾分か重いけども。

 軽々と片手で持ち上げられた大盾を見て、おじさんは文字通り、開いた口が塞がらないといった表情だった。

 なかなかに愉快な顔だ。

 もう一方の手で、残った盾を持ち上げる。

 これは、私の今の恰好の方が、大分愉快なことになっている気がする。

「どうです? なんか、鉄壁って感じしません?」

 冗談を言って場を和ませようとしてみるも、険しい表情で肯定された。笑いどころさん……。

 まぁしかし、こうも無敵感があると楽しい。自然と笑えてくる。腕を広げて回ってみたら誰も近寄れないのではないかと、その場でちょっと回ってみる。

「おい、さすがに何か、というか俺に当たったら洒落じゃ済まないから止まってくれ」

 確かに。遠心力も質量と合わせれば立派な凶器だ。

「ごめんなさい。ちょっとテンション上がってしまいまして……」

 ピタリと止まっておじさんに一礼する。

「しかし、すごい力だな。疑って悪かった」

「いえ、これは実際に見ないことには信じて貰えないと思ってたので」

「いやー、本当にすごい。人間離れしている。いや、悪く言っているんじゃないんだ。気を悪くしないでくれ」

「そんなことで悪くなる気は持ち合わせてないです。村ではよく、男の人たちと混ざって力仕事もしてました」


 おじさんは腕を組んで何かを考え慎重に言葉を選んで話した。

「ひょっとしたら嬢ちゃんの家系に魔族がいるのかもしれないな。昔は魔族と人間で仲良く暮らしてたこともあったらしいし、曾祖父さんとか曾曾祖父さんとか。隔世遺伝というか、先祖返りに近いものかも知れない」

 そういうこともあるんだ。でも魔族?

「魔族って人間よりも魔力が多いはずですよね? 私、普通の人より少ないって、昔、村長の健診のときに言われたんですけど……」

「オーガ族っていう魔族がいる。額に角があり、人間と変わらない背丈と体重で、魔力は人間より少ないが、筋力がどの魔族よりも圧倒的に強い種族だ。お嬢ちゃんの家系にはその血が入ってるのかもな。まぁ俺の憶測に過ぎんから、話半分くらいに流してくれ」

「はい。まぁ、心の片隅程度には置いておきます」

 魔族の血か。考えたこともなかったなぁ。ま、それはそれ。冒険者やってれば、追々何か分かるかもだしね。

 それにしても、しかしだよ。 

「こうして同じ武器を両手に持つと、片手剣を二本持って行った人たちの気持ちも解らなくもないですね」

 そう、実際カッコいいのだ。見栄えは。

「お嬢ちゃんとじゃ、持ってる武器のスケールが段違いだがな……。じゃあ、武器はそれでいいんだな?」

「二つ持って行っていいんですか?」

「どうせ誰も持てないんだから良いぞ。好きにしな」

「ありがとうございます!」

 本当は一枚で十分だったけど、持って行っていいと言うなら遠慮なく持って行こう。

「んじゃ、次は防具だな。武器がそれだから、いくらお嬢ちゃんが力持ちっつっても、多少は加減するべきだろう」

 おじさんは、驚く早さで防具を見繕った。一式をあっという間に選び抱え、着てみろと手渡してきた。

 本当にプロだったんだと、今までただの失礼なおじさんだったのではと半信半疑だった自分を少し恥じた。

 着てみろと言われ、更衣室的な間仕切りの裏に入ったはいいけど、初めての防具装着でいくつか着け方の分からないものがあったので、カーテンから装備と腕だけ出して何度か聞きながら着替えた。

「どうですか? どこか変なとことか無いですかね?」

言いながら回ってみる。

 おじさんは、気になる箇所を見つけると、手早く私の防具の着付けを直した。

 女的に少しきわどいと感じるところもあったけど、必要なことだと分かっていたので黙りました。

 直しは主に、緩く着ていた箇所をきつめに締めるものだったたから、少し着心地が悪く感じられた。

 一通り直しが終わると、おじさんは親指を立ててニッと笑った。

「それが基準になる。少し窮屈に感じるだろうが、後は実際に動いてみて、特に気になった箇所だけ自分で調節しろ。入口付近から二日くらいの地点なら、それくらいやる余裕はあるはずだ」

「分かりました」


 完全装備でテントの外に出ると、今度はおじさんがバックパックを私の前に置いた。これが最初に言っていた荷物なのだろう。

 そして最後にと、おじさんは金属製の箱を取り出した。

「なんですか、それ?」

 弁当箱にしては小さいけど。

「少し長くなるが、お前さんの武器にとって重要な話だからちゃんと聞いてくれ」

「はい」

 武器、この盾についてか。じゃあ聞かないと。


「これは、弾倉(マガジン)って言ってな、この盾の杭を撃ち出すための火薬の筒がこの弾倉一本につき、十二発、つまりこの弾倉一本につき、十二回杭を撃ち出せるってことだ。この火薬の筒のことは弾薬とか弾とも言う。ここまではいいか?」

 早速情報が多い。でも聞き逃しちゃいけないタイプのやつだこれ。

「頑張って覚えます」

「よし。じゃあ盾の使い方だが、このグリップの先端に付いてるレバーを握り込むと、杭が撃ち出される。杭は刺さらなかったり、刺さっても盾が固定できるような硬さじゃなきゃ、勝手に元のポジションに戻って再射出可能になるが、十分な硬さの所に刺さると盾を固定してくれる。コイツを元に戻すときは、刺さったまま持ち上げ、杭を伸ばし切って、もう一度下ろす。すると杭の固定ロックが外れて戻る。弾は撃ったときに燃えて無くなる。中で使うことはあんまり無いだろうが、念のため予備を四本くらい持たせてやる。弾は町の武器屋でも売ってるから、戻ってきたら買って、空になった弾倉に詰めろ」

「空になった弾倉は持ち歩いていた方がいいんですね?」

「そっちのが多少安い。薬莢式っていう筒が金属の弾薬もあって、そっちの方が生産コスト的にさらに安いが、お嬢ちゃんのには対応してないから注意な。『杭盾用の弾をケースレスで』って言えば通じる。給弾機っていう弾倉に弾を詰める機械もあるんだが、ここにはない。自分で買うか借りるかして、そのとき使い方を覚えてくれくれ」

 そう言った後、最後にと、弾倉交換のレクチャーが始まった。こっちは実演で練習がいくらかできたので、まぁ何とか覚えられるでしょう。

 説明が終わると、おじさんは、弾倉を私の上着のそれ用に誂えたと思えるポケットに入れた。

 胸を触られるのかと思って少し身構えたら、そんな唐突にセクハラなんてするかよと怒られた。

 そして小さくため息をして、俺からは以上だと、私を真っ直ぐ、真剣に見据えてきた。

「ありがとうございます」

 準備を手伝ってくれたことに、ちゃんと感謝しなければと、一礼をした。


 大きな鉄の扉で閉ざされている洞窟。さすがに私の力でもこれは開けられそうにないなと思って見上げていると、こっちこっちと、おじさんに手招きされた。実際の出入口は一番下にある小さな扉だった。

 おじさんが扉を開ける。

 様子をうかがうと、中は思ったよりは明るいようだった。

「昨日、二人組が入った。急げば追いつけるかも知れないぞ。ちなみに、片手剣二本持って行ったのがその二人の内の一人だ」

 良いことを聞いた。ちょっと言いたいこともあるしね。説教とか説教とか説教とかね!

「それは急がなくちゃ。行ってきま――」

「待て待て。タグを一枚渡してくれ」

 そうでしたと、タグを外して渡し、仕切り直し、行ってきますと手を振りながら、洞窟に一歩を踏み入れた。


 私が完全に中に入ると、ゆっくりと扉が閉められた。

 外との明暗の差で、一瞬真っ暗に感じたけど、少しすると、周囲がよく見え、天井からの光源にも気付いた。

 さて、いよいよここから、私の冒険者生活がスタートだ!

「ひとまずの目標は、昨日入ったという二人組に追いつくってことで、頑張ろう! おー!」

 と、一人で気合いを入れてみた。

 洞窟の壁で、虚しく私の「おー!」が反響していたのでした。

受付のおじさんの心理描写話は改稿前(三人称視点)にありましたが、一人称にするにあたってばっさり切り捨てました。


どこかに挟むべきだったんだろうか……。


でも視点をあっちこっち飛ばしたくないしなぁ。


おじさんの半生はご想像にお任せしますじゃ。

「昔は俺も、名うての冒険者だったが、膝に矢を受けてしまってな……。それからは引退して、ここで受付をしている」

くらいなら考えてますじゃ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白そうです [一言] 女の子二人で最初は大変でしょう、そう思ったんですけど。こんなにお金持ちだとは思いませんでした⊙▽⊙ どこの初心者テストがそんなに難しいんですか
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