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キャラバン護衛編Ⅻ

 嫌な予感とか、虫の知らせとか、第六感とか、そんなものがあったわけではない。

 私たちは、経験上、万が一はあるものと警戒して二人に合流しようと急いだ。ただそれだけだった。

 戻ってきてみれば、万が一が起こっていた。

 救いとしては、ロア君がまだもがいていたこと。それで、オーガ、とはちょっと違うけど、そいつの手で鷲掴みされているアイちゃんがまだ生きているというのが分かった。

「力が、圧倒的に足りない!」

 泣きそうな声でそう叫ぶロア君の声が、走りながら聞こえた、一番最初の言葉だった。

「力が欲しい? つまり、私をお呼びってことだよね、ロア君!」

 アイちゃんの容態が気になるけど、今は、心細かったであろうロア君の張り詰めた心を少しでも和らげてあげようと思った。

「おせーよ、ディティス」

 鼻声でいつものような返しをするロア君。今できる精一杯の強がりが透けて見える。大丈夫、絶対助けるから。

 とりあえず、ブンブンと振り回す腕が鬱陶しいなぁ。

「腱を切って指の力を絶ちたいんだが、俺じゃ力が――」

「分かってる。ちゃんと切るにはこいつの腕を固定しないとね」

 肘まで向かう。

「ディティス。こいつは、トロールだ。オーガとは違う。少し殴ったくらいじゃ直ぐに傷が治っちまうぞ!」

「少しじゃなきゃいいんでしょ?」

「どうすんだ?」

「こうするのっ!!」

 盾を肘関節にめり込ませるように思い切り殴る。

 骨を砕く感覚とほぼ同時に、それらが接合して治っていく感覚が伝わってくる。

「なるほど、思ってたより凄いね、治る早さ」

 だから言っただろうにと、嘆息する声が聞こえる。

 さて、どうしたものかと少し周囲を見回すと、魔物の膝を貫通した、見慣れたショートソードが見えた。

 魔物、トロールが膝を動かすたびに、そのショートソードで膝を割っては治るという、拷問のような状況になっていることに気が付いた。

「ふむふむ……」

 要は、腕を振れなくすることが肝要。

 異物は刺さったまま治る。

「あ!」

 手を叩いた。

 再び肘めがけて盾を振りかぶる。

「だからそれは――」

「大丈夫、見てて。アイちゃんは絶対、助けるからっ!」

 引き金に指をかけながら、再びトロールの肘へ盾を振り下ろした。

「つらぬけぇええ!!」

 振り下ろし切るのと同時に引き金を握り込む。

 耳を劈く(つんざく)爆発音とともに、盾の隙間から反動を相殺するためのバックブラストが放出される。

 盾から射出された杭は、魔物の肉を穿ち、骨を砕き、地面に深々と刺さって固定された。

 魔物が声にならない声で苦しそうに悶える。

 この勢いでうっかりアイちゃんを潰しかねないかと思ったけれど、神経もついでに切ってしまったのか、力が強まるどころか、指の力が緩んでいた。

 持ち前の回復力で損傷箇所が治りながら膨らんでいく。私の盾の杭が刺さったまま。

 魔物は、腕を動かそうとするたびに、杭が神経を撫で、骨を削るため激痛が走り、膝の剣と併せて、いよいよ身動きがとれなくなったようだ。

 私は、ユニエラちゃんからロングソードを借りて、神経がどの辺を通っているか教えてもらい、そこに刃を深く突き立てた。

 握る力を失い、自然と開く指の中から、ロア君がアイちゃんを引っ張り出した。

 骨が複数箇所折れているようで、手足は紐のようにだらりと垂れている。

 血を吐きながら咳込むアイちゃんはとても痛々しかった。

「良かった、まだ生きてる! アイ!」

「ろぁ……。ありが……と」

 弱々しくも兄にお礼を言うアイちゃん。

「ロア、失礼いたします。アイを診せてくださいな」

 ユニエラちゃんはアイちゃんの容態を確認すると頷いて、腰のポシェットから小瓶を取り出した。

「骨折も多く、恐らくいくつか内蔵が潰れているようですが、このくらいなら何とか治りますわね。アイ、飲めますか? 非常時ですので無理矢理にでも飲ませますが」

 ヒューヒューと細い呼吸をするアイちゃん。瓶の中身は薬か何かだと思うけど、今のアイちゃんが自力で飲めるとは思えない。

「飲み込んでいる間も痛いでしょうけれど、我慢してくださいましね、それは薬が効いている証拠ですから」

 ユニエラちゃんは言うと、小瓶の中身の赤い液体を口に含んで、口移しでアイちゃんに飲ませた。

 一口目を飲み終え、二口目に入るときに、ユニエラちゃんの体が跳ねた。

 アイちゃんが全身に刺すような痛みから、ユニエラちゃんの唇を噛んだからだった。ユニエラちゃんの唇から血が滴り落ちた。

「大丈夫。大丈夫ですから、アイ」

 ユニエラちゃんは、アイちゃんを優しく抱いて、口元の血を拭うと、その後も、瓶の中身が空になるまでアイちゃんへ口移しでの投薬を続けた。

 薬を全てを飲み終えると、アイちゃんは、先ほどまでの苦しみようが嘘のようにケロリとした表情で目を開けた。折れていた骨も元通り繋がり、綺麗な体になっている。アイちゃんは自分でも何が起こったのか分からないようだった。

 当然、私にも分からない。

「え? な、何が、お、起こったの?」

 困惑するアイちゃんにユニエラちゃんが種明かしをする。

「魔法薬を使いました。その中でも最も効果の高い、完全回復薬、エリクシールです。抜群の効き目でしょう?」

「まほうやく?」

 二人で首を傾げる。

「ディティス様、冒険者をやってらっしゃるのに魔法薬をご存じでない? 今日はひょっとして持って来ていらっしゃらないのですか? アイも?」

 そもそもそんなものの存在を知らないんだけど?

 アイちゃんと二人顔を見合わせて、ロア君を見ると、ロア君も知らなそうな顔をしている。

「みなさま、魔法薬は冒険者が依頼に持って行く必須装備ですわよ? まぁ、今はいいです。それよりもやらなくてはならないことがありますから。アイ、病み上がり、起き抜けに申し訳ありませんが、あの鎌を自在に扱えるのは貴女だけですので、トロールに止めをお願いいたします」

「う、うん。わ、わかった」

「大丈夫か、アイ?」

 アイちゃんは、心配そうに声をかけるロア君に、再びお礼を言って大丈夫と笑った。

 トロールに捕まった時に落としてしまった鎌を拾い上げると、ゆったりとした足取りで、うつ伏せのまま、激痛で身動きがとれなくなってしまったトロールの顔の前まで向かった。

 トロールが吼え、最後の抵抗とばかりに、肘から上が残っている左腕をアイちゃんに向けて振るうが、攻撃と言うにはあまりにも遅く、短く、当然それが届くはずもなく、攻撃を仕掛けられた方のアイちゃんに、逆に肩から切断された。トロールの肉の焼ける匂いが漂ってきた。少し臭い。

 トロールの肩に乗ったアイちゃんは、その首元まで近付いて、必殺の一撃を、今度こそ間違いなく、その首に振るった。

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