キャラバン護衛編Ⅺ ロアとアイ編
ディティスたちと別れて、俺たち二人でオーガの相手をする。なんてことない、オーガより強いのとも、俺たちは何度かやってる。あの二人よりは経験を積んでいる。油断は禁物だけど。
正面から走ってくるオーガを迎え撃つ。攻撃はアイにやらせた方がいいだろう。
「アイ、攻撃頼む。俺が抑えるから」
「わ、わかった」
徒手空拳相手の防御はあんまり得意じゃないけど、あの手の爪をそういう武器だと思えばやりようはあるか。
双剣を構えてオーガと対峙する。
「ん?」
オーガは俺たちを見ていない。目の前にいる、その腕で薙げば済むようなちっぽけな人間を見向きもしていない。ただ真っ直ぐキャラバンへ向かおうとしているように見える。
そのまま通してしまうわけにもいかないし、無視されるのが癪なので、こちらに注意を向けるため、腰のアーマーのポケットに入れている投げナイフを
抜いて投げる。あのお嬢様の家が手配した鎧鍛冶は良い腕をしている。こういう細かいところにも気を利かせて実用性を高めているなと、投げながら感心した。
ナイフはオーガの脛に刺さり、オーガは投げた俺の方を確かに見た。よし、来い!
足取りが変わったオーガは、明らかに俺へ向かっている。双剣を構え直して、いざ勝負だ!
剛腕を振りかぶるオーガ。まともに受ければ防ぐどころか弾き飛ばされてしまうだろう。そして、その堅牢な爪で肉をごっそり抉り取られてしまう。ディティスみたいな馬鹿力とアホみたいに頑丈な盾があれば防ぐ手もあるだろうが、俺はそこまで化け物じみた人間じゃない。だから、当たらないように動くしかない。
振り下ろそうとする腕の下へ走り、潜り込む。オーガの爪が空を切る音が耳元で聞こえた。おっかねぇ……。
すぐさま振り返って、手首の腱を双剣で撫でた。
オーガの手首から鮮血が迸り、その先が力なく垂れるのを確認して、体を回す。今度は足首の腱へ刃を向けるが、オーガの反対側の腕が既に迫っていた。
「やべっ!?」
人であろうが魔物であろうが、部位が動かなくなるほど切られたら、痛みで身動ぎするか、反応が鈍るのが普通なのだが、それが無かった。
油断したつもりはなかった。俺の知らない反応をされてしまった。それがたまたま俺の命を一撃で刈り取るほどの攻撃だった。
いや、やっぱりこれは油断だったんだ……。
死ぬ直前に世界がゆっくり動くように見えるっていうのは本当だったんだな……。
命を諦めかけたその時、最近見慣れた赤い軌跡がオーガの肘を通った。
「ロア!」
アイの鎌だった。なんて頼もしい妹だろうか。
俺を狙っていたオーガの腕は、肘から切断されて、俺のすぐ目の前、爪が体に届く寸での所に転がった。切断面は、鎌に刻印された魔法陣の効果で、切った先から焼かれて血すら出ていない。
さすがに切断までされると効くのか、オーガが叫びながら大きく仰け反って後退した。
「だ、大丈夫?」
「あぁ、助かったアイ。悪い、油断した」
謝りながら剣を握り直すが、手に上手く力が入らず、震えていた。
「だっせぇなぁ……俺」
一人ごちる俺の背中を、アイがポンと叩いた。
「だ、大丈夫。ふ、二人だから」
まったく、そんなの最初から分かってるっつの。でも、言葉として改めて聞くと、不思議とさっきまでの恐怖が和らいだ。
手の震えは収まっていた。力も入る。
オーガとの距離も少し離れているし、仕切り直しだ。
どっちが防御とか、どっちが攻撃とか、なんで普段やらないようなことを考えてしまったんだか、少し前の自分を鼻で笑う。
俺たちはどっちも攻撃。いつもそうしてきたじゃねーか。
「よし、行くぞ!」
「うん!」
二人揃って走り出す。
俺は左に、アイは右に。オーガが目を泳がせて、俺の方見た。男を優先的に攻撃するって、知っていたから別に驚かない。
オーガは、自由に動かせなくなった右手の手首から先を、鞭のように使って俺へ振るう。先端の爪の強度は変わらないから、下手に触れれば肉が持って行かれる。
爪に触れればな。
俺は頭上に双剣の刃を交差させて防御の姿勢をとる。
オーガの指が双剣に触れる直前に、交差させた刃を滑らせると、指を失った手の平が俺の眼前を通過して、オーガの臭い血液が顔に飛んできた。
顔に付いた血も拭わず、俺は走り、オーガの足首の腱を切りつける。さっきやろうとしていたことだ。
そのまま今度は、膝の裏から剣を刺し入れて捻り、体重を乗せて押し切った。
踏ん張りのきかなくなったオーガは、俺の切った足から跪いた。
それを待っていたかと言わんばかりに、アイが走り寄ってきて、地面に付いた膝を足場の取っ掛かりにして体を駆け登り、鎌をオーガの太い首に振るった。
「え……?」
「あ、ああ……うぅ、ぐっ……!」
どういうことだろうか、確かに腱を切り、指を落としたはずのオーガの右手が、アイの体を掴んでいた……。
ガランと、アイの鎌が地面に落ちる音が、やけに大きく、耳に嫌に響いて聞こえた。




