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キャラバン護衛編Ⅴ

「うわああああ!!」

 ロックイーターに腕を食いちぎられる夢を見て目が覚めた。

 叫び声なんて上げて起きたのは初めてだ。

「なんですの!?」

「ディーちゃん?」

 両脇で眠っていた二人も、私の大きな声で起きてしまった。申し訳ない……。

「ごめんごめん。怖い夢見ちゃって」

「まあ! 私がもっと密着していれば……」

 多分、ユニエラちゃんが腕の関節キメてたから見ちゃったんだと思うよ、なんてことは言えないので、苦笑いをする。

 しかし、あれだけ寝苦しくて痛かったのに、意外にも少しは眠れてしまったみたいだ。人間ってよくできてる。それはそれとして体は痛いんだけどね……。

「ディーちゃん、はい、お水。汗すごいよ?」

「あぁ、ありがとう、シャルちゃん」

 あんまり酷い寝起きだったから、シャルちゃんが水を持ってきてくれた。

 シャルちゃんが言う通り、寝汗が酷い。着替える前に、体を拭いておこう。

 貰った水を飲みながら窓の外を見ると、まだ空が白み始めたくらいだった。これは本当に悪いことをしたなぁ。

「少し早いかもだけど、準備しちゃったら? 起きちゃったんだし」

「そうだね。今から二度寝をして出発に遅れて、依頼を自動キャンセルなんて恥ずかしいにもほどがあるし」

 水瓶から桶一杯分の水を汲んで、浴室に向かう。

 放置している鎧を浴室内から撤去して、私が代わりに入る。

 汗でへばり付く服を脱いで、硬く絞ったタオルで体を拭くと、ひんやりとしていて目が覚めた。

「ディーちゃん、着替え持って来たよ。背中、拭こうか?」

「ありがとう。じゃあ、お願いしようかな、背中」

 タオルを手渡して、肩甲骨まである髪をどけ、背中を露わにする。

 シャルちゃんはタオルを絞りなおして、私の背中を拭いた。冷たくて気持ちがいい。

 着替えて部屋に戻ると、ユニエラちゃんがすでに鎧に着替えていた。

「おぉ、準備万端だねぇ」

「少し早いですけれど、ギルドの酒場で待ってようと思いまして。朝から開いていて、食事も摂れますし。ディティス様は、シャルティ様と、後からごゆるりと来ても構いませんのよ?」

 シャルちゃんを見ると目線があった。

「ディーちゃん、行って良いよ。私、昨夜(ゆうべ)食べなかった夕飯やっつけたいし、もう一人分の材料もないし。それとね、実を言うと、今日はお休みだったので、ゆっくり二度寝をしたいのです」

 え!? 休みなんて聞いてない!

「じゃあ、私も依頼キャンセルして、今日は一緒に寝る!」

「ディーちゃん、お仕事はちゃんとしましょうね」

「……はぃ」

 にべもなかった。なんならちょっと目が怖かった。

 鎧を着こんで、そそくさと出発の準備をする。

「名残惜しいけど、行ってきます……」

「一、二週間程度で何言ってるの、もう」

「二週間はかけないから!」

「確証はないんでしょ?」

「そうだけど……」

 口を尖らせていると、シャルちゃんが顔を近づけてキスをした。

「行ってらっしゃい。頑張ってね、ディーちゃん」

「うん! 頑張る!」

 我ながら、キス一つでやる気を出すなんて現金なものだと思う。

 キス自体は日課になってはいたのだけど、そういえばシャルちゃんからしてもらったことはなかったなぁなんて思いを馳せる。

 ふと、ユニエラちゃんが羨ましそうな視線を向けていることに気づく。

「私もいつか、ディティス様と……」

「しないからね」

「そうなるように努力するのが私の努めですので、『今はまだ』とだけ、ディティス様の言葉に付け加えさせてもらいますわ!」

 強い子だ。

「あの、シャルちゃん……」

 バツが悪くシャルちゃんを見ると笑顔だった。

「まぁ、私が煽ったんだし……。やれるものならやってみろって感じ?」

 あ、これメラメラしてる顔だ。

「はい、頑張りますわ!」

 こういうのは素直に受け取るのかこの子!?

「い、行ってきます!!」

 シャルちゃんがキレない内に、ユニエラちゃんの背中を押して、寮から逃げるように出発した。

 ギルドの酒場は、今日も今日とて、朝っぱらから酒と料理と怒号が飛び交っている。

「自分で行くと言っておいて、こう言うのは憚られるのでしょうが、言わせていただいても?」

「どうぞ」

「来るんじゃなかった、ですわ」

 取って付けたような『ですわ』がその胸中を克明に表している。私も同じ気持ちだ。

「お、なんだなんだ? こんな朝っぱらから、かわい子ちゃんが高そうなおべべでやって来たぞぅ?」

 髭を蓄えた筋肉ダルマが、私たちが座ったテーブルまでヨロヨロ歩いて絡んできた。

「一緒に呑むか?」

「私たちこれから仕事なんで、結構です」

 営業スマイルでやんわりと断る。

「仕事ぉ? かわい子ちゃんは俺と呑むのが仕事らろお!?」

 うわうざ……。そして酒臭い。

 成人は迎えているので飲めないわけではないけれど、まだ飲んだことはない。まして仕事前に飲酒など、するわけにはいかない。

「おじさん、ゲームをしましょう」

「げぇむ?」

「腕相撲です。私が勝ったら、大人しくお仲間の席に戻って呑んでください。おじさんが勝ったら、私もお酒を飲みます」

 ダルマさんは下卑た笑いを浮かべてこの提案に乗った。

「おおお!! いいぜいいぜぇええ!! 飲むだけじゃあつまらねえ!! 俺が勝ったらお嬢ちゃんたちは俺と今晩お楽しみだ!!!」

 欲深すぎる……。腕相撲でそこまで賭けられるわけ無いでしょ。

 ちらりとユニエラちゃんを見ると、私をまっすぐ見つめて余裕な笑みすら浮かべている。

「ディティス様。この身の程知らずに見せつけてあげてくださいな」

 はいはい、お嬢様。仰せの通り。

「いいよ、おじさん。おじさんが勝ったら今晩私たちが相手してあげる」

 どっと沸く酒場の男たち。机があっという間に片付けられて、中央に大樽が置かれた。

「後悔するなよぉ、かわい子ちゃんたちぃ。まぁ負けてもいい気持ちにはなれるけどよ! ガハハハハハハ!!! あ、それが狙いか! 素直じゃねーな! それも可愛いけどよ!!」

 はははと乾いた笑いが出る。

「立会人を求めてもよろしいかしら?」

 ユニエラちゃんが提案した。

「立会人ん?」

「これはいわば決闘なのでしょう? でしたら、後腐れも言い訳も無い様に、中立の方が立ち合いに入るのがフェアというものだと思いますが?」

「おお、いいぜ! 負けたときに泣き落としでうやむやにされちゃあこっちも堪んねぇからなあ! ちゃんと逃げられねーように証人が必要ってこったなあ! おい、誰か俺の今夜のお相手が逃げないように見張ってくれや!」

「では、私が」

 ギルドの受付のお姉さんが手を上げた。

 立ち合いも決まり、中央のリングで筋肉ダルマの冒険者と、樽の上で腕を組んだ。酒臭い息が匂ってくる。

「へへへへ、今夜は寝かさないぜ、お嬢ちゃんたちぃ。体洗って夜を待ってな」

「これから王都に行く依頼を受けてるんで、さくっと終わらせるよ」

「ダメだダメだ。そいつはキャンセル。今日は俺のことを忘れられない体にする日だぜ」

「言ってろ、ブサイク」

「ああ?」

 男の手に力が入る。怒ってる怒ってる。

「では、私が手を離したら開始です」

 受付のお姉さんが、私たちの手の上に手を重ねる。

「あのポニーテールの娘、どっかで見たことあるような……」

「ああ? あー。あ! ほら、指切りたちとよく一緒に居るあの子だろう。鎧姿なんて初めて見たな」

「あー! そうだそうだ。あの子だ。街の土木工事の依頼をよく受けてる……かわいそうに」

 取り巻いている野次馬から私に同情する声が聞こえる。

 確かにかわいそうだね、このおじさんが。

「いきますよ。レディ――」

 お姉さんが手を放した瞬間、力を思いきり入れた。

 私の三倍は有ろう太さの腕が、易々と倒れ、その甲を樽の縁にぶつける。その腕の肘からはペキッという音が聞こえた。

「うぎゃああああああああああああああああああ!!!!」

 意外な結果に辺りが静まり返る中、骨が折られたおじさんの叫び声だけが響く。

 おじさんから手を放して腕を振り上げると、状況を認識した野次馬たちが歓声を一斉に上げた。

 受付のお姉さんが私の手を取って、勝利者の宣言をする。

「飲み直す前に病院行きだね、おじさん」

「うぐううあああああ、腕がああああああ! おまえ、何者……」

「あ、名乗ってなかったね。名乗る気もなかったけど。私は、ディティス=アンカーだよ」

 悪戯っぽく笑ってみる。

「でぃてぃす……あんかぁ……? あ! お前がロックイーターを一人で引き千切って殺したって言う、ディティス=アンカー!!!?」

 そう言うと泡を吹いて気絶してしまった。冒険者までこの尾鰭の付いた噂を信じてるのか……。誤解が解けるのは今回の件でまたさらに先になりそうだなぁ……。

 おじさんの仲間たちが、気絶するおじさんを担架に乗せてギルドを出て行った。なんだか申し訳ない。

「申し訳なさそうな顔なんてしなくてもよいのですよ、ディティス様。向こうが売ってきた喧嘩ですもの」

「いや、腕相撲挑んだのは私だから、喧嘩売ったのは私の方だけど?」

「絡んできたのはあちらの方なのですから、売ったも同然です。全く、身の程知らずなのですから」

 片付けられたテーブルに戻って、二人分の朝食を頼んだ。

 周りのテーブルでは、先ほどの勝負と、私の話で持ち切りだった。うー、居た堪れないよぉ……。

 運ばれてきた朝食は、恥ずかしさで食べた気がしなかった。

 食休みに水をちびちび飲んでいると、ロア君たちがやってきた。

「よぉ、早いなディティス。と、ユニエラお嬢様。なんだこの騒ぎは」

「ちょっと色々あって……」

「ディティス様が、悪漢を、その美しい(たお)やかな細腕で退治したのです」

「あー、なんとなく把握した。まぁ、頑張れ」

 私の背中を叩き笑うロア君。

「笑うなあ!」

「いや、笑うだろ、こんなの。墓穴掘って自分で入ってる姿なんて最高の見ものじゃねーか。自分の噂を自分で証明してんだからよ」

「そもそも、なんであんな化け物みたいな噂が広まってるの!? ロア君もアイちゃんもいたじゃん、あそこに! ジンベイさんもいないことになってるし!!」

「あー、それな。変に注目されたくなかったから俺が広めたんだわ」

 こいつ今なんて言いやがった!?

 私の名前と化け物みたいな力だけが独り歩きしている噂をロア君が広めた?

 つまり、こいつが主犯、犯人、黒幕、容疑者……は違うか。とにかく――

「おおおおおお前かあああああ!!!!」

 衝撃の噂の出所を知った私は、その犯人に飛び掛かった。

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