キャラバン護衛編Ⅳ
被害報告が出た。
当初依頼を受けていた二十五名の冒険者の内、十三名が負傷したそうだ。
幸い、依頼人側の御者に被害はなかったけれど、このままでは出発できないということで、護衛の再募集をかけ、出発は明日以降ということで、今日のところは解散となった。
賊たちが乗り込んでいた馬車は、町の解体場から昨夜の内に盗まれたものであることが判明した。すぐ後ろの新人の御者の話によると、交差点で待っていたので直進すると思い、一度止めたら列に入ってしまったということだった。この新人の御者はこっ酷く怒られていた。
馬車は、同じ組織の車列を途中で分断するような運航をしてはいけないという初歩的なルールがあるらしい。そりゃ怒られるね。それに、たとえ後ろから付いて来ていても、最後尾ならもっと被害は少なかったかも知れないからね……。
捕らえた賊たちは、その場で一斉に、口の中に仕込んでいた毒を飲んで自決してしまった。実力に幅があったことから、寄せ集めだと思っていたが、組織的な集団だったようだ。実力の幅を利かせるのも、そういう偽装なのだろう。と、メルコさんが言っていた。
ユニエラちゃんはこれ幸いと、再募集された護衛の依頼を嬉々として受けに行った。実力を見せられた手前、きっぱりとやめろとも言えなかった。
依頼を受けたユニエラちゃんは、戻ってくるなり、自分が乗って来た馬車だけ先に帰らせ、今夜は私の部屋に泊まると言ってきかなくなった。
「シャルちゃんが「うん」って言わないとダメ! お金あるんだからホテルに行けばいいでしょ! ウチ狭いし」
「狭い部屋で、ディティス様に密着できるのならご褒美でございましょう!」
「私はシャルちゃんと寝るの!」
「そう仰らずぅ~」
なんてやり取りが帰路で延々続き、結局寮の前まで来てしまった……。
「着いてしまいましたわね~」
「ダメって言われたら大人しくホテルに行きなよ?」
「それは…… は、はぃ」
「返事!」
「はい!」
寮の前で待つように伝えて、シャルちゃんに事情を説明に向かった。
「ただいま、シャルちゃん」
「あれ? おかえりディーちゃん」
「あー、シャルちゃーん!」
抱き付いてお帰りのキスをする。
「今日はできないと思ってたぁ」
「それは私もだけど、どうしたの?」
「色々あって、出発が明日以降に延びちゃって……はぁ、とんだタイムロスだよぉ。誕生日間に合うかなぁ……」
「そこはあんまり気にしなくていいって言ったのに、もう。広場の方が騒がしかったけど、それ?」
「うん……。お掃除とか大変そう。血とかいっぱい流れたし」
「うわぁ、明日は大変そうだなぁ……」
「あ、そうだ。ユニエラちゃんがウチに泊まりたいって付いてきたんだけど、断るよね?」
「え、ユニエラさんが? 狭くてもいいなら私は良いけど?」
「許しちゃうシャルちゃん天使か!! でも私個人的にはあんまり嬉しくない……二人きりの夜がぁ~」
「別に普段から何かしてるわけでもない、ヘタレのディーちゃんが気にすることなんてないんだけど?」
「うぐぅ、それは言わないで……」
「外で待たせてるの?」
「うん」
「じゃあ上がってもらって」
「うん」
私は少ししょんぼりとして、扉を開いて、ユニエラちゃんを招き入れた。
「ご許可をありがとうございます、シャルティ様。お二人には極力ご迷惑はおかけしませんから――どうかなさいました?」
「かっこいいですねぇ。本物の騎士さんみたいです」
鎧姿のユニエラちゃんを見て、シャルちゃんが感想を言った。あれ、そういえば私は?
「そ、そうですか!? お褒めに預かり光栄ですわ」
「置く場所に困りますねぇ……」
そうだね、脱いだ鎧置く場所とか考えてなかったね。あ、そうだ――
「私の盾に紐で繋いで外に置いておけばいいよ。あれ、重くて部屋に入れられないし、盗もうとしても私くらいじゃないと満足に持てないだろうし」
「なるほど?」
ちょっと想像できていないみたいだ。なら実際に見せてみよう。というか、着替えとか持ってるのかな、ユニエラちゃん……。
「そういえばユニエラちゃん、着替えあるの?」
「あ……」
「仕方ない、今日だけ私の貸してあげるよ……」
「ディティス様の衣服!!? ありがとうございます!!」
まぁ、洞窟の帰りにユニエラちゃんから貰ったものの内の一着だけどね。可愛すぎて着られなかったやつ。いや、一回は着たけど、恥ずかしくて封印したってのが正しい。シャルちゃんは似合ってるって言ってくれたけど、多分シャルちゃんの方が全然似合うと思う。そうだ、今度着せてあげよう、そうしよう。
着替えて寮の外に出る。お互いの防具を持ち寄って、庭の一角に集まる。
「それじゃあね、まず、鎖帷子で鎧をこう包みます」
「はい。少し丈が足りないのですが」
「そこはまぁざっくりで。そんで、適当な紐でぐるぐると縛ります」
「はい。ぐるぐる」
「紐の端っこを私の盾のグリップに巻き付けます。あ、これは私がやるね、倒れてきたら危ないし」
「はい」
「結び目があるグリップを地面側に向けて盾を倒します。終わりです」
「こんな野晒しというか、粗大ゴミみたいな扱いで大丈夫ですの!?」
「大丈夫大丈夫、多分」
「多分って……」
「じゃあ盗もうとしてみなよ!」
ユニエラちゃんが渋々自らの鎧の包みを手に取って、ロングソードを抜いて……あ!?
「切るの禁止!」
「そんなルール、ございませんでしょう」
「何やってるのディーちゃん、遊んでないで鎧持ってきて。浴室に置いていいから」
「遊っ!? ……はーぃ」
せっかく結んだ紐をほどいて、鎧を持ってトボトボ部屋に戻ったのだった。盾は適当なところに立てかけた。地べたに放置はよろしくないしね。
「今日は公衆浴場だね」
鎧を浴室に置いてリビングに戻ると、シャルちゃんが言った。
「お風呂屋さんに行けるんですの!?」
「ユニエラさん、初めて?」
「はい! うへへ~、ディティス様の裸体を合法的にぃ~」
「身の危険を感じる……」
「へ、変なことなどいたしませんわよ……じっくりと見させてはもらいますが」
「ま、まぁ見るだけなら……」
触られるよりはマシか。
「あ、いけない。ディーちゃん、今日、夕飯一人分しか作ってないよ……」
「じゃあ、浴場行くついでに外で食べようか。ごめんね、急に帰って来たせいで」
「ううん、大丈夫。これは明日の朝にでも食べるよ」
「そうですわ! 外で食べるのでしたら、私がお代を出しますので、この町での我が家の行きつけのレストランに行きませんか?」
ユニエラちゃんが提案した。うーん、貴族が御用達にしてるレストランかぁ……。
「いいの? なんか悪いなぁ」
「ご迷惑はできるだけおかけしないと言いましたもの。宿代だと思ってくださいまし」
「それはなんとも高い宿代だねぇ……」
「ディティス様と同じ屋根の下で寝所を共に出来るというだけで家宝物ですわ!!」
圧が凄い。まぁ、そこまで言うなら、お言葉に甘えようかな。
三人でユニエラちゃんの言うレストランに行くと、随分と立派な佇まいで、場違い感が強かった。ええ……ドレスコードにあった服なんて着てきてないよ……。お風呂に行くついでだったし。それはユニエラちゃんもか……どうするんだろう。
なんてことなく、ユニエラちゃんは顔パスだった。貴族ぅ……。
ドレスコードについては、ユニエラちゃんもその辺のことを考えていて、店員さんにすぐ個室を手配して通してもらった。
テーブルマナーはユニエラちゃんが教えてくれた。個室だったこともあって人目を気にすることもなかった。
出てきた料理については、大領主の家の行きつけというだけあって素晴らしいものばかりだった。二度と食べられるかわからないから、シャルちゃんと二人、しっかり味わったのは言うまでもない。
本当は持ち帰りたかったけど、そんなことは口が裂けても言えない。
豪勢な夕食を堪能したあとは、当初の目的の公衆浴場へと赴いた。
「こ、ここで裸になるんですのね……周りから丸見えじゃありませんの? ええ、まぁ、使用人に衣服の着せ替えはされ慣れているので、肌を見られること自体は別に気にはなりませんが……」
気にしてるのが丸わかりなんだよなぁ……。
「先行くよ?」
もじもじしているユニエラちゃんを放って、眼鏡を外しているシャルちゃんの手を取って歩き出す。
「もう、ディーちゃん、このくらいならボンヤリとだけど見えるって。手繋がなくても大丈夫なのに」
「私が手を繋ぎたいの」
「ああ、お待ちくださいディティス様! すぐ参りますからあ!」
浴室に三人で入り、並んで体を洗う。
横目でつい、ちらちらとシャルちゃんを見てしまう。ああ、今は平静を装ってはいるけど、やっぱりシャルちゃん綺麗だなぁ……。ユニエラちゃんがいなければ抱き付いていたに違いない。
反対隣からユニエラちゃんの熱視線を感じる。
「嗚呼、ディティス様、均整の取れたお美しい体のラインがたまりませんわ。二人きりなら抱き付いてしまってたに違いありません……」
「もしそんなことしたら、一生口利かないからね」
自分のことは棚に上げた。
「承知して御座います」
「もう、ディーちゃん。あんまり意地悪言わないの。せっかくディーちゃんのこと好きでいてくれるんだから」
「シャルティ様、なんて慈悲深い!」
「えへへ。ディーちゃんが好きな人に悪い人なんていませんから。ディーちゃん、背中こっち向けて。洗うから。ディーちゃんもユニエラさんの背中洗ったげてね」
「シャルちゃんが言うなら仕方ない……。ほら、ユニエラちゃん、背中」
「シャルティ様!? こ、これは!?」
「うーん、レストランでご馳走してくれたお礼、みたいな?」
「あああ、ありがとうございますぅ!」
ユニエラちゃんの背中はなかなかに筋肉質だった。しゅっと締まっていて、綺麗なくびれだ。
「でぃ、ディティス様、く、くすぐったいですぅ」
いけないいけない、つい体を洗いながらペタペタと触り回してしまった。
「あぁ、ごめん。綺麗な背中だったからつい」
「き、綺麗だなんて、そんな……」
「いやいや、綺麗だよ。ねぇシャルちゃん」
「どれどれ。本当だ。石膏像みたい」
「それは褒めてるの?」
「褒めてるよ。肌白くて、すべすべで、しゅっとしてて……」
肌はシャルちゃんの方が白いでしょ。
「えい」
「ふひゃああああああ!? しゃ、シャルティ様!!?」
唐突に、後ろからシャルちゃんがユニエラちゃんの胸を鷲掴みにした。
「うーん、体型は胸も含めて、全体的にディーちゃんと同じくらいかぁ。でもディーちゃんの方が少し肉付きがよくて抱き心地が良い。いや、比べるべきなのはむしろ私の方だね。胸は完敗。抱き心地はユニエラちゃんが上。あー、この半分でも私に胸があれば……」
「ストップストップ! シャルちゃん、どうしたの?」
慌ててユニエラちゃんからシャルちゃんを引っ剥がす。解放されたユニエラちゃんは、顔を真っ赤にして、扇情的な表情で呼吸が荒い。
「はっ!? ごめんディーちゃん、ユニエラさん。あんまりにも綺麗だったから、カッとなって敵状偵察をつい……。ディーちゃん、私、胸は無いけど、きっと抱き心地は良いから!」
「胸が有ろうと無かろうと、私の一番はシャルちゃんだから、心配しなくていいんだよ。ごめんね、ユニエラちゃん」
「はぁ、はぁ、はぁ、い、いえ、少し驚きましたが、も、問題ありませんわ。少し、新しい扉が開きかけましたが……」
いや、多分、その扉はとっくに開いてると思うよ。言わないけど。
「ユニエラちゃん、先にお風呂入ってて。私、シャルちゃんの背中洗ってから行くから」
「は、はい……。お先に失礼しますわ、ディティス様、シャルティ様」
「うん。ごめんね、ユニエラさん」
ヨタヨタと歩くユニエラちゃんを見送って、シャルちゃんの背中を洗ってあげる。
「どうしたの、シャルちゃん。さっきのはちょっとやりすぎだよ?」
「ごめんなさい。ユニエラさん、綺麗な人だし、ディーちゃんのことも真剣に好きみたいだし、アピールも積極的だし、二番目でも良いなんて言ってるけど、このままじゃディーちゃんが取られちゃうかもと思っちゃって……」
「私は、これからも、いつだって、シャルちゃんが一番だよ」
「でもさっき、ユニエラさんのえっちな顔見て生唾飲んでたでしょ?」
うぐ、よく見ていらっしゃる……。
「それに、私の体洗いながら、ユニエラさんみたいな悪戯はしないし。私の貧相な体には魅力がないから……」
私がどれほどの精神力を使ってシャルちゃんへの情動を押さえ込んでいると思っているんだ! 全く!
「シャルちゃんは、悪戯してほしかったの?」
「ちょっとだけなら……いいよ?」
「ちょっとって、どれくらい?」
「……ユニエラさんよりはしてもいい、よ?」
「それは、私がユニエラちゃんにしたくらい? シャルちゃんがしたくらい?」
「ディーちゃんの意地悪。……私がしたくらい」
「ふーん。シャルちゃん、エッチだね」
耳元で囁くと、風呂場の熱で赤くなっていたシャルちゃんの白い肌がもっと赤くなった。
シャルちゃんは振り向いて、ポカポカと私の胸を叩いた。
「んもお! ディーちゃんの意地悪! 知らない! やっぱり無し! 帰ってくるまでお預け!」
「お預けされるのはシャルちゃんの方じゃない?」
言うと、一層攻撃が激しくなる。かわいい。
攻撃の手を掴まえると、シャルちゃんはいじけるように目線を逸らした。
膨らませてこっちを向いている頬にキスをする。
「ごめんね。シャルちゃんの反応が可愛くて」
「ほっぺだけ?」
不満げな視線を向けるシャルちゃん。
「やっぱりエッチじゃん」
「これは違うもん」
「はいはい」
短く唇同士で触れ合う。
「許す……」
「ありがとう」
体を流して、ユニエラちゃんと合流した。
「さっきはごめんなさい、ユニエラさん」
重ねて謝罪をするシャルちゃんを、ユニエラちゃんはお気になさらずと許した。
その後は特に話すでもなく、三人でしばらく茹でられてから浴場を出た。
帰り道のシャルちゃんは、月明かりに照らされて、白い髪が夜闇とのコントラストで、昼間よりも強く、キラキラと輝いて見えた。ユニエラちゃんと並ぶと、金と銀の姉妹にも見えなくはないかも?
寝床では、両手に花とは聞こえは良いけど、二人に両腕をがっちりホールドされて、ユニエラちゃんに至っては、無意識に関節をキメてきていたので、ほとんど眠れなかった……。明日、大丈夫かなぁ、私。
意外ッ! これはお風呂回!
バカップルというのは、人目を憚らずいちゃつくものである。




