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キャラバン護衛編Ⅱ

 車列の中央から剣戟の音と、男女の悲鳴が上がった。

 シャルちゃんの帰った方向とは逆だから、シャルちゃんは大丈夫。

「護衛の冒険者を減らせ! ここいらの奴らを手当たり次第だ!」

 列のど真ん中の馬車に紛れ込むとか、度胸があるというか、チェックどうなってんの!? と、そんなこと考えてる場合じゃない!

 剣戟の音は増えて、近付いてくる。あの馬車から躍り出た賊が、次々と戦闘を始めているのだろう。

「ロア君、アイちゃん!」

「分かってる!」

 コクリと頷くアイちゃんを確認して、私たちは戦闘態勢に移行した。

 私が今まで人を殴ったことがないというのが一番の懸念事項なんだけど、そうも言っていられない。そういう仕事なんだから、冒険者っていうのは! と、一瞬で覚悟を決めた。覚悟の決め方は、あの洞窟で身を持って学んだことだ。

 馬車にみっちり入っていたのかと思うほど賊は多い。すでに十人を越えているみたい。誰も彼も黒いマントにフード姿で、短剣を両手に逆手で持って振るっている。個人を特定させないために各々の個性を消しているのかな?

「アイ、フード被るなよ。間違えちまうかもしれねぇ」

 アイちゃんは頷いて、手に持った大鎌の刃を展開させた。

 あんなギミックまで追加してたのか、くそ、かっこいいなぁ。ロア君のこういう加工の腕を心底尊敬するよ。おっと、集中集中……。

「メルコさん、とりあえず、隠れられるなら隠れててください!」

「分かったわ。賊をお願いね」

「はい!」

 賊が三人、こちらへ向かって走ってくる。

「迎え撃つぞ!」

 ロア君の声に頷く。

「ご立派な装備だが、ただのガキだな!」

「痛いのは嫌だろ? 帰ってママに甘えてな!」

「……殺す!」

 一人だけやたら殺意高いな!?

 正面から、先頭の一人とロア君がぶつかる。双剣同士の鍔迫り合いだ。

 両脇から、すかさず賊の仲間がロア君に攻撃を加えようとする。

「カット!」

 その辺も折り込み済みで身構えていた私とアイちゃんで、ロア君の声とほぼ同時にその二人に襲いかかった。

 アイちゃんはシンプルにキック。ヒールが脇腹にえぐり込んでいて痛そうだ。

 私は、シールドバッシュで弾き飛ばした。でも、手応えがない。

 アイちゃんが蹴り飛ばした方は、うずくまって脇腹を押さえているけど、私が弾いた方は空中で身を捩って綺麗に着地していた。あの殺意の高い人だ。

「女。いや、男か? いや、やっぱり女……。女か? なんだその、ナックル? いや、盾? 盾か。まぁ、いい。なかなか良い動きだ。あと数年もすれば強者となっただろうが、俺に出会ったのが運の尽きだ。殺す……」

 私の風体にめっちゃ困惑しているのは伝わった。あと、私を標的にしたみたいだ。

 私個人に向けた殺意を初めて受ける。おでこの辺りがむず痒くなる。こんな感覚は初めてだ。

 高まる緊張感を吐き出すように、ゆっくりと深く呼吸をする。目は相手から離さない。

「ほう、纏う空気が変わったな。力量差も分からず向かってくる愚か者というわけではなさそうだ。そしてその目だ。死線をいくつか超えた目をしている。そういう目の奴は油断ならない。評価を改めよう、女。ただ殺すのではない。全力で殺してやる」

 さっきよりも殺意が増したのを感じる。お母さんの持ってた冒険小説なんかじゃ、黒いオーラが見えるとか書かれてそうな雰囲気。

 私も殺す気でやらなきゃ殺される。

 二週間ぶりの戦闘で、体が鈍っていないことを祈りながら構えた。左で守り、右で殴る。いつもの構え。

「後の先、カウンターの構えか。盾ならばそうだろう、それしかあるまい。だが、俺の速度に、そのいかにも鈍重そうな盾で、どこまで追従して捌ききれるかな?」

 そこで私は走り出した。相手の動揺が見て取れる。だけどそれも一瞬。

「地の利を捨てたか。その程度の奇策では、俺は崩せんぞ!」

「おりゃあ!」

 盾の面を向けて、再びシールドバッシュを仕掛ける。

「それはもう見たぞ」

 ひらりとかわされるが、それは折り込み済みだ。

 かわした方向へ、瞬時に腕を水平に振り抜く。盾の縁を刃に見立てて空を切る音が響く。

「!? でたらめな馬鹿力がッ!?」

 相手は咄嗟に双剣を交差させて私の盾を受けるが、その程度の強度では防ぎきれるわけもなく、剣からピシリと音がしたのを聞くが早いか、交差させていた腕を開いて、双剣を私の盾の縁に滑らせ、その刀身をバネのように使って、自ら吹き飛ばされるように跳ねた。

 滑るように着地して、自分の得物を確認すると、私に痛いほど向けていた殺意を収めた。

「刃は……ダメだな。まさか、その重量をあの速度で、しかも片腕で振り抜いてくるとは。貴様の膂力を完全に見誤ったな。名を聞こうか、女。いや、先に名乗ろう。俺は、クロウ」

「ディティス=アンカー」

「お前が最近噂のあのディティス=アンカーだったか。なるほど、この結果も無理からぬか。だが次はないぞ、アンカー。標的と定めた人間を俺は絶対に逃がさない。必ず殺してやる」

 そう言うとクロウは、剣をしまい、広場の街灯に飛び登って、そのまま屋根伝いに逃げていった。

 人間ってあんなに身軽にぴょんぴょんできるものなんだ……。

 まさか、明確に標的として、今後も命を狙う宣言されるとは思わなかった。しかし、『噂の』かぁ。どこまであの化け物じみた噂が広がっているというのか……。はぁ、頭が痛い。

 と、そんなこと考えてる場合じゃない。ロア君たちの援護をしない……と?

 ロア君たちの方を向くと、私の心配をよそに、指を落とされた両手を押さえてうずくまっている人と、両腕を落とされて転がっている人がいた。それは、当然ロア君でもアイちゃんでもなく、その相手をしていた賊の人だった。

 ロア君もアイちゃんも、戦い方は割とエグ目の戦法をとるんだってことを思い出した。

 魔物相手だと頼もしいことこの上なかったけれど、こうして人間を相手にやっているのを見ると、なかなか胃に来るものがある……。

 二人とも、私が溝浚いや土木作業をやっている間に、対人戦の依頼も普通にこなしていたと聞いていたけれど、随分と先まで進んでいるようだ。

 広場の騒ぎは徐々に収まってきた。賊も、殺されるなり捕縛されるなり、逃げるなりでだいぶ数が減って、私達のやることはもうほとんど無くなっていた。

 私は、目の前の惨状から、ギルドで最近囁かれるようになった、ある呼び名について、思い当たり、ロア君に問うてみた。

「ひょっとして、最近聞く『指切り』とか、『死神鎌(デスサイズ)』とか、こそこそ呼ばれてるのってロア君たちなの?」

「ん? あー、多分そう。指切りとか、俺の呼び名だっせぇよな!」

「やってることとピッタリじゃん」

「まぁ、そうなんだけど、アイみたいなやつがいいなって」

「そういえば、アイちゃんの相手は、あれ死んでないの? 両腕無いんだけど……」

 よく見ると、傷口の大きさの割にやたら出血が少ないみたいだ。

「あれ、どうなってんの?」

「よく聞いてくれたディティス。あれはな、熱魔法の陣を刀身に刻印して使ってるんだよ」

「はい?」

「思いつきだったんだけど、良い感じだ。魔法陣の刻印できる人にやってもらったんだけど、一度起動したら、振る瞬間だけ魔法が発動するとか、細かい調整ができてさ! あ、それでな、アイの鎌の刀身に刻印して、振ったときだけ熱を帯びるようにしたのよ。で、振った瞬間だけ刀身が赤熱化するようになったから、それで軌跡が光るもんだから芸術点も高くてよ!」

「えーっと、待って。切った瞬間はどうなるの、それ……」

 おおよその予想は付いてるけど、一応ね……。

「そんなの、切断面を瞬時に焼くに決まってるじゃん」

 なんて恐ろしいものを作ったんだこの男は!!

「ちょっと待てディティス。俺をそんなヤバい奴みたいな目で見るな。これには理由があってな――」

 被告人の意見陳述によると、ちょっと前に、やたら再生の早い魔物と戦うことになったそうで、切っても切っても、切ったそばから傷口が閉じてしまうほどで、難儀していたのだそうだ。

 ここまで聞くと、私が洞窟で戦ったスライムを思い出すけれど、それとは違うらしい。

 頭を切り、蹴り飛ばしてみたら、切断面から再生して二匹に増える始末だったらしい。何それ怖い。

 結局、そのときはキリが無くて諦めて撤退して、帰ってきたところで他の冒険者に相談すると、焚き火などで剣を熱してから切ると、再生せずに倒せると言う知見を得たそうで、それで思い付いたとのことだった。

 うーん、じゃあ情状酌量の余地はあるかぁ。

「でもそれを人に使うのはどうなの」

「ディティス。俺たちもここ二週間、ただで過ごしてきたわけじゃないってことだよ……」

 遠い目をするロア君。この二週間で一体どんな修羅場をくぐってきたのだろうか……。

 少なくとも、こんなえげつない攻撃を人間相手に躊躇無く使えるくらいの心境の変化が起こる、何かがあったことだけはその目から分かった私は、それ以上の追求をやめた。

「鎌振った時だけ熱が出るって言ったけど、しまってるときとか危なくない? 走ったり飛んだりしたら振ったときと同じ速度にになるときもあるでしょ?」

「あぁ、それは大丈夫。鎌の刃を展開してるときだけ魔法陣が完成するように分割してんだよ。展開するごとに一々魔法陣に魔力入れなくちゃいけないけど、知らず知らずに火傷してましたってよりは遥かにマシだしな」

「ふーん。意外と考えてるんだ」

「『意外と』は余計だ。アイ! 戻ってこい」

 ロア君が呼ぶと、自らが倒した賊の前で立ち尽くしていたアイちゃんが返事をして振り向いた。癖になっているのか、血を払うように、鎌の柄を一回転させる動作をすると、ロア君の言うように刃が赤く光って光跡を残した。

 なるほど確かに、これは芸術点が高い。そして、その姿は正に、デスサイズの呼び名が相応しいなと思った。

 それはそれとして、立ち尽くしていたアイちゃんの様子が気になったので尋ねてみる。よく見ると体も震えている。

「大丈夫? アイちゃん。ぼーっとしてたみたいだけど」

「う、うん。ま、まだ、ひ、人を切るのに、な、慣れてなくて……。た、戦ってる、さ、最中はいいんだけど、お、終わった後に、きゅ、急に、こ、怖くなっちゃって、う、動けなくなるの。な、情けない、ね?」

「そんなことないよ。アイちゃんには、いつも助けられてると思ってるんだから、私。きっとロア君もね。それに、人を切るのに慣れることなんて、ない方がいいんだよ、本当は。まぁ、仕事柄仕方ないんだろうけど、まだ二週間だし、焦らずいこうよ。私、アイちゃんたちより二週間も遅れてるし、早々に慣れられると疎外感感じちゃうよ」

「あ、ありがとう、ディティス」

 体の震えも収まったようだ。落ち着いたみたいで何よりです。まぁ、今言ったのは完全に私の本音だったんだけどね! 置いてかないでおくれよ、二人とも。

 ロア君にはもう置いてかれてる気がするけど……。

「こいつ、大領主の家紋だ! コイツを仕留めればキャラバンの足止めには最適だぞ!」

「それは、ひょっとして私に対して仰っているのかしら、賊ども」

 声に振り向くと、賊の残党が、ユニエラちゃんを囲んでいた。

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