幕間
感動の再会に二人で抱き合っていると、ゴホンと咳払いが聞こえてきた。空気読めないと言えば、そう、ロア君だ。
「ひょっとしてその子が、お前の言う、婚約者か? ディティス」
「そうだけど、今ちょっと取り込んでるから邪魔しないでくれる?」
「伯爵の話がまだ残ってるだろ」
「えー。もういいじゃん。私、シャルちゃんと夕飯食べに行くから、勝手にやっといてよぅ」
「お前が居ないと話にならねーんだから却下だ!」
ブーブー! イチャイチャさせろー! と抗議するも、黙りなさいと一蹴されてしまった。
「あの、ディティス様。この方なんですのね?」
ユニエラちゃんが私に尋ねた。シャルちゃんのことだろう。
「うん、そうだよ。この子が私と結婚を約束した人。シャルちゃん、シャルティ=バウだよ」
「ディーちゃん、この人たちは、お友達?」
シャルちゃんが少し不安そうにしている。初対面だもんね、仕方ないか。
「シャルちゃん、この人たちは試験先の洞窟で仲間になった人だよ」
「アイ=キール、で、です」
「俺はロア=キール。アイとは双子なんだ。俺の方が兄貴な」
「私は、ユニエラ=セイルですわ。初めまして、正室様」
何を言っているのか、この子は!
「正室、様? ディーちゃん、どういうこと?」
「どうもこうもありません。私、ディティス様の妾になると決めたんです」
あーもう! 私まだ認めてないんですけど、その話!
「ディーちゃん、早速浮気かな?」
「違うよ、シャルちゃん。私、妾とか認めてないし! ユニエラちゃんが勝手に言ってるだけだから! 私はシャルちゃん一筋!」
「認めてくれなくて結構です。私が勝手に奉仕するだけですから」
「奉仕の心があるなら、少し黙っててくれないかな!?」
「あぁ! ディティス様に怒られるのもまた一興ですわ!」
わざとやっていた、だと!? 余計質が悪くない?
「本当に浮気じゃない? ディーちゃん」
すごく不安げというか、疑心な感じに見つめてくるシャルちゃん。
「絶対浮気じゃない! 命賭けてもいい!」
「じゃあ、ここで証明が欲しいな……」
証明? と首を傾げると、シャルちゃんが目を閉じて、私に唇を向けた。なるほど、分かった。みんなの前で誓いのキスをしろと、そういうことだね。合法的にイチャイチャできるって最高だと思います!
私は、シャルちゃんの細い肩を抱いて、体を寄せた。
一ヶ月ぶりのシャルちゃんの唇の感触が脳を焼くように、衝撃的に伝わった。全身が幸せと叫んでいる。
少し舌とか入れたら怒るかな、シャルちゃん……。
恐る恐る舌を伸ばして、シャルちゃんの唇に触れると、ビクンとシャルちゃんの体が震えて、突き放された。あ、やっぱダメですよね。
「ごめん、シャルちゃん。怒った?」
「違うの、ごめん、ね、ディーちゃん。ビックリしちゃって……いいよ?」
両手を伸ばして受け入れ体勢のシャルちゃんにもう一度抱きついてキスをする。今度は初めから舌を入れると、シャルちゃんも私のに舌を絡ませてきた。
やばい、これ、エロい……。キスってこんなにエロいの!?
二人の荒い息づかいと、絡まる唾液の音がすごく大きく聞こえる。溶け合って一つになっちゃいそう……。
「あ、あのぅ……も、もう分かりましたから、お二人の愛はもう分かりましたからあ! それ以上見せつけないでくださいな……」
眼前で情事を見せつけられたユニエラちゃんがギブアップの声を上げた。
「ぷはぁ……はぁ、はぁ――」
シャルちゃんの背中をトンと叩いてお互いを解放した。幸せの一時だった。
「はぁ、はぁ、ユニエラさんと、いいましたね?」
「ええ」
シャルちゃんがユニエラちゃんに話しかけた。
「ディーちゃんは可愛くて、カッコ良くて、優しくて、最高ですか?」
ん? それ、なんの質問?
「それはもちろんですわ。私が迫っても折れずに貴女を一途に愛している。そこもまた素晴らしいです。私、お二人の愛を見せつけられたのに、逆にもっと好きになってしまいました……。正室様、いえ、シャルティ様。お傍にいられなくとも、せめて、遠くから見つめることは許していただけないでしょうか?」
あ、あのギブアップはもっと好きになるって意味だったの!?
「だめ」
「そんな……」
そりゃそうでしょう。何もおかしくない。ユニエラちゃんには悪いけどね。
「勘違いしないで」
ん?
「と、仰いますと?」
「傍にいても良い」
シャルちゃんんんんん!?
「それは、どういう……?」
「ディーちゃんは可愛い。カッコ良い。魅力しかない。普通の人がその魅力に当てられたら落ちるしかない。だから、ユニエラさんがディーちゃんに惚れてしまったのも自然の摂理。私は、いつかこういう日が来ると覚悟していました。思っていたよりもずっと早かったけれど……」
「ええと、シャルちゃん、なんの話?」
「ディーちゃん、私ね、ディーちゃんの魅力に落とされてしまった人が現れたら、二人くらいまでなら認めようと決めていたんだよ」
「何を?」
「妾だよ、ディーちゃん」
何を言っているのシャルちゃん!?
「いや、さっき、浮気かどうか聞いたじゃない!?」
「うん。ディーちゃんから声をかけていたのなら浮気だよ。でも、向こうから惚れられちゃうのはどうしようもないじゃない?」
「それは、まぁ、うん。……うん?」
「好きな人と一緒にいられないつらさは、ディーちゃんだって分かるでしょ?」
「それも、うん」
「だからね、ディーちゃんに惚れてしまった先着二人くらいまでなら、妾として認めてあげるのも、本妻としての甲斐性だと思ったの」
「うーん、それはどうなんだろう。私はシャルちゃん一筋だし、近くにいても、その子がつらいだけなんじゃないかな?」
「それはしょうがない。そこからディーちゃんを振り向かせられるかは、その人の努力次第。……それを踏まえた上で、改めて聞きます。ユニエラさん、ディーちゃんの傍にいたいですか? ディーちゃんが貴女に好意を寄せる可能性は僅かです。限りなくゼロに近いです。おとなしく大領主の実家に戻って、どこぞのお貴族様と結婚した方が幸せになれるかもしれませんよ? それでも、傍にいたいですか?」
考えるまでもないのか、ユニエラちゃんはまっすぐにシャルちゃんと私の目を交互に見て、はっきりと即答した。
「無論です。いつか、ディティス様に振り向いてもらうために、誠心誠意努力するつもりですわ。私をどうかお傍に置いて下さい!」
シャルちゃんの肩が震えている。これほどの覚悟を見せられて感動しているのかな? 言い出しっぺだしね。
ゆっくりと振り向いたシャルちゃんは、酷く動揺していた。あれれ?
「でぃ、でぃでぃディーちゃん。あれくらい言えば諦めてくれると思ったのに、妾になりたいって! どうしよう……思っていたよりずっと本気だよユニエラさん!」
あー。恋する乙女を甘く見ていたのは、どうやらシャルちゃんの方だったらしい……。
「えーっと、ユニエラちゃん。ご両親の了解も取ってないし、とりあえずこの話は保留ってことで、どうかな? 家を捨てる覚悟とまで告白するときに言ったんだから、ちゃんと家には話通さないと、ね?」
シャルちゃんが口パクでありがとうと言っているのが見えた。やれやれ、この恋人は……たまにこういうポカをする。まぁ、それもまた可愛いところなんだけどね、えへへ。
「そうですわね。私も、ちゃんと家に筋を通してからまたお話に参ります。それまでは保留、ですわね」
はぁ、なんとか、先送りではあるけれど、話がまとまって良かった。
さっきからアイちゃんとロア君の反応がないけど、どうしたんだろうって、いない!?
「あの双子でしたら、お二人の濃厚な接吻が始まったあたりで役場に入っていきましたわよ? 付き合ってらんねーとか言いながら」
あの二人にはお見苦しいものをお見せしました!!
「報酬についてのお話もありますし、ディティス様、そろそろ私たちも中に入りませんと」
「んー、でもシャルちゃんが……」
「ディーちゃん。大事な仕事の話なんでしょ? なら行かなきゃ。私、ギルドの酒場で待ってるから」
ギルドの酒場かぁ。荒くれ者の冒険者たちが常に入れ替わりで跋扈しているイメージが強いしなぁ。そんなところにシャルちゃんを一人で置いておきたくない。
「シャルちゃん、一緒に行こう。私のパートナーなんだから、それくらい許してもらえるでしょ。ね、ユニエラちゃん」
「え!? ええ、そうですわね。私からも口添えすれば、同席くらい許してもらえるでしょう」
「じゃあ決まり! 行こう、二人とも」
二人の手を取って役場に入った。
ユニエラちゃんのお父さんは、シャルちゃんの同席を二つ返事で了承してくれた。
その後の話し合いの席で、事の経緯、というか、私たちが口裏合わせしたカバーストーリーを説明して、それに驚いた町長は、ギルドの人にも連絡をして、すぐに洞窟の総点検をすることになった。ギルドの人は、グレイブさんたちの連絡で既に準備を始めていたところだったので、出発は早そうだ。それでも、ほぼ最奥に残してきたロックイーターの素材の回収と受け渡しは、まだしばらくかかることになるだろう。
ユニエラちゃんとの約束通り、素材の所有権は、私たち三人にあると言って、但し書きまで書いてもらえたので、護衛に付く冒険者にちょろまかされるということは無いと思う。まぁ、素材に関しては、私が貰ってもしょうがないから、私の分はロア君に譲るつもりだけど。
そして、ユニエラちゃんを助けたことに対する私たち個人への報酬の話になった。
「なんでも申してみるがいい」
そんなことを言われてもすぐには思いつか……あ!
「じゃあ、その、これから私たちが冒険者として活動していくにあたってですね、武器と防具が無いので、専用に誂えてほしいっていうのは、ダメですか?」
「いいだろう。諸君らの装備一式を腕利きの職人に手配させよう。……諸君らはまだ若いな。これからまだ成長するであろうし、そうさな、成長に合わせて調整できるようにアフターケアも褒美として加えさせてもらおう」
願ってもないオマケまで貰ってとてもありがたい。けど、私にはまだ貰いたい物がある。許してくれるかは分からないけれど、言うだけ言ってみよう。
「あの、どうしても貰いたい物があるのですが、お話を聞いていただいてもいいでしょうか?」
「言うだけ言ってみるが良い。聞かんことには判断できんからな」
「はい、ありがとうございます。その、私がどうしても欲しいという物はですね、私があの洞窟で貸してもらっていた杭盾です」
「杭盾であるなら、扱いやすく、用途に特化させた市販品もあるが、それではダメなのか?」
「その市販品については、存在は聞いてますが、私が実際に触って戦い抜いたのは。借りていたアレなので、手に馴染むアレが、私はどうしても欲しいんです」
「なるほどな。誰しも愛着のある物というのはある。すぐにでも叶えてやりたいのだが、あれの帰属は未だ国直轄の武器工廠にある。あそこから権利を買い取るとなると、ちと手間と時間がな……その間、お主も仕事をせぬというわけにもいくまいし……」
そのとき、私はクガルーアさんの言葉を思い出した。「困ったことが有ったら頼りに来い」というあの言葉だ。
「失礼します。大領主様、お耳をお借しいただけますか?」
立ち上がってお伺いを立てる。
「うむ、なにかな?」
私は、ユニエラちゃんのお父さんに、クガルーアさんに手紙を送って裏から手を回してもらうのはどうかと耳打ちした、
「うむ、なるほど。確かにこの話は耳打ちせねばならんな。その案で行こう」
話を聞き終えると、私に羊皮紙とペンを手配してくれた。
他人に見せちゃいけない申請書だからという理由をでっちあげ、別室に移動して、クガルーアさんへの手紙を書いた。
封蝋の印璽には、セイル家の物を使うことで、カモフラージュもばっちりだ。『最重要』『特急便』のオプションまで付けてもらった。なんだか申し訳ない。
「この書類を送っても、お主の下に杭盾が渡るまでは、最低でも一週間はかかるだろうが、その間、何か武器を貸し出すかね?」
「その間は、街のドブ浚いでもしてますよ。新人冒険者にはちょうどいい仕事です」
「わかった。しばらく不便をかけるが、我慢してくれ」
私は一礼して話を終えた。
「では次は、キール兄妹。諸君らの願いを聞こう」
「自分らは、ロックイーターの素材を丸々貰えるというだけでも十分なんですが、いいんですかね?」
「遠慮するでない」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
ロア君は、大きく深呼吸をしてから要望を言った。
「俺用の鍛冶場をください」
「鍛冶場、だと? それはつまるところ、お主らの家をこの街に建てろという意味になるのだが、相違ないか?」
「いえ、違います。本当に、鍛冶場だけが欲しいんです!」
「ロア、そ、それじゃ、い、意味が、わ、分かってもらえないよ」
「鍛冶場だけでも、土地を買ってやるということになる。娘の恩人でも、さすがにそれは高価すぎる。主な要望が権利の委譲であるディティス殿とは話が変わってくるぞ?」
「いや、あのすみません。土地とかそういうのじゃないんです。確かに、金銭の要求になるにはなるんですけど、その。簡易炉というのをご存じでしょうか?」
「それは知っておる。鍛冶師が冒険者や軍に同行する際に用いる、簡易的な鍛冶道具の一式のことで――ははぁん、分かったぞ。それの最新版をよこせということだな? ミーハーめ。しかし、なるほど確かに、新人冒険者に手の出せる額ではないな……」
そこまで言って、ユニエラちゃんのお父さんは黙って何事か考え始めた。急に黙られてロア君は不安そうだ。
「やっぱり駄目ですよね……洞窟で、今まで使ってたものがそろそろ買い替え時ってくらいにボロくなってしまって、あわよくばって思ったんですけど、やっぱり自分で――」
「そなたら、キールと、言ったな?」
「え? はい」
「それで、鍛冶はお主の趣味か?」
「いえ、家業です。俺たちは口減らしで家を出されたので」
「キールで、鍛冶師……。うむ。良いだろう。簡易炉の最新版、買ってやろう」
「あ、ありがとうございます!」
「それと、鍛冶場だったな?」
「へ?」
「気が変わった。お主の鍛冶場、建ててやることにしたぞ」
「いや、さすがにそこまでは!?」
「当然条件は付ける。まず、我が家と我が家の配下の武器のメンテナンスは値引きすること。あとは、そうさなぁ……お主が拵えた新製品はまずうちに卸せ。どうだ?」
「それくらいの条件でしたら、はい。願っても無いです! 冒険者としての仕事もあるので、常に鍛冶場を開けていられるわけじゃないですが……」
「それはよい。お主が鍛冶場を開いているときの話だ。むしろ今時分の情勢だ、商業的に鍛冶をすることは勧められん。私から見ても、鍛冶屋への今の課税の仕方はあまりにも理不尽だ。商業組合に何か言われたら趣味だと言い張れ。町長」
「はい」
「この者らに永年通行証を発行せよ。土地と家を持つには必要であろう」
「は!」
「ちょっと待ってください。先ほどはそこまではできないと!」
「気が変わったと言ったであろう、鍛冶師のキール殿」
ロア君が含みのある言葉に困惑している。私も困惑している。ロア君たちにここまでするユニエラちゃんのお父さんの心意が見えない。
「鍛冶師のキールとは、とんだ掘り出し物を見つけたものだ。ユニエラの暴そ――ゴホン! 誘拐も、不幸中の幸いだったと言えるくらいのな」
「お父様、ひょっとして……」
「そうだ、ユニエラ。鍛冶師でキールという姓を名乗るのを許されているのは、この国でただ一件のみだ。そして、実家が鍛冶師でキールという姓だという者がここにいる」
「え!?」
驚くロア君とアイちゃん。
「自分の家についても知らなんだようだな。キール家は、わが国でかつて、最高の鍛冶師として、時の王が授けた姓なのだ。この国の軍の屋台骨としてな。後の愚王が、放逐してしまったがな。爵位もあったのだぞ?」
「俺の家が、元貴族?」
「うむ。そんな家の末裔が、放逐されたというのだ。大枚をはたいても抱え込んでおきたいというものであろう?」
「お二方、これを」
町長さんが、シャルちゃんが買ったものと同じ通行証を二人分持ってきた。
「時間外ではありますが、大領主さまのお申しつけです。すぐに住民登録をいたしましょう。丁度、職員の子も一人残っていますし」
町長さんはシャルちゃんを見て言った。
「あの、私、まだそういう窓口の業務はやったことがなくて」
「なら研修だと思ってください。前後の依頼人もいませんし、ゆっくり教えられますよ」
「あぁ、それはたしかに、いい機会ですね」
町長さんは、シャルちゃんとロア君とアイちゃんを共だって、窓口の方に移動した。
去り際に、ユニエラちゃんのお父さんが言った。
「お主らが洞窟で使っていた武器も、そのまま譲渡するよう手続きするからな。これは冒険者としてのお主らへの贈り物だ」
二人は部屋を出る直前に向き直って一礼した。
「大方の話はこれで着いたと見える。他に何かあるかな、ディティス殿」
「いえ、私からは」
「お主も家が欲しいとは言わんのか?」
「私にはまだ、一国一城は早すぎますので。それに――」
「それに?」
「大領主さまとコネを作れたというのが、今回一番の報酬と言っても過言ではないと思いますし」
「ははははははははは! それは確かに! 平民の駆け出し冒険者が手に入れるには大きすぎる報酬よな! ……いやぁ、本当に、大きなコネを作りおったなぁ……」
感慨深そうな最後のつぶやきのような声は、きっとクガルーアさんのことを言っているのだろう。
これで、愛娘が私の所に愛人として行きたいとか言おうものなら、私、殺されてしまうのでは?
ユニエラちゃんが何か口走らないかと戦々恐々としながら、ロア君たちの戻りを待った。
ロア君たちが戻って、恙なく手続きが終わったことを確認すると、ユニエラちゃんたち、セイル家の人たちは、颯爽という言葉が相応しく、あっという間に帰路に就くのだった。
ユニエラちゃんは、見えなくなるまで、私に馬車から手を振っていた。
ここら辺は書いとかないとなと思いました。
ディティスとシャルティの二人のキスはノルマです(嘘)




