シデリアン洞窟編ⅩⅩⅦ
意気消沈したユニエラちゃんはそっとしておいて、お話を進めた。今はアイちゃんが頭を撫でている。
やっぱり、貴族としては、家名やメンツは大事だということで、クガルーアさんが強請るために提示した設定を踏襲して欲しいとのことだった。
ただ、部下の一部を犯罪者として扱うのはあまりにも酷いので、架空の誘拐犯グループをでっち上げて、それらも含めてロックイーターに全滅させられたということにしようという話になった。これなら、亡くなった部下の家にユニエラちゃんが謝罪に行っても、何もおかしくなくなる。
問題は、そんな人数を屠る力のあったロックイーターを、駆け出しの私たちが倒してしまえた話になるということだ……。
実際問題として、倒してしまえたのだからそれはいいのだけど、架空の犠牲者が上乗せされてしまうことでロックイーターの強さが実際よりも強調されてしまうことが懸念材料だ。ギルドで、私達の強さが過大評価される恐れが大いにある。私は嫌だよ? 実力以上の依頼を請けさせられるの。
それと、クガルーアさんの処遇について。クガルーアさんとシウスさんについては、そもそも洞窟には居なかったということにして欲しいという話になった。
あぁ、もう。私たちが化け物のような強さの新人になってしまうよ……。
その辺の懸念を伝えると、他にロックイーターと対峙した人はいないかと、ユニエラちゃんのお父さんに聞かれたので、ジンベイさんの名前を出した。
「ジンベイ……。聞いた覚えがあるな。済まないが、ファミリーネームは何というのかな?」
「ドーヌキ、です」
「ドーヌキ!? ……ああ! 思い出した! サムエ=ドーヌキ殿のご兄弟か!」
聞くと、ジンベイさんのお兄さんも冒険者だそうだ。しかも、かなり名うての。
「しかし、彼が今ここに居ないということは……」
「はい。ロックイーターに奇襲を受けて、一番最初に……。でも、実力はあの洞窟の中で一番だったってハッキリ言えます!」
彼の名誉のためにも、これだけは言わなくちゃいけなかった。
「その辺は俺も保証するぞ。あの剣の腕前は、この国でも中々見れたものじゃあなかった。ジンベイさんが死んだのは不幸な運の巡り合わせだ」
「クガルーアさん、ありがとうございます」
「いいよ。俺たちもあの人には世話になったからな」
ユニエラちゃんのお父さんはしばらく顎に手を当て考えると、クガルーアさんに提案した。
「殿下。では、殿下のおられた枠に、そのジンベイ殿が居たという体では?」
「そうだな。それが都合がいいだろう。善戦し、攻撃の起点を作るも、仲間を、いや、ここはユニエラでいいだろう。ユニエラを庇って亡くなった。そこからは実際の通り戦闘が推移したってことにすれば、ディティスたちの活躍も残る。どうだお前ら、この辺のシナリオで」
「難しい話はお任せしまーす」
ロア君はテーブルに突っ伏しながら手だけを挙げてひらひらと振った。
「お、同じです」
アイちゃんはその隣で、さらに隣で突っ伏しているユニエラちゃんの頭を撫でながら。
「ジンベイさんに良い感じに功績が残るし、全部が私たちの手柄でもなくなるし、良いと思います。これで行きましょう」
そして私。あの、一応貴族というか、王子の前なんですけど、双子さん?
「じゃあカバーストーリーはこういうことで進めろ」
「承りました」
そしてそれを気にしない王子と伯爵。器が大きい。
話がまとまった後は、持ち直したユニエラちゃんの計らいで、昨夜の約束通り、帰りの服をいただくことになった。
随行してきた馬車が丸々一輌分、衣装の輸送に充てられていた。くっ、金持ちめ……。
貴族のお嬢様の服ということで、フリフリしたものばかりを思い浮かべていたけれど、中の物は意外と庶民的に見える普通の服ばかりだった。
「意外でしたか? ディティス様。我が家は騎士の家系ですので、動きにくいドレスは、普段は着ないのです」
あ、もう平然と様付けで呼ぶんだ。吹っ切れたね、ユニエラちゃん。
「いや、ユニエラが私の真似をして、男物ばかり着ようとするから、自然と簡素で機能優先な服を誂えさせるようになっただけだよ。今でも、母上や姉妹たちは、ドレスを着なさいとよく言っているんだ」
「お兄様!」
なるほど、お兄ちゃん子の名残だったわけか。
「服をお譲りしていただく身としては、このくらいの方がありがたいです。ドレスなんて似合いませんからね」
「そんなことありませんわ。ディティス様でしたら、きっとドレスだって良くお似合いになるはずです!」
「う、うん! ディティスは、ド、ドレス、に、似合う。ぜ、絶対!」
「えー、そうかなぁ?」
「私が一着選んで差し上げます。どのみち、帰ったら一度、我が家のパーティに招待するつもりでしたから。アイもね?」
「「え!?」」
「いや、そこまではいいよ。パーティとか流儀も知らないし……。私たち平民だし」
「あなた方を賓客として招くのです。無礼があっても気になどいたしませんわ。仮にディティス様に何か言おうものなら、私自ら、たとえ国王であろうと切り捨てて差し上げます!」
「ユニエラよ、王子の前でよくも言えたもんだな」
身支度を整えて小綺麗になったクガルーアさんが、背後からぬっと現れた。
「で、殿下!? た、たとえ話ですわ。本当にやろうなんて思っておりませんので!」
「俺のも冗談だ。王族ジョーク。寝食や戦いを共にしたお前たちの無礼は、俺だって気にしない。公的な記録には残らんが、俺個人は絶対に忘れない。何か困りごとがあったら頼りに来い。面識はないことになってるから、裏口からな」
「ありがとうございます。もう発つんですね」
「ああ。公務も全部妹や弟に押し付けてきたからな。今頃悲鳴を上げてるだろう。そのうち、王位を簒奪したら、友人として呼んでやるから、待ってろよ」
「殿下も何を仰ってるんですか……」
本当にシャレにならないことを笑いながら言うクガルーアさんに、シウスさんも困惑している。
「俺は割かし本気かもしれないぞ? 大嫌いな城に、徒手空拳で戻るんだ。野心ぐらい持たせてくれ」
「はぁ。その野心はバレないようにしてくださいね」
「捨てろと言わない当たりがお前の良いところだ。さて、じゃあな、ディティス、ロア、アイ、ユニエラ――は、またどこかで会うか」
「お元気で」
「お前らも。死ぬなよ」
「殿下」
「おう。今行く」
御者に呼ばれて、クガルーアさんは、ユニエラちゃんのお父さんが手配した馬車に乗って、シウスさんと、幾人かの護衛を引き連れて先に出発した。
私たちも、手ごろな服を選んで着替え、馬車に乗せてもらう。ドレスはまた今度にしてもらった。
車内では、私の隣にユニエラちゃんが座って、腕を組んできた。
「あの、ユニエラちゃん。これは?」
「せめて馬車の中でくらいは独り占めさせてくださいな、ディティス様」
「えーっと、私、結婚を約束した人がですね」
「私、言いましたわよ。家を捨てる覚悟ですと」
「それとどう関係が?」
「妾として置いてくださいまし!」
「モテモテだな、ディティス」
「どうしよう、どう扱ったらいいかわからない」
「ははははは! すげー困ってるなあ、笑えるぜ」
「ロア」
「あ、はい」
双子のいつものやりとりに微笑を浮かべ、腕にシャルちゃんとは違う女の子の感触を感じつつ、約一ヶ月に及んだ、ちょっとばかし大変だった洞窟生活に、ようやく別れを告げるのだった。
シャルちゃん、今帰るからね。
それはそれとして、ユニエラちゃんのことはどう説明したらいいんだろうと、頭を抱える私なのでした。
関係各所には箝口令が敷かれますので、王子関連や誘拐犯関連について、本当のことは漏れません。
漏れたことが判明したら、事実を知る人間とその親族を片っ端から処刑するという話になっています。処刑の対象は、王家とセイル家以外に適応されます。なお、この両家の中でも、クガルーア、シウス、ユニエラ、ユリウス、ユーザリス(ユニエラの父)だけは処刑の対象になります。
愛媛みかん「こんぐらい脅しておけば漏らすアホな奴はいないだろ」
CIWS「お酒の席でうっかりとか、あるかもしれないじゃないですか」
愛媛みかん「それは危機感のないそいつが悪い。ご愁傷様だ」
なんて会話があったとかなかったとか。




