魔族の国編 ⅣⅩⅠ
「え、これ? これがえっちな水着?」
全裸にされた私は、羽交い締めから解放された。そしてついに、シャルちゃんにここまで秘されてきた水着を手渡され、それを広げたわけなのだけど……。
「私たちにとって、一番ディーちゃんがえっちだなって思った水着だよ! さぁ、着て!」
「え、ここで? せめて脱衣所とか移動して……」
「脱衣所も更衣室もこの部屋にはありませんわよ?」
「なんでえ!?」
「この階のフロア全てが部屋なので、他の人も居りませんし、ここだからこそ得られる開放感を楽しんでもらいたい――と、いただいたパンフレットに書いてありましたわ」
「いらないよそんな開放感!」
まぁ、全裸なんて、シェリーちゃん以外にとっては、お互い見慣れたものだけどさ、それでも夜ベッドの上でと、昼間に広い部屋の真ん中でとでは、感じ方は変わるわけで……。
思わず手で色々隠したり、身を屈めてしまうのは仕方のないことだと思うのです、私。
「ほらほらディーちゃん! いいから着なよ〜、着ちゃいなYO〜!」
そんで、なんかいつもよりテンション高いな、シャルちゃん……。まぁ、言ってしまえば、初めての旅行みたいなものでもあるし、気持ちは分からないでもないか。
それに、この水着なら、着たところで別に恥ずかしくもない……し?
でも、本当に、なんでこれ? というか、どういう水着?
まぁ、とりあえず着るか。着替えは没収されてるし……。
足を穴に通して、引っ張り上げ、肩に紐をかける。これだけ。よく伸びる生地は、身体にピタリと張り付いて、鎖帷子みたいだ。色は黒一色じゃなくて何色かあるけれど、着心地とかはあまり変わらない。強いて違うところがあるとするなら、気持ちあっちより軽いかな。鎖帷子は、ああ見えて金属繊維製だから、布のこれとは違って、多少の重みがある。
着てみて、恥ずかしいかなと思うところは、この、股の切り込みが深いところ……えっと、なんて言ったっけ? あー、そうそう、ハイレグ。鼠径部が布で覆われてないし、お尻とかも……ちょっと落ち着かない。これで本当に丈はあってるのだろうか?
「ど、どう?」
着替え終わって、感想を尋ねると――
「「「ぐふぁあっ!!?」」」
そんな血反吐でも吐くような声を上げて、三人は蹲った。どうやらお気に召したようだ。
「ねぇ、これ結局どんな水着なの? 戦闘用? 鎖帷子とあんまり変わらなくない?」
「せ、戦闘用ですか……。あながち間違いではありませんわね」
そうなんだ。
ユニエラちゃんは続ける。
「それは、水泳競技用の水着だそうですわ」
「水泳競技用? ってことは、泳ぎを競うってこと? なんで? 暇なの?」
泳ぎって、速さよりも溺れずに岸まで辿り着くために覚えることだよね?
ユニエラちゃんは「さあ……? 暇、なのでは?」と首を傾げた。うん。ユニエラちゃんもこっち側だったみたいだ。
「こっち側の貴族の女性方の間で、少し流行っているようです。始めは運動不足解消やプロポーション維持など、健康のためだったようですけど、令嬢同士でいつの間にか速さを競うようになったらしく……」
と、シェリーちゃんが教えてくれた。
なるほど。貴族の家同士の競い合いに、令嬢の泳ぎの速さが含まれるようになったというわけか。
「じゃあ私たちも着替えるから、ディーちゃんは先に行ってて良いよ〜」
ほほう。それを聞いたら、こう返すしかありますまい?
「みんなの着替え、私が手伝ってあげようか?」
「とても魅力的な提案だけど、ダメです」
シャルちゃんから、ピシャリとお断りされてしまった。何故に? 不満に思ってぶーたれると、シャルちゃんは妖艶な笑みを浮かべた。
「だって、そんなコトされたら――プールで遊べなくなっちゃうよ?」
シャルちゃんの赤い瞳に吸い込まれそうになる。ちろりと、唇を這った舌が妖しく、扇情的に見えた。私はゴクリと喉を鳴らして、けれども首を振った。
危ない。引きずり込まれるところだった。ここは大人しく待とう。プールで遊べないんじゃ、せっかく着替えた意味もなくなっちゃうしね。
「そ、そういうことなら、先に行って待ってるね! みんなの水着、楽しみだな〜! あはは〜」
などとわざとらしく声を上げて、下手くそな笑い声で笑いながら、私は、バルコニーのプールへと向かったのだった。
『水着』
この世界において、泳ぎとは、主に着衣泳のことを指す。川や池、沼、湖、そして海。それらに落下しても、助けが来るまで浮いていられること、もしくは自力で岸まで辿り着くこと。それを重視した、生存のための泳ぎ方というものを教わる。
元来、遊興のための水着とは、浜辺や川原などの溺れようもない場所で遊ぶことを念頭に置いた、『水に濡れても差し支えない服』であった。
あるとき、とある令嬢が泳ぎを教わる場において、その速さを誇りだした。それを見聞きしたプライドの高い貴族令嬢たちは対抗心を燃やし、こぞって速さを競いだしたのだ。
その対抗心は、いずれ水着にも表れるようになる。
これまでの、着衣泳では基本の普段着では言うに及ばず、『濡れても差し支えない服』程度の水着では、速さを生み出さないと結論が出るのは早く、水の抵抗の少ないものを求めるようになった。
ある日、スチールスパイダーの糸によって編まれた鎖帷子を着用して泳ぐ令嬢が現れ、驚くべき記録を出したと噂が広がったことで、一時期、鎖帷子を水着にするのが貴族令嬢たちの間でブームとなったが、腐っても金属製の衣服なためか、非力な令嬢が溺れかける事件が起き、禁止された。
後に、蜘蛛の魔物が吐き出す糸で編まれた布が、スチールスパイダーの物と特性が良く似ており、しかもこちらは金属ではなく軽いために、彼女たちに目をつけられた。
こちらは、正真正銘の布繊維であったため、軽く、染色もでき、見栄えも良かった。
そこから、体のラインにピタリと張り付くような水着が作られるようになり、また、これまでの水着の固定観念だった『濡れても差し支えない服』から、『泳げる服』へと水着の考え方が変わってきた。
その後、速さだけでなく、着る者の肢体の魅力を引き出すタイプのデザインの水着も出るようになり、水着のデザインは多様性を増していった。
今は、まだ貴族の間だけで広がっているが、少しずつ庶民たちにも情報が下り始めている。
余談ではあるが、最初に泳ぐ速さを誇った令嬢は、後に、鎖帷子を着て記録を出した令嬢であり、また、最初に蜘蛛の魔物由来の布で拵えた水着を着た人物でもある。
彼女が最初に纏った、蜘蛛の魔物由来の布製のこの水着を、彼女の名前から準えて、『スクール水着』と呼ぶようになった。
どこかクラシカルなデザインで、色も単色で面白みの欠けるこのスクール水着は、速さも、肢体の美しさを強調するのにも中途半端ではあるが、一部に熱狂的なファンが付いており、いまだに生産が続けられている。




