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シデリアン洞窟編ⅩⅧ ユニエラ編

 窪地ではあの青年に偉そうなことを言っておいて、今はこのざまです。挙げ句、みっともなく声を荒げて、淑女としての嗜みすらかなぐり捨てて、いじけてうずくまっている。なんて情けないのかしら。

 でもしょうがないじゃないですか。あんなミミズだか竜だかもわからないような化け物が闊歩する洞窟だなんて、思いもしませんでしたもの。

 ひょっとしたら、部下の中には、あれの対処を知っている人がいたかもしれませんが、(わたくし)が恐怖で錯乱して逃げ惑うものだから、みんな、私を庇って死んでいきました。

 全ては、全ては私のいたらなさが招いた結果。兵を貸してくださったお兄様にも顔向けできません。

 ここでじっとしていれば、あいつに気付かれず死ねるでしょうか。

 部下たちと同じような、あんな死に方だけは嫌だと思うのは、私の生き汚さでしょうか。

 生きたいのか、死にたいのか、ソレすらはっきりしていない愚かな私。

 あぁ、また人が死んでいきます。忠告を聞かないから、そんな目に遭うんですのよ。

 ですが、私は見てしまいました。

 私の生き汚さとは違う、命の輝きを。

 鮮烈でした。

 小柄な少女が、あの化け物に単身、突撃をしているではありませんか。

 私と年も近いであろう少女が、それも先陣を切って果敢に攻勢をかけているのです。

 私は彼女から目が離せなくなりました。

 洞窟内の空気を(つんざ)くような音が聞こえると、あの化け物が苦しそうに彼女を見て攻撃を仕掛けました。

 武器を一つ失った彼女が、化け物に掬い上げられて、今にも食べられそうになっています。

「あぁ……そんな」

 彼女でもダメなの……。あんなに頑張っていたのに、あんまりです……。

 でも彼女は諦めていなかったのです。口の中で、噛み砕かれまいと必死に踏ん張っていたのです。

 そして、彼女は成しました。あの化け物の強靱な顎を破壊したのです。

「すごい、すごい! なんて、なんて素敵な人なのかしら。私もいつか、あんな勇敢な騎士になれるかしら」

 そこまで口にして、今の惨めな自分を見て、彼女と比べてしまいます。

「こんなざまでは、なれるわけがありません」

 そのとき、ドスンと、何かが落ちる音が聞こえました。

 顔を上げると、彼女があの化け物から落ちているではありませんか。

 とても大きい音でしたし、大怪我をしているかもしれません。

 こんな惨めな私でも、助けになれたら、彼女は喜んでくれるでしょうか? きっと、喜んでくれるでしょう。彼女はそういう高潔な志を持った方に違いありませんもの。

 でも、これは褒めてもらいたいからではありません。純粋に、敢闘した彼女への労い。

 いえ、これも違います。私のこれは、もっと俗物的な。そう、私はただ、彼女のそばに侍りたいのです。

 体が上手く動きません。気持ちだけが先に行ってしまって、今までろくに食事も摂らず、ただうずくまっていただけの私の体は、たった三十メートルほどの距離もまともに走ってくれません。

 彼女の落ちたところで何か光りました。あれには見覚えがあります。治癒魔法の光です。

「国内でも数えるほどしかいない治癒の魔法が使える人がここにいたなんて、奇跡ですわ」

 ようやく彼女のもとに着く頃には、治癒は終わっていて、術者の方が首筋に指を当てていました。彼女は眠っているようです。

「無事、なんですの?」

「はい、峠は越えました。彼女の仕事は大業でしたので、しばらく眠ってもらいましょう」

「私の大切な方になる予定の、この方を救ってくださってありがとうございます。術者の方」

「いえいえ、どういたしまして。おや? 聞いた声だと思いましたら、あなたは、セイル家のご息女ではありませんか?」

「え?」

 術者の言葉に顔を上げると、王城で見た王子の近衛ではありませんか。私に治癒の魔法を見せてくれたのもこの方です。

「え!? あなた、近衛の……。まさか、貴女ほどの術者が、(いとま)に出されて冒険者に?」

「えぇ、まぁ。似たようなもので……」

「何をくっちゃべってるんだ、シウス。まぁ、俺ももう特にやることは無さそうなんだが……あの双子はなかなかだぞ」

 元近衛のこの人を呼ぶ声が合流しました。この声も聞き覚えがあります。すごく嫌な予感しかしませんが。

「ん? ディティスたちが見つけたってのは、お前か、ユニエラ嬢」

「で、ででで、殿下!?」

「声がでかい。そんな痩せこけてよくそんな声出るな。あぁ、元殿下な。今はもう殿下じゃない。たまたま王子と同じ顔と名前のクガルーアさんだ。いいな?」

「ええ!? いや、ですが……」

「それよりもだ、ユニエラ。セイル家の男児のみが行う軍団指揮訓練、ここを使うらしいよな? 女のお前が何故ここに?」

「そ、それは……」

「お前はわがままな子だったからな。大方、お前のそれに、付き合った、お前にゲロ甘いユリウスあたりが兵を貸したんだろう。人の命なんだから大事にしろと言ったろうに、あの馬鹿者は。……さて、ユニエラ。俺の言いたいことは分かるか?」

「え、ええと……わ、分かりかねます」

「まぁ、何も匂わせてないから無理もないか。簡単な話だよユニエラ。お前がここで会ったのは王子と似ているだけの赤の他人だ。いいな? ソレさえ守ってくれれば、俺たちは、お前が訓練などではなく、身代金目当てに新人冒険者に擬態した人攫いに連れて来られていたという噂を広げてやる。これでお前のルール違反は無くなるし、家のメンツは守られる。兵の命は戻ってこないが、まぁそれも、ユリウスが救出に出した兵が、ここで犯人ともどもロックイーターに食われてしまったとすれば辻褄は合う。どうだ?」

 首をこんなに激しく縦に振ったことが、過去あったでしょうか。いいえ、ありません。

「よし、決まりだな。じゃあこの化け物から引っ剥がした鱗やらの所有権はディティスたちにあるって口添えしてくれ。ディティスってのはここで寝てるこの子な。あっちでロックイーターに止め刺してぶつ切りにしてるのがロアとアイだ」

 ディティスと仰るのですね、愛しの君は。

「この方のためでしたら、いくらでも協力しますわ」

「嫌に素直だな。命の恩人でもあるから分からなくはないが、なんだシウス?」

「でん、クガルーア。恐らくユニエラ様は――」

 元近衛のシウスが殿下――クガルーアさんになにやら耳打ちをしています。この二人は、主従の頃からやけに仲がよかったのを思い出します。幼なじみだとかななんとか。別に羨ましくなどありませんが。

 ディティス様と幼なじみだったらなんて考えてなどいませんから。

「あー。そういうことか。いやはや、ブラコンだったユニエラがまさか平民の娘に恋をするか」

 そのとき、爪先から頭の天辺まで、全身の血が駆け巡るのを感じました。その言葉だけは認識しないようにしていましたのに……。

「顔が真っ赤だぞユニエラ。別に恥ずかしがることでもないだろう」

「わ、私は、お兄さまへ向けるのとも違うこの感情をどう処理して良いか困っていただけで、ここここ、恋なんて下俗なものでは、まして平民の小娘に向けるなど、有るはず! はず……」

 無いと断じてしまえばいいのに、そこから先の言葉が紡げません。私が抱いたこの気持ちを否定したら、私がなりたいと思った自分を否定してしまうと、そう思ってしまうのです。

 認めましょう。私はこの方、ディティスというこの少女に恋をしているのです。

 初めこそ、向けていた感情や思いは、お兄さまへ向けるソレと大差なかったはずでしたのに。こうして、安らかな顔でスヤスヤと寝息を立てている彼女の顔を見たときに去来した感情は、今までのソレとはほど遠くて。

 ずっとこの方と一緒にいたい。そう強く願ってしまうのです。

 そもそも、彼女に駆け寄る私が『侍りたい』などと思っていた時点で、この恋は自明だったではありませんか。彼女の寝顔はその思いを強調したにすぎません。少しは素直になるべきだと思いますわ、私は。

「まぁ、なんだ。年上として応援はするが、協力はしない。頑張りな、ユニエラ」

「え? えぇ、ありがとうございます、殿下、じゃなくてクガルーアさん!」

 考え事をしていたところに話しかけられて、思わず素で殿下と口走ってしまいました。気をつけなければ、私の約束不履行でお兄様どころか、家名にまで傷が付く恐れがあるのですから。

 ディティス様の寝顔を見ながら、起きたらどう話そうかと考えていると、ディティス様の仲間の兄妹が戻ってきました。彼らの後ろにあるロックイーターだったものは、今やぶつ切りにされた蛇のようでした。

 頑強だった鱗は、不規則に剥がされて、斑模様でもあり、縞模様でもある、そんな哀れな姿を晒しています。

 いけません。私がディティス様のおそばに侍ているのは唐突すぎます。あまりにも不自然で、あらぬ誤解まで生まれてしまったら、警戒されておそばにいられなくなってしまいます。

 口惜しいですが、一度離れなければ。

 嗚呼、お目覚めを見られなくて残念です、ディティス様。

「お、お嬢様復活か? 命の恩人に何か言うことは?」

 粗野な声が私の鼓膜を揺らしました。でも許します。ディティス様のお仲間ですから。

「ロア!」

「悪い悪い。冗談だ。でも何かあってもよくないかとは思うわけだよ、アイ」

 ちらりとクガルーアさんの方を伺いますと、わざとらしく視線を逸らされました。なるほど、先ほどのお話は私たち同士だけの話にすると。ここからは、同じことを、私自身の一存で条件を出したことにする、ということなのでしょう。

「そうですわね、あなた達は命の恩人ですもの。何か褒美が欲しいのでしたら聞きますわ」

「褒美っていうか……」

 ちらちらとロックイーターの死骸を見ている少年。何が言いたいかよくわかりますわね。

「あのロックイーターから取れる素材の所有権かしら?」

「お! 話が早い。鱗だけでもいいから俺たちにくれないかなって話なんだけど」

「そのくらいのことですのね。鱗だけと言わず、肉一片に至るまであなた方に所有権を認めて差し上げるわ。但し書きでも覚え書きでも、誓約書でも書きましょうか?」

「マジか!? ありがとな、ユニエラ様様だぜ」

「す、済みません。あ、兄が、ご、ご無礼を……」

「私が何もできなかったのは本当のことですもの。このくらいのお約束は、貴族の意地でお守りしますわ。あなた方、お名前を教えてくださる? 恩を返す相手の名を知らないなんて恥ですもの」

 お二人は、ロア=キールにアイ=キールと名乗りました。まさか双子だったなんて。

 それはそれとして、キールという姓は、昔存在した、王家直属の鍛冶師の家の名だったと思いますが、これは偶然でしょう。彼らは鍛冶師ではなく、冒険者なのですから。

 燃料を少しいただいて、少し離れたところに火を起こしました。数日水に浸かって冷え切っていた体には、とてもしみる暖かさです。

 あまり距離を詰められない私と違って、ディティス様のおそばで、目を覚ますのを待てているあの二人が羨ましいです。

 はぁ、早く直接お礼を言いたいです。お話ができると思うだけで舞い上がってしまいます。

 ですが、言葉遣いには気を使わなければ。いきなり距離の近い話し方をしたらディティス様が困惑なさってしまいますもの。不敬でしょうが、出会った時となるべく同じような感じで話すことといたしましょう。

 胸のときめきが止まりません。お早くお目覚めになってくださいまし、ディティス様。

問い

本話において明らかになったユニエラの想いから、前話でのディティスとの会話におけるユニエラの心情、テンションの高さを述べよ。


回答

ディティス様ディティス様ディティス様ディティス様ディティス様ディティス様ディティス様ディティス様ディティス様ディティス様ディティス様ディティス様ディティス様ディティス様ディティス様ディティス様ディティス様ディティス様ディティス様ディティス様ディティス様ディティス様ディティス様

嗚呼、しゅきぃ……。


テンションは最高潮。

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― 新着の感想 ―
[一言] ···だが残念、ディティスにはもう···
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