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シデリアン洞窟編ⅩⅣ

 強烈な吐き気を催す。

 ダメだ、吐いちゃ!

 出かかったものを飲み込むと、喉の奥が焼けるように熱くなった。

 動いてもいないのに、心臓が早鐘を打ち、呼吸が荒くなる。

 涙が溢れそうなのを耐える。

 まだ、泣いちゃいけない。この状況を何とかしてからだ!

 バキバキがらがらと、大きな音が上から聞こえてくる。

 見上げると、柱状のこの生き物の口が閉じ始めていた。

 天井の岩盤と一緒に、ジンベイさんの亡骸が飲み込まれていく。

 完全に口が閉じると、それは、鎌首をもたげてその顔を私たちに露わにする。

 蛇のような長い身体に、岩の様にゴツゴツとした鱗、頭は大きく、口は四つ開きで、それぞれの顎の根本付近に目のような丸い宝石状の突起物がある。まだ地中にも身体が入ったまま残っていて、現状ではその長さまでは正確に測れない。

「ろ、ロックイーター……」

 アイちゃんが呟いたのが聞こえた。

 私も、お母さんが持っていた図鑑で見たことがある。

「で、でも、お母さんは、や、野生のは、ぜ、絶滅したって、い、言ってたのに……」

 そうだ。私もお母さんにそう聞いたし、図鑑にも書いてあった。

 でも、今実際に目の前にはそのロックイーターがいて、しかも、体長十メートル前後と図鑑に書いてあったそれとは明らかに大きさの桁が違う。こいつは、今見えている部分だけでも十五メートルはある。

「ば、化け物おおおお!?」

 私たちから少し離れて進んでいた、後続の冒険者が一人、パニックになって走り出した。

 気持ちは分かる。私も逃げ出したいくらいだ。でも、恐怖で足が竦んで動けない。走り出せる分、彼の方がまだマシか。

 そんなことを考えていると、ロックイーターは、走り出した彼の方を向いて、体を縮めた。

「あぶない!」

 嫌な予感がした私が、咄嗟に出した声とほぼ同時に、ロックイーターは跳んだ。

 一瞬で加速を終えたソレは、逃げ出した冒険者が、そのことに気づく間も無く、一口でその口の中に収めた。

 叫び声も何もなく、ただ、バクンと口の閉じる音がするだけだった。

 また、おびただしい量の血液が、ロックイーターの口の隙間から吹き出す。

 走り出せる分、彼の方がまだマシ? 前言撤回だ。走ったら死んでしまいます。

 私は、恐怖とはまた別の意味合いで動けなくなった。

「うああああああ!!」

 今し方食われた冒険者のすぐ隣にいた人が急に苦しみだした。

 彼は、右腕が肩から無くなっていた。ロックイーターが通りすぎる際に巻き込まれてしまったらしい。

 痛みでのたうち回る彼を、ロックイーターが見ている。

 それに気づいた周りの冒険者が後ずさる。

 出血多量で次第に動きが弱くなっていく彼の目と鼻の先に、口を開いたロックイーターが迫っていた。

「あ、やめ、たすけ――」

 最期の声が虚しく洞窟に響いた。

 地面ごと抉り取るように食われたその跡の穴に血溜まりができている。

 ただでさえ正気を保っていられないくらいの惨状に加えて、こんなものを見せられたら、発狂するなという方が難しい。

 私は唇を噛んで、なんとか冷静さを保つ。

 ロア君も、自分の剣で少し腕を傷つけて、アイちゃんも倣うように鎌の刃でほんの少しだけ腕に傷を作る。

 私たちはある程度距離があるからできたけど、この血溜まりのできる様を間近で見てしまった面々は、そんな余裕などあるはずもなくて、叫び声を上げて、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 また犠牲が増えると戦々恐々としていると、意外にもロックイーターは、彼らの方を見ても、狙いが定まらない様子で首を振っていた。

 ここで私は、図鑑の記述を思い出した。ロックイーターは状況認識の大部分を音に頼っていると。

 みんながバラバラに逃げるから、どの音を追っていいのか混乱してるんだ。

「バラバラに逃げろ! そいつは音を頼りにしてる! 絶対に一緒に逃げるな!」

 ロア君も気づいたようで、声を上げる。

 あれ、その声もやばいんじゃないの?

 でも、ロックイーターは、ロア君の声にはピクリとも反応しなかった。

「ねぇ、ロア君、ひょっとしてあいつ、音じゃなくて、地面の振動に反応してるんじゃないの?」

「俺も自分で声出してやべぇと思ったけど、あの無反応ぶりから見るとそうかも知れねぇ」

「ジンベイさんも、大きな声を上げたからじゃなくて、皆が止まってるときに一人で動いたのが襲われた原因だとすれば、辻褄は合うよね?」

 私たちがロックイーターの習性について話していると、さっきまで怯えて叫んでいた冒険者たちの声が、怒鳴り声に変わって聞こえてきた。

「何だ?」

 声の方に二人で向き直ると、逃げ惑っていた冒険者たちが、何を思ったのか、ロックイーターへ突撃を始めていた。

 何してんの!?

あとがきどうぶつずかん


『ロックイーター』

 これは魔物ではない。

 耕作に向かないとされる、石や岩の多い荒れ地に投入される、体長5~10センチほどの家畜化された環形動物だ。

 その名の通り、硬い土や岩を頑丈な顎で噛み砕いて食べ、柔らかい土にして排泄する。規模にもよるが、通常、20~40匹ほどを、耕作予定地に数回放ち、一ヶ月ほどで土壌改善を成す。

 ミミズとは違い、体表面を鱗状の殻で覆い、寿命は2週間ほど。雌雄があり、雌は雄よりも顎が二回りほど大きく不格好。また、雌は繁殖用にブリーダーが抱え込むため、市場に出るのは雄のみである。

 野生種のロックイーターは、体が非常に大きく、農業分野で危険益蟲と分類されており、生息地は耕作地として申し分ないが、移動、もしくは討伐されるまでは危険なため、接近が禁止されていた。

 市場に出ているものは、品種改良を施し、極力無害化したものである。

 またこの野生種は、国を挙げて行った討伐活動により絶滅しており、現在は、品種改良個体が人の手の下によってのみ、繁栄を許された生物になっている。

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