シデリアン洞窟編ⅩⅢ
出発して三日くらい経った。
道中の魔物は種類も増えて、一度に現れる数も増えてはいたけど、窪地の波ほどではなくて、三人でも余裕をもって対処できる程度の強さだった。
私は、連携する相手も増えて、盾役として重宝されている。
ロア君やアイちゃんは、ジンベイさんと一緒に切り込み役をすることが増えていた。
ジンベイさんと私たちは、今はもうすっかり、息の合った新生パーティとして前線を張っている。
先へ進むこと更に二日。
私が洞窟に入って、二週間くらいになるのかな?
あと少しで最奥のはずだけど、今日になって魔物の出現が急に減った。
今まで、増えることはあっても、減ることはあの窪地以外では無かったことだ。
不審に思いながらも、私たちが歩みを進めると、地面の土の質が突然変わった。
今までは石が混じって、砂っぽかった地面が、畑にするような黒土に変わったのだ。しかも、相当上質な土だ。そこらから湧き出る水の水分もあって、あとは太陽光さえあれば、一週間とかからずに種から目が出るんじゃないかというくらいの上質さだ。
「こんな場所があったなんて、知らなかったな」
ジンベイさんも、知り合いから情報を聞いていた他の冒険者も、ここのことは知らないらしい。
「地面の質についてなんて、普通は聞かないからな。知らなくても不思議はない」
ふくよかな青年が言う。確かに。
「でも、ここまでの変わりようは印象に残っていてもおかしくなくないか? 聞かれなくても、面白い話として話していても良いくらいだろ」
「確かに、この変化を何も感じずにいられるなんてことはそうないと思う」
ロア君とジンベイさんの反論。なるほどこれも確かに。
はたと思う私。
「最近できたってことなんじゃない? この土」
「それが一番妥当な考えになるよね。でも、誰がどうやって、何のために?」
それはわからない。
みんなうーんと唸る。
「ここで立ち止まって考えていても仕方ない。警戒は怠らずに進もう」
周囲を注意深く見ながら、みんなで奥へ進む。すると、ふと、洞窟の端に蹲っている人影のようなものをジンベイさんが見つけた。
「あれは、人、かな?」
「私、行ってきます」
私が言うと、俺も私もと、ロア君とアイちゃんが続いた。
私のこと大好きかね、君たち。
「魔物の罠である可能性もあるから、十分注意してね」
警戒を促すジンベイさんに、三人で返事をして人影らしきものへと向かう。
近づくとそれは、紛れもなく人だった。
泉の中に膝を抱えて座ってフルフルと震える鎧姿の少女がいた。
鎧の拵えは立派で、受付で借りてきたようには見えない、自前なのだろうことは容易に想像がついた。
だけどよく見ると、ところどころに泥や血が付着していて、ヒビが入り、割れ落ちているところもある。
腰の鞘に収まっているはずの剣は無くなっていて、辺りを探してもそれらしいものは見当たらなかった。
割れたヘルムから覗く透き通るような金色の髪。伏せてしまっているが、時より覗くサファイアのような綺麗な青い瞳から、私たち常人とは相容れない高貴さを感じさせられる。
シャルちゃんの次くらいには可愛いと言ってもいいだろう。
「大丈夫ですか?」
定型文だけど、そう尋ねる他はない。
声に気づいて震えが止まった少女は、キッと私をにらみつけて強がるように言った。
「この恰好を見てそう思えますの?」
ごもっともな回答だった。
だいぶ高圧的な感じで、下賤なやからは寄り付くなと言わんばかりだ。
でも、私はこのくらいの威嚇で引き下がるような性格じゃないのだ。
「言い返すくらいの元気はあるってことだね。立てる? 手を貸す? そこ寒いでしょ?」
「結構です。もう立つ必要も意味もありませんから、放っておいてくださいまし!」
「よく見たら、大分痩せてるね。ここじゃ水しか飲めないもんね、ほら立って、ご飯をあげよう」
「余計なお世話ですわ! どうせみんな死んでしまうんですから、食事なんて無意味です!」
「みんな死んで……? どういうこと?」
「私は生餌です。もうあなたたちは終わりです。お早く逃げることですわね。間に合うかは知りませんが」
全く要領を得ない発言に私たちが困惑していると、様子を窺っていたジンベイさんが駆けつけてきた。
「あれ、君は、二十人でパーティを組んでいたあのお嬢様だよね。名前は確か――」
どうやら見知っていたらしい少女の名前を口にしようとしたのを遮るように、少女は自ら名乗った。
「ユニエラ=セイルです。庶民ごときに呼ばれていい名前じゃありませんわ」
「これは失礼しました、セイル様。えーっと、お仲間さんは、今どちらに?」
「仲間? あれらは私の部下や家臣たちです。お兄様からお借りした私兵でしたの。それなのに……こんな、こんな体たらく、お兄様に叱られ――はは、もうそんな心配も無意味でしたね」
乾いた笑みを浮かべて、何もかも諦めたような態度のユニエラちゃん。
しかし、この意気消沈の仕方は尋常じゃない。
嫌な予感がする。
ゴブリンに胸をナイフで突かれたあの時と同じような冷や汗が、背中をじっとりと濡らしていくのがわかる。
「ユニエラ! 君の部下たちはどうしたんだ! どこに行った! 何があったんだ!」
私の感じた嫌な予感をジンベイさんも感じたのか、敬称も付けずに、怒鳴るように問い質す。
「……んだわ」
「今、なんて?」
「死んだと言いましたの! 何なんですのアレは! お兄様にも、他の冒険者にも、あんなのがいるなんて聞いてませんでしたわ! 詐欺です、こんなの……どうしろって言うんですか。 あんなの人間の死に方じゃありません……。アレに殺されるくらいなら餓死した方がマシです。もう、放って置いてください……」
ユニエラちゃんは情緒不安定に喚いたあと、またその場に膝を抱えて蹲ってしまった。
その、あんまりな感情の乱高下に、私たちが呆気に取られていると、地面が突如として震え出した。
「なんだ? 地震……とは、少し違うような……。ユニエラは自分を生餌と言った。部下たちは人の死に方とは思えない死に方をした。あんなのがいるなんて聞いてない……。あんなのとは、ユニエラの部下を皆殺しにした何か……。この揺れの原因が、その何かだとしたら……まずい!」
脅威の接近に気づいたジンベイさんが指示を飛ばそうと声を上げた。
「みんな、地中に注意! この地面の質の変化もそいつの仕業かもしれない。これは、相当ヤバい何かがい――」
一歩踏み出したジンベイさんの声が、そこで途切れた。
私のすぐ目の前にいたジンベイさんの声が、急に表れた柱によって遮られたのだ。
いや、違う。
私は目の当たりにしていた。一瞬、地面に沈んだように見えたジンベイさんが、瞬きの間もなく、突如として現れたこの柱に押し上げられていくのを――。
「おいディティス。上……」
ロア君が柱の上を指さす。顔色が真っ青だ。
わかってる。でも、見たくない……。
アイちゃんが、顔を両手で覆って俯いている。
うん、見ちゃったんだね……。
見たくないけれど、確かめなければならない。
私は、柱の先端を見上げる。
柱を、おびただしい量の赤黒い液体が伝って降りてくる。
あぁ、やっぱり……見るんじゃなかった。
視界の先、柱の先端では、ジンベイさんだったものが、潰されて天井にへばり付いていた。




