シデリアン洞窟編Ⅺ
様相は、最悪の一言だった。
逃げてきた一団とは別の集団があちらこちらから湧き出て襲いかかってくる。
一人、また一人と魔物たちに捕まって蹂躙されていく。
私たちも、自分の身を守るのに精いっぱいの中、目の前で引きずられていく冒険者の叫びを何度も聞いた。
次は、私かも……。なんて考えが、常に脳裏に浮かぶ。
一時間ほどかけて、ようやく昇り階段の下までたどり着いた。
私たち三人は何とか生きているけど、体力はもう底をついていた。
本当にギリギリの戦いだった。
ここまでたどり着いた冒険者の生き残りは、ざっと見ても二十人と残っていなかった。
一三〇人いたはずの冒険者たちが、たったの一時間で二十人弱まで減ってしまった。
パーティのほとんどが壊滅している中で、全員生き残っている私たちが奇跡だった。
逃げ出す直前まで休んでいたのが命運を分けたのかもしれない。
周辺は、先ほどまでとは打って変わって、不気味なほど静かになっていた。
間髪入れず出てきていた魔物はどこに行ってしまったのか、今は足音一つとして聞こえてこない。
聞こえるのは、私たち生き残りの荒い呼吸音だけだ。
生き残った人たちは、私たち含め、息も絶え絶え。あのジンベイさんですら両膝をついて肩で息をしている。
ジンベイさんは道中、隣で奮戦していた最後のパーティメンバーを目の前で魔物に攫われていた。ほんの五分前のことだ。
それが合図であったかのように、そこで魔物の出現がぴたりと止まり、私たちはここまでたどり着けた。
私は、濡れることに構っていられる余裕もなく、湿った地面に仰向けになって、深呼吸をしている。他の人もそうだ。
私のバックパックは、いつの間にか袋の底が破けて、外に吊していたスコップや、バケツ、オイルポッド以外のほとんどを落として、ぺしゃんこになっていた。
「ここでただ休んでいるわけにもいかない。本当に収まったのかわからないから、苦しいけど、一刻も早く上に上がらないと……」
息を整えながらジンベイさんが言って、みんなでヨロヨロと降りた時と同じような鉄パイプの突き刺さっただけの階段へと向かった。
みんな四つん這いで、体を引きずるように登った。恥も外聞も、男も女もなかった。生きてここから出たい、ただそれだけの想いだった。
ようやっと登りきった私たちは、ひとまずここで一度休むことにした。荷物は誰も彼も僅かにしか持ってなくて、まるで火事の家から着の身着のまま飛び出してきたようだった。
それでもみんな、何の因果か、オイルポットだけは持っていた。火に困ることはなさそうで、少しだけ安心した。
少ない食料をかき集め、疲労困憊の体を酷使して水を汲みに行き、火を起こした。
この焚き火が一つあるだけで、心の落ち着き度がだいぶ違う。火は偉大だと思うよ、うん。
一番体力の回復が早かったジンベイさんと私とで、かき集めてもまだ少し足りなかった食料の補充のために狩りに出た。それは、奥の道の様子見の意味合いもあった。
「二人で組むのは初めてですね、ジンベイさん」
「そうだね。ディティスちゃんも疲れているだろうに、付いて来てもらって申し訳ない。威力偵察の意味もあるから、さすがに一人では不安でね。下でのこともあったことだし」
「そうですね、何かあったら大変ですから。まぁ、私じゃ実力不足かもしれないので、足手まといにだけはならないように頑張りますね」
「はは、その辺は心配してないよ。サポートよろしくね」
「はい」
ジンベイさんはどこか寂しそうに笑う。本当はここにも、元のパーティの仲間たちと来たかっただろう。
同情をするのは簡単だ。一緒に泣いてあげればいい。でも違う。今、ジンベイさんが求めているのは、たぶんそういうことじゃない。
無理にでも前向きを装って、前進する気力を回復させたいんだと思う。
泣くことで前に進めることもある。シャルちゃんがそうだった。でも逆に、立ち止まって一歩も動けなくなってしまうこともある。ジンベイさんはおそらく後者の人なんだろう。
今、感情に寄り添って一緒に誰かと泣いてしまったら、心が折れてしまう。そう感じて、そこら辺の機微に疎そうな私と一緒に来たのかもしれない。
能天気な人だと思われているのは若干思うところはあるけど、頼られてはいるのだから今は胸を貸そうと思う。
別にとみに明るく振舞う必要はない。それは不自然だから。それじゃ気を使っていることがバレて、ジンベイさんが私と来た意味がなくなる。
「それじゃ、私前出て敵を引き付けるんで、攻撃、お願いしますね」
「うん、頼りにしてるよ、ディティスちゃん」
「はい!」
声が上ずってしまった。
いつも通りとか思っていたのに、これはちょっとわざとらしかったかも知れない。
シャルちゃんに告る直前もこんな感じだったことを思い出した。
演技の才能無いな私……。
「ごめんね、ディティスちゃん。変な気を使わせてしまって」
「意外にも気を使える敏い美少女ですみません」
案の定バレてしまって、少し気まずい雰囲気になりながらも、その後の私のフォローがよかったのか、スムーズに狩り自体はできたのでした。




