シデリアン洞窟編Ⅹ
最初こそ、それぞれで相手をできていたけれど、時間を経るうちに、沸いてくる魔物の数は増していって、連携を欠けば死が待つ、綱渡りのような状態になっていった。
私が最初に相手した八匹も相当おかしいけど……。
ロア君たちは、出会った頃にはすでに二人で二十匹の相手を同時にしていたくらいだった。だけどそれも、普通のゴブリンと、騎乗もされてない犬型。ゴブリンのリーダーこそいても、士気向上程度にしか役に立っていなかった、いるだけリーダーの、連携も何もない群れが相手だった。
でも今の敵は違う。種族の明らかに違う魔物同士が意志疎通をして、連携して私たちの命を狩りに来ている。
あれから体感で三十分以上もぶっ続けで休む間もなく、四方から襲い掛かってくる魔物と戦い続けている私たちは、いよいよ体力と気力の限界を迎えそうになっていた。
このままじゃ、死ぬ……。
その言葉が脳裏をよぎった瞬間、声を上げた。
「退こう!」「撤退!」「に、逃げよう!」
単語こそ違かったけれど、私たち三人とも、同じ意味の言葉をほぼ同時に発して、三人で頷き、キャンプへ向けて撤退戦を始めた。
私が盾で庇って、いなして、アイちゃんとロア君が攻撃。じりじりと篝火の方へ下がりながら戦い、命からがらといった体でキャンプに声の届くところまでたどり着いた私たちは、残った力の限りで助けを呼んだ。
「「「スイッチ!!!」」」
ジンベイさん含め、数人が出てきて、すれ違いざまに労いの言葉をかけてくれた。
「思っていたよりも長く戦っていたね。よく頑張った、後は任せて休んでて」
ジンベイさんはそう言うと、私たちが引き連れてきた魔物の群れへと、他の冒険者と共に駆けていった。
ジンベイさんが合流したと思しき地点からは、ひっきりなしに魔物の断末魔が聞こえてきた。
キャンプにて、私たちが治療や食事などの休憩を済ませて、そろそろ次に出ようかと話していたところ、丁度、私たちの後片付けを終えて戻ってきたジンベイさんに呼び止められた。
私たちが死ぬかと思うほどの数の敵と戦っていたのに、全く息が切れていないし、汗らしい汗もかいていない。なんなんだろうこの人は……。
「そろそろキャンプを移動させるから、手伝ってね」
「もうそんな時間ですか。わかりました」
刻限の二時間後が丁度今だったらしい。私たちは了承して、その場に待機の構え。
ということは、私たちは実際には一時間くらいは最低でも戦っていたことになる。そりゃ疲れるわけだ……。
少し休憩時間が伸びた。やったね!
待っていると、次第に、わらわらとあちこちからこの窪地にいる冒険者たちが集まってきた。
本当に多いな、こんなにいたんだ、この洞窟に。
「スイッチ!」
「スイッチ!」
「スイッチ!」
交代要請だ。キャンプの周り各所から上がってくる。
「最後の一仕事って感じかな?」
私たちもその声に応えて向かおうと立ち上がったところで、ジンベイさんに呼び止められた。
「いや、待ってくれないか、ディティスちゃんたち。何かがおかしい」
周りを見ると、何やらざわついている。私たちには何がおかしいのかさっぱりわからないけど、アイちゃんとロア君が聞き耳を立てて掴んだ情報によると、キャンプ移動の時間帯に救援要請が出るほど魔物が残っていること自体が初めてらしい。
なるほど、それは確かに妙だ。でも時間を間違えている可能性とかない?
「それは無いよ。僕は時計を持っているから、時間を間違えるなんてことはありえない。昨日までは間違いなく、この時間に魔物の出現が止まっていたんだ」
ジンベイさんが懐中時計を見せながら話してくれた。あれ、私声に出してた?
「お前分かりやすい顔してるからな、顔に出てたぞ」
とはロア君の言。
「マジか……。って、心の声を顔色から読まないでよ、セクハラだよ!」
「こんなんでセクハラになってたまるか! わかりやすい顔してるお前が悪い」
「なにおー!」
こんな馬鹿げたやり取りをしている間にも事態は進んでいる。
こんな馬鹿げたやり取りでもして、気を紛らわせたかったってのが本当の所なんだけど、私たちの不安の種は、形を伴って徐々に芽吹き、近づいてきていた。
「と、とりあえず救援には行かないと!」
他の冒険者たちが口々にそんなことを言って、要請のあった方へと向かっていく。幾分か待つと、声の主であろう冒険者たちがヨロヨロとキャンプに戻って来た。
「何があった!」
ジンベイさんが尋ねる。
「数が減らないんだ、魔物の……」
「波か?」
波というのは、この窪地で不定期に起こる、中規模な魔物の大発生のことで、私たちが命からがらキャンプまで逃げてきたのも、この波に当たってしまったからだったらしい。そういうことを休憩中に他の冒険者に教えてもらった。
「違う。波なら直前に対処が終わったところだった。それで、最初は減ってきてたんだ。だけど……」
「また増えてきた?」
「あぁ。波が複数重なるってことはあったけど、それでも対処は可能だった。だがそれもこの時間に起こる事じゃなかった。この時間に、こんな増え方は初めてだ。気をつけろ、今までとは何か違うぞ」
男が言い終わるや否や、先ほど交代した冒険者たちがいる方から再び交代要請の声がいくつも上がった。
「なんだ、まだ十分も経ってないぞ!?」
ジンベイさんが狼狽えていると、先ほど救援に出た男が、血相を変えて戻ってきて叫んだ。
「今すぐこの窪地を抜けろ!! 走れ!! 死んじまうぞ!!」
男の声に動揺している暇もなく、けたたましい足音がキャンプに迫ってきた。
この窪地全体を揺らすほどの轟音。
私の杭撃ちの音が、ボールを蹴ったくらいの大きさに感じるすごい音だ。
これまでの人生でも、これほど大きな音は聞いたことがない。その音量が全方位から聞こえてくる。
尋常ならざることが起こっていることは明白だった。
湿っているはずの地面の土が、土煙になってこちらに迫ってくる。
土煙の先頭に人の姿が見えた。
目を凝らしてよく見ると、それはもう人ではなかった。
ソレは、双頭の犬型の魔物に咥えられ、弄ばれていた。
その後ろから魔物が大挙して押し寄せてくる。
そこからはもう地獄絵図だった。
みんながみんな、必要最低限の荷物を奪うように持ち、走り始めた。
篝火は混乱の中倒れて、慌てふためく冒険者たちが蹴り上げた土を被って消えた。
辺りはまた、天井から指す明かりのみで照らされることになった。
急に火が消えたことで目が慣れず、仲間からはぐれ、そのまま魔物たちに襲われる声が聞こえてくる。
一人に対して群がる魔物の数は、一人や二人が助けに入ったところで、二次被害、三次被害と増えるだけになるほどだった。それでも、苦楽を共にした仲間を助けようと飛び込み、返り討ちになる冒険者の叫び声も後を絶たない。
「あああああ!! ミューラ!」
「ダメだ! ゲイル、ダリル行くな!」
ジンベイさんの、仲間を止めようとする悲痛な声も聞こえてきた。
「馬鹿野郎!!」
その罵倒は、自分に言っているように苦しそうだった。
「僕たちに今できることは、ない! 魔物たちの注意が少なからず逸れている今の内に、この窪地を抜けてしまおう。彼らの犠牲を無駄にしてはいけない!」
私達にそう気丈に言ってはいるけど、ジンベイさんは、失われていく命の声を聞いて、苦々しく表情を曇らせて、血が出るほどに唇を噛んでいた。
本当は助けに行きたいんですよね……。
同行していた私たちにも、その悔しさはハッキリと伝わっていた。
「先陣を切る。付いてきてくれ、皆!」
ジンベイさんの号令に、残った冒険者たちが応と声を上げた。当然、私たちもだ。
犬型の魔物の名前を考えました。
一つ首をティンダロス
二つ首をオルトロス
三つ首をケルベロス
ありきたりですね。
ティンダロスが成長すると首が増えるので、出世魔物としてその肉は縁起がいいとされる贈答品です。




