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シデリアン洞窟編Ⅷ アイ編

2025/05/31 改稿

 目の前に現れた、三匹の、ヤマアラシのような魔物。

 昔読んだ図鑑には、『デミオイルニードルボアウルフ』と書いてあった。特徴をそのまま繋げただけの長ったらしい名前の魔物だ。

 ディティスは猪犬って言ってたっけ。そっちの方が覚えやすいし、私もこれからはそう呼ぼうと思う。


 一匹目をまず鎌でさくっと倒す。


 その直前に、ディティスが、キツかったら言ってねと声をかけてくれたのが嬉しかった。そんなことは、ここに来るまでに何度もあったけれど、言われるたびに嬉しくなる。

 私の、単語の頭でつっかかる話し方も、嫌な顔せずに接してくれる。こういう思いやりができる人と仲間になれてよかったと、心底思う。

 本人が思いやりとすら思っていないんだろうなって分るところも良い。つまり、自然体でああいう人っていうのが好き。

 ロアも、ぶっきらぼうだけど、ちゃんと心配はしてくれているって分かっているから、乱暴な言葉遣いでも苦にならない。


 いけない、集中しないと……。

 少しにやけた顔を正して魔物を見る。


 この毛むくじゃらを見ていると、少しだけ、麦の刈り入れを思い出す。自分でも何故かは分からないけれど。

 ゴブリンとか、他の魔物よりも、いくらか落ち着いて対処できる相手でほっとしている。


 この猪犬は、道中で何度も相手にしていたのもあって、難無く三匹とも倒せた。

 だけど、その後すぐに、正面に二つ、左右に一つずつと、続けて四つも穴が開いて、同じような見た目の、でも一回り大きい魔物が表れた。


「こ、この子は、み、見たことない……」

 この魔物は、毛を逆立てるだけでなく、毛同士をねじり束ねて、太い杭のような形にしてこちらに向けてくる。見た目のインパクトもそうだけど、眼光から強い攻撃の意思を向けられているのが肌で分かる。

 さっきの猪犬も大型犬ほどあった魔物だったけれど、今回現れたのは、よく肥えたイノシシのようで、その圧迫感は、さっきまでの比じゃない。

 その威容に、思わず身じろぎをしてしまった。


 チラリとディティスの方を窺うと、まだ戦闘中。犬のような魔物――ティンダロスと、ゴブリン複数を相手に笑みすら浮かべている。

 声は、かけられそうにないなぁ……。


 その一瞬のよそ見の隙を見逃さず、魔物が動き出し、一斉に突進してくる。

 ハッとした私は、すぐに鎌を構え、迎撃に入る。

 ゴブリンの剣を材料に、ロアが後付けした石突きの部分を、先頭の一匹へ、力の限り振り下ろした。

 石突きは先頭の鼻っ柱を上から刺し貫いて、地面を抉り、それがブレーキとなって、その突進を力ずくで止めた。


 ディティスほどではないけれど、私も力には少しだけ自信がある。

 農作業って、思うよりもずっとずっと重労働だから、気が付いたら結構な筋肉になっていた。

 将来、お嫁さんになるその前には、この筋肉を落としておきたい。こんなカチカチの体、恥ずかしくて他の人に、ましてや男の人になんて見せられるはずもない。

 それに比べて、ディティスは良い。

 一緒に水浴びをしたときに見てしまったのだけど、あんな化け物じみた力を持っているのに、体つきはとても女性的に整っていて、同性の私でも見惚れてしまった。あの子の心を射止めている、シャルティちゃんにも、ここを出たら会ってみたい。美少女同士のカップルは、さぞ目の保養になることだろう。


 あぁ、また余計なことを考えてしまった。でも、体はちゃんと動いて戦えている。ここまでの経験のお陰か。


 先頭の魔物のすぐ後ろにいた魔物は、先頭の急制動に巻き込まれて、逆立てていた毛を前の魔物のお尻に深々と突き刺して止まった。


 私はというと、柄を地面に突き立ててすぐ、柄の真ん中あたりにある、刃と垂直になるように付いた持ち手を伝って鎌によじ登っていた。

 この時ほど、私がこの無駄に付いた筋肉に感謝したことはない。

 これっきりであってほしい……無理だろうなぁ。

 両脇から突っ込んできていた二匹は、そこにいるはずだった、私という標的を失って、お互いでぶつかって止まった。

 もともと毛だったはずの杭同士がぶつかって、金属音が出たのには驚いた。絶対に食らいたくないと、改めて強く思った。


 私は鎌から飛び降りて、地面と魔物からそれを引き抜き、正面衝突の影響で喧嘩を始めてしまった二匹に、横から切りかかった。

 足を掬うように刃を滑らせると、二匹の足が麦穂のようにスパッと切れて、魔物たちは横転した。鎌の重さと遠心力に身を任せて、くるりと一周回って止まると、転んだまま、起き上がろうとじたばたする魔物が目に入る。

「ご、ごめんなさい……」

 抵抗できない二匹に謝りながら、順番に首を刈った。


 一匹目のお尻に顔を埋めたまま藻掻いている四匹目へと向かう。

 この大きいのは、杭状にした毛を元に戻せないし、後退ができないらしい。


 鎌を鍬のように立てて持ち、四匹目の背中を耕すように切った。


 遮る物がなくなったのに一向に動かない一匹目の様子を見ると、どうやら、私の一撃目で頭蓋にひびが入って、四匹目による追突事故で既にご臨終していたようだった。他の魔物よりも頭部がひしゃげて潰れていた。


「こ、これで、ぜ、全部。……や、やった! ひ、一人で、た、倒せた……」

 戦果のほとんどが、戸棚から白パンみたいな感じだったけれど、勝ちは勝ち、だよね?

 初めて完全に一人で複数の魔物と戦えたことに達成感を覚えて、喜びを噛みしめていると、ロアとディティスの戦っている背後で穴が開くのが見えた。

「あ、あぶない!」

 感動もそこそこに、私は二人のフォローのため、鎌を握りなおし、走り出した。

頭の中だと流暢に話せるけど、言葉にしようとするとどうしてもつまってしまう人、いると思います。


アイは人の名前だけは絶対につっかからずに言えます。そう訓練しました。

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