シデリアン洞窟編Ⅷ ロア編
爆走突撃娘の突進を横目で見て、自分の目の前に向き直り、集中する。
穴は、五つ。
先に空いた二つが弾けると、普通より二回りは大きいゴブリンらしき魔物が二体、片や剣、片や斧を持って現れ、俺と対峙した。
「なんか、でかいな。というか、本当にゴブリンかこれ?」
独り言ちながら気を引き締め、双剣を構える。
ドスドスと、鈍重な音を立てながら、二体が突撃してくる。
普通のゴブリンよりは遅く感じる。足運びの速度の違いもあるだろうけど……。
でかいゴブリンの後方で、あとから空いた穴が弾けて、普通サイズのゴブリンが三匹、顔を出したのが見えた。
「あれはまだ距離があるから、合流する前に倒せれば余裕があるか? それにしてもまたゴブリン。縁があるのかな、俺。……嫌な縁だ」
そんなことより今はデカブツだ。
剣と斧をそれぞれ振りかぶって、二匹が目前。迎えるように俺も前進する。
剣の方が少し速いか? じゃあまずは剣の方だ!
剣を持つ方のデカブツは、馬鹿がやってきたぜとでも言いたいのか、ニタリと顔を歪ませて剣を振り下ろしてきた。
もう一歩、前へ――!
双剣を交差させてデカブツの剣を受ける。
だが、鍔迫り合いなんて非効率的なことはしねぇ!
刃はもっと根元、鍔を超えて、こいつの持つ剣の柄に当てる!
「的が大きくて、めちゃくちゃ潜り込みやすかったぜ! ほらよっと!」
交差させた腕を勢いよく開くと、刃は当然、柄を伝う。デカブツの指を順に切り飛ばしながら――。
俺より研ぎの上手なアイに研いでもらった剣の切れ味は、やっぱり抜群だ。
把持していた指を失った剣は地面に落ちて、同時にデカブツの醜い苦悶の声が上がる。
指のついでに切り裂かれた、ふくよかな腹からも、血がしとどに迸っている。
「この隙を見逃すわけがねぇ!」
指を無くした手を、残った手で庇いながら、痛みに咽び呻き、膝をついて高さの下がったその首へ、俺は双剣を振るった。
ゴトリ――と、一体目の首が落ちた。
剣についた血を振り払う間もなく、斧を持ったデカブツが迫る。
一体目の時と同じように、前進あるのみ!
相方の惨状を目の当たりにしていた二体目は、そこで自分から近づくのを止め、守勢に入った。斧の腹を見せ、盾のように構えている。
「ふーん、少しは頭使えんだな」
でも所詮、斧は斧。盾と違って、持ち手は丸見えだ。
こんなの気にもならねぇ! 前進前進!
「いいアイデアだと思うけど、こういう手までは読めるか?」
左手で突き、斧で防がせる。
防御のために注意の削がれたもう片方の手、斧の持ち手を右手の剣で撫でるように斬る。
斧を持っていた指先が、小指から順に飛ばされていき、剣先が、ゴブリンの斧を掠めて、火花を上げた。耳障りな甲高い音だ。
「残念でした!」
手から斧が滑り落ちて、その刃は不幸にも、デカブツの左足の甲に落ち、切断した。
「うわ、痛そう……」
激痛で悶え転がるゴブリンの頭に、ほんの僅かな罪悪感を覚えつつ、だが容赦なく、剣を突き立てた。
デカブツの止めとほぼ同時に、追い付いてきた三匹のゴブリンが飛び掛かってきた。
その場にしゃがんでそいつらには虚空を掴ませて、デカブツの頭に突き立てた剣を逆手に引き抜き、そのままの勢いで、一番近くに転がっていたゴブリンの頭を、双剣でもって三分割にした。
立ち上がって走る。
逆手に持っていた剣を持ち直して、追い越しざまに、次に近かったゴブリンを斬った。
最後の一匹が、土を掴んでいるのが見えた。
水分を多く含んだここの土は、顔にかかればへばりつき、なかなかに行動を阻害するだろう。
距離は目測で六歩くらい。
――よし、行くぞ。
剣を胸の前で交差させる。腕を開くように振るえば、ゴブリンの首か胴体のあたり。
――一歩、二歩。
歩数を数えながら、ゴブリンの最終位置を確認。ゴブリンはすでに投げる体勢。目を閉じる。
――三歩。
四歩目を踏み締める直前に、顔に土が掛かった。思った通り、湿っていて、少し鉄臭い。砂鉄が多いのか? いや、そんなことは今はいい。目に入らなかった。それが重要だ。
――四歩、五歩。
ゴブリンの笑い声。馬鹿めとでも思っているのだろう。それはこっちのセリフだ。
――目を開く。六歩目。
少し土が目に入ったが、この一瞬見る分には何も問題ない。目測通りだ。
ゴブリンは眼前。ピタリの間合い。
真っ直ぐ見つめる俺と視線が交わったとき、こいつのニヤケ面が動揺と焦りの色に変わった。
慌てて小さなナイフを振り上げようとする。
――が、遅い。
「何で見えてんのって?」
――双剣を振るう。
「――あの世で考えろ」
刃は鋏のように、ゴブリンの体を両側から切り裂いた。
剣に付いた血糊を払って、顔に付いた土と汗とを、一緒にシャツの袖で拭う。
「一段落ってとこかな」
呼吸を整えながら、最初に倒したデカいのが落とした剣をふと見る。
長大な剣。特徴的な柄と刃の間にある第二持ち手。
うわぁ……。こいつが持ってたときは、片手で振っていたし、せいぜいロングソードくらいだと思っていたが……ツヴァイヘンダーじゃん、これ。
ゾッとした。
今の今まで、この特徴的にも過ぎるリカッソを見落としていたことにも。
持ち方如何によっては、刃がこの部分で止まって、俺が逆にピンチになっていたかもしれない。
「上手くいったからよかったけど、間合い的には死んでてもおかしくなかったよな……。もう少し目を鍛えないと」
冒険者としても、剣士としても、自分の未熟さを痛感した。
あと、鍛冶師としても、これを見逃すとかありえん。マジであり得ん。ここが一番許せない。
そういう反省をしている間にも、再び穴が空いてしまった。
くそ。マジかよ……。まだ反省の途中だぞ? ちゃんと課題の洗い出しはしておきたかったってのに……。
「しゃーねーなぁ……。まだまだこれからってか? でも、もう少し手加減してくれてもいいだぜ?」
そう愚痴をこぼしながら、俺は再び剣を構えるのだった。
2025/05/03 改稿。
ロア君の戦闘スタイルをお届けしました。
次回はアイちゃん(予定)です。




