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キャラクターエピソード ロア編Ⅱ

 その日の夕方、アイとお嬢が帰ってきた。飯はどうしたのかと聞くと、もう二人で食べてきたと言う。すれ違いざまに仄かにお酒の匂いが漂ってきた。すでに飲んでやがるな、この二人……。

 こうなればしょうがない。適当にどこか食べに行くかと、一人で家を出た。

 とは言ってもだ、ギルドの酒場以外を俺はあまり知らない。普段はアイが食事を作ってくれてたので、そこ以外に外食に出るなんてことしてこなかったからだ。

 この際だ、色々ぶらついてみるか。あの二人も俺がいない方が落ち着くだろうしな。

 大通り沿いに煌々としたランプの灯りが並び、なかなかに綺麗な景色が目に入る。

 歩道にテーブルと椅子を出して、そこで飲み食いをする老若男女。夜営業の店の客たちだろう。

 騒がしいのは嫌いじゃないが、今は酒を飲みたい気分でもないし、あんまり五月蠅くないところで腹を満たしたいので、大通りから外れた通りに入った。

 大通りの喧騒を避けて一つ奥の路地に入っただけで、雰囲気がガラッと変わる。

 ステンドグラスで組まれた鮮やかで落ち着いた、淡い灯りのランプに照らされた店が建ち並んでいる。

 もっと奥の路地まで行くと娼館の区域に入るから、店を探すのならここいらが限界だろう。

 窓から中を覗ける店をチラチラと覗きながら飯が食えそうな店舗を探す。

 しかしながら、この路地の雰囲気通り、食事というよりは、静かにお酒を嗜む店が多い。

 これは場違いだったなぁ……。

 多少騒がしくても、やっぱり表通りの大衆酒場に行くべきだったかと、心が折れかけて引き返そうとしたとき、女性の声に引き止められた。

「ロアさん、ですよね? ディーちゃんのお友達の……」

 声の方へ振り向くと、どえらい美人が立っていた。

 ディティスの恋人、シャルティ=バウさんだった。

 俺の好みのタイプではないが、いいとこの貴族のお嬢様もかくやな美貌を持っていることは分かる。お嬢と並んで歩いても何ら遜色はないだろうことは容易に想像がつく。

 じゃあ肝心のディティスとは釣り合っていないのかというと、そうでもない。

 あいつはあいつで客観的に見て可愛い寄りの美人の部類だ。性格も明朗快活で人当たりもいい。話しやすく、変に気負うこともないので一緒にて楽だ。戦闘面でも、盾役として申し分ない仕事をするし、ともすれば自ら切り込んで行って、その盾でもって一騎当千な戦果を上げる。

 ただ、あの脳筋な風体が前述した付き合いやすさと悪い意味で同居してしまい、女として見られることが極端に稀になっている。それと、シャルティさんのことになるとやたら喧嘩っ早くなるところ。あれさえ無ければさぞやモテたことだろう。そして、本人は興味ないからことごとく男どもを撃沈させるのだ……。

 そういえば、女連中の中で密かにディティスのファンクラブが出来ているってアイが言ってたっけ。既に影で男を別の意味で泣かせていたのか、あいつ。

 何だこのカップル。二人揃って男女それぞれのファンクラブができてるとか末恐ろしすぎる。いずれこの街を牛耳ってしまうかもしれない……。いや、大領主の娘が二人の下にいるんだから既に半分牛耳っているようなもの……か?

「あの、難しい顔してますけど、大丈夫ですか?」

 あぁいけない。つい考え事をしてしまった。

「いえ、なんでもないですよ。シャルティさんを見て、ふと考え事をしてしまっただけなんで」

「私を見て? ……ッ!? ディーちゃんはあげませんからね!」

「いやいらないです。間に合ってますんで」

「そんな押し売りを断るみたいにぞんざいに!?」

 シャルティさんも、なんだかんだディティスのことになるとちょっと怖くなるんだよなぁ……。似た者カップルで実にお似合いってことなのかね。

「あ、それで、こんなところでどうしたんですか?」

「飯屋を探してて、静かめな店がいいなって路地入ったんですけど、バーっぽい店しかなくて。引き返して大人しくそこらの店で食おうかなと……」

「それなら、私たち、ちょうど食べてきたところなんで、案内しましょうか?」

 たち? と、シャルティさんを改めて見ると、後ろにもう一人いたことに気づく。リヴィちゃんであることはすぐにわかった。

「あ、リヴィちゃんが一緒だったんだな。じゃあ裏路地通ってるのも?」

「はい。表通りは男の人――それも酔っ払ってる人が多くて、絡まれちゃうと大変なので……」

「すみません、私のせいで」

「いや、リヴィちゃんだけのせいでもないだろ。シャルティさん自体もかなり目を引くしな。ボディガードのディティスもいねぇし」

「はい。だから気にしなくていいんだよ、リヴィちゃん」

「シャルティお姉さん、やっぱり人気なんですね!」

「まぁ、ファンクラブができる程度には人気だな」

「え!? 私、それ初耳なんですけど!?」

 ヤッバ!? ディティス言ってなかったのか。まぁ、言うわけないか……。

「えーっと、その、聞いた話ですけど、別にシャルティさんをどうこうしようって会じゃないんで、大丈夫だと思いますよ?  それに、ディティスにもファンクラブ出来てるらしいんで、お揃いですよ、お揃い」

「ディーちゃんにもファンクラブが!? 入らなきゃ!!」

 そっちなのか……。

「いや、私が会長じゃないファンクラブに存在する意味なくない? ロアさん、詳しく教えて下さい、そこ潰しますから」

 真顔だった。美人の真顔ってこんなに怖いんだって初めて知った。

 つーか、ディティスもシャルティさんのファンクラブについて教えたら潰そうとしてたんだけど!? この二人、思考回路まで一緒かよ!? ホントお似合いだな!!

「こ、個人のファンクラブと言っても、実質二人の応援団みたいな感じなんで、マジで潰す必要とか無いです!!」

 実態は全く知らんけど……。

「そ、それより、お店教えてくださいよ! 俺、この上なく腹が減ってて……恥ずかしながら」

「あ! そうでしたね。こっちです」

 話題転換に成功し、ホッと胸を撫で下ろしながらシャルティさんの後を追った。

「そういえば、いつもは自分で作ってるそうですけど、今日は何か祝い事でもあったんですか? 外食なんて」

「あー、そういうのじゃないです。単に仕事が遅くなっちゃって、それで市場が閉まっちゃったんですよ」

「なるほど」

「ですです。それで、ロアさんに案内するお店なんですけど、同僚の人に教えてもらったお店なんですね。女性が主な客層で、雰囲気もおしゃれで静か。お料理も美味しいです。条件には合ってると思います」

 女性客が主ってことは、リヴィちゃんの男性恐怖症対策も兼ねてる感じか。男が完全に来ないってわけじゃなさそうだし、少数なら慣れさせる訓練にもなると。

「リヴィちゃんはそこの料理美味しかったか?」

「はい、とても美味しかったです。ロアお兄さんも気に入ると思います」

「ディーちゃんが、リヴィちゃんはロアさんは大丈夫な人って言ってたの本当だったんですね」

「はい。ロアお兄さんは、アイお姉さんと顔が一緒なので大丈夫みたいです」

「それを言われると、俺としちゃあちょっと複雑な気持ちなんだが、怖がられるよかマシか」

「ようは女顔って言われてるんですからね。複雑ですよね、男の人としては――着きましたよロアさん、ここです」

 案内された店は、他の店と同じように、ステンドグラスで組まれた色鮮やかなランプを吊るし、淡い光で照らされていた。

 看板には、『レストラン&バー 漁火(いさりび)』と書かれていた。

 女性客が多いという話の割には、なかなかに厳つい店名だ。

 というか、内陸海なしのこの町で漁火とは、なんともミスマッチな……。

「お店の名前、面食らいますよね。私たちも最初来たとき本当にここかなって不安になりました。でも大丈夫です! 名前の意味もちゃんとわかりますし、納得できますから!」

 店名を訝しんでいるのを察して、シャルティさんがフォローを入れた。

 そこまで言うなら信じてみるか。

「それじゃあ、私たちはこれで……」

 そう言って踵を返す二人を俺は呼び止めた。

 ひとまずこの二人を二人だけで帰しちゃいけない気がする。

 空の遠くの方はまだ赤らんでいるけど、町の外壁の影響で、ここらはもうすっかり夜の帳が下りている。

 ランプの灯りで、キラキラと輝くシャルティさんの透き通るように綺麗な白い肌と髪は、彼女の赤い瞳と合わせて彼女をより妖艶に魅せている。

 こんな、歩く色気の暴力みたいな人を酔っ払った男どもが徘徊する夜の町に小さい子と二人放り出すわけにはいかない。

「この場所は覚えたんで、家まで送りますよ」

「そんな、悪いです」

「いやいや、逆に送らないと、多分、あとでディティスに殴られるんで、送らせてください」

 実際、俺を案内していなかったら、もう家まで着いていたかもしれないし、そのことをどこかでディティスが小耳に挟んで、(あまつさ)え送って行かなかったなどと知られたら、間違いなくあいつにどやされるし、アイの鉄拳も飛んでくる。それだけは避けなくてはならないのだ。

「じゃあ、お願いします」

 できるだけ人目のつかないルートをシャルティさんはすでに把握済みで、スルスルと進んでいった。送るといったくせに、逆に俺がついていくような形で進み、結局、誰一人としてすれ違いもせず、彼女らの住む寮に到着したのだった。

 あれ、俺本当にいらなかったのでは?

「ありがとうございました」

「いや、えっと……おやすみなさい」

「はい。おやすみなさい」

「ロアお兄さん、送ってくれてありがとうございました」

 シャルティさんが会釈を、リヴィちゃんが手を振って部屋に入ると、静かな住宅地にポツンと俺だけが残った。

 こんな些細なことで思いがけず無力感を味わって、俺は小さく溜息をこぼしたのだった――まる。

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