第三話「商人と用心棒」
おはようございます、辺りはすっかり夕暮れ時です。
俺は何度気絶すればいいのやら?
そんな事よりも、すっごい強面のオジサンと目が合ってるんだけど
怖すぎて声が出ない。寝起きドッキリというかビックリ。
山賊だか盗賊のような風貌のオジサンは、さっきから超睨んでるし
友好的な雰囲気は皆無です。待望の人だ!とか喜ぶ気分は木っ端微塵。
どう見ても檻に閉じ込められてるこの状況。説明プリーズ・・・・・・・・
ゴトゴト揺れている感じからして、どうやら荷馬車か何かに積み込まれてるのは分かる。
そしてついでに、首には大きなチェーンの付いた首輪?がはめられている。
ゴリゴリと首にあたって、痛くてたまらない。
着ていた服というか、腰に巻いてあったはずの布が、
ボロ服に、ランクアップだかランクダウンだかしている。
オジサンから目を離すのは怖いけど、目線だけで周囲を観察すると
俺の他にも繋がれていたり、鍵付きの檻に入っている。
俺を除いてあと二人、ぐったりと項垂れており、体はガリガリに痩せていた。
光を失った瞳は、ずっと床を見つめているが心は完全に何処かへ行ってしまっている。
唯一繋がれて居ないのは三人。
目の前の睨みをきかせたオジサンと、御者台に二人、ぽってりした男と
手綱を握っている、全身フードで覆われた少し小柄な人物。
チラリと確認しただけでも、マズい雰囲気を身体全体で感じる。
何といっても、見向きもしない御者台の人物より、
睨みを利かせたままの、目の前のオジサンがヤバイ。
彼の目には、少なからず日本で感じた事のない殺意というモノが宿っている。
正直話しかけたくも無いが、自分の状況を確認するため、
グッと上体を起こし、目の前の人物に話しかけて見ることにした。
小さな檻だが、座る分には問題ない。
俺が起き上がっても、目の前のオジサンは腕を組んで此方を睨むだけだ。
ふう、と一呼吸置いて心を落ち着ける。
俺は相手を刺激しないよう、慎重に言葉を選ばなくてはいけない。
「・・・・・・・・あの、ここは何処ですか?」
「黙ってろ」
はい、会話終了。
言葉が通じる事を確認出来て上々?イヤイヤイヤ!
マジで敵意しか無かった!身に覚えがないんですが?
この世界で初めて会った人間に、敵意を向けられて泣きそうだわ。
「ち、ちょっと待ってください、この状況の説明をお願いします・・・・・・・・」
だが、挫けたままだと状況の悪化でしかないので、
若干ビビリながら、俺はもう一度目の前の人物に問う。
「お前たちが逃げたと依頼を受け、わざわざ出向いたわけだが?」
「は・・・・・・・・? 逃げたって、俺は初めてお会いしましたけど?」
「いやはや、ザバードさんはお優しい、こんな奴隷に何を言っても無駄ですよ」
御者台に居た、ぽってり男が割って入ってきた。
聞き間違いでなければ、この男は俺を奴隷だと言っている。
ザバードと呼ばれたオジサンとは違い、こちらの男は
身なりも良く、如何にも裕福でーす。といった具合だ。
「ギルドに依頼を出して正解でしたよ、さすがの冒険者さまですね。
街に戻ったらどれか飼われます? 値引きいたしますよ」
「いや、構わん。 ハンザ殿、逃げたのはこの三名で間違いないな?」
「・・・・・・・・えぇ?たぶんそうですね。 商品の顔なんて、
まぁ似たり寄ったりですから。 こんなものでしょう?」
「ちょ、ちょっと待ってください! 俺は身に覚えがないんですけど」
「何を言ってるんですか・・・・・・・・。 魔族の子なんて、この辺りに居るはずもない。
それこそ、商品でない限りありえませんし」
「俺は森から飛んで来たばかりで、貴方を知らないし見たこともない!」
トントンと知らない男達の間で話が進み、もはや恐怖でしかない。
身に覚えのない理由で捕獲され、今や奴隷まっしぐら。
しかも、さらりと魔族なんて呼ばれた始末。
まぁ、人間にしては色々とオプション満載だけど、魔族という響きに
あまりいい予感はしない。
「嘘はいけません。 あんな魔獣の森を飛んで超えられるわけ無いですから」
ハンザと呼ばれた男がそう言って、にっこりと顔を檻に寄せてくる。
友好的な雰囲気を纏ってはいるが、目が笑っていない。
「まぁ、どちらにせよ他の商人に捕まってたはず。 このまま大人しくしてて下さい?」
ぐっと低く呟いて、再び御者台へ戻っていった。
あの男に何を言っても通じないだろう。俺が魔族だから、の一点張りだ。
そもそも、俺が脱走した奴隷という話も既に怪しい。
あまりにも納得がいかなかったので、もう一度ハンザに声をかけようとした時。
金の瞳がフードの隙間から、こちらを見ていることに気づく。
俺の視線に気づくと、再び手綱を握り直し前を向いてしまった。
「あの! 本当に俺は商品じゃないんです!」
「俺の知った事じゃない。 魔族は嫌いなんだ、話しかけるな・・・・・・・・」
俺だって好きで魔族になったわけじゃない、元は人間だったんだ。
どうにもならない状況だが、沸々と怒りの感情が沸く。
俺は周りの人間に声をかけたが、
フードの人物は、あれ以来此方を見向きもしないし、
商品と呼ばれている人達は、もはや諦めの表情だ。
目の前のザバードは、硬く口を閉ざしたまま
渋い表情をしている。
精一杯檻の外へ手を伸ばし、ザバードの服を掴む。
「話だけでも、聞いてください! 本当に俺は、初めてここに来たんですっ」
「大人しくしていろ」
俺の手を振り払おうとしているが、何故か先程より覇気がない。
どういった心境の変化か分からないが、こちらとしては好都合。
話を聞く、と言わない限り絶対この手を放してやるか!と
服を掴む指に力を込めた瞬間、
『ギャアアアアアアアアアア!!!』
突然頭上から何かの咆哮が聞こえた。
その瞬間、荷馬車の屋根が吹き飛び、この馬車に乗っていた全員が
横倒しになった馬車から放り出された。
俺の入っていた檻も、ガシャンと大きな音を立てて地面に横倒しになる。
その眼前に、ドカリと巨大な獣が舞い降りていた。
その巨体には、見覚えがあった。
大きな嘴、猛禽類を思わせる顔つきに、鋭い鉤爪のある4本の足。
ファンタジーものが好きなら、一度は目にした事があるかもしれない。
そいつの足元には、無残にも鉤爪で割かれた馬が横たわっている。
「こんな街道に、グリフィンだと・・・・・・・・」
ザバードの小さな呟きではっきりとした、少し俺の知っている
形とは違うけど、確かにグリフィンだ。
「ザザザザザバードさん、助けて下さい・・・・・・・・!」
ゴロゴロと転がるように、商人のハンザが小声で駆け寄っていく。
その後ろから、フードの人も姿勢を低くして追従していき、
ザバードは二人を背中に庇って剣を抜いていた。
ジリジリと、彼等は森へ向かって後退している。
助けてくれ、と声を出したいがすぐ頭上にグリフィンの頭がある。
声を出せばその瞬間食べられてもおかしくない。
グリフィンは周囲を見渡し、ザバード達を見て
足元に転がる俺の檻を確認する。
その瞬間、ザバードの指示で彼らは森の茂みへ走り去っていく。
一瞬、苦い表情を浮かべていたのは、気のせいだろうか・・・・・・・・。
『ギュウウウウ』
ガシャリとグリフィンの顔が間近に迫る。
なすすべも無いとは、この事だろうか・・・・・・・・
せめてこの檻が頑丈で、グリフィンが諦めてくれるのを待てれば
何て甘い事を考えたりもした・・・・・・・・けど、
『ギュウギュウ!』
グリフィンが、檻の鉄柵を嘴で咥えてペンチの如く
バチリと切り取っている。
俺は諦めの境地で、その光景をぼんやり眺めていた。
そいつは、プレゼントの箱を開ける時のように、
ワクワクしている子供のように、前足をドカドカと踏みしめている。
「お前はそんなに、俺が食べたいのか」
ポツリと恨みを込めて呟くと、途端にグリフィンは顔を引き
首を大きくかしげた。
うん・・・・・・・・?
何だ、この態度は。まるで言葉を理解しているような。
「食べない・・・・・・・・のか?」
もう一度、同じように目の前のグリフィンに話しかけると、
カパリと嘴を開け、コクコクと頷いている。
その反応に、俺は張りつめていた緊張が解け
ぐったりと仰向けになった。
お前、言葉通じるんかーーーーーーーい!!!