7
動画撮影をしていたらしい。
なんでも、ネット上で見た動画に触発されたらしい。
枝豆をとっていた作業場に、ダークエルフとその友人である人間族の少女二人が小屋の本来の主であるリューによって正座させられていた。
「どんな動画見たら、熊を狩ることになるんだ」
リューが呟くと、ダークエルフの少女が説明してきた。
なんでも、無人島でサバイバル生活を送っているもの達が上げている動画があるらしい。
二人ともリアル高校生である。
彼女達も熊が出たことで自宅待機が命じられていたのだが、暇で家を抜け出したと言うのだ。
「お前らバカだろ」
「うぅ、ごめんなさい」
えぐえぐと、リューにもらった拳骨の痛みに少女二人は涙する。
ふつうに小屋の被害を考えたら賠償ものだ。
まだ、太陽光発電の機材に被害が無かったから良かったが。
そのことをちゃんと理解しているのだろうか?
「屋根壊したのは親父さんに請求するからな」
「はい」
反省はしているらしい。
クリスはそれよりも、子熊の死体が気になっていた。
あれが空から降ってきた。
つまり吹っ飛ばしたのだ。
なにをどうすれば、女子高生が熊をふっとばせるのだろう?
いや、それよりも。
「これって密猟か?」
クリスは疑問を口にした。
国によって細かいルールは違うものだ。
たとえば、今までクリスが所属していた国では、十六歳が成人である。
しかし、友人であるリューが移住したこの異国では二十歳で成人となる。
こういった狩猟に関する規則も、クリスが今までいた国では【猟友会】なる組織はなく、代わりに【狩人協会】ーーハンターギルドがあった。
細かい職務内容までは知らない。
ただそういう組織があって冒険者ギルドからの下請けをしているというくらいしか、クリスは知らなかった。
「平気です、ほらこれ、ちゃんと狩猟許可証ーーえっと免許持ってるんで」
人間族の女子高生ーーノエルが、やたらファンシーなパスケースに入った白色の身分証名書のようなモノを見せてくる。
車の運転免許証みたいだ。
「百姓限定で、まぁその家の方針にもよりますけど高校に上がる頃にはこの辺の子達はみんな取りにいかされるんです」
スクーターの免許じゃあるまいし。
そんな軽く言われると、反応に困る。
「国際免許じゃないし、初級免許になるんで本籍地のあるところでしか狩れないんです。
でも、まだウチら未成年なんで。
今日みたいな自宅待機の日は基本狩猟の要請が来るまで家から出ちゃ駄目なんです」
なら、何故出た。
その疑問は、すぐに解消される。
ノエルが丁寧に説明してくれた。
ここまで丁寧に説明してくれるのは、彼女達も噂でクリスの事を知っていたからだ。
リューがいい歳して男を連れ込んでるという下世話なものから、移民の知人を雇っているという普通の噂まで知っていたのだ。
前者は暇潰しのための、口さがのない老人達の妄想話である。
妄想の種類が違うだけだが、時おりまことしやかに噂するので信じてしまう人がいるのが難点だ。
とにかく、彼女達はそんなわけでクリスが外国からきた人間だと知っていた。
一部の大人達は、老人達とはまた違う意味でクリスのことを警戒しているのも知っていた。
クリスの耳にその話が行っているかは不明だが、彼はここ数年地元民に迷惑をかけている余所者というくくりなのだ。
子供達はなついているようだが、大人は警戒している。
リューもこちらに来て二十年になるが、いまだにこの集落の大人達の感覚で言うなら余所者の部類にはいる。
ただ、リューが余所者という扱いを受けつつも市民権を獲得しているのには、当然訳がある。
その人脈の広さだ。
エルフとの交流をリューが持っていたので、年寄り達は定期検診を受けられるのだ。
エルフの医者も新しい患者を獲得できたというわけである。
「逞しいな」
その辺にいそうな女子高生が、動画の影響を受けてこうして熊を狩ったのだから。
字面にするとツッコミどころ満載だが。
それを誉め言葉ととったダークエルフの女子高生ーーファルが携帯を取り出してその動画を見せてきた。
それは、サバイバル生活の動画ではなかった。
同じ投稿者の別の動画で一番人気のものだった。
投稿者本人らしき人物が馬の被り物を被って、ほぼ全裸に近い格好に変身するという頭が沸きまくった動画だった。
そして、この投稿者はかなりのアホウだということは理解した。
「こんなの見てるのか」
クリスは、さすがに阿呆になるぞ、と言いかけてやめた。
漫画を読んだら馬鹿になる、と言っていた老害と同じになってしまう。
「面白いですよー。
カエルのモンスターのさばき方とか。
あ、ほらこれです。
こうやって普通のテレビだと流さない部分までちゃんと流してくれるんで」
そこじゃない、とクリスは思ったが口にしなかった。
「だから、熊じゃなくて本当はカエルのモンスターを捕って『JKがモンスター捌いてみた』って動画をとるつもりだったんです」
暇だから、カエルのモンスターを捌く動画を撮影する。
それがどーして熊になったのか。
謎だらけである。
しかし。
(若いってすげぇなぁ)
クリスは素直に、そう思った。
今時の若者はバイタリティ不足が深刻だと、元いた国ではよく言われていた。
しかし、この辺の集落では関係無いようだ。
少なくとも、暇潰しでモンスターを捌く動画を撮影しようとはならない。
自分がこの子達くらいの時にもしも動画を投稿していたらどんなものを撮影していただろう?
そう考えて、『百人相手に喧嘩してみた』とか『舎弟がボコられたので、チーム総出で殴り込んでみた』とか、そんなことしか思い浮かばなかった。
それはともかく、そんなわけでメールやSNSを使って連絡を取り合った女子高生達は、長年暮らしてきた経験から集会場の近くにある、ダークエルフのファルの家の畑と隣接している林にモンスターを探しに足を踏み入れたらしい。
(踏み入れんなよ。
素直に自宅待機してろよ)
クリスはでかかった、その言葉を飲み込んだ。
ちなみにその林もファルの家の私有地である。
畑はあるが、不思議と集会所のまわりは熊の出没はないらしい。
モンスターはわりと出る。
しかし、他の害獣であるタヌキやキツネ等とそう大差ない。
噛まれたら大変だが、噛まれない自身が彼女達にはあった。
そうして探索をしていると、あの子熊に遭遇した。
最初は、ゆっくりと目を合わせたまま後退りする方法をとったらしいが、そんなことお構いなしに、子熊は口から火を吐いたらしい。
「俺の知ってる熊とちがう」
クリスの知ってる熊は、口から火を吐かない。
どちらかと言うと、火を吐くのはドラゴンのイメージだ。
口から火を吐く熊は、見た目は熊だが魔物と呼称されるはずだ。
リューが説明する。
「新種、ほら自然交配したハイブリッド種がいるって言っただろ。
見た目は動物、中身は魔物ってやつが増えてきてて、正直パッと見だけだと判別つかないんだよ」
リューの説明のあとに今度は人間族の女子高生、ノエルが続けた。
「あ、こりゃヤバイなぁってなってファルが子熊との距離を一気につめて蹴りあげたら、思いの外よく飛んだんです」
缶けりやボール遊びじゃあるまいし、思いのほか良く飛ぶのもどうかと思う。
「身体強化っていうんだっけ?あれを使ってほんとは熊の頭を落とそうしたんすけど、頭蓋骨と脳だけ破壊してあとはそのままここに落ちちゃったみたいで」
あははは、と笑って誤魔化そうとしているように見えたファルにリューがもう一度拳骨を食らわせた。
その直後のことだった。
家が揺れ始めたのは。
「地震?」
ノエルが呟くと、咆哮が地鳴りとともに近づいてきた。
そして、この家の近くで止まったような気配を感じた。
同時に、なんとも言えない圧迫感を覚える。
殺気であった。
クリスはここ数日、家主のリューに無断で仕掛けておいた魔法を発動させる。
といっても大したものではなく、防犯用の監視魔法だ。
機械を使わずに映像をリアルタイムでチェックできるものだ。
指を振って、空中に薄型テレビよりもさらに薄い、紙のような薄さの画面を出現させる。
そして、小屋の周囲の状況を確認した。
「わぉ」
数体の熊に囲まれていた。
そのなかでもとりわけデカイ個体が唸っている。
「想像なんだが、あの子熊の親か?」
「状況から察するにそうだろうな。やばいな」
リューはさすがにここまでの熊に包囲を受けたことはないようだ。
どこか緊張した声音で画面を覗きこんでいる。
一方、女子高生達は初めてみる上級魔法に目を輝かせて騒いでいた。
「えっと、ノエルちゃんとファルちゃん。あの熊達を倒せたりなんか出来ない?」
「うーん。ちゃんとした装備があるなら出来なくもないですけど。あとは子熊なら大丈夫だと思います。でも、大人の熊がいるんで手に余ります。ベテランさん、ワルターさんの狙撃があったら別でしょうけど」
ノエルの説明に、クリスは考える。
クリスの魔法を使えば、たぶんこれくらいの数のハイブリッド熊は瞬殺できる。
しかし、問題はそのあとだ。
一応手続きはしたものの、クリスは外人という立場だ。
元の国でもこちらでも狩猟許可証などの資格を持っていない。
正当防衛とはいえ、あとでめんどくさいことになるのは目に見えていた。
なので、リューに小声で相談する。
女子高生達は、画面に夢中になっている。
その相談内容に、リューは渋い顔をしたものの、了承した。
すぐにノエルとファルに、リューは提案する。
「お前ら、これから起こることを見なかったことに出来るなら天井に穴をあけたの水に流してやる、もちろん親にも言わないでおいてやるがどうする?」
突然すぎる申し出に、女子高生達は首をかしげた。
ただ、親に怒られなくなるというのは理解したので、深く考えず頷くと、今度がクリスが念押ししてきた。
「約束。守れるか?」
「はい、誰にも言いません」
ノエルは素直な子なのだろう。すぐに同意してくれた。
しかし、ファルはその口約束に魔法の匂いをかぎとった。
制約の魔法だ。警戒するところだが、危険な匂いはなかったので、ファルも同意する。
両親に今回のことがバレて物置に閉じ込められるほうがもっと嫌だったのだ。
そこからのクリスの行動は早かった。
浮遊魔法を使って開いた穴から外へ出る。
屋根に立って、浮遊魔法を解除し今にも火炎放射を放ちそうな熊達を見て、手を軽くふる。
すると熊達の頭や胴など急所にピンポイントで小さな円陣が現れた。
それを素早く確認して後、クリスは利き手である右手で銃の形を作ると、一言。
「バンっ」
子供が遊ぶときにする発砲音を、口にした。
すると一瞬で熊の頭や胴など、円陣が展開していた箇所が破裂し、全滅させたのだった。
脳や内臓をぶちまけながら倒れていく熊の群れだか、一家だかを見回して生き残りがいないか確認するが、いなかったので息を吐いて終わった。
その光景は、小屋の中にのこしていた画面で中継されていたので、女子高生達は学校の教師やたまに講演会にくる著名人ですら見せたことのないそれに驚くばかりであった。
ただ一人、リューだけはこの熊の死骸を作り上げた言い訳を考えていた。