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小屋に戻ってくると、無いなと思っていたのだがどういうわけか子供達が集まっていた。
これにはリューも驚いて、しかしすぐに叱った。
「お前ら学校どうした?」
「熊が出て危ないから家から出るなって休みになった!」
それは休みではなく自宅待機というやつだ。
リューとは元々顔馴染みでなついていたので、堂々と言ってくる。
そして続けた。
「嫁に愛想つかされたおっちゃんが熊に食われるかもって心配で見に来てやったんだよ!」
そこでリューの拳骨が唸った。
ちなみに、嫁に愛想を尽かされたおっちゃんとはクリスのことである。
「家のなかで昼寝をしてろクソガキども」
「虐待反対!」
ガキ大将の子供がギャーギャー騒ぐ。
すぐにリューが子供達の家族へ連絡する。
少しして子供達は家族に連行されていった。
最後まで、『美味しくなさそうだけど、熊はいろいろ食うから気を付けろよー』と叫んで、今度は大人に生意気な口をきくなと怒られていた。
学校もやはり町中にあり、このような山奥に住む子供達、先程の子供でいうなら下は七歳、上は十二歳の子達は雪のない今の時期は基本自転車で。
雪が降って自転車通学が禁止になる冬には学校が手配する通学バスを使って登校している。
「子供って元気だよなぁ」
俺は、そんな家族の場面を見ながら呟く。
「ぎゃーすかうるさいだけだろ」
リューは苦笑しながら言った。
小屋に入り、札を玄関に設置する。
そういえば、リューはこの歳になるまで一度も結婚していない。
両親は何年か前に死んだらしい。
改めて、親が死ぬ歳になったのだと実感する。
でもそれだけだ。
実感しただけ。
せめて孫の顔くらい見せてやれれば良かったと思う。
でも、クリスと妻の間に子供はできなかった。
クリスは女性を妊娠させにくい体だったのだ。
しかし、何度か妊娠させることもできた。でも、育たなかった。
ある程度育つけれど、そこで止まる。
そして流れる。
そんな事を何度か繰り返しているうちに、妻は妊娠することができない体になっていた。
不妊治療も続けていたが、自分達の場合は実を結ぶことが出来なかった。
クリスの両親も、妻の両親もそのことは責めなかったのは救いだった。
二人の母は異口同音で、『仕方ない、よくあることだ』と言ってくれた。
あの頃は、まだ妻を愛していた。
そうおもう。
自分のせいで血の繋がった子供を抱かせてやれなかったのが、こんなことになって離縁した今では唯一の心残りだと気づく。
子供の頃、漠然と夢に見ていた暖かい家庭を築くことが出来なかった。
大人は、もっとちゃんと大人だと思っていたのにそうじゃないと思い知らされた。
「まぁ、そうなんだけど。うちも子供がいれば違ったのかなってちょっと思った。
それに賑やかで楽しそうだし」
それ以上に大変なこともあると理解している。
だからこそ少なくともこの集落では子供が進路を決める際親子喧嘩が絶えず、場合によっては絶縁してしまう。
「さて、と。札は貼ったけど今日は風呂は中止だな」
リューの言葉にちょっとだけ残念になる。
でも仕方ない。
ついでにその他の仕事も中止にすることが決まった。
「そう言えば、エルフとかに熊を止めてもらうこととか出来ないのか?」
エルフは森の賢者、防人と言われた種族だ。
動物の扱いには慣れているらしい。
「出来なくはないと思うけど、たぶん他所の部落や集落のことだからよっぽどの事態にならない限り無理だな」
例えば村が全滅したり、エルフが熊に喰われたりしたら協力してくるだろう。
基本、自分達のことは自分達でといったところか。
熊が退治されたという情報は入ってこない。
それを待ちつつ、小屋の作業場で最近とってきた枝豆をぶちぶちとっていく作業をする。
近くには雑音に混じりつつ軽快な音楽を流す古いラジオ。
「今日はビールだな」
ボールの中に少しずつ山を築いていく枝豆を見ながら、クリスは呟いた。
「その前に昼どうする?」
「そうだなぁ。バター炒めの御飯作ろうか」
異国の言葉でチャーハンと言われる料理だ。
基本仕事漬けだったクリスだが、一人暮らしの経験もあり自炊していた。
プロにはさすがに負けるが、普通においしいモノが作れるという自負がある。
野菜は小屋に腐るほどある。卵とベーコンはこの前買ってきたのがある。
それなりに腹も膨れる。
「お、いいな」
食も補償されているが、それは食材だけだ。基本は自分で作るのである。
そうやって黙々と時々雑談、そして時おりラジオの番組にツッコミを入れながら作業を進めていく。
何度か不意打ちでミミズの襲撃を受けたが、それを軽く手を振って追い払うということを繰り返しているうちに、お昼になっていた。
枝豆の収穫作業を切り上げ、昼食を作る。
皿に盛り付けて、さぁ食べようとなったときだ。
小屋が揺れ、屋根を突き破って死んだ子熊が降ってきてテーブルごと、チャーハンを下敷きにしてしまった。
その穴の空いた屋根からひょっこり顔を出したのは褐色の肌をしたエルフーーダークエルフと呼ばれる種族の女性と、人間族の少女二人だった。
ダークエルフのほうは外見年齢は十代半ば。
高校生くらいに見える。
人間換算ならたぶん百歳は超えているだろうと思われる。
「すみませーん、大丈夫ですか!?」
ダークエルフの女性は、そう声をかけてきた。