3
「へぇ、すっごく珍しい経験したんだね~」
数日後。
死にかけているハガネを連れてジルが戻ってきた。
ハガネはいったいどんなことをされたのか。
泥のように眠ったかと思うと。
もう無理、クジラと正面衝突は嫌だ、空からドラゴンはない、などとわけのわからないことを呟いては魘されていた。
あと、少し陽に焼けたようだ。
そんなハガネの横で、とりあえずハガネがいたであろう施設の関係者がやってきたことをジルに伝える。
すると、楽しそうにそう返された。
「まさか、本当に引っ掛かってくるとは思ってなかったけどな」
あの神の遣いである狐に喰われたスーツの男が、ずっとここにはハガネがいると言い張っていた理由。
それは、古い呪術を応用した魔法だった。
クリスはハガネの髪を使って、さもここにハガネがいるように見せかけていたに過ぎない。
証拠物件の方には捜査関係者以外近づいていないし、捜査局の保護下にあるハガネの妹のフィーの方は心配はいらなかった。
少しでも魔道兵についてしるための罠。
それに運よく引っ掛かってくれたというわけである。
「それでノコノコやってきて神様の怒りを買っちゃうなんて、馬鹿だね~、そのスーツの人」
しかも地元だというのに、その土地神のことすら把握していなかったお間抜けっぷりである。
「それに、話を聞けば聞くほど痛いね。
不死人で自我があって魔法が使えるってそこまで特別なことじゃないし。
作り手が術式弄れば簡単に出来るし」
「俺も途中から可哀想になってきて、わざと不完全とか言ったんだよなぁ。
意識高すぎゾンビなんて失敗作だろ」
自分の常識が、世界の常識とは限らないものだ。
「君があえて全部言わなかったことに、僕は優しさを感じてるよ。
というか、君けっこう優しいよね」
「優しいかね?」
「自覚するものでもないからわざわざ言うこともないけどね。
優しいほうだとは思うよ。
端から見たらハガネ君の厄介ごと抱え込んでるようにも見えるし。
その件に関してはハガネ君に危害がいかないように庇ってるようにも見えるし」
ハガネの件に関しては、ジルに嵌められたのだ。
そこは、異を唱えたい。
「見ようによってはってことだろ」
そもそもジルが言ったようなことは、クリスに自覚は皆無であった。
優しいか否かについては、必要だと思うから行動した結果に過ぎない。
主観と客観の違いでしかないのだ。
「あ、そうだ。
はいこれ、君がいた国の情報。
いま調べられることは全部調べてきたよ」
「どーも」
渡されたのは、暗号化された傍目には他国の観光地情報が書かれた書類であった。
いまだハガネは魘されているので、話は聞こえていないだろう。
しかし念のため、ハガネには別の話題に聞こえるよう幻術を展開しておく。
「軍部と王室が揉めたのか」
「正確には、軍の派閥争いに王室が巻き込まれたって感じかな。
権力を握りたい過激派がクーデターの下準備と一緒に、現女王のお気に入りでありその力を削ぐために君を嵌めた。
なにしろ、君の研究していた諸々は抑止力になるから。
あ、黒幕はカルフェイド神国だよ。
カルフェイドはウィスティリアを滅ぼすのを最終目的にしてる。
ウィスティリアはこの中央大陸では特別な国で、中心国だ。
ウィステリアの国力が強大なのは知っているだろう。
普通に喧嘩を吹っかけても、カルフェイド神国だけじゃ返り討ちにあうだけだ。
そこで、知り、目をつけたのが君の研究していた殺戮術式だ。
そうして君の存在を知った。
君のことを知るのはかなり苦労したみたいだけどね。
過激派の一部の軍人達と利害が一致したこともあって、秘匿され続けた君の存在、その情報が流出。
国に対して不満を抱いていた者が、嫉妬心で君を憎んでいたり恨んでいた人達を利用したのが君の追放の裏で起こっていたこと。
彼らにとって誤算だったのが、君の行動が早すぎたことだ。
国外に友人がいるなんてこと、誰も知らなかったみたいだ」
「むしろ知ってる方が驚きだけどな。高校時代のことはアキラさんとコウさんが無かったことにしてくれたから」
就活のために情報を操作してもらったのが、まさか何十年も後に役立つとは思っていなかった。
「向こうからすると、刺客が来る前に君は彼女と合流。宿を予定より早く出て痕跡を消したと言うわけ」
相手からしたら冷や汗ものだったことだろう。
何しろ、女王のお気に入りとはいえ体術すら覚えていないインドアの研究員が予想外の行動を取ったのだから。
「女王様は豪快に笑ってたけどね」
「会ったのか? 陛下に?」
「いや、君が宿に寄ってから消息を絶ったことが伝わるようにしたんだ。
その報告を受けた反応がそれだったんだ」
「あの人も相変わらずだなぁ。でも、そうなってくるとヤバイか?
いや、まだ大丈夫か?」
「君には僕の仕事手伝って貰いたいから、君の誤情報をばらまいてきたよ。
小細工も忘れてないけどね」
「小細工って、なにしたんだ?」
「君がさも向こうの動きを把握して、自分の情報をあえて消してるように見える小細工」
無駄に姑息なことをしてるな、とクリスは思った。




