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暗くなる前に子供達に帰るよう促し、わいわいとにぎやかに帰っていく背中を見送ってクリスは小屋に戻る。
戸を閉めようとして、その手を止める。
太陽が沈んでいく黄昏時。
クリスは、背後に気配を感じ振り返った。
そこには、スーツ姿の男が立っていた。
「どうも、こんばんわ」
人好きのする笑顔で挨拶される。
「どうも」
クリスも軽く会釈する。
「すみません。ここに子供が保護されていると聞いてきたのですが、貴方が保護している方でしょうか?」
「何の話でしょうか?
ここは友人の所有する小屋で、俺は短期で雇ってもらってここに住んでるだけです。
子供なんていません」
「いやいや。嘘はいけません。
ここにうちの子が保護されたのは調べがついてるんです」
目を細めて、スーツの男が詐欺師のように笑った。
かと思うと、クリスは足元に違和感を覚える。
視線を自分の足元に落とすと、魔方陣が展開されていた。
「貴方はその子を保護しているはずだ。
その子を出してもらえれば、こちらもすぐにお暇しますよ」
(拘束系、魔法罠、術式は殺傷能力高めの雷。
殺す気満々で何を言ってるんだか)
展開されている魔方陣を分析し、クリスは呆れてしまう。
「穏便に厄介ごとを片付けられるんです」
「そうは言っても、本当に子供なんていませんよ、あ」
最後の呟きは、自然と漏れてしまった。
同時に、スーツの男が吹っ飛ぶ。
蹴られたのだ。
「この時間は変質者が多いが、ここで出るのは初めてだ」
蹴ったのは、リューだった。
仕事帰りであるリューは、そんなことを言った。
構わず、クリスは指をパチンと鳴らして足元に展開されていた魔法を無効化する。
吹っ飛んだ男は、畑のほうに転がって止まる。
綺麗なスーツが土で汚れてしまった。
「お帰り、リュー」
「ただいま、で、あの人何なん?」
「さぁ? いきなり子供がいるだろって言われて魔法で拘束された」
「お前が? 魔法で?」
「危なそうな人だったから、話聞いて穏便に済ませようとしたんだけど、なんか話きいてくれなかった」
「ふーん。それはそうと、それ以外になんかあったか?」
「なんで?」
「いや、なんかお前、機嫌悪いから」
「別に」
「まぁ、俺に八つ当たりしなきゃそれでいいんだけど」
「そんなことより、あの人どうするんだ?」
クリスとリューが会話している間に、スーツの男が服についた土をはらって立ち上がる。
「いきなり酷いじゃないですか。ええと」
「ここの土地の所有者だ。
酷いか?」
悪びれずにリューは返す。
ちっとも、いきなり蹴り飛ばしたことを悪いと思っていない。
「そうですよ。
礼儀に反します、そうは思いませんか?」
「全く、思わないなぁ。
不法侵入して、友人を魔法の罠で拘束するような奴に対して、礼儀も堆肥もないだろ」
「これだから知能の低い田舎者は嫌なんだ」
男が嫌悪感を隠しもせずに、田舎の住人を見下す発言をする。
「奇遇だな。
俺も、俺が雇用してる、それも友人でもある人間に魔法を使って脅すような人間は嫌いなんだ。
まぁ、お前が人間ならの話だけどな。
久々に死臭を嗅いだよ。お前、何者だ?」
「あぁ。そうでした。たしかにこちらが何者か名乗らずいきなり用件だけを伝えたのは失敗でした」
失礼じゃなく、失敗なんだとクリスは思ったが口にしなかった。
「私は、とある場所で更正施設を運営しているスタッフの一人です。
その更正施設というのが、この山の奥にありまして。
お恥ずかしい話なんですか、先日脱走騒ぎが起こり、いまだに二人ほど見つかってないんです。
足取りを追ってなんとかここにたどり着いたんですが、あぁちなみに魔法でマーキングする追跡魔法があるんですよ」
どうせ貧乏人の百姓は知らないだろうとでも言いたげな口ぶりである。
儲けは少ないのでたしかに金持ちは少ないが、しかし、農家の所有する自動車は交通の便が悪すぎるので大人は一人一台所有が当たり前だし、農業用の作業機械や農耕車を含めると時おりテレビでやっている富裕層が持つ高級車数台分にもなる。
土地も、この辺では山の所有者ばかりである。
それこそ家だって、無駄に広いので下手すると金持ちの家よりも広かったりする。
「その追跡魔法で、子供がここにいると?」
「えぇ」
リューはちらりとクリスを見た。
ジルから、スーツの男が探しているだろう子供ーーハガネが数日小屋から離れることは聞いている。
クリスがそれを知らないわけはないだろう。
なら、その追跡魔法でハガネがこの小屋にいないのはわかっているはずだ。
しかし、スーツの男はここにハガネがいると確信しているようだ。
「あぁ、そういえばもう一つ答えていませんでした。
私、不死人なんですよ。死臭はそのせいでしょう」
「不死人ね、不完全だな」
得意気に言ったスーツの男に対して、クリスはばっさりと切って捨てる。
「死臭がするってのが証拠だ。
不死人は人工的に作られた自動人形の一つだ。
魔道兵に一番近い人形。
魔道兵に劣るが安価な労働力として売買されていたらしいな。
一説には、奴隷の死体を使ったとも聞いたことがある。
でも、いまから数百年前に製造することすら禁止されたはずだ。
防腐処理をされていたから腐ることはなく、特殊な薬液につけていたから香るのは死臭じゃなく妙に甘酸っぱい臭いだともきいた。
でも、死臭がしてると言うことは、不完全のゾンビってことだろ」
「言葉が違うだけで本質は認めますよ。
ただ、私の場合少々特殊でこうして人と変わらず魔法が使えるんですよ。
こうして自我もある。
しかし、博識ですね。
専門職の者でも知らない知識を有しているとは。
貴方こそ何者ですか?」
「犯罪者の外国人」
皮肉をこめて言ってみたが、男は冗談だと思ったらしい。。
「それだけの魔道技術を持っていて、犯罪者?
それじゃ、そこの蹴りを入れた美しい女性は貴方のボスですか?」
「俺は兼業農家の道路整備員」
その返答に、男は笑った。
笑う要素は全く無かったと思うが、何が面白いのか男はひとしきり笑った後、複数の魔法を同時に発動させる。
魔法は二つ。
雷、そして召喚魔法だ。
召喚されたのは、男が契約している狼の姿をした精霊獣が二頭だった。
「まぁ、でも、あなた方を殺してから小屋の中を探せばいいだけの話ですし」
魔法と獣が襲ってくる直前、
「アホだな。あいつ」
クリスはリューにだけ聞こえるように、そう呟いた。
しかしリューは何のことかわからずに、不思議に思ったが襲ってきた雷撃をよけ、喉笛を狙ってきた狼を蹴飛ばそうとした瞬間。
その二つの魔法が消えた。
無効化ではなく、発動そのものが消えたのだ。
無効化というのは、魔法は発動するものの対象にそれが当たらない。
消失はそのままの意味で、この場合は強制終了されたようだ。
そして、真っ白い巨大な、山のように巨大な狐が現れた。
この土地の神の遣いである。
狐は、ぐるりとクリス達とスーツの男を睥睨する。
その威圧に、その場の全員が動けなくなる。
「なっ?!」
男が、戸惑いで声を上げた。
瞬間、狐はスーツの男を丸のみにしてしまう。
クリスとリューは声を出すことすら出来ずに、成り行きを見ている。
狐は、しかしすぐに消えてしまった。
威圧も消える。
「なんっだ、いまの?」
リューはいまだに威圧が残っているのか、声を震わせている。
「たぶん、土地神の遣い。ウカノ様かダキニ様かはわからないけど。
お参りとお供えはしとくもんだな」
「マジかよ。俺たちを、助けてくれたのか」
「一割はそうだろうな。残りの九割は狼が縄張りに入ってきて怒ったんじゃないか?
遣いの狐は犬と喧嘩するんだろ?
だから、この辺の家は犬を飼わないってきいたぞ。証拠に狼とか犬っぽい魔物もいないしな」
最初から助けるつもりだったなら、クリスが拘束された時点で出てきそうなものだ。
おそらく、物のついででクリス達は守られた形になったのだと思う。
「明日にでも、お礼参りしに行こう」
リューの言葉に、クリスは頷く。
「だな。お供え物を持っていこう」




