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それから数日後。
山小屋であるから、だいぶ質素なその小屋の寝室で彼は死にそうな呻き声をあげていた。
「腕が、腕がぁ!」
「だから言ったのに。歳を考えろ」
「行けると思ったんだ。こんな数日遅れで筋肉痛がくるなんて、予想外だ」
「俺達アラフィフだぞ。気持ちだけ若くても体は老いてんだからな」
数日遅れでやってきた筋肉痛にのたうちまわるクリスにリューは、呆れていた。
「昔は五十人いや百人をむこうにまわしても余裕だったのに」
「何十年前の話だ」
不良というか、その地区の番を張ってた頃と同じ気でいたため、文字通り痛い目をみてしまった友人にため息しか出てこない。
真面目に大学に行っていれば今ごろ出世してそこそこの地位にいただろうに。
学歴が高卒止まりでは、ほとんど出世はみこめなかった。
安く使える有能な人材ということで、クリス本人は気づいていないようだがだいぶ良いように使われていたようだ。
国の魔法理論で、歴史に名を残してもおかしくない働きをしたのに、手柄のほとんどは彼の上司か上層部のものになっていた。
給料だけはそれなりだったので不満が無かったのは事実だろう。
あとはクリスに出世欲がなかったのもある。
一応、番を張っていた存在なので種類は違うが組織というものを理解はしていたのだ。
その右腕だったリューも色々骨を折ったものだ。
「こんなに腰に来るとは思ってなかった」
「畑の除草は基本手作業にしてるからな。初日のこともあるし」
「せめて除草剤使おうぜ、あと殺虫剤も」
「無農薬野菜って言葉のブランドがあるからそれも難しいんだよなぁ。
そのくせ虫ついてたらクレームになるし。消費者の我が儘と無知にも困ったもんだよ」
「魔法は?」
「お前初日のこともう忘れてるだろ。
あれがなかったにしても、どんだけ金かかると思ってる。まず設備投資と技術開発で首回らなくなるわ」
「いや、ちょっとした工夫で少し抑えられるかも。
許してくれるなら俺の小遣いで畑のすみに簡易実験場作って色々試したいんだけど」
「いやぁ、さすがにそれは悪い気がする。給料に見合わなさすぎる」
「いや、だから小遣いでやる遊びみたいなもんだし。なんなら畑の使用料を給料から天引きしてくれていい。衣食住が完全補償されてるからじっさいそんなに金使ってないし」
「まぁ、物は試しか。そこまで言うならやってみてくれ。ただし初日みたいなことするなよ」
許可がおり、思わずガッツポーズをしようとしてクリスはまた痛みに呻いた。
「それはそうと、国の上層部から連絡は?」
「その事なんだけどさ、俺、基本伝書鳩とか梟、あとは式を使って報連相してたんだよ」
「電話使えよ」
「機密保持には逆に重宝しててさ。とくに式は盗聴される危険もなかったし。で、式は職場のデスクの中だし、鳩はお前のとこ、梟は家財扱いになってるから嫁に没収されてんだ。家だとペット扱いだったし。
だから向こうから連絡とるの、まず無理だわ」
「おい」
「真面目に指名手配されるかもなぁ」
何せ、クリスは軍事機密に関する魔道技術の開発にも携わっていたのだ。
隣国の宿を出て消息不明となれば大騒ぎになるだろう。
「ちなみに、ここにあるこの魔法式は自衛のための大量殺戮術式だったりします」
適当な紙に殴り書きされた魔方陣の下書きを、指差す。
「今言うな!今!」
リューは、思わず拳骨を食らわせてしまった。
歩く殺戮術式と言うわけだ。
「つーか、んなもん持ち歩くな!!」
「いや、使う気はないよ。ただ脳内で、俺を嵌めた奴等の公開処刑を全国中継するのと引き換えにできるかなとは考えたけど」
「恐ろしいこと言うな!」
「考えるだけならタダだし」
「それは否定しない。
でもあえて言わせて貰えば、表に積んである今日のノルマ程度で良いんじゃないか?」
小屋の前には筋肉痛を我慢してクリスが築いた、不法侵入者の冒険者パーティと自称勇者パーティの朝のノルマの山が出来ている。
これから役所につき出す予定である。
どんな肩書きがあろうがルールを破ってはいけない。ダメなものはダメなのだ。
最近の若い冒険者にはそういったモラルの欠如が目立っている。
リューは最初こそそういった者達を発見すれば、注意し、私有地から出ていってもらっていたがあまりにも、不法侵入される回数が多い上、注意書の立て看板は無視され罠も壊されるということが続いていたのだ。
中には再犯する者もいるし、注意して怒っても開き直って逆ギレしてくるし、地元の冒険者資格を持つ人間に冒険者討伐を依頼しても、渋い顔をされて動いてくれない。
なので、猟友会の方に依頼をだしていた。
これは、被害を警察や役所に相談に行った時に提案された方法だった。
非会員でも、一般年会費を払えば定期的に猟友会が土地の見回りをしてくれるのだ。
本来は、野生鳥獣と魔物の保護、あるいは有害鳥獣と魔物の駆除、そして狩猟の適正化を活動の基本にしている公益団体である。
冒険者ギルドは田舎でも、町中にしかないことが一般的である。
依頼を出してもすぐに来てほしいのに中々来てくれなかったり、そもそも依頼を受けてくれないことが普通だったりする。
依頼も出せないことが多い。
と言うのも、退治する魔物の数を出さなければならないのだ。
例えばドラゴンの場合は最低五頭から討伐依頼が出せるが、この辺を荒らしているドラゴンは恐らく一頭。
嘘を書くと後々が面倒くさいことになるのは目に見えている。
その点、猟友会は融通がきいた。
一頭でもちゃんと仕留めてくれる。
ただ、最近は他の魔物と害獣被害が増え続けている。
さらに【猟友会】よりも【冒険者】の方が名前のブランドとして上のイメージがあるため成り手が少ないのだ。
つまるところ、人手不足なのである。
そういった訳なので、ある程度は自衛が求められる。
ちなみに、依頼を出しても冒険者が受けてくれない理由は、依頼料が安すぎるというのがある。
移動手段などで必要経費が飛ぶので手元には小鳥の涙くらいしか稼ぎが残らないのだ。
近場での討伐依頼の方が、はるかに稼げるのである。
さらに、都会とまではいかないがせめて町に出て、こんな田舎で終わりたくない、という者も少なくない。
冒険者として華々しく活躍して『綺麗な仕事』がしたいという夢ある若者が多い。
そのため、人材の流出が止められるず、労働力不足に拍車がかかっているのが実状だ。
「ボコボコにするのもたしかに手だよなぁ。
それにしても、最近けっこうスローライフが流行してんのに、どうしてこんなに人手不足なんだよ」
若い人材が出ていく一方で、国を問わず流行中のスローライフ。
それをするために、田舎へやってくる者もたしかにいる。
いるのだが、理想と現実のギャップに心をへし折られ都会へ出戻っていく。
やりたいのは家庭菜園クラスの畑でいい、こんな本格的なのは望んでいない、何よりも都会より人間関係が面倒くさいと帰っていくのだ。
勝手なものだ、とリューが毒を吐く。
中には、都会では就職ができないので、将来的に独立を視野にいれて農業を学びにくる者もいる。
それで開業する者はいる。
しかし、大半が辞めていく。諦める。
都会基準、勤め人基準では、理解できない自営業農家ーー百姓の越えられない壁があるのだ。
「朝は日が上る前に動き出して、基本日が沈むまで働くのがデフォだからな。
休憩時間があっても、労基法にひっかかりまくるから求人なんて基本出せないし。
給料も安い。
仕事内容も、なんつーのかなその日一日分の仕事ってのが無いんだよ。
ここまでやったら終わり、じゃなくて日が沈むまでやれることは全部やる。
日が沈んだら終わりってのは、ここまでやったら終わりってやり方よりもモチベーションが下がるんだ。
ノルマをこなしてもこなしても終わらないんだよ。
聞いた話だと二時間で逃げ出したやつもいるらしいし」
理想の、のんびりスローライフと現実のハードモードスローライフのギャップに打ちのめされるのが大半なのだという。
「マジか」
基本、色々楽しめる質のクリスからすると驚きの内容であった。
まぁ、この筋肉痛は勘弁してほしいが。
もう一つ付け加えるなら、後継者問題がある。
家を継いでほしい、仕事を継いで家を、そして先祖代々の墓を守っていってほしという感情が先走り過ぎるのだ。
結果的に思春期の難しい時期に仕事を強制され、世の中は休みだというのに畑や田んぼで無給による強制労働。
あげく、職業選択の自由が与えられない。
そんな家や田舎の考え方に嫌気がさして、出ていく若者が多い。
そこには大黒柱たる、農家の親父の人間性の問題もある。
亭主関白は当たり前。
怒鳴り散らすのも当たり前。
自分に甘く、他人に厳しくを地で行く者も少なくないらしい。
家を継ぐのが当たり前。冬場の出稼ぎ以外で他の仕事をするために出ていくなら縁を切られる、あるいは切るといった少々古くさい考え方が根強く残っている。
他所から嫁いできた女性達が、子供が成人すると同時に離婚して家を出ていくのもこの辺の考え方によるものだろう。
リューの住むこの集落では、やはり、町中から百姓に嫁にきた女性の四割近くが熟年離婚をする傾向にあったりする。
そもそも、嫁が来にくいというのもある。
ある程度、近年では魔道技術や科学技術による機械化が広まったと言ってもやはり作業するのは人間なわけで。
『年収は悪くなくても、嫁に苦労をかける男とは結婚したくない』というのが百姓の嫁不足最大の理由の一つだ。
あとは、よくある嫁姑問題だろう。
姑からの扱いを厳しいと取るかイジメと取るかによって別れる。
夫が守ってくれない。相談しても笑って流す。
ムカつく。
誰も味方がいない上奴隷のように働かされる。
自分に甘く他人に厳しい自己チュー男が多い。
等々、離婚してからはそんな不満を愚痴る女性も多いようだ。
後継者問題の一つには、男を産め産めとしつこく言われるのが嫌だという人もいる。
家を継ぐのは基本長男という考え方である。
「田舎の闇を見た気がする」
クリスの呟きに、リューは苦笑する。
「合う合わないも結局才能だしなぁ。正直田舎の噂話に関しては俺も思うところがあるし」
「へぇ」
「下世話な話が多いな。ゴシップ好きというか娯楽が少ないから仕方ないんだけど」
他人の不幸は蜜の味というやつだ。
当たり前だが、ただ呻いていたところで筋肉痛はひいてくれない。
雑談をして少しは気が紛れたものの雑談ばかりもしていられない。
「飯食ったら役所に表のあれを持っていって、今日は罠の点検に、草むしりか」
クリスの今日の仕事の予定を聞いて、リューは一つ提案してくる。
「今日は、仕事おわったら風呂連れていってやるよ」
「風呂?」
「銭湯」
「あぁ、銭湯」
「そう。車で一時間のとこにあるんだけど」
「遠っ!」
「いや、まだ近い方。あと源泉かけながし」
「え、それってけっこう高いんじゃ」
「年会パス持ってると銅貨六枚。持ってないと銅貨八枚」
「やっす!」
「泊まらないとそんなもんだ」
「泊まらないとって、宿泊施設があるのか?」
「そう、ここよりは町中にある施設だから旅人なんかがよく泊まってるっぽい」
田舎の洗礼はまだまだ続く。