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「遠慮しなくていいから」
「いや、さすがに、悪いから」
どうぞどうぞ、と、おっさんと少年が一組の布団を譲り合っている。
ジルは、帰った。
てっきりハガネを捜査局で保護するかと思っていたので、連れていくのだろうと考えていたのだが事態は変な方向に向かった。
向かってしまった。
『んじゃ、また明日来るからハガネ君お守りよろしくね』と、言い残しジルは帰ってしまったのだ。
基本、この小屋は人一人ぶんの道具しか置いていない。
しかも、必要最低限のものしかない。
布団もリューが用意したもので、誰かを泊めるということを前提にしていないので一組しかない。
子供そっちのけで使うのは気が引けたので、クリスはハガネに譲ったのだが。
トラックを襲ったことを気にしていたようで、さらにはそんなことをしたハガネに雑炊を食べさせてくれた上風呂まで入れてくれたということもあり、さすがに断った。
それ故の現状である。
子供とはいえ、十代半ばの少年はそれなりに体が大きい。
布団一組では狭い上に、家族でもない他人同士であるのでいくら同性といえど、同じ寝具で寝るというのはお互い遠慮したかった。
クリスには大人としてのプライドがある。
ハガネはトラックなどのことで引け目がある。
そのため、話は平行線のままであった。
場は膠着状態であった。
そこに、昔ながらのけたたましい音が響いた。
電話のベルである。
出ると、リューであった。
『よし罰ゲームだ。
お前、その子と寝ろ。
同衾だ同衾。画像を式で送れ』
「ふざけんな」
『その子にとっての罰ゲームも兼ねてんだ。
加齢臭臭くて、鼾と歯軋りが酷いおっさんと寝るだけで大型トラックのフロントガラス壊したの許すって言ってんだ』
否定できないが、あんまりな言い分にクリスは顔を歪める。
「おい、やめろ」
『それに、そう言うの好きな知り合いいるから高く売れるんだよ』
「肖像権を何だと思ってやがる」
『無防備に殺戮術式持ち歩いてるお前にだけは言われたくねーよ。
つーか、そんなんだったら無理矢理魔法で寝かせりゃいいだろ』
たしかにそれも考えた。
しかし、反省もしているし当初のような凶暴さもない。
となれば、無闇に魔法を使うのは躊躇われた。
人の体調など、他の存在を純粋な魔法で操るというのは一度や二度ならそう影響は無いが、続けていると薬物中毒のような依存症が出てくることがある。
見たところハガネは健康そうではあるし、危害を加えて来ない限りはあまりそういった魔法を使いたくなかった。
「世の中には限度ってもんがあるんだよ」
『なら、お前が変身すりゃ良いだろ。
学生の頃、俺と寝たときなんて』
「やめろぉぉぉおおおお!」
クリスの黒歴史の一つを引っ張りだそうとするリューに、思わず叫んでしまう。
『あのときみたいに、体を小さくすりゃあ良いだろ。
それこそ女になりゃ良いじゃん』
もはやリューの提案はセクハラ案件だ。
学生時代、リューは一時的に一人暮らしをしていた時期があった。
その時にクリスは、諸々の事情によりリューの部屋に一回だけ泊まったことがある。
その時、若気の至りというか悪ふざけの延長というか。
まぁそんな感じで見目麗しい、どちらかというと深窓の令嬢に魔法で姿を変えて泊まり、翌日もその姿のまま喧嘩に出掛けたのである。
おかげで一時、それに関する噂が流れ、誤解が誤解を呼び最終的にリューとクリスがその謎の少女を取り合っているというところまで話が広がってしまったのだ。
リューはいまだに面白おかしく語るがクリスにしてみると笑えない黒歴史である。
そもそも、あの時とは一番の違いがある。
ハガネが少年であるということだ。
魔法で姿と性別を変えると、それはそれで問題な気がする。
『それもそうか。なら普通に子供になれば良いだろ』
それしか無いだろう。
憂うつに、クリスはハガネを見た。
たしかに、姿を変えれば加齢臭も抑えられるだろう。
しかし、姿を変えるのも戻るのも、少々体力を使うし変えている間戻っている間はかなり苦しいのだ。
痛くはないしのたうち回るほどではないが、抵抗がある。
「?」
クリスの電話でのやり取りを少し不安そうに、そして疑問符を浮かべてハガネは見ている。
やがて、仕方ないかと色々諦めてクリスは大きくため息を吐いた。
「魔法、本当に得意なんだな」
「一応、これでも研究職だからな。元がつくけど」
一緒の布団に十代半ばの少年とそれよりも年下のーーそれこそハガネの妹くらいの年の子供に姿を魔法で変えたクリスが並んで寝ていた。
子供服なんてものはないので、クリスは寝間着の上着だけで寝ている。
ズボンは自然と脱げてしまうので、片付けた。
「湯タンポみたい」
「そりゃどーも」
子供体温なので、布団もほかほかになっている。
「でも、見た目だけだと妹みたい」
おそらく女の子みたいだと言いたいのだろう。
母親に似たので仕方ないが不本意極まりない。
成長期を迎えて、それなりに顔つきも体つきも変わった時は本当に安心した。
「言うな」
そうして二人は眠りについたのだった。
女体化はまた今度。




