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とりあえず、夕食が一段落して女子高生二人を帰らせる。
暗いので、大丈夫だとは思うが護衛用の式を持たせておく。
試験的なものだ。
簡易的なものと違って、本来の、クリスが国にいたときに使っていた式と機能はほぼ同じである。
今までは生き物の姿をさせていたので、今回は姿も試験的に雑貨店などで売っているキーホルダーの縫いぐるみにしてみたのだが、思いの外少女達には好評だった。
ファルなんかは、『ムサイおっさんのくせにファンシー趣味かよ』といってゲラゲラと笑っていた。
しかしウサギとタヌキのデフォルメされた縫いぐるみは気に入ったようだ。
二人を見送ったあと、改めてクリスとジルはハガネから話を聞いた。
それによると、ハガネはジルが言うところの【畑】からきたらしい。
ハガネは畑で大暴れして、先にそこを出た、五歳年下の妹を探して森をさ迷っていたらしい。
しかし、ただアテなくさ迷っていたわけではない
妹の臭いーー気配を追ってきたと言うのだ。
「まるで犬みたいだね~。
その施設でなにかされた?」
すっとぼけてジルが聞いた。
おそらく彼なりの確認なのだろう。
「わからない。
ただ、言われたんだ。
この体の前の持ち主に、妹を助けてくれって」
「前の持ち主?」
クリスが訊ねる。
「人格、というのか?
俺は、一度死んでもう一度生まれなおしたというか。
だから前の奴の記憶はあるけど自分のことのように感じられない」
「なるほど、一度死んだっていう感覚というか情報はあるんだね?」
ジルが考えながら確認すると、ハガネは頷いた。
「ハガネって言うのも正確には、今の俺の名前じゃない。
でも俺には他に名前がない」
便宜上、そう名乗ったらしい。
「ふむ。それじゃあ、その施設を壊滅させたのは君?」
こんな風に、とジルは指を振って空中に大きな画像を出現させる。
そこには、崩れて火が燻っている建物が写っている。
「わからない」
ただ、妹を探して夢中だったとハガネは言った。
人は壊したが、建物は壊した記憶がないらしい。
そう話す間に、もう一度クリスは数値に変化がないか確認する。
多少、心拍数が上がったようだが許容範囲内だ。
でも、とハガネは続ける。
「俺が人を壊して、施設を出たあとのことはわからない」
「普通に出られた?」
「建物は普通に出た。
出るときに、何人か壊した」
「結界には気づかなかった?」
「けっかい?」
「そう、君や君の妹がいた建物を中心に一定距離に人を通さない見えない壁があったんだけど」
ジルの言葉に、やはりハガネは知らないと答える。
「そう、それじゃあとりあえず最後の質問。
君の妹はこの子?」
画像がすやすやと穏やかに眠る、先日保護した幼女のものに変わる。病院のベッドのようだ。
すると、ハガネは画像に食いついた。
「僕達の指示に従うなら、今日はもう面会時間を過ぎてるから明日にでも会わせてあげる」
そう提案したジルの顔は、いわゆる悪い笑顔であった。
それを見なかったことにして、クリスは空になった鍋を見た。
「ところで、トラックの件なんだが」
「あぁ、ド派手に壊れてたね」
「この場合、請求はハガネか? それとも捜査局か?」
ハガネが、再びビクついた。
もちろん、半分は冗談だ。
ハガネに金があるとは思えない。
ただ、現状リューとはまだ連絡が取れていない。
そのため、取れた時の報告のことも考えて聞いただけだ。
一応、トラックの持ち主はリューなのだ。
「修理にせよ買い換えにせよ、証拠物件になるし。保険屋さんと相談だね。もちろん捜査局を挟んでになるけど」
普通の警察と捜査局の違いはこういう所で融通がきくことだろう。
捜査に協力したということになるので、謝礼が出るのだ。
この潤沢な予算をいったいどこで確保しているのか、中央大陸七不思議の一つである。
「なんとかなるならそれでいい」
「安く済む方法が無いわけじゃないけど、あの子達に頼むとトラックを変形するロボに改造するだろうし。
下手すると無許可で捕まるからなぁ」
「そんなスリル求めてない」
「あ、あの、その」
クリスとジルの会話にハガネが口を挟む。
「ん?」
「えっと、ご、ごめんなさい。
俺、金なくて」
「気にすんな、とはさすがに言えないからなぁ」
世の中には謝って済む問題と、済まない問題がある。
今回の場合は後者だろう。
ハガネはリューに、顔の形を変えられるくらいは覚悟して貰わなければならないだろう。
「とりあえず、土下座の練習でもしておけ」
軽くリューについて説明して、最後にクリスはそうつけ加えた。
クリスを襲ったときの勢いはどこへやらで、かなりビビっているようだ。
「そんなに、その家主さんは怖い、のですか?」
心なしか口調まで変わっている。
「良かったな、お前。
最初に喧嘩売ったのが俺で」
これでも、性格が丸くなった自覚がある。
いや、ぶちギレるとたぶん記憶をなくす可能性はあるが、それでも学生の頃よりはマシである。
まだ自制が効くようになったのだ。
仕事でも、そういえばあの一連の糞みたいな状況でも警察関係者を殴ることはなかった。
(大人になったなぁ。俺)
理性的になったというか、なんというか。
どうせなら、暴れても良かったかもしれない。
それはそれで黒幕――――今回の件に黒幕がいるのかはわからないが、黒幕でなくても攻撃を仕掛けてきた連中を楽しませる気は欠片も無かった。
それに、やるなら徹底的にである。
ハガネのことはリューや捜査局が決めるだろう。
クリスはある意味では当事者だが、どこか他人事だった。
最大の問題が、就寝時に発覚することになろうとはクリスはまだ気づいていなかった。
ヒント:布団




