10
少年がなんと言ったのか。
言葉を考える暇もなく、事態はどんどん進んでいく。
それも、悪い方に。
一瞬、少年の姿が消えたかと思ったら、フロントガラスにへばりついて殴ってガラスを壊す。
次には、クリスの胸ぐらを掴もうしてくる。
なので、
「拘束」
短く、力ある言葉を口にする。
それだけで、宙から魔力で精製されたチェーンが少年をぐるぐる巻きにしてフロントガラスから引き剥がす。
エンジンを切って、念のためにハザードをつけてクリスはトラックから降りる。
「追い剥ぎでトラックの前に出てきたのか?
度胸あるなーお前」
とりあえず危ないからもうやるなよー、骨折れるとマジで痛いからさーと、ちょっとずれた注意をする。
「お前から妹の気配がする。妹はどこだ!」
「いや、話聞けよ。と、それ血か?
え、お前怪我してんの?」
そんなクリスの問いには答えず、少年は手負いの犬のように威嚇してくる。
「あと、ヒトに物を訊ねる時はマナーを守れよ」
言いつつ、このままではまともに話が出来ないので指を軽く振って少年を眠らせる。
「何を、いっ、て……」
少年がふらついて、倒れ込む。
それを、アスファルトに頭をぶつけないよう、クリスは受け止める。
やがて少年から穏やかな寝息が聴こえてきた。
つぎに、クリスは大型トラックへ視線をやる。
「これ、保険適応するんかな?」
クリスの視線の先には無惨なフロントガラスをさらす大型トラックの姿があった。
保険の適応の是非の前に、確実にリューから怒られるのは間違いなかった。
簡易式をジルとリューに送る。
それからノロノロ運転でフロントガラスが壊れたトラックで小屋を目指す。
助手席には拘束はそのままで、少年を乗せた。
不法侵入者ではとりあえずないし、堆肥の残りがまだ少し残っている荷台に乗せて怪我を悪化させるのはやめておいた。
小屋に戻ると、子竜はすでに回収されたあとで猟友会からの書類が玄関に置いてあった。
それを確認しつつ、少年を寝転がらせると拘束魔法を調整して起きても暴れないものに変える。
それから清潔なタオルを水で濡らして、少年についていた汚れを落とす。
小さい子でも服を脱がせるのに手間取ったので、捲って怪我の有無を確認するだけにしておいた。
どうやら少年に付いていたのは別人の血だったようだ。
少年には軽い擦り傷だけで、大怪我という怪我はなかった。
少なくとも、流血するような怪我はしていないようだ。
それを確認してから、擦り傷にエルフの妙薬をつける。
(すっげぇ贅沢な使い方だよなぁ)
元は食品が入っていた、今は薬いれになっている瓶を見ながら内心で呟く。
なにしろ、本来なら千切れたり抉れたり、再生不能までぎちゃぎちゃのぐちゃぐちゃになった箇所に塗るものだからだ。
それを擦り傷に使う。
たぶん普通に買ったら安くて金貨数百枚はくだらない薬を擦り傷に使っているのだ。
一通りの処置を済ませて、昼寝用のタオルケットを少年に被せてやる。
「さて、どうしたもんかなぁ」
米は食べられるだろうか。
いや、子供だし菓子パンの方が良いだろうか。
たしかストックがあったはずである。
「年ごろだろうし、肉かなぁ」
とりあえず、少年の分の食事を用意した方が良いだろうか。
あの年齢の子供はよく食べる。
そんなことを考えつつ、少年を今度は魔眼で解析してみる。
呪術式、のようだ。術式が少年のなかをめぐっている。
身体強化の魔法式に似ているが性質が違う。
この魔法式、それ自体は珍しいものではない。問題はその性質だ
浄化か解呪はできるが、まず間違いなくそんなことをしたらこの少年は生命活動を停止することになる。
「タイムリーすぎる」
少年が生きた魔道兵であることを、クリスは見抜いた。
心臓も脳も、生き物が生きていく上で重要なものが全て呪術式で動いている。
死体から魔道兵を作る場合、こういったことは起こらない。
クリスが行っていた研究では一度死んだ部品は死んだままになる、生体反応がないのだ。
動かそうと術式を組み込んでも、死んだものは生き返らない。
この少年の場合、エルフの妙薬も効力を発揮していることから、生きている証明になる。
死んでいると、どんな魔法薬も効力を発揮しないからだ。
「はぁ」
とりあえず、リューの雷を想像してクリスはため息しか出ない。




