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とりあえず、熊に興味津々なダイをノエルを呼んで、一度家に帰らせる。
祖母のおやつを届けるという使命を帯びていたこともあり、とくにグズルことなく帰っていった。
入れ替わるようにキリカが戻ってきた。
彼女は、自分の子供の古着を紙袋に詰めて持ってきてくれたのだ。
すぐにそれを残っていた、ファルを呼んで渡す。
畑に出ているからか、それとも野菜中心の食生活だからか中年という年齢ながら、キリカの体格はとても細い。彼女だけではなくこの集落の女性はそれなりに細い。
何が言いたいのかと言うと、子供や孫が着なくなった中学生や高校生の運動服を着て農作業をしている者が殆どなのだ。
目の前で紙袋を渡してきたキリカもその例にもれず、彼女の場合は身長も少々低めというのもあってか小学校高学年の子供達が着ているのと同じ、しかし古びたジャージ姿だった。
小中高校生のジャージ姿で軽トラの運転や、農耕車を乗り回しているのを時おりみるとまだ慣れていないので、クリスは二度見をしてしまう。
後ろ姿だけでは判断がつかないこともしばしばだ。
腰が曲がっていればまだわかる。
「ありがとうございます」
「気にすんなて。
どうせ捨てるが。
そんで、警察は呼んだが? 救急車は?」
それでもボロ着よりはマシである。
「警察には保護してすぐ連絡しました。救急車もそちらで手配してくれるそうです」
「リューさんには?」
「そちらにも連絡済みです。村の方は、まだなんですけど」
「それならもう大丈夫らて。
もう連絡行ってるっけ」
式や普通の電話連絡より早い気がするのは何でだろう?
「そういや、ちょこっと見たすけどその倒れてた子ら、鎖が繋がれてたような痕ついてたが?」
「はい」
「十年、いや二十年ぶりらが」
「はい?」
「いや、そこのリューさんの山の、さらに奥は別の人の土地はすけ。
詳しいことは知らんが。
でも、私が子供ん頃に、事件があって」
「事件、ですか?」
「そうらて。
当時は、詳しくは教えて貰えんかったっけ。
新聞で読んだだけらが」
前置きをしてキリカはクリスへ説明する。
リューの所有する山、そのさらに奥には別の所有者の山がある。
それはこの辺の人間の土地ではなく、当時は首都に住む貴族の所有らしかった。
今から二十年ほど前、今と同じように別の山で人が行き倒れているのが見つかり保護された。
それが、その事件の発覚に繋がる。
事実は小説よりも奇なり、という言葉があるがまさにそれだった。
二十年前、保護された人の話によると、その人を含め百人近い異種族が一つの施設に飼われていたというのだ。
飼われている者たちは身寄りがない、いわゆる強制的に連れて来られたホームレスだったり何らかの理由で非合法に売られた老若男女達だった。
その者達は飼い主が遊ぶための玩具だったらしい。
「おもちゃ、ですか」
「そうやって今まで施設にいた人たちを獲物に見立てて、狩りをしてたって書いてあった、かな?
もう昔のことらっけ、あんま覚えてねーんらて」
二つ足のヒトを獣や魔物に見立てて、実際に狩っていたらしい。
悪趣味過ぎる。
知らず、クリスの顔が嫌悪感に満ちたものに変わった。
人を殺す研究を今までしてきた。
そんな反応を示すのはお門違いだとわかってはいた。
しかし、言い訳をするなら彼の場合は遊びで誰かを傷つけるための物ではなく、仕事だった。
この数十年、それこそ不思議なことだが二十年近く比較的平和な時代が続いているから使われることのない、出来るなら使うことが無ければいい技術開発に携わってきた。
二十年前、もっと大きな事件が世界の裏側で起こっていた。
それは、とある勢力に対して反抗する勢力の台頭だ。
この世界で、魔法は今や昔のように自由なものではない。
国によっては魔力を持たない者ですら道具で簡単に使えてしまう時代なのだ。
今の時代、昔ながらのやり方で魔法を使える者がどれだけいることか。
昔は良かった、とばかりは言えないが、現代魔法はアナログの魔法に比べると質も安全性も段違いに増した。
しかし、弱点がある。
現代魔法に欠かせない魔法杖。
魔法端末は、科学技術との融合により生まれた。
ほとんどが携帯電話端末に姿を変えたのだ。
それ故、その魔法を配信する施設ーー電波塔を例えば爆破されたりすると魔法が使えなくなってしまう。
少なくとも、この中央大陸において携帯端末が完全に普及して三十年。
徐々に、学校で昔ながらの魔法を教える授業もなくなっていった。
この集落は別のようだが。
ダイ達、子供は歴代のガキ大将達から遊びの中で威力こそないものの伝統的な魔法を受け継いでいた。
それは、基礎中の基礎の技術で、あと十年で消失するだろうと言われている技術だ。
もしも学ぶなら、専門学校にでも通うことになるだろう。
二十年前、電波塔はテロ組織により攻撃を受けた。
中央大陸全土がの魔法使用が停止する危機があったのだ。
なんとか水際で食い止められたが。
「そんな事件があったんですか」
「あったがーて、保護された人たちも鎖がしてあったらしいて。
でも、そういえば結局誰の土地だったかとかは新聞には載らなかったんだて」
それは、よくあることだ。
話題性としては十分だが圧力が掛かったのか他の理由なのか、とにかくその後の捜査などの報道はされなかったらしい。
なので、山の持ち主がどうなったのかとか、被害者のその後のこととか、捜査がどう終わったのかこの辺に住む住人が知ることは無かった。
そうこうしていると、救急車と警察車両が到着した。
キリカは家に帰る。
その頃にはすでにファルは子供の着替えを済ませていたので、救急隊員に子供を任せて救急車を見送る。
警察官に小屋の前で簡単な状況説明をしていると、猟友会の者達も到着する。
と、ノエルも戻ってきた。
猟友会と警察官の立ち会いのもと、熊の検分をしてもらい次に現場へいって説明することになった。
ファルには小屋の留守番を頼み、ノエルには現場に一緒に行ってもらい、どういう状況下で発砲したのかを実演してもらう。
それの裏付けのために、記録映像を術式変換して、子供に付いていた枷と鎖と一緒に証拠物件として捜査官に渡す。
この辺では見ない魔法の記録情報に驚いていたが、術式変換したそれは専用の再生魔方陣を使えば簡単に再生できる。
魔法体系はその国によって違う。
今は廃れつつある呪文の使用がメインの国もあれば、術式構成がメインだったり図式魔法ーー魔方陣がメインの国もある。
そのほとんどが、アナログの技術になる。
しかし、
(これって、捜査局の案件だよなぁ)
クリスは警察に説明しながら、そう考えた。




