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クリスは警察へ、ノエルの携帯を借りて熊の通報をする。
ここでは熊関連は、警察の担当らしい。
そこから市役所、猟友会へと連絡がいくことになっている。
ちなみに、熊や魔物の出没注意の看板は警察が作製、設置しているらしい。
リューから初日に聞いていなかったら、クリスはきっと市役所に連絡していた。
ノエルが殺処分した熊の死骸は、転移魔法で小屋の前に転移させる。
倒れていた子供をおぶって、ファルとダイ達に合流し緊急事態なので全員をまとめて小屋へと転移させた。
この間ほんの数分だったはずなのに、近くの田んぼにいた軽トラが何故か小屋の前にいた。
軽トラに乗っていたのは、時おり挨拶と雑談を交わす中年女性のキリカだった。
「熊出たがって、連絡もろたんだ」
キリカにはすでに熊のことが伝わっていて驚いた。
まだ小さい子供を保護したと知るや、
「オチのとこの子供の服、持ってくるすけ!」
そう言って、キリカは一旦家に帰った。
クリスは子供を介抱しようとする。
しかし、あまりのクリスの手際の悪さに、ファルがキレてその子供を半ば奪うようにして自分の方へ抱き寄せると、慣れた手つきで子供の体をタオルで吹いていく。ここはファルとノエル達に任せたほうが良さそうだ。
枷と鎖は取り払ってあるし、何かあったら呼べと言いおいて、クリスは部屋を出た。
ちなみに、保護した子供は女の子であった。
ダイの姿が見えなかったので探すと、ダイは小屋の前に置いておいた熊の目を枝でつついたり、何故か尻に枝を刺したりしていた。
その手には縫いぐるみのように巨大な虫の幼虫。
とりあえず死んでいれば、ダイは熊が怖くないらしい。
「こわくないのか?」
「剥製が資料館にあるし、学校にも置いてあるから。でも触れないからさー」
いっかい飾られている熊や魔物の剥製にさわって倒して怒られたことがあるらしい。
「でも、おっちゃん、戸締りした方が良いよ」
熊の体毛をブチブチ抜きながら、ダイはのんびりと続けた。
「? なんでだ?」
「いや、さっきの女の子、熊に襲われてたんでしょ?
ノエル姉ちゃんが熊殺したっぽいけど、他にも熊がいたなら取り戻しにくるかもしれないし」
なんでも、熊は興味を持ったものに執着する習性があるらしい。
「は?
それなら、おまえもさっさと帰れ!
危ないだろ!」
「一人で帰る方があぶないじゃん。
ファル姉ちゃんと一緒の方が安全だろ?」
「それも、そうか。
とりあえず、お前は小屋の中入ってろ」
「わかったー」
肝が据わってるのか、よくわからないダイは言われた通りに小屋へ向かう。
不意に、クリスは子供に付けられていた鎖と枷に視線を落とす。
熊のこともそうだが、もう一つの懸案事項である。
鎖と枷には術式が刻まれていて、魔力の痕跡もあった。
事件性があるのは一目瞭然だ。
保護した子供の体を拭こうとボロ着を脱がせた時も、その小さな体には切り傷や銃弾がかすったような跡がいくつもあった。
枷が嵌められていた場所は擦れて血が出ていた。
さらに、気になることがあった。
着ているものはボロ着だったが、靴をちゃんと履いていた。それも靴は多少土や泥で汚れていたもののまだ新しいものだ。
意識はなかったが、栄養状態は良いと思われる。
ガリガリの体ではなく、年相応の健康そうな肉付きだった。
格好とパッと見の体の状態に違和感を覚えるのだ。
とりあえず、仕事中であるリューへこの一連のことを簡易式を使って連絡をしておく。
それを見ていたダイが式に気づいて興味を示しながらも、不思議そうに首をかしげた。
「おっさん、携帯は?」
「面倒いから持ってない、って。
まだ、入ってなかったのか」
「今時珍しいなぁ!」
「いや、無くてもそこまで不便してないし。
さっさと小屋の中入れよ」
「そうそう、うちの母ちゃんもそう言ってて持たなかったんだけど、結局買ってさ。
でもやり方がわからないからねーちゃんにメールのやり方聞いてんだぜ。
んで、画面に見たことない表示が出るたんびにねーちゃんに消しかた聞いてるし、アプリって何とか、ログインって何とか、アカウントって何とか。
あと、メールを送ってちゃんと届いたかどうか、家電で相手に確認してるし」
「そうなのか。
まぁ、俺には今みたいな魔法があるし」
「良いよなぁ、おっさんは。魔法が色々ぱぱっと使えて。
ほら、転移魔法があったら学校行くのも楽になるしさ」
簡単に言ってくれるが、クリスがここまでの技術を身に付けるまでにはそれなりの苦労があった。
そもそも転移魔法だって、自由自在に目的の場所に行けるわけではないのだ。
まず行きたい場所、転移したい場所の座標がなければならない。
その座標を術式に組み込んで発動するのだ。
住所やメールアドレスがなければメッセージが届かないのと一緒である。
というか、ダイは重要なことに気づいてない。
「そんなことしたら、熊が出ようが嵐がこようが大雪が降ろうが槍が降ろうが学校に必ず行くことになるぞ」
クリスの指摘に、ダイはハッとする。
「それはダメだ!
せっかくゴーホー的に休めるのに、休めなくなるのはマズイ」
「よくそんな難しい言葉知ってんな」
「ねーちゃんに教えてもらった」
得意気に言うダイの頭をクリスはわしゃわしゃと、少し乱暴に撫でる。
三度目か四度目の子が育っていればこれくらいの歳だったのだろうなぁ、と思いながら。
一番最初の子が育っていれば、おそらくノエルやファルくらいの歳になっていたはずだ。
歳と、身が結ばずただ流れていく時間に夫婦共々疲れていた。
そう思いこもうとした。
そして、心のどこかで、妊娠すればそれだけで子供は産まれてくると考えていた。
でも、そうじゃなかった。
当たり前に見えていた世界が実は奇跡の上で成り立っていると気づいた。
何度も何度も失敗した。
だから、もうこれで最後だと決めて挑んだ妊活。それは今から6年前で。
最後の最後で、来てくれたその子も結局育てることができなかった。
不妊の原因は様々だ。しかし割合で言うなら男にも半分原因がある。
一部の例外を除けば、基本子供は男女が揃って初めて作れるのだ。
つくづく妻には悪いことをしたなと思う。
もしも、その子が生まれていたら、あの保護した子供と同じくらいの歳だった。
そういえば、こんなことになって墓参りすら行けずに出国したことに思いいたる。
いや、心の隅でそれはチクチクとクリスに訴えかけていた。
(あぁ、そうか)
妻のことを憎んでいない、その理由を理解した。
諦観もあった。
しかし、自分では、これからの彼女すら支えることが出来ないと悟っていたのだ。
だったら、心の拠り所になってくれる存在、彼女を支えてくれる人間へその役割を渡した方がきっと彼女のためにもなると、そう考えようとしていたのだ、きっと。
何故なら、現実はいつだって残酷で理不尽なのだから。
墓参りに行こうと決める。
今までの産まれてくることの出来なかった子供達のために、作った墓だ。
この現状がなんとかなって、国に帰ったら、まずは墓参りに行こうと彼は決めた。




