1
車で一時間かかる学校に自転車?
そう何も知らない者が聞いたら首を傾げるこの通学方法。
自転車も車の一種であるがそれなりの距離なので、普通に漕いでいたら一時間から一時間半ほどかかる。
しかし、子供達は近道を知っている。
山のなかを直線に突っ切るコースがあるらしいのだ。
そこは長年使われてきたコースなので、自然と道が形成されているとのこと。
長年使われて来たからか、最初こそ熊や魔物も出現する危険地帯だったらしい。
しかし、今はほとんど危険な存在はいないらしい。
それでも念のためにいつからか、下は小学生、上は大学生と専門学生の集団登校をするようになった。
それでも、全く出ないというわけではない。
なので冒険者などで言うところのレベル、練度を、子供たちはこの通学路で自然と鍛えるのである。
大学生になれば、威力は弱いものの威嚇して襲ってくる魔物を追い返すくらいは出来るようになる。
倒さないのは、時間の無駄だからだ。
威嚇して相手が怯んだ隙に自転車で一気に下るのである。
(それこそ、熊みたいに追っかける習性のやつがいないからできるのか?)
ここを開拓した四十年前の小学生と高校生のコンビは、当時の大人達に大層叱られたそうな。
しかし、その時にはもうそれなりの強さを身に付けていたのだとか。
で、あとに続く阿呆が続出した。
子供達同士で独自の魔法を作り上げ、どこぞの冒険者パーティが捨てていった道具を直して使っていた。
もちろん失敗も多々あったらしい。
しかし、ある子供が普通とは違う魔法の使い方を見つけたことで、一気に魔法の質が上がった。
出来ると考えるだけで、初級の火魔法が上級の火炎魔法になるということを見つけてしまったのだ。
そして、魔法の事がバレて大騒ぎになった。
親子喧嘩でとある子供がその魔法を使ってしまい、家族に大火傷を負わせるという事故というか事件が起こってしまったのだ。
では、魔法が禁止になったかというと、禁止にはならなかった。
これを教訓に人には使わないこと、魔物や害獣限定にする制約魔法と誓約魔法を子供たちに施すことになった。
条件付きの封印魔法である。
危ないから止めさせる。
たしかにそれも安全策だ。
しかし、それだとどう危険なのか勉強させることができない。
さらに自衛のための手段が、一つ潰れてしまう。
当時の大人達にもそれなりの葛藤があり、しかし今後のことも考えてそういう措置をとったということだった。
「子供がね~」
その魔法体系は、大昔に危険すぎるからと廃れたものだった。
長寿の種族なら知っていても不思議ではないが、人間の子供が気づいたというのが面白いな、クリスはと思う。
案外、友人のエルフなどに聞いたとかいうオチのような気がしなくもない。
「そうなんです」
適当に相槌を打ちつつ、クリスは落ちている適度に乾いた枝を拾っていく。
その背後で、くっついてきたノエルとファルがスーパーのビニール袋に見つけた山菜を採って放り込んでいく。
熊の襲撃があった日、成り行きでクリスの手料理を食べた二人は、その味を何気に気に入ったようで手伝うなら昼飯をご馳走するという言葉にノリノリになってしまった。
そんなわけで、オカズになりそうな山菜を探していく。
よほど暇だったようだ。
町にいけばゲームセンターくらいはあるだろうに、金がないので結局遊べないのだ。
とったキノコ(食べられるもの)を見ながら、ファルが呟く。
「キノコの魔物も食べられるみたいだから、居たらとってステーキにしたい」
「それも動画か?」
「そうっすよー」
そんな会話を交わしていいると、時おり畑にやってくる小学生男児が少し離れたところでひょっこりと顔をあげた。
熊襲撃の日にも小屋に来ていたガキ大将である。
人間族の男の子で、名前はダイ。
ファルの弟らしい。
山に向かう途中で、遭遇し、くっついてきたのだ。
姉がダークエルフ、弟が人間。
不思議に思ったのが顔に出ていたらしく、ファルが軽く、血の繋がっていない家族だと説明してくれた。
この辺では珍しくないのか、養子縁組や里親として子供を迎え育てている家がけっこうある。
ファルはエルフの集落に生まれたが、その村はダークエルフを口減らしで処分する決まりがあった。
まだ赤ん坊であった彼女は実の親に山に置き去りにされた。
何もできない赤ん坊である彼女は山の中で泣き続けていたところを、タケノコを取りに来ていた今の祖母と母に保護された。
それから紆余曲折あって、養子になったらしい。
「ねーちゃんねーちゃん」
見てみて、と漢字ドリルくらいの大きさのカブトムシの幼虫らしきものを見せてくる。
掘り出してきたようだ。
「うわっ、きも!」
「スゴいねー、飼うの?」
相変わらず直球の感想を漏らすファルの横で、ノエルがほんわかと言う。
「ばーちゃんのオヤツだよこれ」
(聞かなかったことにしよう)
昆虫類は貴重なタンパク源だとはきいたことがあるが、おやつで食うとは。
慣れていないと、ビビるのだ。
あまり山の奥に入ってしまうとお昼に小屋へ戻れなくなるので、出入り口周辺を重点的に歩きまわる。
すると、ノエルが熊の糞を見つけた。
「わりと最近のですね。
気を付けた方が良いです」
その頃には、ガキ大将と女子高生の手伝いもあり十分な柴が篭に入っていた。
切り上げるにはちょうどいいだろう。
そして、山を出ようとしたところで悲鳴が聞こえてきた。
次には聞き覚えのある咆哮。
狩猟免許を持つ二人が顔色をかえて、辺りを見回す。
ガキ大将のダイもやはり熊は怖いらしく、姉の影へ隠れる。
クリスは、簡単な探索魔法を展開させる。
目の前には、紙よりも薄い画面。そこには周辺の地図が表示された。地図には動いている赤い点と動いていない青い点があった。
赤は魔物や動物。青は人間を含めた異種族である。
少し離れた位置に、複数の赤に囲まれている青がいた。
「あっちか」
クリスが指し示すと同時に、ノエルが猟銃を、手を振って出現させる。
それを肩にかけるや走り出した。
ノエルは気弱そうというか、大人しそうな外見だが近道の通学路を通り、さらには狩猟免許を持っている狩人の端くれである。
走っていくときの彼女の目は、まさに色が違っていた。
「お前らはここで待ってろ。入り口に近いから大丈夫だとは思うが、動くなよ」
そう指示を出して、クリスも走り出した。
しかし、まだ体力がそこまでないので魔法で誤魔化しながらではあったが。
ノエルの姿はすでに見えなくなっていた。
他人の山の中なのに大丈夫だろうか、そう心配しつつも彼女が向かったであろう場所に、クリスがあと少しで着くというタイミングで銃声が響いた。
時間にして数十秒遅れて、その場所に着くと熊が怯えて去っていくところだった。
ノエルのすぐそばには一頭の熊が頭部から血を流して倒れており、その熊より少し離れた場所にはボロ着を着た、五、六くらいの子供が気を失って倒れていた。
その両手と両足には、枷と鎖。
熊の気配が完全に消えるまで猟銃を構えていたノエルへ、画面を出して完全に熊が去ったことを伝えると、ようやくおろした。
そして、二人は倒れている子供を保護したのだった。




