2 犯人はスリュム
ここは荒涼たる巨人族の国、ヨーツンヘイムです。
肌寒い空を行く、一羽の鷹の姿が見えます。これはロキです。彼はミョルニルを盗んだ犯人を捜すため、女神フレイヤの下を訪れ、鷹に変身できる羽衣を借りたのでした。
ロキが地上を眺めていると、一人の巨人の姿が目に留まりました。
その巨人は、自分の飼っている犬に金の首輪を嵌めてやったりして、上機嫌です。
(あいつは……ここら一帯の土地を所有している富豪の巨人・スリュム……)
ロキは変身を解き、スリュムに挨拶をしました。
「ようスリュム。今日は随分とご機嫌なんだな」
「そういうお前はロキじゃあないか。普段はアスガルドにいるお前さんが巨人の国に何の用だい?
もしかして……アスガルドで何か事件でも起きたのかい?」
スリュムは髭面にニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべています。
ロキは彼のにやけ面を見て「コイツは何かを知っているな」と直感しました。
「……実は、トールの持っている雷槌ミョルニルが盗まれたんだ。
その犯人を捜している。心当たりはないか?」
「ミョルニルは、ワシが盗んだ」
スリュムは即答で白状してしまいました。
「犯人お前かよ! つーか正気か!?
この事をトールが知ったら、スリュムお前、八つ裂きにされちまうぞ!?」
ロキは血相を変えて言いましたが、スリュムは笑みを崩しません。
「殺れるモンなら殺ってみろって話だぁな。
ミョルニルは20マイル(註:約32km)下の地中に埋めた。そして埋めた場所はワシしか知らん。
ワシを殺せばミョルニルは戻って来んぞ? ヨーツンヘイムの土地全部を掘り返す気があるなら、それでも構わんがなァ!」
なるほど、巨人も少しは考えたものです。
そうなるとロキは、別の疑問が浮かびました。
「そこまでするとは……一体何が望みだ?」
「よくぞ聞いてくれた。ワシはな……金持ちだ。何でも持っている!
山のような金銀や宝石。黄金の角を持つ牛や、真っ黒な牡牛。何でもだ!」
「うん、それで?」
「だが……持っていないものが一つだけある。それは……美人の嫁っこだぁ!」
ロキは呆れた顔になりました。
美人の嫁さんが欲しい事と、トールのミョルニルを盗んだ事。微妙に話が繋がりません。
「嫁が欲しいのと、ミョルニルを盗むのとどう関係するんだ?」
「決まってるだろう! トールに伝えろ。
『ミョルニルを返して欲しくば、巨人族のスリュムと美の女神フレイヤの結婚を認め、仲を取り持ってくれ』と!」
何という事でしょう。
スリュムは美の女神フレイヤを嫁にしたいがために、わざわざミョルニルを盗むという、回りくどい上にハイリスクな行動に出たのです。
ロキは言いました。
「スリュム……わざわざそんな事しなくても、お前の持ってる珍しい宝物をプレゼントでもすれば……フレイヤの事だ。喜んで2、3発はヤらせてくれるぞ?」
「何を言うのだロキ! ワシはな……そんな肉欲に目が眩んでフレイヤを欲しているのではない!
純粋にあの美しさを讃え、傍に置きたいが為に求婚しているのだッ!」
髭面に似合わず、スリュムは純情でプラトニックな台詞を吐きます。
夢見るような顔の巨人を見て、ロキは「こいつ……マジで頭イカれてやがる」と思いました。
結局ロキはスリュムの伝言をトールに伝えるべく、ヨーツンヘイムを後にします。
しかし去り際、どうしても気になる事が一つあったので、ロキはスリュムに尋ねました。
「……そういやスリュム。あのクッソ重くて熱いミョルニルをどうやって、ヨーツンヘイムまで運んだんだ?」
「ムスペルヘイムの炎の巨人を8人雇って運ばせた」
しれっととんでもない労力と手間がかかっています。
ムスペルヘイムとは炎の巨人スルトが治める、真っ赤に燃え盛る地獄のような国です。
「なるほど、炎の巨人ならあの煮えたぎったミョルニルも触れた訳か」
「まあ、運んでる途中で8人中7人が重さに耐え切れずに圧死したけどな!」
さらっとロクでもない犠牲者が出ています。
スリュムは「支払う報酬が安上がりになって助かった」とゲス顔です。
何にせよ、トールに犯人がスリュムである事を報せねばなりません。
とはいえその要求は無理難題。これからの事を考えると、ロキの気は重くなる一方なのでした。