金の感想、禁の感想
小説には感想を書きましょう。皆さん既にこのフレーズを5000兆回は見たでしょう。実際よく見るフレーズです。感想に関するエッセイは、なろうで検索すれば何十、何百と見つかるのではないでしょうか。「感想や評価は作者のモチベーションになる」というのは大概の読者は知っている話です。
実際、承認欲求というものは大きな原動力に繋がります。SNSや「小説家になろう」のような投稿サイトがいい例です。昔は見ることができなかったようなアマチュアの作品が世に出るようになり、彼らを応援しやすくなりました。
私は、クリエイターと繋がりやすくなった今の現状を非常に素晴らしいと思っています。なぜなら本来、クリエイターは孤独な存在だったからです。皆の前に出るような職業でもないし、評価を多くの人からもらうには出版という大きな壁を越えなければならない。そんな状況の中独りで書き続けるのは、相当しんどい行為だったはずです。だけど今は作者と読者が画面を挟んで繋がりやすくなり、励ましの声が届きやすくなっています。それは、創作物を作る側としてもとても嬉しいことです。
しかし、私は現在不満に思っていることがあります。それは、感想の中に悪いものが混ざっている事です。善意や好意が製作者に届くようになった分、作者の方々はそれらに混入した悪意にさらされるリスクを負うようになってしまったのです。作者の方々に届く感想達を、この小説内ではおおまかに3つに分けました。
その小説をよりよいものへと洗練させることができる魔法の言葉「金の感想」
ありふれている言葉だけども、作者の執筆意欲を駆り立てる優しい言葉「均の感想」
作者の意欲を大幅に削り取り、時には周りの感想すら浸食して悪化させることもある、感想界隈における腐ったミカン。絶対に書いてはならぬ最低最悪の呪いの言葉「禁の感想」
このエッセイでは小説サイトで作る側を2年、読む側を5年以上経験した一人の男の視点から、「金の感想」と「禁の感想」について語らせていただきます。
まず「金の感想」について。私が思う金の感想は、これらにあてはまるものです。
①誤字脱字を指摘する感想
誤字脱字を指摘してくださる人は、かなりありがたい存在です。人気作だと毎回のように感想欄で指摘してくださる方がいますね。その作品がどれだけ人気かを探る、一種のメーター的存在になっているのかもしれません。
②文法の間違い、展開の矛盾点を指摘する感想
これも①と同じで非常にありがたい存在です。ですが、文法間違いについて感想を書くときは「あえてこうしてる」という場合もあるので気を付けてください。
例えば「敷居が高い」という言葉。これは本来「無礼な事をしたせいで行き辛い」という意味ですが最近は「自分にはあわないくらいに格式が高い」という意味で使われることが多いです。主人公が若者であることを表現するため、あえてこの表現を使っている様子も見受けられますね。あとは、若者らしさを表すためなどであえて「ら抜き」言葉を使っているケースもあります。(例:「来られました」→「すぐ来れました」)
矛盾点に関しては、積極的に教えて頂くと助かります。恥ずかしながら私も昔、恋愛物で主人公の初恋の相手を2人出すというアホみたいな間違いをすることがありました。こういった間違いはプロットをしっかり作っていればそうそう起こることはないのですが、ごくまれに優秀な作者様でも些細ですがミスをすることがあります。その時は、静かに指摘してください。
③良い点が具体的な感想
これは、書いている人にとって非常にありがたい感想ですね。自分が工夫した点を褒められると嬉しいですし、思いもよらない自分の長所に気づかされることがあります。読んでいて、本当にありがたい存在です。
私も「たくさんスキルを組み合わせて戦う戦闘シーンが好き」と感想で書かれて嬉しかった思い出があります。こういった感想は、見ていてとても心に響きますね。
次に「禁の感想」について。下のような感想を書くのは本当にやめてほしいものです。「こんな感想を書いたせいで、この小説の更新が止まったらどうするつもりだ!」と、見ていてかなりの焦りを駆り立てられます。
①タメ口、暴言、嘲笑、あざけり
敬語を使わない感想は別にいいでしょう。それは、読んだ人の熱くたぎる思いをそのままぶつけたものと個人的には解釈します。ですが、悪口をいう奴ら。お前たちは絶対に許さん。こういう人達は屑です。作者を心ある人と認識していないサイコパスか、安全圏で人を馬鹿にして悦に浸る可哀そうな人です。
たまに、誤字指摘を行う人の中でもこういった人が見受けられます。せっかくの金の感想を禁の感想にしてしまった一例ですね。(例:「・・・じゃなく…を使うなんて、小学生でも分かるよ?」「いつになったら誤字脱字なくなるの? 馬鹿なの?」)
いくら誤字指摘をしてくれる読者が作者様にとってありがたいとはいえ、上から目線で相手に接するのはいかがなものでしょうか? そもそも貴方は小説を読ませていただいている立場の人間ですよね?
②展開批判
「途中まで読んだけど無理だった」「最近の展開つまらない」
一言言いたい。嫌なら読むな。静かに立ち去るがいい。お前の好みに合わなかったとかどうでもいいから。個人的に「つまらない」とか「展開が苦痛」とかわざわざ書き残していく連中はなんなのかといいたいです。作者様からしてみれば貴方は単に通りがかった1人でしかないのです。貴方に嫌われたからと言って、それがどうしたというのでしょうか。別にわざわざ言い残していく必要はありません。
よくよく考えたら、こういう感想を私も書き残したことがありました。何かのエッセイに対して「あなたはそれを悪く思っているようですが、私的にはそれにはこういう良い面もあると思いますよ」みたいなことを書いた記憶があります。作者の側にたって考えてみれば、「だ か ら ど う し た」と思うであろう感想ですね。
わざわざ作者のモチベーションを下げるような言葉を書き残さないで欲しいものです。
③人格批判
人格批判には、二つの種類があります。「キャラの行動や性格、判断に対する人格批判」と「作者に対する人格批判」です。後者に関しては言うまでもなく悪い行為ですし、こういった感想を書く人の大概はいわゆるアンチです。ここで言ったところでやめることはないでしょう。なので、この小説では取り上げないことにします。
キャラに対する人格批判の感想は「ウジウジ悩む描写がカッコ悪い」「馬鹿っぽい。もっと考えて行動した方が良い」「風評をもっと意識した方が良い。周りとの接し方が悪すぎる」「こうした方が一番効率的なのになぜこうしないのか」「もっと厳しくするべきだ。これでは、相手に甘く見られてしまう」「感情に任せて行動するな」などが挙げられます。こういった感想を書く人たちは、常に最適な行動をとれる完璧な主人公が好みなのでしょう。
これらの主張を見ていて思ったのは、「作者の書きたいもの」と「これらの人の読みたいもの」がすれ違っているのではということです。作者は貴方の道具ではありません。彼らは自分の書きたいものを、思うがままに書いています。それを個人的な趣味嗜好で批判するのは、わがままという他ありません。そんなに自分が好む小説を読みたいのなら、自分で書けば良いのではないでしょうか。
これら三種類の「禁の感想」には、更に悪い点があります。それは感想欄のモラルの低下を招くことです。
人間は、匿名状態に置かれると自己規制意識や合理性が抑えられて衝動的になり、周りの影響を強く受けやすくなる傾向があります。また、人は社会に迷惑をかけるような行為やその痕跡を見るだけでも、同じようなことを行いたくなるという実験結果も出ています。
「小説家になろう」は匿名サイトであり、個人情報はしっかりと保護されています。また、感想欄はログインしなくても見ることができるようになっており、他者の意見に触れやすい環境になっています。すなわち、このサイトの読者は非常に「禁の感想」の影響を受けるリスクが高いのです。
冒頭の方で「禁の感想」を腐ったミカンに例えましたが、まさしくその通りです。禁の感想の真の恐ろしさとは、周りの感想を悪くして二次災害を引き起こす可能性を秘めていることなのです。感想欄に巻き起こる、悪意と不満の大感染。もう「禁」の感想ではなく「菌」の感想と言った方が良いのではないでしょうか。
皆さんは何気なくその感想を書いたかもしれません。ですが、それが多くの悪意を生み出すきっかけともなるかもしれません。感想欄は誰が見ているか分からない場所なので、そういったことも考えて発言しなければならないのです。
最後に、私なりの読者の姿勢について書かせていただきます。
私は、例えるなら「小説家になろう」という公園の鳩のような存在です。自分で餌をとる力もなく、餌が無い時はひたすら飢えに苦しむ。非常に無力で無様な存在。「こんな餌が食べたい!」「美味い餌が食いたい!」と思っても自分で作ることが私にはできない。
しかし、そんな私に作者の方々は「そーれ! 最新話の更新だぞ!」と盛大に餌をまいてくれます。私はそれを必死に啄むことで今日という日を生きているのです。だが、貪欲なことに私の食欲は食べても食べても満たされることはありません。「次話の更新を!」「新作の投稿を!」と更なる餌を求めてピーチクパーチク騒ぎ続けるのです。
いかにしてもっと餌をもらうか。そのために私にできるのは上手に囀ることだけ。お願いします。この公園から立ち去らないでください。もっと餌をください。貴方様の下さる餌は非常に素晴らしかったのです。作者様方から餌をもらうために、卑しい私は必死にすがりつくのです。
だから私はそれを邪魔する人が許せませんでした。感想欄で暴言を吐く人を見ると、鳩が人間を傷つけようとするのを見ると、許せないという感情が湧いてきます。その人の口に合わない餌をまいていたとしても、私からしてみれば十分美味しかったのです。そのような畜生のせいで、餌の供給が止まってしまうということに私は強い苛立ちを覚えました。
だから、こんなエッセイを作りました。このエッセイのおかげで少しでも公園から人を追い払うような鳥が減ってくれたら幸いです。私も、もっと上手に鳴くことができるように、日々精進していきたいと思います。
これにて「金の感想、禁の感想」は終了です。ご閲覧、ありがとうございました。
最近、応援していた一人の作者様がしばらく投稿をやめると発表しました。その作者様は、直前に書いた話に対して大量の批判の感想が来てしまい、そのせいで執筆意欲が削がれてしまったと活動報告で語っていました。それが今回の小説を書くに至ったきっかけです。批判者に対する怒りと何もできなかったことへの自戒の念をこめて書かせていただきました。
皆さんは、小説に感想を書くときは禁の感想を書かないように気を付けてください。そして、好きな小説の感想欄が批判であふれた時は、できれば肯定的な感想を送るようにしてください。
作者の方々はプライベートの仕事や学業に取り組む中で、時間を作って必死に小説を書いています。そんな彼らを応援することが、私達読者にできることではないでしょうか。