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香織:第一話  免許皆伝

プロローグです。

 時は春。

桜の花びらが散る木の下に、私は明朝5時に呼び出された。ここはド田舎、木々や人間以外の動物が気兼ねなく暮らせるような優しい場所だ。下はゴツゴツとなんの手も施してない自然な地面で、歩きにくいけどなんだか好きになってしまう。


 今、私の目の前にいるのは、おそらくこの世の誰もが見たことも無いくらいに見事なハゲ頭である私の小説の師匠、狩嶋源蔵(かりしまげんぞう)先生だ。本当にハゲなのよ。まだ早朝5時で太陽も昇りきってなく薄暗いはずの辺り一面も、師匠のハゲ頭に掛かればほんの少しの太陽の光でサングラスが無いとやってけないくらいに、周りが眩いの。勿論、私の目もサングラスに守られてるのよ♪

 ここに呼び出したのは、言うまでもないだろうけど師匠よ。なにやら言いたいことがあるらしい。なんだか緊張感のある雰囲気を醸しだしそうな表情だけど、サングラスをしてても光っているのがわかる程のハゲ頭のせいでぶち壊しだわ。


香織(かおり)、お前に教えることは、最早ない。この3ヶ月で、小説を書くことの楽しさ、つらさ、爽快感、また、小説を書くことに対するやりがいや爽快感など……、全て叩き込んだつもりじゃ。この――」

「ちょっといいですか? 師匠。今『爽快感』って2回言いましたけど。」


 ちょっと細かいとは思うけど、師匠が嫌だって言ってたことだもんね。

え? 何がって? ま、見てたらわかるかな!


「う、うむ。まぁそんなことはどうでも――」

「よくないでしょう。私が師匠に弟子入りしたとき、『2回以上同じことを言うと、嫌気が差すからわしの前では決して言うでないぞ。』って言ったのを、忘れたわけではないでしょう?」

「……、も、もちろん覚えているとも。フ、フハハハ、こういうミスに気づけるか、試しただけじゃよ。」


 明らかに嘘だ! だって、すっごく目が泳いでるもん! すごい勢いよ? もう嘘吐いてますって言ってるかのように目が泳いでる! さっきまでは私の目をジッと見てた師匠の目が、今では右へ左へ上へ下へ、そしてまた私の目を見た――かと思いきやまた思いっきり目線を避けてあちこちへと動き続けてる。ある意味すごい。

 これ以上追求するのも可哀想になってきたから気にしないことにするわ。


「ま、まぁいいでしょう……。あと、もうひとつ気になる点があるんですが……。」

「うむ。なんでも訊くがよい。」


 あら、一瞬で調子を整えやがったわねこの師匠。気を使ったのがバカらしく思えるわ。とはいえ、そんなことをいちいち気にしてたら時間が勿体無いわっ。という訳でスルーよスルー! 私は早く二度寝したいのよ! だって、朝5時に起こされたのよ!? 寝るでしょ普通!

 思い出したらまたムカついてきた! けど、我慢よ! イライラでピクピク震えそうな目を押さえながら私は訊く。


「今、教えることは何もない、と仰いましたか?」

「おぉ、お前が『仰いました』というとは、最後にいいものを聞けたよ。わしが何度注意しても、お前は『仰る』や『いらっしゃる』などを絶対に使うことはなかったのになぁ。」

「なんですって? 最後?」


 師匠がとんでもなくつまらないことを言っているのは無視よ! 今何て言った!?


「そうじゃ。最後じゃ。今日でお前は免許皆伝じゃ!」

「ええ!? 聞いてないですよ!」

「今言ったじゃろ? 聞こえなかったか。ス〜、ハ〜、……ハァッ、免許皆で……」


 深呼吸をして、多分大声出そうとしてる師匠。でも叫ぶ瞬間に一気に吐いて意味を成してないわね。でも煩そうだから冷ややかに止める。


「叫ばなくても、聞こえてますけど?」

「ふぇ!? ふぉんふぁ、ふぇふぃふふぉふぉふふふぇふぃふぁふぁふ……」


 汚い! 師匠ったら、大声出そうとして入れ歯が抜けちゃったみたい。ほんっとうに汚い!!


「何言ってるのかわかりません! とりあえず入れ歯を入れてください!」

「ふ……ふぁ!」


 ガボッ



 師匠は手を口に入れて、入れ歯をはめた。

そんなに簡単に取れるんなら、新しい入れ歯でも買えばいいのに。


「コホン、香織、人のセリフの途中で喋るのは、マナー違反じゃと思うぞ?」


 師匠が珍しく、もっともなことを言ってる。でも、私だって負けない!


「コホン、師匠、入れ歯が取れているのにも関わらず、そのまま話すのは、明らかにマナー違反ですよ?」

    

 私は睨みを利かせて言った。だって微妙に唾が飛んできたんだもん! 結構私の堪忍袋は緒が切れそうよ? 


「うぅ……、お前が突然喋るからビックリして入れ歯が抜けたんじゃないか!」


 師匠も睨み返してきた。


「師匠が全力で大声出そうとしたからです!」

「む……、まぁよい。とりあえず免許皆伝じゃから。」

「ちょっと、待ってくださいよ! 私、まだ小説の書き方とか何も――」

「小説とは!」


 ビクッ


 突然大声で話し出す師匠に驚いて、思わず飛び上がってしまった。なんか敗北感があるな……。


「なんですか、突然叫んで?」

「小説とは、人に教えてもらって書くものではない。 自分で模索して書くものじゃ! そう教えたはずじゃな?」


 それは、師匠が今までに教えてくれたことの、数少ないひとつだ。


「は、はい……、でも!」

「小説を書くのに大切なことは、楽しむことだと、わしは思う。」

「はい。だから私は師匠の弟子になったんです。


 私は、ちょっと前まで本なんて大嫌いでした。でも、師匠の作品を読む機会があって、本当に、ほんと〜に読むのはめんどくさかったんですが、読んでみると、師匠の作品は楽しんで書いている、というのがひしひしと伝わってきました。そしてその想いは読んでいる私にも伝染しました。

 

 だから私も書きたい、そう思ったんです。」


 だからこんなド田舎にきたってのに、まだ小説の面白さしか教えてもらってないのよ!? 

まだまだ帰れないわよ!!


「うむ。それはお前が弟子入り志願しに来たときに聞いたよ。その気持ちはとても嬉しかった。だから、わしは誠心誠意、お前に小説のおもしろさを教えた。どんな話を書きたいのかも、決まっているんじゃろ?」

「はい。シリアスな話を書きたい、と思っています。」

「う、うむ。どうしてわしの弟子になってシリアス作家を目指すのかは甚だ疑問じゃが、まぁよい。シリアスな話にお前自身の道を見出したのじゃろう。わしにできることはここまでじゃ。ここからは、自分自身で頑張っていくべきなんじゃ。わかるね?」

「は……、はい。」


 こんなに諭されたら、頷くしかないじゃない……。

もっと、……もっと、師匠にいろいろ教えてほしいのに……。


「そんなに暗くなるんじゃないよ。そうじゃ、免許皆伝の祝いに、わしからプレゼントがあるんじゃ。」

「……?」


 プレゼント?


「ほれ、薄型のノートパソコンじゃ。」

「ええ!? こんな高価なもの、いいんですか?」

「いいんじゃいいんじゃ。これで小説を書きなさい。」

「あ、ありがとうございます!」

「あと、これで小説を書く前に、必ずこの指輪をつけなさい。」


 そう言って、師匠は赤い玉のついた指輪もくれた。なかなか綺麗な指輪だ。でも疑問が残る。思い切って訊いてみよう!


「あの、どうしてつけなければいけないんですか?」

「なぁに、ただの呪い(まじない)じゃよ。弟子の門出に願いを込めて、じゃ。」


 最後の最後に、なんて嬉しいことをしてくれるんだろう! 本当に、この師匠の弟子になってよかった! 今までムカつくことばっかりだったけど、そんなことも一気に吹き飛ぶくらいに私は嬉しいの! だから心を込めて言うわ!


「ありがとうございます!!」

「うむ。」


 応える師匠の口元は、なんだか怪しくニヤけたけど、そんなことはどうでもいいや!


「では、早く行くがよい。でないと電車に遅れるぞ?」

「へ? もうですか? というか、荷物とか、用意してないんですけど……。」

「大丈夫だ。わしがやった。あと、暮らすとこも大丈夫だ。ちゃんとマンションを借りてある! わしの知人に頼んだからな。ほれ、荷物じゃ。」


 なんて準備がいいんだろう!

この3ヶ月、師匠のことを、小説以外ではだらしない人だ、と思っていたけど、最後の最後に見直したわ!


「ありがとうございます!」

「あと、住むとこの住所じゃ。」


 そして、師匠は私に住所の書いてある紙と、私の荷物を渡してくれた。

荷物は旅行かばんに詰め込まれていた。


「本当に、ありがとうごさいます! 今まで、お世話になりました!!」

「うむ。お前の活躍を楽しみに待っておるからな!」

「はい! 失礼します!」


 そして、私は師匠のもとを去り、ゴツゴツの地面を歩き出した。

弟子から小説家への新たな第一歩だ。私は一歩一歩を大切に踏みしめた。

 



第一話、完成です。

おそらく次回から、香織はナレーションに悩むことでしょう。

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