Ⅵ
いつものように、黒髪の少年のところに行くと、その少年は表情を強張らせて空を見る。俺も彼に釣られて、空を見ると、村の方から黒煙が上がっていた。村に何かあったのかもしれない。
「お前はここから動くな!!」
俺はそれだけ言って、その洞窟から出る。
「 」
俺は風の因子達の力を借りて、村まで駆け走る。両親や村人、そして、彼女や彼女の兄は大丈夫だろうか?俺は嫌な予感を振りほどくように、首を振る。村の皆は強い。どんなことがあっても、大丈夫。自分にそう言い聞かせて、村に戻る。
すると、村は火の海と化していた。そして、村の人達が血を流して倒れていた。
どうしたら、こんなことになる?どうすれば、こんな酷いことができる?
俺は村の奥の屋敷に住んでいる彼女達の下に向かう。彼女達は大丈夫だろうか?
青い鳥よ。どうか、俺に幸せを運んでください。
どうか、彼女達が無事でありますように。その願いを込めて。
まさか、ここまでやるとは聞いてなかったので、内心、驚きを隠せない。磨けば、磨くほど輝く原石のように、黒犬は揉まれれば揉まれるほどその真価を発揮するということか。
黒犬の実力もそうだが、ここまで戦えるのはあの子に対する想いが強いからだろう。
あの子を助けたい。あの子を死なせたくない。だからこそ、黒犬はがむしゃらになって、挑んでくる。
『彼女を死なせたくない。だからこそ、戦うんだ!!』
かつて、あの男もそう言って、俺に挑んだ。死なせたくないから。守りたいから。幸せになって欲しいから。
その想いは息子に繋がれ、黒犬はその想いを受け継いで、紡ごうとしている。
“青い鳥”と名乗る少女の物語を終わらせないように………。
かつて、俺は“青い鳥”と名乗っていた彼女の物語を終わらせないように頑張っていたつもりだった。あの時、あの男に諭され、彼女の想いを受け取った。どんなことがあっても、彼女を守ろうとした。だが、あの物語は中途半端な形で終わりを告げた。
今度こそ、あんな形ではなく、もっと違った終わりになって欲しい。彼女のように、心残りがあるまま、死なせたくない。
今度こそ、あの子が自分自身の幸せを運んで欲しい。
それが父親としての願い。
もし黒犬がそれを可能としてくれるのなら、俺は彼女の物語を紡ごう。
途中から白紙になってしまった彼女の物語を……。
***
聖焔が出現させた水柱が俺に向かってくる。あんなものを食らったら、怪我だけでは済まない。俺は自分の周りにバリアを張り、その攻撃を防ぐ。
どうにか防げたと一安心する隙もなく、竜巻が襲ってくる。こんなにれんぱつできるものなんですか!?俺は心の中で突っ込みながら、バリアで耐え凌ぐ。
この人、何者ですか?化け物ですか?
―へえ。流石、彼だね。水の精霊もどきを憑依させて、水の魔法を魔法陣なしで連発できるみたいだね。紅蓮が魔法陣なしで魔法を使っているのと原理は同じだね。器用なことするね―
スノウは関心しながら、そんなことを言う。敵を褒めている場合か!?
「紅蓮って、確か炎精がそんな名前だったな。上層部が保護しろとうるさいんだが」
聖焔はそんなことを言ってくる。確か、彼はスノウと知り合いだったか。人工精霊とは言え、操れるのだから、精霊の声が聴こえてもおかしくない。
―多分それ無理。紅蓮は黒龍のお気に入りだから―
確かに、聖焔さんが紅蓮さんを保護しようとしても、黒龍さんが許すはずがない。
「それなんだよな。国に打診したら、突っぱねられた」
そうなるだろう。紅蓮さんは孤児院の子供達と遊べるなら、どっちでもいいだろうが、国、特に、エイル三世陛下と黒龍さんがはい、そうですか、と渡すはずがない。
「カニスが炎精に会いたがっているみたいだから、面会は出来るようにしたが。眠れる龍、カニスを勧誘するつもりなんだろうな」
聖焔は苦々しく言う。黒龍さんはカニスの存在を知って、欲しがらないはずがない。風を自由に操り、しかも、翡翠の騎士と同じクラスの戦士だ。優秀な剣士不足らしいので、カニスは手が喉から出るほど欲しいだろう。
教会としては一つの国が二人も神子を保有することにいい顔をするはずがないから、カニスが黒龍さんのところに行くはずはないだろうが。
今はその話はどうでもいい。あの魔法陣破棄は紅蓮さんと同じ原理か。断罪天使のように原理不明だったら、手の打ちどころはないが、原理が分かれば、手を打てる。それなら、紅蓮さんを封じたあの手が使えるかもしれない。
「スノウ!!」
―オッケー―
俺はあの魔法陣を展開しようとすると、彼はそれに気づき、阻止しようと、水の刃が俺に襲ってくる。流石にそう簡単にはやらせてくれないか。俺は飛んで避ける。
「それなら」
俺は刀を抜く。上手くできるかは分からないが、やるしかない。
空間魔法を展開し、彼の懐に入り込む。そして、彼に向って、刀を振り下ろすと、氷のドームで受け止める。そんなことくらいは予想できる。刃を氷から抜く際、俺の手をかすらせて、手からほどよく出血しているのを確認して、左手に魔力を集中させて、氷のドームに向かって殴りつけて、氷のドームを貫通させる。
すると、彼は驚いた表情を浮かべる。その隙を見逃さない。俺は風の矢を出現させて、彼に叩きこむ。
間一髪、彼の周りに氷の壁が出現して、少し吹き飛ばされるが、彼にはダメージを与えられていない。だが、それが狙いだ。
彼は自分の身を守る為に、氷の壁を作ることに集中する。その時、一瞬だけでも、俺のことを思考の外にやる。その時間を稼ぎたかった。
俺は魔法陣を展開させ、彼が魔法を展開する前に、あの魔法を発動させる。この場所を俺の色に染め上げる。
すると、彼は俺の狙いに気づいたようで、悔しそうな表情を浮かべる。水の因子を消しさり、火の因子を多くすればいい。
「………流石だ。まさか、こんな方法で、俺の魔法陣破棄を封じるとはな。お返しに、俺の大反撃をお見舞いしたいところだが、その前に、ご褒美をやらないと」
彼はそう言うと、先ほどの漆黒の闇が俺を覆う。そして、視界が晴れると、今度は先ほどののどかな村の景色ではなく、この一帯が火の海と化していた。
「………これは酷い」
どうしたら、ここまで酷くなる?
すると、視界には赤髪青眼の少年が走っている姿が視界に入ってくる。
『―――青い鳥、 様、何処ですか?』
少年は走りながら、呼びかけるが、返事はない。
『くそ』
彼は悪態を吐きながらも、走って行く。そして、彼はとある屋敷に辿り着き、乱暴に開け、とある部屋に向かって、走る。
『青い鳥、 様!!』
彼は名前を呼びながら、とある部屋を開けると、数人の人影、そして、ぐったりと倒れた青髪青眼を持った少女と少年を抱え込もうとしていた。
『お前達は何者だ!?青い鳥と 様を離せ!!』
彼はそう叫ぶと、
『ん?まだこの村に生き残りがいたのか?確か、村全員を皆殺しにしたんじゃなかったか?』
暗闇で分からないが、一人の男が彼に気づく。
『確かに、生きている奴はいないはずだぜ。隠れているんだったら、話は別だが、お前が一人で殺しちまうから、俺らの出番なくなちまったもな。なあ?』
男は後ろにいる人物に声を掛ける。すると、暗闇からその姿を現す。姿からして少年のようだ。隙間から入ってくる火の光で、その人物の風貌が照らされる。
『そうですよお。貴方方が殺しを楽しんでいるのは知っていますが、息の根を止めない程度にして欲しかったですよお。彼らの技術を研究したかったのですがねえ』
灰色の髪を持った少年はそう言って、にやりと笑う。その瞬間、ズキンと頭痛が襲う。この男の髪、そして、話し方。俺は覚えがある。
その時、アルの言葉が蘇る。灰色の男と青髪青眼の少女が俺の村にやってきていた、と。
こいつがその男!?
『彼だけは無力化して、連れて行きましょうよお?もしかしたら、こんな少年でも、何か特殊な技術を持っているかもしれませんからあ』
『ふざけるな!! !!』
彼がそう叫ぶと、風が吹き荒れ、その少年達を襲うが、その少年は魔法を使ったのか、その風を防ぐ。
『これはこれは凄いのが最後に残っていましたねえ』
『お前ら、早く青い鳥達を放せ。さもなければ、灰残らず燃やし尽くしてやる』
彼はそう叫ぶ。
『どうしましょお?彼、精霊の加護を受けているようですよお?この地では我々に勝ち目がありませんねえ』
少年は自分達が不利だと言うのに、そんな呑気なことを言う。
『………のようだな。なら、こうするに決まってんだろうが?』
男の一人は下品に笑い、青い髪青い目の少女の首に刃物を当てる。
『………な』
彼はその光景に絶句していた。すると、男は口を歪ませる。
『命令では一人だけでいいと言う話だったからな。一人くらいここで殺しても文句言われねえだろう』
『確かにその通りですねえ。サンプリングとしては一つあれば、十分ですしい』
少年は同意するように言う。
『っく』
彼の表情は歪んでいる。大切な人を人質にされれば、どんなに強かろうと、手を出すことはできない。すると、少年はその隙に、短刀を手に持ち、彼が反応する前に、胸の辺りに突き刺す。すると、彼は血を吐きながら、その場に崩れる。
『………例え強者であれ、大切な者の命を出されると、弱くなりますう。大切な者などあるから、人は強くなれないんですよお。ですが、悲観しないでも大丈夫ですよお。貴方は世界を探しても恐らく同じ能力を持つ者はおりません。大切に研究材料にさせて貰いますからあ』
その少年がそう言うと、意識がぼやけていく。意識を失う前に、人影が見えたような気がした。
その瞬間、再び訓練場が姿を現す。
「ここで、ご褒美は終了だ。また真実は今度の攻撃が凌げたらだ」
彼はそう言うと、人魚の姿をした精霊は憑依を解き、姿を消す。今度は赤い色で半透明になっている赤い鳥が現れる。今度は憑依せず、空中に溶け込む。
「こいつらにはこう言った戦い方もある。 」
彼はそう叫ぶと、たくさんの火の玉が俺に襲ってくる。俺はこの空間を水の因子で溢れさせ、水の壁で相殺する。
―偽精霊と馬鹿にしてたけど、こう言った使い方もあるんだ。自分の魔力で作った意志なら、言うことを聞いてくれる―
スノウは納得しながら、そんなことを言ってくる。俺にしては彼らが人工精霊だろうと、偽精霊だろうと関係ない。それよりも、聖焔さん、自然の力使ってませんでしたか?確か、アルも使っていませんでした?あれは凄腕魔法使いなら、誰でも使えるんですかね?
―凄腕魔法使いでも無理だろうね。例え、黒龍だってそんなこと不可能だよ。彼がこんな力を持っていたのは初耳だけど、古代文明の人達はその言葉、古代語でも言うのかな?それを使って、生活していた。もしかしたら、彼はそんな人達の先祖帰りならば、納得はいく―
スノウはそんなことを言ってくる。
「そうらしいな。村長様にも言われた。この言葉を発することができる奴は俺みたいな先祖帰り、もしくは、アルみたいな突然変異。これは先祖帰りより稀だと思うが」
彼はちらっと観客にいるアルを見る。
「そのような例外を除くと、後は精霊だけだ」
自然の力を操るのは精霊の特権らしいからな、と彼は言う。なるほど、なるほど。って、あれ?じゃあ、俺は何だ?先祖帰り?お袋の先祖には特殊設定のある一族ではなく、普通の由緒正しき農家一族だ。親父は黒の一族と言われる剣士一族だ。特殊設定の入る余地がない。なら、突然変異か?だが、俺は親父譲りの容姿と魔力だ。少なくとも、俺と親父は突然変異?
―突然変異の線はないと思うよ。元々、彼の身体は普通の人間だよ。後天的に体質が変わった可能性は否定できないけど―
後天的?親父は一世一代の体質改善手術でも受けたのか?何処かの裏組織で、人体実験でもされたのか?
「つまり、親父は何?」
親父のルーツが普通なら、何処で変になった?
―ぶっちゃけた話、人間の身体に迷い込んだ精霊。彼の器の持ち主はとっくのとうにお亡くなりになってて、そこに迷い込んじゃったんだろうね。自分が精霊と言う自覚がない時点で、生まれたてほやほやの時で間違いないだろうし―
「………精霊?親父が」
俺の相棒であり、ファンシーな姿をしているこいつと親父が同類?
「それは嘘じゃない。あいつは正真正銘の精霊だ。ただし、精霊としての自覚は全くないが」
―それは言える。精霊の自覚があるんだったら、自分のテリトリーから出ることはしないし、放浪の旅をしたりしない。そんでもって、子供を産もうともしないな―
ボクの所に来たのは彼のテリトリーと似ていたからかもね、とスノウは言う。
親父、やはり、あんたは人じゃないのか。俺はあんたのことを人だと思ったことがなかったが、まさか、精霊さんだったのか。だから、殺戮王が親父の身体を乗っ取った時、青い鳥が親父の身体を乗っ取れたことに疑問を持っていたのか。それはそうだろうな。知らず知らずとは言え、親父は人様の身体を乗っ取っていたのだから。
つまり、親父は精霊で、俺は親父の子供だから、精霊と人のハーフか。確かに、雑種だな。何故か、親父より、俺の方が珍しい生き物になっていないか?
―だろうね。君は歴史上初人間と精霊の子供だし、人間と精霊の性質を持ち得た生き物は世界広しとは言え、君だけだよ。この場合、どう言う生き物になるんだろうね?半精霊?ハーフジン?それとも、半魔人?―
何その混ざりものみたいな言い方は。俺も親父同様人間じゃないって言いたいのか?これは帰ったら、親父と話し合おう。徹底的に。
「今は親父が精霊でも関係ない」
過ぎた過去は戻らない。俺は親父とお袋の子供であることを変えられないし、もともと、変えるつもりはない。今は青い鳥を助ける為のヒントをぶんどることだけ考える。
「 !!」
水の因子達よ、俺に力を貸してくれ!!
この魔法下で、俺の思い通りにできるとは言え、物事の法則を変えるのは疲れる。この魔法の中だったら、精霊達が喜んで力を貸してくれるなら、わざわざ法則を変える必要はない。
すると、水の因子達は龍の姿に変化して、彼に襲いかかる。
「やはり、奴の子だけある。あの力はあっちに有利か。リョク、お前の出番だ」
彼はそう言うと、半透明に透き通った蝶の羽を生やした子供のような可愛らしい姿をした精霊が彼に憑依する。すると、彼の周りに突風が吹き荒れる。だが、水龍の威力はかなりのものらしく、力押しで風を押しやろうとしている。頑張れ!!頑張ってくれ。
すると、水龍は突風を破り、彼にクリーンヒットする。初めて通った攻撃だ。流石の彼でも、この攻撃を受ければ、ただで済むはずがない。そう思っていると、
「………キツイの来たな。アルがお休み中だったら、間違いなく俺の負けだったな」
土埃が舞う中、彼はそんなことを言いながら、姿を現す。執行者の皆様はみんなタフな方々ばっかりなんですか?そう思っていると、彼が食らった場所を見ると、傷が塞がっていく。その時、アル付きの精霊である男の姿をした精霊・シロちゃんが姿を見せる。
あれを食らうと判断した瞬間、子供の精霊の憑依を解き、シロちゃんを憑依させて、回復魔法を展開したのか。
こんな神技を見せられると、言葉が出ない。流石、黒龍さんが最強と言うだけのことがある。実力はもちろんだが、経験が豊富な分、臨機応変な行動が取れる。
俺はまだまだ経験が足りないひよっこ魔法使いであり、実力もかなり格下。おまけに、あともう少しで、魔力切れ。この状態で、どうやって、乗り越える?
「クライマックスに行く前に、ご褒美をやるか。俺をここまで追い詰められたのはこれで三人目だしな」
彼は苦々しそうに言う。三人目?まず一人は親父だろう。彼と親父は殺し合ったと言っていたのだから。なら、もう一人は誰だ?そんなことを思っていると、再び漆黒の闇が俺を包み、別の光景が広がる。
『うおあああああああ』
目の前に、化け物と表現がふさわしい、原形を留めていない異形のモノが咆哮をあげる。そして、その下には複数の人影が見える。
『 様、俺です。思い出して下さい。貴方はこんなことを望んでいないはずだ。どうか止めてください』
彼は叫ぶが、ソレは彼の声など傾けずに破壊の限りを尽くしていく。
「 様って……」
青い鳥のお母さんのお兄さんの名前だ。もしかして、ソレが青い鳥のおじさん!?そんな馬鹿な。俺が見た限りでは普通の人間だった。それなのに、あんな化け物になるはずが……。思い出せ、俺。あの森で戦った忍者。青い鳥と同じ“変異”を持つモノ。彼は一部であったが異形の翼を出した。
黒龍さんやアルは言っていた“変異”を持つ者はあらとあらゆる環境下で生きていくことに特化した一族だ、と。もしあれがその進化の成れの果てだとしたら………。
いつか、青い鳥はアレになってしまうのか?あんな恐ろしい化け物に………。俺のことが分からなくなり、あいつは俺に攻撃するのか?
『仕方がない。保護任務だったが、今の状況では無理だ。抹殺任務に切り替える。エクソシア、こいつを連れて離れろ』
一人の男性は近くにいた男に彼を頼み、魔法を展開する。一斉に攻撃を加えるが、ソレはものともせずに、破壊する。
その圧倒的な力で、実力者であろう彼らを一人、また一人と戦闘不能にしていく。
その圧倒的すぎる力に、俺は戦慄するしかなかった。
こんな生き物が世界に存在するのか?存在していいのか?
そんなことを思っていると、先ほどの男性がソレの腕と思われるもので、胸を突き刺した。
『セフィリム様!!』
彼の叫ぶ声が聞こえる。まさか、この人が聖女さんが言っていた彼の先代。男性は表情をゆがめながらも、魔法陣を展開し、無数の槍がソレの頭上に雨のように降り注ぐ。そして、男性は最後の力を振り絞るかのように、光の槍を出現させ、ソレの脳天にぶち込む。すると、ソレは崩れ落ちるように地面に倒れ、男性は瞳を閉じ、動かなくなった。
『セフィリム様? 様?何で、何でこんな』
彼はその場で崩れ落ち、
『ああ―――――』
彼の悲痛な叫びが木霊する。その瞬間、訓練場に連れ戻される。
「………何で、そんな」
何故、青い鳥のおじさんがあんな目に遭わなければならない?何故、聖焔さんがあんな想いをしなければならない?
理不尽なことだらけで、何を怒ればいいのか分からない。何を恨めばいいのか分からない。
聖焔さんはただ助けたかっただけなのに。
青い鳥のおじさんはただ生きていただけなのに。
何故、彼らがそんな目に遭わなければならない?何故、幸せになれない?
「………“変異”を持つモノが短命なのは器が耐えきれず、あんな姿になってしまうからだ。あの子にあんな姿になって欲しくなかったら、あんなことをして欲しくなければ、あの子を諦めた方がいい」
それはお前の為であり、あの子の為だ、と彼はそう言う。確かに、あいつはあんな姿になること、そして、人の幸せを壊すことを望んでいない。あいつの為を思うなら、あいつがあんな姿を晒す前に逝かせてあげることなのかもしれない。
それでも、それでも、俺は諦めたくない。あいつを死なせたくない。まだ生きていて欲しい。まだ幸せを運ばせてやりたい。いろいろな人の笑顔を見せてやりたい。
その願いが我儘なのか?自分勝手なのか?願ってはいけないのか?
何故、あいつは自分の運命に従い、死ななければならないのか?
『運命と言うものは逆らう為にあるのです』
あいつはかつてそう言った。運命を受け入れたら、そこで終わりだ、と。それなら、どんな運命が待ち構えていようと、俺は逆らい続ける。あいつがその悲しい呪縛から解き放たれるその日まで。俺はその運命と戦い続けよう。
それが青い鳥に幸せを与えて貰った黒犬の最大の恩返しだ。
「どんな運命が待っていようと、俺は諦めない。諦めたら、そこで終わりだ。それなら、俺は抗い続ける。例え、その壁が乗り越えられないものだろうと、俺はその壁を壊し続ける」
幸せを呼ぶ鳥が大空を高く舞い上がることができるよう、俺はその障害物を壊し続ける。
「例え残酷な現実が待っていても、あいつが生きている限りは諦めるつもりはない!!」
だから、待っていて欲しい。お前の足に絡まったその鎖を断ち切って、自由にするから。
魔法陣を展開し、相棒を呼び出す。黒き魔犬、俺達の力であいつを助け出そう。そして、また幸せを運ぼう。
「………それが答えか。なら、仕方がない。その希望ごとぶち壊してやろう。コウ!!」
彼がそう叫ぶと、先ほどの赤い鳥が姿を現す。彼は魔法陣を展開すると、その赤い鳥は大きくなっていく。炎纏う紅の鳥・不死鳥。聖なる炎宿すモノ。
俺と青い鳥が起こした奇跡の結晶である青い不死鳥の仲間。
幸せを起こすなら、奇跡を壊してから、か。そう言うことなら、その奇跡を起こして、再び奇跡を起こしてみせる。
「全てを燃やしつくせ、不死鳥!!」
「奇跡を起こせ、魔犬!!」
双方の炎がぶつかり合い、爆風が巻き起こる。その時、不死鳥は急降下し、魔犬は勢い付けて特攻していく。
不死鳥と魔犬が激突すると、その衝撃で突風が吹き荒れる。
「………う」
魔犬が受けたダメージが俺に振りかかってくる。負けられない。負けられない。それなのに、視界がぼやける。
もう少し、意識を保て。そうしないと………。青い鳥が………。
思考はそこまでしか働かなかった。不死鳥と魔犬がどうなったのか分からないまま、俺はブラックアウトした。