Ⅲ
彼女達から出会って、2年ほど経った頃、彼女達の父親に合った。ある日、村長様に連れられ、とある一室に連れて行かれた。すると、そこには病床に臥せた男性がいた。
「君が か。いつも子供達がお世話になっている」
その男性は俺に気づいて、そんなことを言う。どうやら、彼は彼女達の父親らしい。
「君を呼んだのは私の寿命が尽きる前に、これを渡したくてね」
彼はそう言って、手まねきしてくる。「早く行きなさい」と、村長に叱責を受けながら、彼の近くに寄ると、彼の手からネックレスが渡される。球体の上に鳥が乗っているといったデザインである。これがどう言ったものかは分からない。だが、どうして、俺が彼にこのネックレスを渡すのだろうか?
「あの、これは……」
「私の妻、あの子達の母親が作ったものだ。受け取ってくれないか?」
彼の言葉を聞き、俺は驚きを隠せなかった。
「そんな大切な物を受け取れません!!」
彼女達の母上の形見なら、彼女達が受け取るべきものである。
「確かに、これはあの子達、特に、 にとって大切なものだ。だからこそ、これは君が受け取って欲しい。 に聞いた話だと、君があの子の王子様らしい。それに、君はこの村で唯一、精霊の加護持ちだと聞いている。あの子を任せるにはこれ以上の適任はいないと思っている」
彼がそう言うと、村長は大きく頷き、
「その通りです」
そう言ってくる。
「あの子の気持ちと、村の方針が重なることは、父親として嬉しい。あの子のことを思ってくれるのなら、受け取って欲しい」
「そうおっしゃられましても、俺には重大すぎることです」
俺はそう言うしかない。つまり、彼らは彼女と結婚しろ、と言っている。彼女は自分勝手で、我儘だけど、それでも、愛しく思える不思議な人である。好きでもあるし、大切な人でもある。だが、俺は未成年であり、将来のことなどまだ考えられない。
「それは困ったな。なら、こうはどうだ。一応、これを君が預かる。そして、あの子に君以上に好きな人が現れたら、それをその人物に渡す。もし君達が一緒にいるのなら、そのまま君の物になる」
それでいいかな?と、彼は有無を言わせないように凄みを利かせる。俺はただ頷いて、それを受け取るしかなかった。
もしかしたら、彼女の頑固は彼譲りなのかもしれない。
「あの狼共、どれほど食べれば気が済むんだ」
黒犬に、我が教会が誇る質素すぎる食事を堪能してもらおうとしたら、あの狼共が食い散らかしてくれた。その所為で、俺が作る羽目になってしまった。何で、トップの俺がお客様の為に、料理を作らなければならない?普通、そう言う仕事は下っ端の役目だろう。と言うか、あの狼共が作るべきだ。そう思うが、あの腹ペコ狼共にやらせると、何をしでかすか分からないのも事実だ。帝王は料理を作ったことがないようだから、分量などお構いなしに、入れそうだし、風精に至ってはどんなものを作るか予想もつかない。
ここまで、生活力がないと、この先が思いやられる。鏡の中の支配者がいれば、奴に造らせたものを。あの大乱闘の後、奥さんが待っているから、と言って、いなくなってしまった。
俺は首にかかっているネックレスを見る。彼女と一緒に暮らしていた頃も、くたくたに疲れ果てている俺に無理矢理作らせていた。
「………はあ」
この生活はどのくらいまで続くのだろうか?
***
「………ここが食堂だ」
大乱闘の末、ラスボスの部屋に辿り着いた勇者御一行(俺とスノウ)はそのまま、ラスボス退治をするはずだったのだが、「昼食はまだだろう?昼食を取ってきたらどうだ?」と、何故か、ラスボスさんは俺を労って、そんなことを言ってきた。
そんなわけで、断罪天使の案内の下、敵の本拠地で昼食を戴こうとしている(ちなみに、鏡の中の支配者は俺の伝言を聞いた後、急いで、赤犬さんのところに帰っていった)。俺は城の食堂でご飯を食べたことがあるのだが、ここはいろんな意味で、違和を感じる。
城とここの相違点を探してみよう。まず一つ、城の食堂は豪華だが、ここの食堂はシンプルだ。あの立派な造り構えははりぼてかと言いたくなるほど、必要最低限なもの以外は置いていない。二つ目、メニュー。城の料理はシェフが腕によりを掛けていたので、かなり凝っている。一方、ここの料理は質素だ。どれほど質素かと言うと、お袋の手抜き料理よりも質素だ。これを見ると、お袋の手抜き料理でも懐かしく思える。
この二つは城と教会なので、仕方がないものかもしれない。だが、最後の相違点は異常だ。ここの人達はニコニコとしているだけで、会話がない。仕事の話くらいしてもいいと思うが、ご飯を食べる音しか聴こえない。青い鳥さんがこれを見たら、歌を歌い出しそうだ。ここには娯楽がないとか言って。本当に、ここには娯楽がない。もう少しフレンドリーの雰囲気があってもいいと思う。
「断罪天使さん、ここはいつもこうなんですか?」
俺は耐えきれずに言う。我が家の騒がしいご飯風景に慣れ過ぎて、静かすぎるご飯風景がおかしいと思うだけなのだろうか?
「………いつもそうだが、どうした?」
ですよね。ここにいる人達から人間らしさを感じられないのはやはり、人形工場での悲惨な訓練の所為なのだろうか?と言うか、あそこはまだ稼働しているのか?
「静過ぎて、違和感があり過ぎだ」
もしくは、青い鳥や弟達が騒ぎすぎなのかもしれない。
「………静か、か。そうでもないと思うが」
彼はそう言って、とあるところを見ると、
「カニス、何で肉ばかりとるんや!?野菜しか残ってあらへんか!?」
「気の所為だ」
「気の所為やあらへんわ!!あんたの皿貸してみい?やっぱり、肉ばっかりよそっているやないか。野菜もちゃんと食え。そんでもって、肉寄こせや」
帝王とカニスは肉を奪い合っている。
「………あの二人はいつもああなのか?」
「………いつもああだ。それに、あそこ」
断罪天使は彼らから視線を移し、とある場所を見る。そこには2人座っているが、そこから数メートルほどは誰もいない。
「ここの料理は質素だよね。もう少し豪華なものがあってもいいと思うよ」
「確かに、その通りですね。おばさん達に猛抗議したいですね」
「やっぱり、剣を持って、抗議するべきなのかな?俺、剣なんて持ったことないんだけど」
「剣でなくてもいいと思います。例えば、バットでもいいと思います。振りだけでも、脅しになると、あの子は言っていたような気がします」
「そうなの?確か、部屋にバットが転がってたと思うから、引っ張って来ようかな」
再生人形とアルが物騒なことを話し合っている。この二人、結構仲がいいのだろうか?
「………ここはいつもああなのか?」
「………いつもああだ。お前達がここを訪れてからな」
断罪天使は言う。なるほど、これは青い鳥が置いて行った置き土産か。なら、青い鳥が来る前は異常なほど静かだったんだろうな。俺はしみじみ思っていると、
「早く昼食を確保しておいた方がいいぞ。あの狼共が全て平らげるからな」
ラスボスこと聖焔さんがそんなことを言ってくる。全て平らげる?そんなに量が少ないのだろうか?そう思っていると、
「お前ら、あれほど言っておいたのに、ほとんど飯が残ってないじゃないか!?どれだけ成長したいんだ!!」
聖焔さんの怒声が響く。俺は料理が置いてあるところを見ると、かなり大きい器が置いてあるのに、その中は綺麗になくなっていた。あの二人、どれほど食べれば気が済むんだ?
「―――で、黒犬に教会のことを知って貰おうと思ったのに、とんだ狼共の所為で、料理が無くなってしまった。俺の料理で済まないが、食べてくれ」
あの二人の所為で、食堂の飯は無くなってしまった。あの二人が教会にいる時はよく起きるらしい。
結果はどうであれ、俺の前には城のシェフ顔負けの料理達が並んでいる。ナイスジョブ、帝王、カニス。俺としては、教会の食事より、こっちの方がいい。
「お代わり」
「相変わらず、上手いなあ、オレもお代わりや」
そんなファインプレーをしてくれた帝王達も食べている。彼らはまだ食べ足りないようである。
「お前らは少し自重しろ!!お前らの為に作ったわけじゃない」
聖焔はまた怒鳴る。これはまるで男家族の光景だな。それにしても、美味い。ほとんど、自分で作っていたので、人の手料理がこれほど美味しいとは思わなかった。
「黒犬、味はどうだ?」
最近、料理はあまり作らないから、自信はないが、と聖焔はそんなことを言ってくる。その割には美味しすぎます。おそらく、この人は俺より上手だ。
「美味しいです。最近、人の手料理なんてあまり食べていないので、新鮮です」
俺がいる時は必ずと言っていいほど、俺が作らされるし、俺が作らない時があるとしたら、それは入院中だ。時々、青い鳥やお袋が作ってくれることはあるが、お袋の場合は手抜き料理だし、青い鳥の場合に至っては激レアだ。あいつの料理は美味しい。本人曰く、コンビクトにいた時、母親(子供を虐待していた逝かれていた方)から学んだものらしい。性格はとにかく、料理の腕はいいらしい。
「そう言ってくれると嬉しい。他の連中は美味しいと言って、俺に作らせようとする節があるし、お前の父親の唐変朴に至っては美味しいどころか、表情一つ変えずに食べてたな」
あの男は作り甲斐がない、と文句を垂れてくる。確かに、親父は不味くても、不味いとは言わないが、美味しくても、美味しいとは言わない。味覚機能が退化しているのかと思ったが、前に、レンが間違えてタバスコを大量に入れてしまった料理を食べた時は水をがぶ飲みしていたので、そうではないのだろう。ただ、言わないだけで、普通の味覚を持っているようだ。
「そう言えば、親父から聖焔さんに預かっていたものがあるのですが」
俺はポケットから親父から頼まれた紙袋を渡す。すると、彼の表情が変わる。
「これは……」
青い鳥の写真の数々である。森の中で、凶暴な動物達を追い回している青い鳥さん。涙目な俺を引きずりまわしている青い鳥さん。村の子供達を瞬殺している青い鳥さん。たくさんのプレゼントを持ちながら、俺がプレゼントした不格好な眼鏡をしている青い鳥さん。朱雀さんと青龍さんの結婚式で、礼服を着こんだ俺の腕を組み、青いドレスを着た青い鳥さん(その背後で、白虎さんがご令嬢をナンパしている)。
親父よ、いつの間に、こんなに撮ったんだ?最後のはとにかく、他の奴は気付かなかった。
すると、紙袋から最後の一枚が出てくる。露出の高いドレスを着こんだ俺(青い鳥風女装)と青い鳥さんのツーショット。この写真は娼婦館の時のものだ。何で、あんたがそんなものを持っている。と言うか、何故、これまで入っている?
「10000エルで買い取ろう」
聖焔さんはそう言いながら、それらを大切そうにしまい込む。
「ちょっと待って下さい!!最後のだけは返して下さい」
他の青い鳥さんの写真は構わないが、最後のだけは返して下さい。あんなものは人様に見せたいものではない。
「何でだ?これだけで、50000エルの価値があるものだ」
聖焔さんは真面目な表情でそんなことを言ってくる。あの写真だけで、買取価格の半分いってしまうんですか!?
「アレは返せないが、その代わり、私のお宝写真を渡そう」
いやいや、貴方のとっておきの青い鳥さんの写真はいりませんから。聖焔さんは俺の心情なんてお構いなしに、ポケットから写真を取り出す。それを見て、俺は破りたい衝動に駆られる。
「何ですか、これ!?」
黒髪美人が写っている。女物の洋服を着ているが、俺だ。以前、俺はエイル三世陛下の策略に嵌まり、舞踏会に出る羽目になった(勿論、女装姿で)。その時の写真か、と思ったが、背景は何処かの宿屋であり、写真からはよく分からないが、俺より若干背が大きい。それに、細長い袋を肩にかけている。俺はそんなものを持って、女装をしたことがない。だが、その細長い物体は見覚えがある。俺は無意識的に、椅子の横にかけている袋に入っている刀を見る。それにそっくりだ。それならば、と俺は写真の後ろ側を見ると、撮影日が今から19年前である。俺は18歳なので、その頃、俺が生まれているはずがない。お袋は言っていた。俺は若かりし親父にそっくりだと。
そこから、導き出される答え。
「この方、親父ですよね?」
「ああ。知り合いが撮って来たものだ」
そんな写真、何故、彼が持っているのかは分からない。だが、俺が女装しても、似合うのは親父の遺伝だ。同時に、救いもある。そこに写っている親父は俺と同じくらいだ。つまり、親父はこの後、大木に育ったと言うことだ。つまり、俺もその可能性がある。俺も高身長を手に入れる可能性がある。
俺はまだ諦めなくてもいいと言うことか。青い鳥、俺はお前の予言を覆して、俺はビックな男になる!!
そんなことよりも、これは青い鳥かお袋に進呈しよう。やられたら、それ相応のお返しが必要だ。俺はその写真を懐に仕舞って、そう誓う。
「そう言えば、聖焔さんは親父のことを知っているんですよね?」
アルの件で、彼は親父と共謀していた、と青い鳥が言っていた。親父や彼の台詞からすると、ただの知り合いでないと言うことも分かる。だが、彼らの関係が分からない。親友のようで、悪友のようで、それでいて、仇敵のようで………。
「………あの男はそれに関して何も言っていなかったのか?」
聖焔さんは驚いた表情で、そんなことを言ってくる。親父は自分の過去を話そうとしない。今知っているのは親父が黒の一族と呼ばれる剣士の集落出身で、その集落が何らかの事情で滅ぼされて、彷徨っていた。その過程で、白虎さんと出会い、東陣共和国に流れ、その時、青龍さんと朱雀さんと知り合い、そこで何かが起こった。そして、青い鳥と同名の少女に出会い、この国まで流れ着いた。そして、その時何かが起き、瀕死状態だった親父はお袋と出会った。
大雑把な経歴だけは明らかになってきているが、それでも肝心なことは謎のままだ。
親父の一族はどうして滅ぼされたのか?
親父は東陣共和国で何をしたのか?どうして、英雄なんて言われているのか?
青い鳥と呼ばれた少女はどうして親父の前から姿を消してしまったのか?
そして、青い鳥とその少女の関係性。今、青い鳥と名乗っているあいつと、かつて、青い鳥と名乗っていた少女。それらはただの偶然なのか、それとも、必然なのか?
前者の二つはとにかく、後者の二つは知りたい。おそらく、この二つが青い鳥を救う鍵になると思うから。
「あの男、完全に説明責任放棄しやがったな。息子をこっちに寄越したんだから、ある程度の説明はしたと思ったが………」
聖焔さんは眉を顰める。親父はあらゆる意味で義務を放棄している。父親としての義務はかろうじて果たしている程度で、子育てに関してはほとんど放棄している。レンやエンが悪いことしても、怒らないどころか、スルーしている。そして、いつも、俺かお袋が叱っている。この前だと、レンがスノウと共に夜中、お菓子を食べていたことを知りながら、黙認していた(その事実が発覚した後、レンとスノウを正座させて、お説教したのは言うまでもない)。そんな親父だから、例え説明義務があっても、放棄するのは当たり前だ。
「まあいい。あの男の無責任は今に始まったことではない。こっちも、青い鳥を無理矢理押し付けたこともあるからな。お互いさまと言えば、そうかもしれないな」
彼はそんなことを言ってくる。青い鳥を押し付けた?どういうことだ。
「少し昔話でもするか……って、お前ら、空気読んでいなくなるとかはしないのか?」
彼は聞き耳を立てている帝王達を見る。
「え?聖焔の昔話って、滅多に聞くことあらへんからな。興味あるのは当たり前やん」
帝王が言うと、断罪天使やカニスは同意するかのように頷く。
「確かにそうだね。俺も聖焔の昔話聞きたいな」
「興味はありますね」
アルと再生人形までやってくる。聖焔さんの昔話はそれほど貴重らしい。だが、その瞬間、食堂にバチンと言い音が響き渡る。
「………ここで、何を油売っているんですか?レクエーションは許可しましたが、昔話を聞かせる時間を与えたつもりはありませんが」
先ほどの女性が腹黒すぎる笑顔を俺達に向けている。手には鞭を持って。
「長時間のデスクワークをした後なんだから、少し休ませてくれないと、おじさん、死んじゃうんですが?」
「その為に、あの遊戯を認めました。それで、たっぷり休息がとれたはずです。それに、貴方が死んだら、鏡の中の支配者か、断罪天使が継ぐと思うので、ご安心を」
にこやかに恐ろしいことを言っている。それには、断罪天使の顔は真っ青になる。こんな人が四六時中傍にいられたら、心身ともに衰弱しそうだ。
「そうか。なら、いっそのこと、そろそろ棺桶の中で永眠でもするか」
あいつも待ちくたびれていると思うしな、と彼が言うと、
「………それはやめてくれ」
断罪天使の悲痛な叫びが響き渡る。執行者は思っていた以上に過酷な職業らしい。