Ⅰ
彼女とお花畑を探しに行ったが、結局見つからないまま、山頂に着いた。彼女は不本意そうだったが、約束は約束だ。そのまま、村に帰ると、大人達が集まっていた。彼女の姿を見つけると、そのまま、奥へと連れて行かれた。その時、彼女は「またいっしょにあそぼうね」と言っていた。俺は何も分からず、唖然としていると、
「 、お前があの方を見つけてくれたのか?」
村長様が俺の所にやってきた。村長様はこの村でいちばん偉い方だ。その方がただの少女をそのような扱いをしているのは驚きを隠せなかった。
「え?はい。山菜を採りに、山に出かけた時に、彼女を見つけたので、連れ帰ったのですが」
俺がそう言うと、村長様は一安心したような様子を浮かべる。
「それは良かった。お前が見つけてくれて良かった。あの方に何かあったら、我々はどうしようかと思っていたところだった」
「………村長様、彼女は何者なんですか?」
俺はこの村で彼女を見たことがない。村に住んでいるのなら、彼女に一度くらい会っていてもおかしくない。
「お前はあの方を知らなかったな。あの方は神々の使い。ある者は人の進化の象徴とも言われるな。我々はあの一族を翼人と言っている」
「………翼人?」
翼人と言うのだから、翼が生えているのだろう。だが、彼女には翼など生えてなかった。
「そうだ。古代文明の生きた遺産そのものだ。我々の守っている技術はもともとあの方の先祖が伝えて下さったもの。古の契約として、我々はあの方の一族の守護を任されている。だが、あの方はそんなことお構いなしに、守護の者の眼を掻い潜って、出掛けてしまう。あの方にはもう少し兄上様を見習ってほしいものだ」
村長様は悪態を吐くが、山に出掛けて行ったのはその兄上様の嘘によるものだ。彼女も、その兄もとんでもない子供であることは変わらない。
「どうやら、あの方はお前のことを気に入ったようだし、お前はあの方の兄上様と同じ年頃だ。何よりも、お前は次期村長になる者だ。あの方々に一度お会いした方がいい」
村長様はそう言うが、要約すると、彼女らの遊び相手になれというものだろう。彼女だけでも手一杯だったと言うのに、彼女だけでなく、その兄の世話までしたら、ストレスで倒れる。
もしかしたら、村長様達も彼女達に手を焼いていて、手に負えないから、俺に丸投げしようとしていないか?
俺は人知れず溜息をする。知らないうちに、外れくじをひいてしまったようだ。
聖女に、腕自慢は集まれ、と言ったが、こんなに集まるとは思わなかった。執行者とその他では待遇は天と地だ。何としても、底から這い上がりたいのだろう。彼らの気持ちは分からなくないが、どちらにしても、執行者とそうでない者は根本的に違う。鏡の中の支配者に言わせれば、“選ばれた者”と“選ばれなかった者”。“選ばれなかった者”はどう頑張っても、“選ばれた者”になれない。適当なことを言い過ぎたのかもしれない。
「………セラさん、お兄さんも参加したいのですが」
お兄さんも有休が欲しいんです、と藍色の髪を伸ばした青年・鏡の中の支配者が不満そうに言う。最近、彼はとある用事をして貰っていたので、愛しの奥さんに会っていない。その為、彼もその奥さんと一緒にいる為に有休を欲しがるのも分かる。だが、黒犬がドンパチすると、ここ一帯がとんでもないことになる。それを防ぐ為には彼の特異能力が必要だ。それに、彼まで参加したら、流石に、黒犬が可哀想になる。
「お前は今回不参加だ。これが終わったら、有休をやるから、我慢しろ」
「それなら、構いません。意味なく、お兄さんもまた彼と戦いたくはありませんから」
鏡の中の支配者は苦々しそうに言う。確か、一度、特異能力を破られたんだったか。魔法の腕はまだ鏡の中の支配者の方が上だが、黒犬の成長力は底が知れない。まあ、奴の子供なのだから、それは納得出来るが。
「………にしても、黒犬はまだなんか?」
早く斬りつけたくてうずうずしてんやけど?と、帝王は軽いストレッチ運動をしている。彼は有休が欲しいと言うより、黒犬に対する僻みから参戦するようだ。あいつはあの子にホの時らしいから、納得できる。
「もうそろそろではないのか?」
アッシュブロンドの青年は剣を磨いている。彼は執行者ではない。世界からの贈り物と呼ばれる存在、神子の一人・風精である。こんな催しに参加させていい存在ではない。
「あんたまで参加するんか?あんたも黒犬を抹殺するつもりなんか?」
帝王は風精を見る。確か、彼もあの子にホの字だったか。
「そんなつもりは全くない。青い鳥が彼を選ぶと言うのなら、俺は従うだけだ。単に、黒犬の実力を見てみたいだけだ」
風精はそんなことを言ってくる。彼は黒犬達を戦ったことがあるが、あの時は自我がなかった。ただの興味本位か。本来なら、止めるべきだろうが、一種のレクレーション。そこまで危険なことはないだろう。
「………」
一方、断罪天使の方はあまり乗り気ではなさそうな表情をしている。それはそうだろう。すき好んで、戦いたい相手ではないのだろう。
「エクちゃん、勝っても、負けてもお兄さんは文句を言うつもりはありませんが、特異能力を使わないにしろ、ちゃんと本気を出さなくてはいけませんよ」
鏡の中の支配者はニコニコと言う。断罪天使ははあ、と溜息を浮かべる。彼の師匠の注文はちゃんとした魔法勝負をして来い、というものだ。彼は剣を主体として使うが、能力を見ても、魔法に特化している。特異能力を完全には使えないとは言え、それでもかなりの腕である。
若手で、彼と対等に魔法勝負ができるのは今のところ、黒犬くらいかもしれない。もしかしたら、宮廷魔法使いの中には一人くらいいるかもしれないが。
「断罪天使、頑張ってくださいね」
金髪の少女が声を掛ける。彼女は再生人形と言われ、不老不死の化け物と言っても過言ではない。彼女の戦闘力は底が知れない。俺でも勝てる相手ではない。彼女は黒犬と戦う理由など存在しない。ただ、黒犬と教会側の乱闘を見に来ただけだろう。
「聖女、今のところはどうだ?」
俺は横にいる彼女を見る。彼女は広範囲の状況を確認できる“千里眼”を持っている。彼女は戦闘にあまり向かないが、諜報活動の時にはかなり重宝している。
「今のところは異常ありません。………ん?鳥?」
彼女は怪訝そうな表情を浮かべる。
「あれは鷹ですか?こちらに向かっています」
「ここら辺まで、鷹なんか飛んできましたか?」
聖女の言葉に、鏡の中の支配者は怪訝そうに言う。
「どうやら、赤い毛並みをしているみたいです」
赤い毛並みをした鷹?もしや……。
「赤鷹」
彼女は引退した身のはずである。それなのに、彼女の召喚獣がここの近辺にいる?まさか……。
「あの鷹の上に人影が二つ見えます」
やはり、か。どうして、彼女が黒犬の協力をしているか分からないが、今はどうでもいい。
「戦闘に出る奴は準備しておけ!!黒犬は空から来るぞ」
俺はそう言うと、全員が驚いた表情を浮かべる。
「あの鷹から一人飛び降りてきました」
「そいつの上に何か変な生き物は乗っていないか?」
「………その人物は黒い髪を持った青年のようです。確かに、上には変な生き物がいます」
確定だ。主役の到着だ。すると、帝王達は姿を消す。
舞台の始まりだ。
***
空間魔法でひとっとびと言うのでも良かったが、俺の可愛い弟達は汽車に滅多に乗る機会がないので、今回は汽車に乗ってやってきた。レンとエンは汽車に大騒ぎしていた。汽車でそんな興奮していると、身体が持たないぞ。
王都に着くと、弟達と青い鳥は食べ物トークで花を咲かせている。どうやら、帰りに食べ歩きするつもりらしい。青い鳥のオススメのお店ツアーをするにしても、ありすぎて、回りきれないと言うオチがありそうだ。
城の前に行くと、ハクと紅蓮さん、そして、何故か姫までいた。ハクは俺達の姿を見つけると、駆け走ってくる。
「黒犬達、いらっしゃい」
ハクは飛びっきりの笑顔を見せる。ハクはやはり可愛い。弟達とハクのチビトリオは俺の癒しだ。いっそのこと、毎日見ていたいが、その本音を黒龍さんの前で言ってしまったら、俺はそのまま半殺しされるだろう。
「ああ。青い鳥と弟達が暫く世話になる。迷惑かけるかもしれないが、よろしく頼むな」
「うん」
ハクは元気よく頷く。ハクは素直でいい子だ。
「貴方の弟さん達はとにかく、私はハクに迷惑をかけません」
青い鳥はそう憤慨するが、俺としては弟達より、お前の方が心配だ。不幸とトラブルを振り撒くことに関しては、お前の右に出る者はいない。ハクはとにかく、紅蓮さんあたりがストレスで倒れないか心配だ。
「黒犬、青い鳥、よく来てくれたわ。貴方達がエンとレンね。初めまして」
姫はにっこりとほほ笑む。すると、エンはポカンと呆けている。確かに、姫は絶世の美女だ。エンが見惚れるのも分かる。だが、エンよ、今だけにしておけ。黒龍さんの前で、そんなことしたら、一瞬でお前は灰になる。
「イヴひめさま、きれい」
最強の天然属性であるレンはそんなことを言ってくる。流石、親父とお袋の天然純血種だ。お前なら、最強の女たらしになれる。だが、レンよ、お前も気を付けろ。黒龍さんの前で、むやみやたら、姫を褒めると、お前が姫に気があると勘違いする。そして、灰にされるのは兄として悲しいことだ。
「あら、嬉しい。お褒めの言葉として受け取っておくわ」
「うん。イヴひめさまはほんとうにきれい」
レンは俺の心情を察することせずにそんなことを言う。黒龍さん、どうか、もう少しだけ出てこないで下さい。
「レンは可愛いわね。私の弟にしたいわ」
姫はそう言って、レンに抱きつきながら、俺に意味深な視線を向ける。姫様、俺に何を求めているんですか?
「………ほう?黒犬、お前は俺に内緒で、姫と駆け落ちしようなんて考えていねえだろうな?」
俺様龍こと、黒龍さんがタイミングよく姿を現す。勿論、いつもの姿ではなく、白フードで姿は見えない。
突然、黒龍さんの登場に、エンは固まっている。それはそうだろう。この方はこの国だけではなく、他国でも恐れられている“眠れる龍”その方だ。
「滅相もありません。そんな大それたことが考えていません」
そんなことをした日には俺は黒龍さんによって、灰にされてしまうだろう。
「そうです。彼は私と一緒に駆け落ちする予定です」
「そんな予定もありません!!」
そもそも、俺達が駆け落ちしなくてはいけない理由は何処にもない。
「………おにいちゃん、ぼく、このこえきいたことあるよ」
レンは空気を読まずにそんなことを言ってくる。それはそうだろう。この方はほぼ毎日、我が家にやって来るのだから。ここは気付かない振りだ。
「黒龍だ」
ハクは黒龍さんの姿に気づくと、駆け寄って、抱きついてくる。その光景に、エンは絶句するしかない。エン、お前の好きな人がどれほど高みにいるか分かったか。だが、俺は応援している。お前がそれにもめげずに、ハクと結ばれることを。ただし、こっちには火の粉を飛ばすな。できることなら、一人で頑張ってくれ。俺はお前の恋の手助けをしたい気持ちはあるが、流石に、もう一度黒龍さんと戦う勇気はない。
「おもいだした。このこえは……」
やはり、空気を読まずに言おうとするレンの口を塞ぐ。これ以上、エンに心のダメージを与えるな。今でも、やっとやっとなんだ。今はこのままにして置くんだ。
「レン、今言おうとしていた言葉は呑み込め。何があろうと、口にするな。それはエンの為だ」
エンのことが大好きなら、その事実は胸にしまっておけ。すると、レンは分からないようだが、素直に頷く。それでいい。今はそれが最善だ。
「………で、黒犬。そのちっこい奴らが弟達か?」
黒龍さんはそう言って、弟達を眺める。いつも見ているのだから、知っているはずだが、形式上では初対面として接さなければならない。一方、エンは気絶してしまいそうなほど緊張している。エン、頑張れ。これらの試練を超えれば、何事にも動じない精神力が付く。
「おじさん、こんにちは」
レンは空気を読んでいるのか、それともわざと読んでいないのか、そんなことを言ってくる。お前には怖いものがないのか?黒龍さんは表情に出さないが、不満なのは間違いない。だが、レンの言っていることは間違いじゃない。黒龍さんは立派なおじさんだ。俺はレンのようにはなれないので、そんなこと言えないが。
「ナイスです、レン。この人は黒龍おじさんです」
青い鳥はレンの言葉に反応して、そんなことを言う。レンは悪気ないが、青い鳥さんは悪気がある。
「ほう?青い鳥、お前とは一度白黒付けた方がいいみてえだな」
「貴方がそうしたいなら、私は構いません。黒龍おじさん」
青い鳥がそう言うと、後ろに控えていた紅蓮さんは笑いをこらえるので必死だ。笑ってはいけないと分かっているが、笑いがこみあげているのだろう。
「黒龍おじさん、勝手に仕事中抜け出すな」
エイル三世陛下も姿を現す。この人もわざと言っている。だが、黒龍さんはそれについては何も言えない。プライベートならまだしも、公では反論することは許されない。
「青い鳥達も良く来た。自分の家のように寛いでくれ」
エイル三世陛下は俺達に気づく。すると、エンはまた硬直する。エン、頑張れ。理不尽なことばかり起きるが、お前なら乗り越えられると信じている。
「紅蓮、中に案内してやってくれ」
エイル三世陛下は紅蓮さんの方を見る。
「御意」
こっちだ、と紅蓮さんは青い鳥御一行を案内する。その後ろにはハクと姫も付いていく。
「………青い鳥達は俺達が気を配っておく」
エイル三世陛下は青い鳥達がいなくなったことを確認すると、俺にそう言う。
「………ありがとうございます。迷惑をかけます」
「いいや。青い鳥は俺達にとっても大切な友人だ。それに、あいつと俺は兄妹弟子だ。それくらいは当たり前だ」
エイル三世陛下は世界的性犯罪者であり、執行者のトップクラスの剣士である先代のキュリオテテスである殺戮王の弟子だった時期があった。とは言え、青い鳥は彼に剣術ごっこに付き合ってもらっただけと言っていたが。
「あの自己中鳥は放っておくとして、あの男の所に行くのだろう?」
あの男は間違いなく、最強の魔法使いだ、と黒龍さんは言う。あの黒龍さんがそう言うのなら、そうなのだろう。俺は聖焔に会ったことがないので、何とも言えないが、只者ではないことは分かっている。俺が何処まで彼に通用するか分からない。だが、俺は立ち止まることはできない。立ち止まってしまったら、俺は幸せを呼ぶ鳥を失ってしまう。
「………分かっています」
だから、無謀だと分かっていても、やるしかない。彼が協力的だったら、それで嬉しいが、おそらく、彼は何もしないで俺に協力してくれないだろう。彼が求める何かを見せなければならない。
「分かっているのなら、それでいい。俺はお前のいない間に、レンだったか下の栗毛色の餓鬼。アレをたっぷり可愛がらせてもらおうか」
面白そうな餓鬼だ、と彼は言う。やはり、気付かれたか。
「いい子いい子くらいで勘弁してあげて下さい」
レンの体質が発覚した後、あいつには少し魔法の知識を付けようとしている。あいつはお勉強嫌いというわけではないので、分かりやすい魔法の本を渡したら、読んでいた。とは言え、まだあいつは9歳なので、少しずつ教え込めばいい。時間はたくさんある。
「………最初からスパルタはしねえよ。まずはハクと一緒にお勉強してもらうか」
黒龍さんはそう言うが、ハクはお勉強大嫌いっ子である。話によると、よく逃げているそうだ。それを聞くと、もしかしたら、知識量はレンの方が上かもしれない。
「それなら、構いません。では、俺はそろそろ失礼します。あ、そうだ」
俺は二つ持っている紙袋のうち、一つ紙袋を渡す。
「お菓子を焼いたので、よろしければ、ティータイムの時でも食べて下さい」
青い鳥のリクエストで作ってきたものである。
「それは姫が喜ぶな」
黒龍さんはそう言って、それを受け取る。何故だか知らないが、姫は俺の料理が好物のようである。話によると、俺のレシピを城のシェフ達に造らせているそうだ。俺の料理はただのアイディア料理だけだと思うのだが。
一方、エイル三世陛下は俺をマジマジ見て、
「やはり、黒犬。俺と……」
「遠慮します」
後に続く彼の言葉が分かってしまい、俺は遮る。悪いが、俺は同性主義者じゃない。王の命令とは言え、これだけは頷けない。
「俺はそろそろ行かなくてはいけないので、失礼します」
俺はお辞儀をして、そこから離れようとすると、
「そうそう、黒犬。あの時の写真が現像できている。帰りにでも取りに来い」
黒龍さんの声が聞こえてくる。あの時の写真とはアレだろう。あんなもの貰っても、意味がない。と言うか、そのまま焼却炉で燃やしたい。
もしかしたら、あれは彼なりの励ましの言葉なのかもしれない。まあ、大分、面白がっているようにも見えるが。
「よく来たな」
俺が赤犬さんの家を訪ねると、赤犬さんが出迎えてくれる。お腹を見てみると、妊娠6ヶ月なので、お腹も前見た時よりも大きくなっている。
「お腹の方は大丈夫ですか?」
俺はリビングに行き、ソファーに座る。
「陣痛が酷くなってきたが、胎児は至って良好だ。知り合いが世話を焼いてくれるから、不自由なこともない」
奴も仕事がない日は帰ってきて、世話をしてくれるしな、と彼女は言う。奴とは鏡の中の支配者のことであり、赤犬さんの旦那さん(強制的)で、赤犬さんのお腹にいる赤ん坊のお父さんである。彼はいわゆる裏の人間だが、子供が生まれることになって、裏の仕事から足を洗おうとしているらしい。だが、現状ではまだまだ無理そうだが。
「それで、青い鳥は大丈夫なのか?」
「はい。黒龍さんたちのところにいます」
青い鳥が無茶な行動にさえ出なければ、城にいる間は安全だろう。
「………そうか。なら、安心だな。できれば、私も近くにいてあげることができれば良かったのだが」
彼女はそんなことを言う。彼女は凄腕の魔法使いだ。彼女がいてくれたら、心強い。だが、今の彼女のお腹には小さな命がいる。そんな彼女に無理をさせるわけにはいかない。
「そう想ってくれるだけでも、嬉しいです」
おそらく、青い鳥が彼女の言葉を聞いたら、同じことを言うだろう。あいつは知らないと思うが、あいつを死なせたくないと思う人はこんなにいる。それなのに、お前はその人達を置いていなくなるつもりか?
「もう行くのか?」
「はい。少なくとも、青い鳥がお泊まり会から戻って来る時にいないと、怪しまれますから」
青い鳥達のお泊まり会は二泊三日。少なくとも、三日後には戻らないと、不味い。
「そうか。なら、奴に早く帰って来いと言っておいてくれ」
奴、最近、帰ってこないからな、と彼女は言う。
「分かりました。赤犬さんもお腹に触らないようにして下さい」
「ああ。それと、これを宿屋の女将に渡すといい」
彼女は封筒を渡す。
「これを渡せば、お前に協力してくれるだろう」
彼女はそんなこと言ってくる。宿屋の女将と言えば、幼い青い鳥がお世話になった人で、赤犬さんの知り合いである。再生人形の件で、間接的に、彼女に助けられた。
「………ありがとうございます」
「お前は私の弟子だ。それくらいするのは当たり前だ。まあ、これくらいしかできないと言えるかもしれないが」
彼女は寂しそうな様子を見せる。そんなことはない。俺はいつも彼女に助けられている。もしあの時、俺は彼女に逢うことができなければ、俺はあいつが苦しんでいるところを見ていることしかできなかったはずだ。
俺があいつの隣にいることができ、背中を預けて貰えるようになったのは彼女のお陰だ。彼女には感謝してもしきれない。
どちらかと言うと、俺は彼女に迷惑ばかりかけて、恩を仇で返してばかりいる。それなのに、彼女は俺を見捨てない。それどころか、協力してくれる。だからこそ、俺はこうして自分のしたいようにできるのだと思う。
「そんなことありません。いつも俺達を見ていてくれてありがとうございます」
今度、彼女に逢う時は、俺達の笑顔を見せて、安心させてあげたい。それが俺達の感謝の仕方だと思うから。
「スノウ!!」
―はいはい。準備できたの?―
ウサギとブタの合いの子であるスノウが姿を見せる。
「空間魔法を使う。サポートしてくれ」
―分かったよ―
俺は魔法陣を展開し、彼女の方を見る。
「行ってきます」
「気を付けて行ってこい」
彼女の見送りの下で、俺は姿を消す。そして、俺は地面に降り立つ。ここも8か月ぶりである。
周りを見回した後、前に入った宿屋に入ると、
「アオちゃんの彼氏じゃないか。久しぶりだね。可愛いペットと散歩かい?半年ぶりくらいかい?ところで、アオちゃんは一緒じゃないのかい?」
宿屋の女将さんが迎えてくれる。すると、スノウはキュルキュルと鳴く。
「こいつはスノウと言います。今日は一人です。ちょっと、私用がありまして」
俺はカウンター席に座り、彼女に封筒を渡す。すると、彼女は封筒に手をかざすだけで、中身を見ずに、そのままポケットに仕舞う。
「………なるほどね。そう言うことなら、少しお手伝いをしてあげようかな」
彼女はそう言って、厨房の方を向き、
「父ちゃん、私用ができたから、カウンターを空けるけど、いいかい?」
そう叫ぶと、
「私用?今はまだ客が来ねえから、大丈夫だ」
「悪いね。少ししたら、帰ってくるよ」
じゃあ、行こうか、と彼女はそう言うと、カウンターの入口を開け、裏口に案内する。裏口から出ると、彼女はコンビクトのある方向を向く。
「ちょっと待っててくれよ」
彼女はそれだけ言って、魔法陣を展開する。赤犬さんの知り合いと言うこともあり、魔法使いと言うことは知っていたが、彼女が展開している感知魔法は俺がいつも使うものより高度のものである。そこから見ても、彼女はただの宿屋の女将のはずがない。
「………こりゃあ凄い。あっちは彼氏のことを大歓迎しているよ。入口にはかなりの人数がいるし、それに、コンビクト一帯に、特殊な魔法が張られているね」
アルは待っているよ、と言っていたが、まさか、ここまで大歓迎されているとは思わなかった。それに、彼女の言う特殊な魔法はもしかしなくても、\鏡の中の支配者の特異能力だろう。
ここまで徹底されているとは思わなかった。聖焔さんは俺のことを買い被っている。
このまま、正面突破しても、無駄に魔力が消費されるだけだ。より魔力を消費せずに、コンビクトの中に侵入できるか。
「正面突破は無理そうだから、上空から侵入するかい?」
彼女はそう言って、魔法陣を展開する。すると、そこからは真っ赤な毛並みのドデカサイズの鷹が現れる。彼女はその鷹を撫でる。
赤い鷹。赤鷹。そう言われる魔法使いがいなかったか?俺がそっちの世界に踏み入れた時には引退してしまったらしいが、話によると、その魔法使いはこの国の諜報機関に在籍し、凄い業績を上げていた。だが、身体を壊したらしく、若くして引退して行ったという。
まさか、彼女がその伝説の魔法使い?
「貴女は赤鷹さんなんですか?」
俺がそう尋ねると、彼女はあくどい笑みを浮かべる。
「どうだろうね。前々から訊こうと思っていたんだが、彼氏の父親は元気かい?」
「???元気ですよ。現役猟師をしています」
俺は不思議に思いながら、そう答えると、
「………そうかい。それは良かった。もったいないと思うが、それが彼の幸せなんだろうね」
彼女はそんなことを言ってくる。もしかして………、
「貴女は親父のことを知っているのですか?」
もしかしたら、彼女は親父が一緒に旅をしていたという“青い鳥”と言う少女も知っているのかもしれない。
「そんなことはどうでもいい話だよ。ほらほら、早くこの子に乗る」
彼女はそう言って、赤い鷹に乗るように促す。俺は彼女の言われるまま、その鷹に跨る。すると、彼女は俺の前に座る。
「心の準備はできたかい?しっかり捕まってな。じゃあ、行くよ」
彼女の声と共に、その鷹は大空高く舞った。