奴隷市場からの逃走(2)
「ふう」
オークションが始まり、静まりかえった広間のなかで、鎖は大きな音をたてて落ちた。
「助かった、アイザック。お前がいてくれたおかげで、楽に脱出できそうだ」
エリックはそう言うと身体を伸ばした。
「まるで自分ひとりでも脱出できたとでも言いたいみたいだな」
「そんなことはない。感謝してるぜ?」
そのとき、そう遠くない部屋から歓声が響いた。王女が競られいるのだろう。
「助けるのか?」
アイザックが尋ねる。
「仕方ないがそうする。なにせこの状況のわけを知っているのは、あいつだけみたいだからな」
屈辱だ。屈辱だ屈辱だ屈辱だ屈辱だ。
薄暗いホールの舞台の上、スポットライトの中。人々の下卑た視線の前に晒されても、イザベルは誇り高くそこに立っていた。
「さあ、今日のメイン商品です!ここにいるのはなんとあのイザベル王女!王女を奴隷にできるなんて、前代未聞ですよ!もっとも、もし買い手が現れなければ、口封じに殺してしまうんですがね!」
どこが面白いのか。しかし観客たちは声を大にして笑っている。
「このような場面にあっても、動じないんですね、さすがは王女様!それとも、誰かが助けにきてくれるなんて思っているんですかぁ?」
司会者の男がふざけた口調で話しかける。イザベルは一瞥をやり、口元に笑みを浮かべる。
「お前などに声をかけるのも汚らわしいが、教えてやろう。王族というのはただ君臨しているのではない。神の加護の元、人々を護り導いているのだ。わたしはここでは死なぬ」
笑い声がひときわ大きくなる。
「それでは、いきましょう!10万ゴールドから…」
そのとき、上から音がした。
イザベルが目を遣ると、天井に吊るされた大きなシャンデリアが、左右に大きく揺れているのが見えた。
上の席の客は、ぶつかりかけたのだろう、悲鳴を上げて逃げ惑っていた。それにつられて、他の観客からも狼狽える声が聞こえる。
そして、シャンデリアがひときわ大きく振られたとき。
耳が壊れるほどのけたたましい音がホールから溢れた。
降り注ぐ、光を放つガラスの欠片。逃げ惑う人々。その波とは正反対に進んでいく。そしてステージの上、イザベルの前に立つと、エリックは彼女の鎖を外した。
「ひとりで歩けるな。お前にはこれから事情を説明してもらう。着いてこい」
ステージには、エリックとアイザック、そしてイザベルの影だけが、長く伸びていた。