奴隷市場からの逃走(1)
あまりの騒々しさに、イザベルは目を覚ました。男の野太い声、女の金切り声、それらが混じり合い、音は厚みを増している。
朦朧としていた意識が、徐々にはっきりしていく。身体が痛い。イザベルは身を起こそうとしたが、首にある不自然な重さによって、それは叶わなかった。じゃらり、という音が耳元で聞こえた。
「起きたか」
男の声がした。声の方向に顔を向けると、戴冠式で見た侵入者が居た。しかしイザベルの意識はすぐに周りの景色に移った。
仮面を被った人々で詰まった、土色の壁の建物の中。しかし、人々の着ている服のせいで、辺りには目が痛いほどの色が溢れている。天井にはカーテンとは呼べないような布が広がっていた。しかしなによりも異質だったのは、無数に置かれた、人の入った檻。
「ここは…?」
思ったよりも声が出ず、イザベルの声は掠れた音になった。
「ここは王都から離れた森のなかにある、オークション会場だ」
侵入者がこちらも見ずに答える。その態度にイザベルは少し腹を立てたが、そんなことを気にしている場合ではなかった。
「オークション?」
「ああ、ここでは闇に紛れて極秘にオークションが行われている。人を売り物にしたオークションが、な」
これだから王族は使えない。エリックはそう思った。世間知らずの王女様。先刻見た石化していく街から運よく逃れられたのはよかったものの、あの状況の手がかりは、この王女ひとり。絶望的だ、と思った。国王の殺害も果たすことが出来なかった。散々だ。
「一体なにがどうなっているんだ」
エリックはイザベルに尋ねてみた。もちろんまともな返答は期待していない。
「わたしの方が知りたいです」
やはりだ。
「ただ、憶測ですが…」
イザベルがそう零した瞬間、ふたりの前に黒い影が現れた。顔を上げると、緑色の豚のような獣人が立っていた。
「おい!お前らの番だぞ!!」
野太いガラガラの声を張りたてて獣人が怒鳴る。獣人はイザベルの首に繋がれた重い鎖を乱暴に引っ張り、イザベルを立ち上がらせた。
「なにをするのです!」
イザベルが叫ぶ。
「お前、イザベル王女だろう」
獣人が下卑た笑いを浮かべる。
「お前は今日のメイン商品だ。王女を奴隷にできるなんて、なかなか出来ないことだからな。おい、アイザック!」
獣人が後ろの男を呼ぶ。その獣人は、見上げるほどに大きく、青い獅子の顔をしている。見るからに強そうなその男に、イザベルはすこし怯えたが、プライドを奮い立たせ、なんとか凛々しさを保った。
エリックが立ち上がり、青い獣人の前に立つ。エリックは勇敢にも、獣人とにらみ合うが、抵抗も虚しく、彼の身体は地面へ投げ飛ばされた。
「さあ、競りの時間だ」