王国の心臓(2)
その城は荘厳にして美麗だった。
高く聳えるいくつもの塔には、色とりどりのステンドグラスが飾られている。
城を象る壁にも、所狭しと彫刻技術が刻まれている。
歴史深い城。そして普段は開かれない門も、今日ばかりは開かれ、その様子を露わにしている。
貴族、商人、老人、子供。すべての国民が、この日を見届けようと、城に釘付けになっている。
そして青い空に、甲高いトランペットの音が響き渡った。
あらゆる音が静まり、人々は一点を見つめた。
「これより、戴冠式を行う」
チャンスは一瞬。王が現れ、王女に心臓を渡した瞬間。その瞬間に王は王国ではなくただの人となる。
重厚な紅いカーテンを伝い、エリックは王座の裏側へと辿り着く。
風よりも速く駆け、針に糸を通すよりも正確に、事を運ばなければならない。
エリックは何度もナイフの感触を確かめる。
エドワルド王が現れた。演説が始まる。
その時間は重く、長く感じられた。
心臓が高鳴る。
心臓が高鳴る。
父王の演説が始まった。
名を呼ばれ、人々の前に出る。そして、心臓を戴く。
上手くやれるだろうか。この国を良く繁栄に導くことができるだろうか。いや、そうしなければならないのだ。
「イザベル王女、ここへ」
名を呼ばれた。カーペットに一歩踏み出す。
わたしは、この国となる。
人々が、目を見開き見守るなか、戴冠式はフィナーレを迎えようとしていた。
エドワルド王が、その手を己の胸へ置くと、柔らかな光が王を包んだ。
そしてその光のなかから、赤い光の塊、息づくように赤い、王の心臓がゆっくりと浮かび上がる。
エリックがひとつ息を飲む。そして彼は覚悟を決めるとカーテンの向こうへと飛び出した。
光がイザベル王女の胸へと移される、その瞬間、凄まじい爆発音が城を襲った。
驚き叫ぶ人々。イザベルとエリックも同様に、何事かと辺りを見渡した。
誰もが戸惑うなか、人知れず、王の前に黒い渦が現れた。
そしてその渦から、ぬっと、男の手が現れた。
「お前か…」
王が呟く。その声にイザベルとエリックは振り返る。しかしもう遅い。その手は赤い光の塊、王の心臓を握ると、再び渦の中へと消えていった。
「いけない、イザベル様!」
ひとりの神官が叫ぶ。
徐々に、床が、大地が揺れ始める。
「なんだ、あれ…」
エリックが呟いた。彼の目に映ったのは、凄まじい勢いで石化していく街だった。
「心臓が盗まれました!イザベル様、はやくこの国からお逃げください!」
そう言うと神官は錫杖を振り、小声でなにかを呟いた。
するとイザベルとエリックの周りに白い光が集まり、ふたりの影が薄くなっていく。
「イザベル様、どうか、どうかご無事で…!」
その声を最後に、ふたりは白い光に包まれ、消えていった。