王国の心臓(1)
血が受け継がれていく世界。
この世界では、血によって全てが決められてきた。
詩人の血。
商人の血。
王族の血。
そして世界は、大いなる四つの心臓により支えられていた。
受け継がれていく四つの心臓。
太古から続いてきた世界の営みだが、それはあまりにも危うい。
なぜなら、その心臓が損なわれるとき、世界の一部が損なわれるのだから…。
王宮の広いエントランスホールに、人がたくさん詰まっている。
ここぞとばかりに着飾った人々。しかしそれ以上に王宮は豪華絢爛だった。
ご婦人のドレスの布擦れの音、低音や高音の混じり合った話し声、オーケストラの奏でる明るい音楽。
その絶え間ない騒音に紛れ、薄闇をはしるものが、ふたり。
「エリック、ほんとうにやるのか?」
「ああ」
王宮の裏側、華々しい広間とは正反対の薄暗い地下水道。ふたりの男はそこにいた。
片方は臆病そうな小男。もう片方は、エリックと呼ばれた、鋭い鷹のような目をした男。
「俺はごめんだぜ。捕まるならお前ひとりで捕まれよ」
小男があたりを不安そうに見渡す。そんな小男に一瞥をくれると、エリックはポケットからひとつの小袋を取り出した。
「心配しなくても俺ひとりでやるさ。ほら、約束の金だ」
エリックはそう言うと、乱雑に小袋を渡す。小男はにやりと笑うと、小袋を懐にしまった。
「へへへ、この階段をのぼれば王宮。案内はこれで終わりだ。じゃあ、せいぜい捕まらないようにな」
小男が足早に道を引き返していく。エリックはため息をつき、目の前の階段を睨む。
緊張しないわけがない。
彼は、この国の王を殺そうとしているのだ。
その時イザベルは、鏡の前で十人の侍女に身を整えられていた。
「イザベルさま」
シンプルな服に身を包んだ侍女が話しかける。透き通るような長く波打つ銀の髪。王女イザベルは、金糸で作られたドレスに身を包んでいた。
「いよいよ戴冠式ですね。こんなに美しく、聡明になられて、エドワルドさまもさぞお喜びでしょう」
「やめて頂戴。お父様がなにをお考えかはわからないけれど、わたしなどが王位を継ぐなんて、身に余るわ」
くすくすと侍女達が笑う。
「わたくしどものお使えするイザベルさまほど、素晴らしいお方はいらっしゃいません。このような日が来ることは、生まれた時からわかっておりました」
「まったく…」
そう言うとイザベルと侍女達は微笑み合う。
「さあ、イザベルさま」
侍女のひとりが、美しい刺繍で飾られた紅いマントをイザベルの肩に掛けた。
イザベルのために今、扉は開かれる。
「どうぞ、いってらっしゃいませ」