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まれびとの旋律  作者: 蒼井七海
第四章
17/25

廻る歯車

「あ、あの」

 男たちを呆れた目で見送ったあと立ち去ろうとした二人の背に、弱々しい声が投げかけられる。振り向くと、女が恐る恐ると言った様子で見てきていた。

「ありがとう、ございます。でも、あなたたちに危険が及んでしまうかも……」

「あー、そういうのいいです」

 ルイスはひらひらと手を振る。

「俺とこいつが好きでやったことですから。お気になさらず。あと、お一人で出歩かない方が良いでしょう」

 同じ年に見えるが、実際はどうか分からないので無難な対応を心掛けた。女は生返事をしたが、続けてルイスだけを見上げる。

「あなたは普通の人……ですよね。珍しいですね、小さな女の子とはいえ、異能者と一緒にいるなんて」

 ルイスは瞠目して、思わずコレットの方を見た。しかし彼女は我関せずといった様子で、飛び回る蠅を目で追っているだけだ。仕方なく、女へ視線を戻した。

「なんと言うか、単なるなりゆきですよ。別に異能者のことが嫌いってわけでもないですし」

 そこでふと、彼は思い出した。――異能者なんてこの世にいてはならない、という先程の悪漢の言葉を。

「ひとつ、いいですか?」

 しゃがみこんで、女に問うた。彼女は少しだけきょとんとしてからはいと言い、居住まいを正した。コレットは、今度は蠅をつぶしにかかったらしい。そんな彼女をひとまずは無視して、話を切りだす。

「俺、この国の出身なんですけど。フィルホーエンって昔は、異能者差別の風潮なんてなかったですよね。どうしてこのようなことになっているのか、何かご存じですか?」

 すると女は、さっと顔を上げた。だがすぐにうつむくと、感嘆ともため息ともつかない声を漏らす。

「この国が根っこから異能者差別に切り替わったわけではありません。しかし、異能者に対する心象は日に日に悪くなっていっています。おかげで、先程のような者たちに連れ去られてしまった仲間も数知れず……」

 息を吸い込む音がする。何かをこらえているような女を、ルイスはただ見つめて続きを待った。

「それは最近、相次いで起きている不可思議な出来事のせいなんです」

「不可思議な、出来事?」

 やがて絞り出された言葉を、ルイスは素っ頓狂な声で反芻した。相手の黒瞳がさっと鋭くなる。

「町や村が、一夜にして滅ぶという……恐ろしい出来事です」

 そのとき、背後でぱちんと音がした。どうやらコレットは蠅をつぶすことに成功したらしい。束の間に振り返ると、彼女は動きを止めてこちらをじっと見つめていた。それに気づいていないのか、女は一気に喋っていく。

「どうしてそうなったのかは、何も分からないそうです。ただ、ある日いきなり町や村が無くなっているらしくて。アーネリアやフィルホーエンで同一の事件が相次いでいながら、原理が分かっていないので犯人を特定できないんです。だから皆の間に恐怖と苛立ちが募り……その矛先は、私たち異能者に向いています」

 ひどく冷静さを欠いた女の話に、ルイスはただただ聞きいった。そして、斡旋所で聞いた不穏なうわさ話を思い出し、一人納得する。

「それでこんなことになっている訳か」

 また厄介な場面に出くわした。そう思いながらもそんな表情はおくびにも出さず、ルイスはうなずいた。

「分かりました。お話を聞かせていただいて、ありがとうございます」

 簡潔にそれだけ告げると、立ち上がる。ようやく落ち着いたのか、女もそれに続いた。

「これからこいつと相談して、どうするか決めますよ」

「そうですか。あの……宿屋にお泊まりになられるつもりなら、やめた方がいいですよ。万が一異能者が同行しているとばれてはまずいです」

「む、そうだった」

 嫌な状況をすぐさま突きつけられた青年は渋い顔になるが、それに苦笑した女がひとつ提案をしてくれる。

「この町に住む、テオという人を訪ねてみてください。異能者の男の子です。そこの女の子と同じくらいの年齢ですけど、とてもしっかりしていますし、わけを話せば喜んで泊めてくれると思いますよ」

 思いがけない話に、ルイスは脱力しそうになる。だが、すぐ表情を取り繕うと礼の言葉を述べた。その横では、異能者の少女が、考え込むかのようにじっと地面を見つめていた。

 その後、件の少年の家を教えてもらい、女とは彼女の家の近くだという場所で別れた。

 そこから反対方向へ向かって歩き出したところで、コレットがいきなり口を開いた。

「これから会いに行く人は、事件のことを知っているのかな」

 彼女の言葉が妙に流暢であることに驚きつつ、ルイスは首をかしげる。

「知ってるだろうな。どうした、急に?」

 何気なくそう問いかけると、コレットも同じく何気ない調子で答えを返してくれた。

「わたし、その事件を起こした人のことを、知っているかもしれない。でも、本当かどうかがまだ分からない」

「――なんだと!?」

 さらりと告げられた可能性に、男はぎょっとする。すると少女は「まだ分からない」とたどたどしい言葉づかいで繰り返した。

「だから、その人に話を聞いてみたいの」

 相変わらず、青の瞳にはどこまでも静謐な光が宿っている。その目でひたと見据えられたルイスはなんだか気まずくなってしまって、目を逸らしてから生返事をした。

 こうもコレットの雰囲気が変わるようになったのはつい最近のことである。否、もしくは自分が微かな変化を感じやすくなっただけなのかもしれないと、ルイスは歩きながら悶々と考えた。

 そうこうしているうちに、先程の異能者であるという女に教えてもらった家の前に辿りついた。注意して見ていないと、気付かぬまま通り過ぎてしまいそうな古民家である。ルイスは振り返って同行者の無表情を確かめてから、質素な木の扉に取り付けてある呼び鈴を鳴らした。

 涼しげな音が響き渡り、ややあって扉が開かれる。

「こんにちは。どちら様でしょうか?」

 そう言って顔を出したのは、聞いた通りコレットと同じくらいの年頃と思われる少年だ。癖の強い黒髪の下で、暗い蒼の目が優しく見つめてくる。

「この町に住む異能者の女性から紹介を受けてきたんだ。ここに泊めてもらいたいんだけど……」

 ルイスがすべてを言い終わらないうちに、少年の視線が瞬間だけコレットの方を向く。そして、「なるほど」と言う声が聞こえた。

「イーシスさんから国の現状を聞いたってことですね」

「そういうことだ」

 優しく返しながら、彼は内心感嘆していた。目の前の少年も異能者なのだからコレットの素性を看破するところまでは当然としても、この短時間で事情の大凡を把握してしまうとはなかなか聡明なのではなかろうか。

 ルイスがそう思っている間にも、少年――テオは朗らかに微笑んだ。

「分かりました。たいしたものはお出しできませんが、どうぞおあがりください」

 丁寧な物腰に、かえってルイスの方が委縮しそうになった。

 少年の家は、よく言えば質素、悪く言えば殺風景であった。テーブル、数脚の椅子、寝台など、一つの部屋に必要最低限のものしか置いていない。だがよく見ると、二階へ続く階段があった。

 二階は何に使っているんだろう、とルイスがぼんやり考えていると、まるで内心を読み取ったかのように、テオが横へ来て言った。

「上は、作業部屋になってるんです。僕、日曜大工が好きなので」

「そりゃまた……すごいな」

 この年の少年で日曜大工が趣味だという人にはそう会わない。驚いていいのか感心していいのかよく分からなかったルイスは、結局曖昧な表情で返した。

 すると、テオが立ち止まった。

「よろしければ、あなたたちの事情を少し聞かせてもらえませんか?」

 彼は穏やかな笑顔でそう言う。むろん、ルイスたちに否と言えるわけがなかった。

 三人はひとつの卓を囲み、その中でルイスがぽつぽつとこれまでの経緯を話した。相手も異能者で、しかも悪意がなさそうだから構わないだろうと、これまでに関わった異能者絡みと思われる事件のこともいくつか告白した。

「へえ、やっぱりコレットさんは異能者なんですね。どんな異能を使うんですか?」

 話を聞いたテオが、興味津々といった様子で訊いてくる。ルイスは苦笑した。

「どんなって……色々だよ。なあ?」

「うん」

 コレットに同意を求めると、無愛想きわまりない声が返ってくる。もちろん、いつものことだ。だがテオは目を丸くして「えっ!?」と叫んでいた。

「と、いうことは、かなり強い異能者ってことですよね!」

「そう言われてみればそうか」

 彼の言葉を聞いて、ルイスはエルテで出会った学者、セルジュ・ユングの話を思い出した。通常異能者は一種類の異能しか操ることができない。複数の異能を持ち合わせているというのは、強者であるという証拠なのだ。

 改めて現実を示されたルイスは、半眼でコレットを見たあとに、テオの方へと向き直った。すると彼は、神妙な顔をして視線を落としているではないか。

「どうした?」

 問うと、彼はすぐに顔を上げた。そして口をもごもごと動かしてから、言葉を選びながら言う。

「ええ……コレットさんならもしかして、今起きている町や村の消失を止められるんじゃないかって、思ったんです」

 少年の言葉に男は驚いた。それは、彼の相棒も同じであったらしい。

「は?」

「どういうこと?」

 同時にそんな声を出していた。

 テオはそれを受けてやや怯んだようだったが、二人が無言で見つめていると、おずおずと語りだした。

「は、はい。今回の件は、痕跡をほとんど残さず村などが消えています。自然災害でそうなることはほぼあり得ないし、人為的だとしたらそんなことができるのは異能者――それも、かなりの腕を持つ人に限られると思うんです」

 二人はうなずく。少年はひとつため息をついてから、再び口を開いた。

「ですから僕は、この現象――いえ、事件の犯人は異能者だと踏んでいるんです。そして、そんなことができる『仲間』は、多分一人しかいません」

「知り合いにそういう奴がいるのか?」

 これまたびっくりしてルイスが訊くと、テオは慌てて「いえっ!」と否定した。

「知り合いなんてとんでもない! ただ、異能者の中にも何人か名を残している人はいるんです。『彼女』は、その一人ですよ」

 彼はものすごい勢いでまくし立てていた。だから最後の一言でコレットがあ、と漏らしたのに気づいていなかった。

「まさか」

 彼女がとても小さな声で呟く。だがこれはテオにも聞こえていたようで、「分かりますか」と言っていた。すっかり置いていかれたルイスは、少しだけ拗ねたくなる気持ちを押さえて、厳しい表情を取り繕う。

「で、それは誰なんだ?」

 問うと、二人の若い異能者はその名を口にする。自然と、声が揃っていた。

「――『狂乱の聖女』、オーレリア」


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