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まれびとの旋律  作者: 蒼井七海
第三章
12/25

子供の依頼

 賞金稼ぎの男と無感情少女が身を置いている村を出て、少しばかり西へ少し行ったところに、ひとつの洞窟がある。見た目より深いそれは、狭い通路を潜り抜けると、奥にくりぬかれたような広い空間があった。その空間からさらに奥に行くと、一回り小さい部屋が存在する。

 たった三人のお尋ね者が根城として使っているのは、この二つの空間だった。洞窟は暗いが、それはランタンなどを使えば困らない程度の暗さだったし、近くの森は食料も水も豊富なので生活に困らない。しかも人にも見つかりにくい。そんなわけで、ここは彼らにとって絶好の穴ぐらなのだ。

「ここで暮らし始めて二カ月経つけど、信じられないほどに平穏だな」

 三人のうちの一人、痩せこけた体躯の、気弱そうな男がそう言う。細い目が、ランタンの灯りをじっと見ていた。彼の呟きに、他の二人が一斉にうなずく。

「この場所を選んで正解だったぜ。俺たちにもまだツキがあるってことかねえ」

 そのうちの一人、この中で一番乱暴そうな印象を漂わせている、岩山のような男がそう続け、笑う。腕を組んで大きく伸ばし、にっと白い歯を見せた。その様子を見て最後の一人、鋭い目と金髪がひときわ目を引く長身の男が声を立てて笑った。

 彼らは盗賊ではない。盗みはほとんどしたことがないし、この近くに隔絶された村があることさえ知らない。だが、彼らは確かにお尋ね者として近隣の街や村で指名手配されている。その理由はいたって簡単――人身売買が違法とされるこのアーネリアという国で、それを繰り返し行っているからだ。

 しばらくして長身の男が立ち上がった。そのまま軽い足取りで、彼らがいる空間の奥にぽっかりと空いた穴の方へと向かっていく。そして、その穴をのぞき込んだ。先に続くのは、小さな部屋だった。

 そしてその部屋には二人の人間がいる。一人は十代前半の少年。一人は少年よりわずかに年上っぽい顔つきの少女である。共に縄で縛りあげられ、地面に転がされていた。男はにやりと笑って二人を見る。

「おいおまえら、あんまり騒ぐんじゃねえぞ。少しでも騒いだらその瞬間、ぶっ殺してやる」

 男は楽しげに言った。少女の方が、ハシバミ色の目できっと睨みつけたが、それは男にとって小石を投げつけられるのにも満たない威力だったらしい。口笛を吹くと、即座に身をひるがえして戻っていった。

 その後、男たちは談笑していた。豪快で、ときに下卑た笑い声は洞窟中に響き渡り、とうぜんさらわれてきた子供たちの耳にも届くことになる。彼らの声を聞き、少女の方が不快そうに顔をしかめた。

「ああもうっ、むかつく奴ら! あたしたちが何もしないからって良い気になっちゃって!」

 潜められた怒りの言葉を聞き、少年の方が困った顔になる。

「実際僕ら、何もできないよ」

「分かってるわよ!」

 事実を指摘したら鬼の形相で返されてしまい、少年はなんともいえぬ気分で沈黙した。そうしている間にも、少女の愚痴が続く。

「何よ、ただ池に落ちた指輪を拾おうとしただけなのに……どうしてこんなことになるのよ」

 少年は、少女が思いのほか感傷的になっていることに気づいて目を逸らす。どうにも気まずかった。自分もあのお尋ね者たちに文句のひとつもこぼしたくなって、ついつい彼らの方を睨む。しかし彼らは悦に浸っているせいか、そんなことにも気付かない。諦めて、少年は少女の方を向いた。

 ちょうどその瞬間に少女がカッと目を見開いたせいで、少年の心臓が思いっきり跳ねることになる。だが、そんな緊張も束の間、彼も少女が瞠目した理由が分かって、洞窟の出口の方を見た。

 男たちは気づいていないが、間違いない。

 風の流れが変わっている。

――何か、来る。

 そう思った刹那、彼の目の前は真っ白に染まった。ただそれは本当に一瞬のことで、反射的に身を丸めた頃には彼の世界に鮮やかな色彩が戻り、そして爆音が響き渡っていた。

 爆音は洞窟を震わせる。何事かと少年が見ると、銀色の光の球が洞穴の中を飛び回っていた。火花を散らしながら飛び回る球は、物体に当たると音を立てて爆ぜた。

「ぎゃあ!」

「なんだ、いったいなんなんだ!!」

「くそっ、ここがばれたのか!?」

 誘拐されてきた者たち同様、さっぱり状況が飲みこめていないらしい男たちの、情けない叫び声が響き渡る。

 唖然としていた少年は、鋭い一陣の風が吹きつけたのを感じた。そして彼は我を忘れて銀色の球に見入っている少女とともに――黒い影と白銀の煌めきが乗り込んできたのを見たのである。


「あっけないな」

 洞窟を根城としていた三人のうち二人を切り捨てたルイスは、噴きだす鮮血を見ながら呟いた。人の体が地に落ちる

 ため息をつき、肩の力を抜きかけた彼はしかし――すぐさま上半身をひねり、剣を一閃させた。飛びかかってこようとしていた岩のような男の脇腹を、刃が貫く。

「がっ!」

 鈍いうめき声とともに口と腹から血が吹き出て、そしてそのまま気絶した。ルイスがなんの躊躇もなく剣を引き抜くと、男はくずおれた。今度こそ彼は息を吐く。

「急所は外した。何分か後に来る兵士に治療でもしてもらえ」

 意識が無い人間たちに淡々と呼びかけた彼は、それから振り返りもせずに相棒を呼ぶ。すると、背後の暗闇からコレットが、ゆらりと姿を現した。

「終わった?」

「終わったよ。相変わらず、おまえの手際は鮮やかだな」

 淡々と言うと、コレットは少しだけ頭を下げた。

「ありがとう」

 お礼は言っているが嬉しいのかどうかは分からない。だがルイスは顎を少し動かしただけで、特にその反応を気にかけることもなく、ざっと辺りを見回した。

 小さな血だまりの中に倒れている男たちを、ランタンの光が茫洋と照らす。そして洞窟の中にぽっかりと空いた空間の奥には、もうひとつの穴があった。そこに二人程の人の気配が凝っている。首をかしげたルイスは、抜き身の剣をぶら下げたまま歩き出した。コレットが、駆け足で続く。

 穴をひょいとのぞき込んだルイスはすぐに瞠目した。

「やっぱりさらわれてきたやつがいたんだな。しかも子供」

 穴の中にいたのはむろん――少年一人と少女一人である。彼がざっと見回すと、少年の方は竦み上がる。だが、少女の方は目を爛々と輝かせていた。鋭い視線が、血まみれの剣に注がれる。

「あんた、何者? あいつらの商売敵?」

「いいや、ただの賞金稼ぎ」

 素っ気なく答えたルイスは剣を一瞥すると、少ない荷物の中からぼろ布を取り出して、刃を拭う。茶色く固まりかけていた血糊が取り払われ、白刃が露わになった。

「よし、ちょっと待ってろ」

 布を投げ捨ててあっけらかんと言った男は、剣を鞘に納める。それから大股で穴に乗り込み、二人の子供のもとに歩いていった。

「ルイス、その子たちを助けるの?」

 コレットが穴から顔を出して訊いてくる。

「ああ。でも、『力』は使わなくていいぞ。怖がらせたらまずいからな」

「分かった」

 少々声を潜めて答えると、少女はあっさりとうなずいて引き下がった。子供二人は訝しげな顔をしていたが、ルイスはそれを無視して二人の背後にしゃがみこむ。そして荷物から短剣を取り出すと、鞘から引き抜いて一回転させた。

 刃先を麻の縄に向けて動かす。すると、あっさりと縄が切れた。拘束を解かれた少年が目を丸くする。

「あ、ありがとうございます」

 ルイスは答えようとしたが、その前に少年の横で少女が騒ぎ立てる。

「こっちも!」

「……分かったよ」

 げんなりとした顔で応じた彼は、続けて少女の縄も切ってやった。

 そうして解放された二人はすぐに立ち上がり、嬉しそうに飛び上がる。その様子を見て微笑んだルイスは短剣をしまうと、いつの間にか背後に立っていた少女を見る。

「さて。じゃあ俺たちは街の保安局に行くか」

「うん」

 ルイスを見上げていたコレットが反応する。続けて、後ろの少女が手を挙げて。

「えーっ! それならあたしたちも連れてって!」

 そのまま洞窟から出ていこうとしていた男は、つんのめって転びそうになった。


 ルイスとコレットがこの国、アーネリアに入ったのは一週間前のことである。それ以前からぼちぼちと二人で賞金稼ぎとしての活動をしていた彼らは、最初に入った街でいつものように仕事を探していた。そんなときに、保安局からひとつの依頼を持ちこまれたのである。

 それが今回の――小さな村のそばにある洞窟にいると思われる、人攫いたちの捕縛であった。

「保安局の人間は気前がいいな」

 銀貨が詰まった袋を持ちあげたルイスは、そう独りごちる。彼に報酬を手渡した局員は、たった今にこにこ笑顔で地平線の向こうへ消えていったところであった。

「へー。世の中にはそういう仕事があるのね」

 ルイスが銀貨袋を弄んでいると、横から快活な少女の顔がのぞきこんでくる。ルイスは眉根を寄せた。

 あの後、少々激しい口論が展開されたが、結局折れたのはルイスの方だった。少女が勝ち誇ったような態度をとる横で、少年がひたすら頭を下げていた。ちなみに少女の方はエルリア、少年の方はネインと名乗った。

「で、なんでおまえらは俺たちについてきたんだ?」

 盛んに人が行き交う街を興味深げに眺めるエルリアと、コレットの方をしきりに盗み見るネインに、ルイスはため息混じりに問いかけた。すると、エルリアが力強く両方の拳を握りしめる。

「そりゃ、あんたたちにお願いがあるからよ!」

「そうだったのか?」

「もちろん!」

 お願いがあるなんて一言も言わなかったじゃないか――とは口に出さなかった。この場合、沈黙は金、である。渋面で頭をかいた彼は、手ぶりで続きを促した。すると少女は機嫌よく身体を揺らす。

「あたしね、村の外で遊んでたら、池に大事な指輪を落としちゃったの。で、それをどうにか拾おうと茂みの方まで行ったら、奴らに捕まっちゃったわけだけど……」

「だから僕は、さんざんやめておいた方が良いって言ったんですけどね」

 ネインがぼそっと愚痴をこぼす。だがそれはすぐさまエルリアの耳に届いたらしく、頭を思いっきりはたかれていた。

 夫婦漫才のようなやり取りを見たルイスは肩をすくめる。

「それでどうしようもなくなったから、俺たちにそれを取ってほしいというわけだ」

「うん!」

 はっきり答えたエルリアを見てから、彼はコレットを振り返る。

「話、聞いてたか?」

「聞いてた」

 こくんと、うなずきひとつ。

「どうする?」

「わたし、泳げないよ」

「……そうか」

 ルイスは苦笑した。あまり泳ぎが得意という印象はなかったが、そんな勝手な想像もあながち的外れではなかったらしい。ならば異能でどうにかしてもらえないか、という考えも過るが、すぐに却下する。子供たちにコレットの正体を知られたくはなかったし、なんでもかんでも異能で解決する癖がついてしまってはまずい。

 仕方ない、と男は吐息をこぼす。

「いっちょ、俺が潜りますか」

 肩を回して宣言すると、エルリアの大きな瞳が輝いた。

「本当!?」

 食いつかんばかりの様子で飛びついてくる少女を振り払ったルイスは「ああ」と返事をする。一方ネインは、かなり恐縮した様子で彼を見上げていた。

「あ、ありがとうございます。でも、お金持ってません」

「お代なんていらねえよ、この程度の仕事。というか、ガキから金を巻き上げるつもりはねえし」

 ルイスはややつっけんどんに言う。後半は、子供たちに聞きとれないほど小さな独白だった。そして彼はコレットの手を引いて歩き出し、彼らを振りかえる。

「じゃあ、案内してくれ」

 うなずいたネインが、エルリアを引っ張りながら慌てて走ってきた。ルイスはどこか上の空でそれを待つ。

 すると、背中に鋭いものが突き刺さった。

 一瞬で消えうせた感覚に戦慄し、振り返る。だが視線の先には見慣れた町の風景が広がっているだけであった。怪しいものは何もない。視線だけでもう少し広い範囲を探ってみたが、どのみち人が多すぎて「もと」を特定することはできそうにない。

 ルイスは首をかしげたが、結局それがなんであったのか、確かめることなく歩き出したのである。


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