真実の部屋
少年は目の前の光景に息をのんだ。
古い倉庫の奥にあったのは、一枚の壁画である。ほかの壁面よりさらに古いそれは、触れただけで崩れてしまいそうだった。少年はそっと壁画に近寄る。
描かれているのは王様のような格好をした複数の男と、一人の女、そして民と思しき小さな人間たちである。女の手元には火が描かれており、男たちはどこか厳しい表情でそれを睨み、女と対峙していた。
穏やかさや神秘性からは程遠い光景のはずなのに、彼はそこに神秘を見いだす。深く感嘆した彼は、それから倉庫の中をぐるりと見回した。
古びた倉庫は決して広くない。その限られた空間の中、壁際にびっしりといろんなものが置かれていた。それは武器であったり、玉であったり、書類であったり、意味のわからない石板であったりした。埃っぽい空気が漂うそこはしかし、薄汚れてはいても蜘蛛の巣はひとつも見かけなかった。
家の地下にあるこの倉庫に立ちいることを、少年は今まで許されてこなかった。両親によって固く禁じられていたのである。
その禁止が少年の悪戯心に火をつけないわけではなかったが、彼はしっかりと二人の言いつけを守っていた。彼らがこの倉庫の話をするたびに悲しげな顔をしていたからである。
――だが、その両親は先日他界した。理由は分からない。出張に行くと姿を消した数日後に訃報が届いた。はやり病とも、事故とも、謀殺とも言われている。先日十二になったばかりの少年からすると唐突にもほどがあることのような気がしていたが、しっかりと遺書がしたためられていたという。報せを届けにきてくれた人が、その場所を教えてくれた。
遺書は、母がいつも化粧道具などをしまっている、少年が普段は興味をそそられないので絶対に開けない棚にしまってあった。化粧道具の奥に差し込まれていたそれを、少年はそっと引き抜く。
遺書には、形式的な文章が続き、最後に少年あてにこんな文言がつづられていた。
『私たちがいなくなったときは、あの倉庫に入ってください。そこにあるすべての品を隅々まで見てください。そして、これからどうするかあなた自身で決めてください。それが決まったら、あそこの品々の中から好きな物を持っていってください。
あの倉庫の存在を、決して人に漏らしてはいけません。あなたの為だけに、遺された物を使ってください』――
少年はひとしきり壁画に感嘆すると、その下にある机の存在に気付いた。何故かそこに大振りの剣が立てかけられており、さらに机の上には古い紐閉じの本が置かれていた。
茶色い装丁の小さな本。それをそっと手に取った彼は、恐る恐る表紙をめくった。黄ばんだ紙が現れる。
その上に黒いインクで書かれているのは、古い言葉だ。しかし彼はこれを知っていた。幼い頃より、公用語とともに両親から叩きこまれていたためである。
本の正体は日記だった。その最初の一文に信じられない言葉を見つけ、彼は再び息をのむ。――意を決し、日記を読み始めた。
こうして少年は、誰も知らないところで一人、真実を知った。