第6話 根拠無き妄想の代償
この話しに登場する亜希は、第1話に登場する薬売りの少女シアです。
まだ、第1話につながっていません。
ゆっくり進みます。
城壁が見える。
どうやら日が暮れる前に、何とか街にたどり着いたみたいだった。馬車を使って日暮間際だったから、あの時、馬車に乗れなかったら日が暮れてもなお辿り着けず、深夜になっていたと思う。
馬車が街に近付くと城壁の大きさが解った。城壁がと言っても物凄い高くて堅牢…って、ほどではなく、せいぜい学校の校舎の一階部分くらい。道の先には門があって、槍を掲げ腰には剣を下げた兵士が二人。門の外には小さな小屋があって、多分、門を守る兵士の詰め所じゃないかと思う。
門の前から詰め所らしき所の前を、そしてわたしたちの馬車まで列が出来ている。検問…だと思う。わたしたちは街に入れてもらえるのだろうか? 不安になる。
わたしの不安を感じ取ったのか、おばさんが首から架けた小さな板切れを見せて来る。
見事な細工でも無いけど、板にはしっかりと何かのマークが掘り込んであって、さらに十字に朱が引いてある。この街か国のマークだと思う。そしてこの板は通行証か何かだと思う。
多分、「持っているか?」という身振り。わたしは首を静かに横に振った。
わたしの反応を見て、おばさん達が顔を見合わせ、何かを、話し合っている。たまに、ちらりとわたしを見てくるけど、こそこそと話をしているわけではないので、内緒話と言うわけでは無いみたい。まあ、言葉が解らないから何話しているかわかんないけど…
おじさんが大きく頷いて、話しが終わったみたい。おばさんがにこりと笑うと、ぐしゃぐしゃーっとわたしの頭を撫でた。髪が乱れたけど、フシギとイヤなカンジはしなかった。
ちなみに、おばさん達は斎藤さんには見向きもしなかったし、さっきの通行証? の件の時もなにも話しかけていなかった。
それは、そうだろう。馬車に乗ってからの彼の態度は横柄で目に余った。わたしから水筒を奪い取った事に始まり、馬車に乗せてもらっている立場なのに自分の馬車の様に振る舞い、さほど広くない馬車内で足を組んで横になる。「腹減ったな、なんか無いのか?」と、言って馬車の中を漁り出したり。声を荒げる事は無かったけど、おばさん達も相当、怒っているのが感じ取れた。
そうこうしているうちに小さな小屋の前に来た。兵士の詰め所だと思っていたけど、ここでチェックするみたい。おばさん達は、さっきの首から架けた小さな板を詰め所の兵士に見せていた。やっぱりあの板は通行証らしい。
わたしの番になったけど、わたしは通行証を持って無いし、どうしたらいいか困っていると、おばさんが兵士に何かを訴えている。おばさんの手がわたしの頭をぐしゃぐしゃーっとする。
しばらくおばさんと兵士の間で会話が続き、兵士が後ろの詰め所を指差す。おばさんはわたしに笑いかけ、わたしの手を引いて詰め所に入った。
詰め所の中の一室に通されたわたしは、何をされるか不安でおばさんを見上げると、おばさんは微笑んでわたしの頭をくりくりと撫でる。すぐさま部屋の中には一人の兵士が入って来た。
女性の兵士だった。
おばさんはわたしの両手を持ってバンザイさせる。突然の事に驚いたわたしにはお構いなく、女性の兵士はわたしの脇やお腹、太もも、足首とか触っていく。
あ、コレ、ボディチェックだ。
わたしは納得してされるがままにしていた。
服を脱ぐように指示された。服を脱ぐのは何かイヤだったけど、ここには女しかいないしーーと、無理矢理自分を納得させて指示に従った。
ぶかぶかのワンピースを脱ぎ、同じくぶかぶかでサイズの合っていないブラを脱ぐ。パンツは脱がなかったけど何も言われなかった。
ブラも、この世界には無いのか、「なんだ、これは?」ってカンジで女性の兵士はわたしのブラを手に取り、しげしげと見る。同じ女の人とは言え、自分が今まで付けていたブラを念入りに確認されるのは何かハズカシイ。
程なく、調べ終わったのか、服を着るように指示され、わたしは服を着直した。返されたブラはデイバックの中にしまった。元々、身体が小さくなっていてサイズが合わず、でも着替えられなかったからちょうどいい機会だった。ちなみにデイバックの中も調べられたけど、特に問題は無かったみたい。
女性の兵士は、わたしに小さな板を手渡した。それはおばさんも持っていた通行証だった。
詰め所を出て、門までの列に並び直す。馬車には皆揃っていて、わたしは通行証を発行してもらう為に色々手を貸してくれた事にぺこりと頭を下げた。皆は微笑んでくれた。
ただ、皆の態度を見ると、斎藤さんの方ではまた、一悶着あったみたいだった。行く先々で問題を起こして、この人は本当に自分勝手だ。
城門をくぐり、わたし達は街の中に入った。
街の中は中世ヨーロッパってカンジ…? なのかどうか、正直わからない。ライトノベルや漫画でよく、中世ヨーロッパの様な~とか言うけど、じゃあ具体的にはどういったのが中世ヨーロッパ的なモノなのか? と聞かれたら、わたしは答えられないもの。
石畳があるし、建物はレンガ造り。遠くに教会? らしき建物があるし、その建物のてっぺんにでっかいベルがあるから、そういうのが中世ヨーロッパ的なカンジなのかな? とは思うけど。ああ、窓にガラスが入ってるけど、窓ガラスって中世ヨーロッパだっけ? でも教会のステンドグラスは? なんだかよくわかんなくなってきた。
街の通りのそこかしこに並ぶ露店がスゴクにぎやかだ。露店では店員が声を張り上げ客を呼び込んでいる。わたしは、見たカンジ一般市民の客の中に、少なくない数のある人種に気が付いた。ライトノベルや漫画でよく出てくるその人種。
冒険者。
言葉も通じないから、直接聞いたわけでもないけど、その人達はまさに、漫画やライトノベルに出てくるソレだった。
門の所に居た兵士達とは違う鎧に見を包んだ人達。皆一人一人違う格好に違う武器。
それを見た斎藤さのは馬車を飛び降り駆け出した!
「うっは、スゲェ! マジ異世界じゃん! 冒険者じゃん! って事はまずは冒険者ギルドだな! ははっ、後は成り上がるだけだな!」
また、この人は…
わたしは、浮かれる彼を冷ややかな目で見る。
言葉も通じないのにどうするつもりなんだろう。
そのまま彼は手近に居た冒険者らしき人の肩を掴み無理矢理引っ張る。
「おい、冒険者ギルドだ、冒険者ギルドはどこだ?」
言葉も通じないのに質問を始める。
人にモノを尋ねる態度も悪い。当然、冒険者らしき人も不機嫌になった。言葉が通じなくても態度や声質で案外解るものだ。初めは彼を鬱陶しげに払った冒険者らしき人だったけど、「ナニ、シカトくれてんだ!」とか「ミミ、聴こえないんですか!? モシモ~シ」とか言い出す彼。
言葉が通じていないのが、まだ解らないんですか? モシモ~シ? と、言ってやりたい。
彼と冒険者らしき人の間に険悪な空気が流れる。周りもそれを察し二人から離れていく。
「アァ! ナニ睨んでんだコラ! 冒険者ギルドの場所聞いてんだろ?」
流石に鬱陶しくなったのか、冒険者らしき人は彼を強く突き飛ばした。
彼は激昂した。突き飛ばされた先に居た違う冒険者らしき人の腰から剣を奪い抜き放つ。
「てめぇ、誰相手にしてるのか解ってねぇな?」
彼が抜き身の剣を構えた事に、それまで適当にあしらっていた冒険者らしき人も初めて彼をに対し正面を向く。
「召喚された異世界人はTUEEEEんだぜ?」
冒険者らしき人は彼に剣を離せ? みたいな仕種をする。
「なんだ? 今更怖くなったのか? まぁ、内政チートで国内の生活水準上げまくり、貴族になる俺だ。逆らっちゃマズイわな?」
冒険者らしき人は、仲間? の冒険者らしき人に振り向き二言三言声をかける。仲間らしき冒険者は頷く。
「ははっ、…魔法だって禁呪だぜ?」
冒険者らしき人は、既に二人から距離をとっていた野次馬に声をかけーー
剣を構えていた彼の両手首が、ぽとりと落ちた。
「…あれ?」
彼の両手首から赤いのがぼとぼとと落ちる。
あの赤いのなに? 彼が握っていた剣が下に落ちてる? あの、剣を握るようにくっついている肌色の塊はなに?
わたしは、目の前の光景に、身体がすくんだ。
彼の絶叫が響き渡った。
「お、俺は召喚された異世界だぞ、都合よく話しが進むはずだぞ!」
身体がすくんで動かない。目の前の光景を見たくないのに、目を閉じれない!
いつの間にか彼の隣で冒険者らしき人が剣を抜いていた。冒険者らしき人が斬ったんだろう。そのまま冒険者らしき人は剣を振り上げーー
わたしの前からおばさんが覆いかぶさるように、わたしを抱きしめる。
そのおかげで、わたしは彼がさらに斬られるのを見ずに済んだ。
この時の彼の悲鳴は、後にいくら思い出そうとしても、思い出せない。悲鳴をあげる間も無かったのか、思い出さないよう本能的に忘れたのか…
とにかく彼、斎藤勇吾は、死んだ。