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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
陰惨の過去持つ国にて
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3話 山月記(3)

 手練れたちだった。十人。第五、六学年や、騎士補佐の混合パーティ。明らかにポイントの為に動いているのではなく、自分を狙いに来ている。


 総一郎は、いつものように木の上から様子をうかがっていた。最近は、ほとんど地面を歩かない。足跡が付くのが嫌なのだ。普通の地面なら少しくらいは良いかもしれないが、今は冬。山の地表はほとんど厚さ数センチほどの処女雪に覆われていて、迂闊に地面など歩けなかった。


「『神よ、彼の地へ静寂の空間を』」


 杖を軽く振って、会話もなく警戒心たっぷりに練り歩く彼らの後半五人のいる位置に、範囲的な『サイレント』をもたらす。詳しい技名は忘れてしまった。


 大きく息を吸い、吐きだす。総一郎は飛び出し、後ろから三番目の少年に向かって落下した。


 肉薄。そのまま蹴り飛ばすように押し倒す。彼は総一郎を乗せて転倒し、周囲に爆発するような粉雪を散らした。ゆっくりとすぎる時間。誰もが音もなく荒れ狂う総一郎に動けないでいる。少年は彼の襟首を掴んで引き寄せた。そして、木刀の柄によるこめかみへの殴打。二度、三度と繰り返せば大抵の人間は気絶する。


 そのまま立ちあがり、一番近くにいた少女の頭を掴んで側頭部から木にぶつけた。二人目。大抵、三人目からは抵抗される。


 しかし、総一郎は最も強いだろう二人に絞っててっとり早く片づけたのだから、残ったのはそれほどの脅威ではなかった。喉を突き、後頭部から木刀で乱雑にガツンとやり、倒れたところを押さえつけて、顎を狙って頭部を踏みつぶした。一息を突く間もなく、五人。前半を歩く五人の比較的弱い少年少女たちは、気づかずに進んで行ってしまう。


「おい、君たち。五つほど、忘れものだよ」


 きょとんとした表情で振り返った彼らに、聖神法で腕力を強化して倒した内の一人を投げつけた。総一郎は素早く駆けて、木刀を横に薙ぐ。


 一人で、何人もの手練れを同時に倒せる訳がない。そう悟った総一郎が編み出した、戦法の一つだった。




 十人全員を制圧し終えた後、総一郎はいつもの通り彼らの荷物を漁っていた。


 まず食料を確保し、四次元袋(分かりやすく名付けた)の中に詰め込んでいく。次いで彼らのタブレットを奪取し、スキルツリーを調査。新しい聖神法がないか探す。


「……今日もはずれっぽいな」


 スコットランドの生徒三人中二個を調べ終えて、総一郎は嘆息した。最初は目が回るほどの量だったというのに、最近はメモ帳にほとんど新しく記せない。


 最後の一人を調べるべく、その少年の体を調査して、タブレットを硬く握られた手の中に見つける。画面を見て、ぎょっとした。登録番号が表示されていて、ほとんど掛けられる寸前だった。


「……結構詰めが甘いな、僕も」


 通報されていたら、それなりに厄介なことになっていただろう。ギリギリのところだったと、総一郎は安堵のため息を吐いた。


 その時、不意に気になって画面を見つめる。電話機能。ぽつりと、呟く。


「……白ねえに、掛るかな」


 番号は、覚えていた。しかし、国外である。その上これは騎士候補生の物。発信機が内蔵されていて、あまり長い時間同じ場所に放置しておくと、救援依頼と言う形で他の騎士候補生がこの地へ赴くことになる。


 そのような様々な問題点があったが、総一郎は結局、誘惑には勝てなかった。恐る恐る番号を押して、その番号が合っているか何度か確認し、心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、震える手で通話ボタンを押す。


 無機質なコール音。掛った。と思う。心臓が、早鐘のようになっている。だが、総一郎は振り返り、自分が打倒した彼らへと目を向けた。こんなことをして成果として、白羽と会話をする。その事実がどうしようもなく罪深い事のように思われて、やはり通話を切ろうとした瞬間だった。


『はい、もしもしー?』


 繋がった。


 英語。しかし、懐かしき声。電話越しでも、確信した。澄んだ、この心地よい声音は、正真正銘自分の姉の物であると。


『……? もしもーし』


 黙りこくっている総一郎に、声は疑問符をつけて飛んできた。総一郎の心臓はもはや爆発寸前で、震える声で、つっかえつっかえ言った。


「も、もしもし、……武士垣外、総一郎です」


 日本語で、言った。もし、総一郎の勘違いなら、彼女は英語で疑問を投げかけてくるだろう。しかし、本人なら。下唇を噛む。手の震えのあまり、雪へと叩きつけてしまおうかとも思う。果たして、この電話の相手は。


『……総、ちゃん……? え、嘘。総ちゃんなの?』


 日本語の返答。総一郎は、笑いのような、嗚咽のような、変な呼吸をした。泣き笑い。しかし相手それに気づくだけの余裕がないのか、あわあわと錯乱し始める。


『え、本当に!? 本当に総ちゃんなの! ちょっと、お願い。もう一度声を聞かせて?』


 必死な懇願に、総一郎は目頭を押さえながら「久しぶり、白ねえ」と言う。


『……』


 沈黙。あれ、と不安になる。けれど、違った。それは、嵐の前の静寂にすぎなかった。


『――――――ズーニィイイイイイ!! 総ちゃんから! 総ちゃんから電話が来たよ! ほらこっち! 早く、ハリー! ほらお前何やってんだゲームのセーブとかいいから! 総ちゃんだよ総ちゃん! 武士垣外総一郎! いやそんな呆けた反応とか後ででいいから! 早く! 早よ!』


『ちょっ、ちょっ、はぁ!? 白羽お前こんだけ急かしといて悪戯だったじゃ許さねぇからな! ……えっと、代わりました。般若図書です。……総一郎、なのか?』


「うん、そうだよ、図書にぃ。……久しぶり、武士垣外総一郎です」


『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! マジか! マジじゃねぇかよお前ふざけんな! いきなりこんなハプニング有り得ねぇだろ! さてはアレだな? お前ら数日前から計画してやがったなこの野郎! 気分がいいから何でも買ってやる、何がいい!』


『じゃあコーラ』


『オシ来た行ってくる!』


 パシッという物を手渡したような快音。そして何かが走っていくような音が遠ざかって行った。総一郎は一瞬ぽかんとして、その様子を頭に思い浮かべて吹き出した。すると、電話の向こうからもくすくすと笑い声が聞こえてくる。


「そっちは変わらないみたいだね」


『そんなことないよ。総ちゃんが居ないんだから、お姉ちゃんの毎日は灰色一色』


「じゃあ今さっき、無機質な色合いの図書にぃが全力ダッシュで駆け抜けていったんだ」


『ううん、ほっぺだけは赤かった』


 お互いに、意味の分からない会話を交わして笑った。次いで、自分をこんなにも暖かく思ってくれている人がいるのだと実感して、声もなく涙を零す。


『……総ちゃん、ところでいきなりなんだけど、質問いい?』


「うん」


 何故今更掛けてきたのか。そんな事を問われるだろうと考えた。しかし、彼女は想像の斜め上を行く。


『……私さ、――泣いていい?』


「何でっ?」


『いや、何か、感極まってきた……』


 言いながらも声が震えている。戸惑いながら「い、いいよ」と告げると、数回しゃくりあげてから、酷く落ち着いた声で言った。


『……でもいざ泣けって言われると泣けるものでもないよね』


「何かいろいろ損した気分になったよ……」


 本当に、変わらない。いや、むしろ強化されたと評すべきなのか。何処までも温かく、親しみに溢れた中身のない会話。意味がない。しかしだからこそ、そこに親愛の情が満ち満ちるのかもしれない。


「そっち、どう? 図書にぃの声は聞けたけど、るーちゃんは元気? 清ちゃんは? というか、生活はどうしてるの?」


『そんな一気に聞かれても困っちゃうよ私。んーとね、答えやすいのから片していくけど。ひとまず現在、私武士垣外白羽はほとんど般若白羽となっております』


「居候ってこと?」


『まぁそんな感じ。んでね、おーい、清ちゃんカモン。え? ブロック? はいはい、あとでお姉ちゃんが作ってあげるからおいで』


 足音。『はい』と白羽が声を出して、恐らく受話器を清に渡した。般若清。タマの命を受け継ぐ少女。


『……もしもし、初めまして。般若清だ。……日本語自信ないんだけど、白羽、これでいいのか』


『う、うーん。なんか、こう。言葉だけ文字に起こすと傲岸不遜な男の人みたいな雰囲気でそう』


「声すっごい可愛かったけどね。どうも初めまして、武士垣外総一郎です。そこにいるおねーちゃんの弟だよ」


『おお、お前が噂の。さっきお兄ちゃんがダッシュしていくのを見て何事かと思ってた』


『その割には微動だにせずブロック積み上げてたけどね』


「……」


 喋り方と言い、泰然とした様子と言い、酷くユーモアのある五歳児らしい。ちょっと容姿の想像が付かない総一郎だ。


 白羽曰く、「小っちゃくて、不機嫌そうなのに可愛くて、図書っちみたく頭に般若のお面をつけてる」のだそう。そこに記憶の上の図書の幼くなったバージョンを加工して重ね合わせると、何となく想像できた。そしてどうでもいいのだが、いまだ白羽は図書の呼び方を統一していないらしい。


 その辺りを一通り話してから、白羽との会話を再開させた。琉歌の事。何故最初に聞いたのに、最後に回されたのか。


『るーちゃんね、……ここには居ないの』


「……居ないって?」


『総ちゃんとも離れ離れになっちゃったあの襲撃の時、るーちゃんも一緒に行方不明になってるの。近くに大きな亜人さんが居たから、多分マヨヒガに避難できてるとは思うんだけど……。私たち、今日まで総ちゃんがイギリス行ったなんてこと知らなかったし』


「……そっか」


 それ以上の言葉を、総一郎は見つけることが出来なかった。その時、ふと我に返る。どれほど、自分は話していた? 他の騎士候補生のタブレットを漁り、時間を確認する。血の気が引いた。早く、ここを離れなければ。


「……じゃあ、今日はバイバイ。次も、こっちから電話するから」


『え? ……うん。でも、出来れば私から掛けたいな。駄目?』


「ごめん、コレ自分の物じゃないんだ。この電話番号にかけても、僕は出られないから」


『……分かった。じゃあ、また今度ね。絶対電話してよ!』


「――もちろん」


 微笑みながら、総一郎は通話を切った。そして宙に放り、木刀で粉砕する。電話の履歴が残ることは、好ましくなかった。どんな形であれ、迷惑を掛けたくない。


 近づいてくる足音。二十人近いと、総一郎は推測する。木に登って、跳んだ。急いで、逃げていく。


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